さわりたい、ふれたい、抱きしめたい。
 そんな風に思い始めたのがいつ頃だったのか、あまりはっきりと覚えてないけど、それは結構、早いうちのことだったと思う。
 路地裏で拾ってきた猫みたいな子は、ボロボロな上に酷く痩せていた。
 だから、すごく寒そうに見えたのかもしれない。
 俺は眠っているその子の髪を、目覚めるまで毎日撫でていた。
 目覚めてからは、時々、腕に触れ、手に触れ。
 それから肩を抱き、背中を抱き、その頬を両手で包んだ。
 そしたら、俺が暖めようとしていたのに、俺よりもその子の体温の方が暖かいことに気づいた。知らぬ間に、俺がその子に暖められていたらしい。
 その子の暖かい体温は、あの細い身体から俺へと伝染してきた。
 他人の体温を感じたいと思ったことなんて、今までなかったけど、その子のことだけは、いつまでも感じていたいとそう願っていたりする。
 けど、そんな自分を俺は苦笑していたりもするんだけど・・・。



 「もうっ、久保ちゃん邪魔っ!」
 ゲームに熱中している時任を、横から久保田が抱きしめている。
 肩口に顔を埋めている格好なので、久保田がゲームをしている時任を邪魔している格好になっていた。
 「あぁっ、せっかくここまでやったのに、死んじゃうだろっ!」
 ガチャガチャとコントローラーを動かしている時任は、画面から目を離さずにそう言ったが、久保田はその姿勢のまま動かなかった。
 「久保ちゃんってばっ!!」
  時任の願いもむなしく、画面にはゲームオーバーの文字が現れる。
  久保田のせいで、さっきから何時間もやっていたのが無駄になってしまった。
 「うそだろぉ!」
 セーブの効かないエリアだったので、やり直しはきかない。時任はかなりムッとして久保田をにらんだ。
 「久保ちゃんのバカっ! こんだけやるのに、どんくらい時間かかったと思ってんだよっ絶対にゆるさねぇからな!」
 キツイ目つきで自分を見る時任の顔を、久保田は肩口から顔を離して覗き込んだ。
 「ねぇ、時任。そのゲーム、いつからやってたっけ?」
 じっと時任を見つめながら久保田がそう言うと、時任は少し頬を赤くして視線をそらせた。今になって、久保田が自分を抱きしめていることを意識したらしく、どきまぎしたような顔になっている。
 「い、五日前からだろっ」
 そう答えた時任に、久保田はゆっくりと微笑みかける。それは、妙に何かを含んだような微笑み方だった。。
 「そうそう、五日前からだったよねぇ」
 時任は何かを感じて、久保田の腕から逃れようと少し身を引こうとする。しかし、腕は思ったよりもきつく時任にからんでいて外れない。時任は少し慌てた。
 「あまりゲームばっかりしてると、セーブデータ消しちゃうかもよ?」
 「・・・それやったら絶交だかんなっ」
 「絶交なんかさせてやらない」
 「なんだよ、それっ!」
 本気で怒りたいのに怒れない。
 外ならば強引にでもその腕を振りほどくのだが、家の中ではなぜか、時任はその腕を拒めなかった。
 まるで、時任の存在を確かめるかのように触れてくる手は、時々すごく冷たくなっている。その冷たさを感じるたび、ほんの少しだけ不安になった。
 「久保ちゃんてさ」
 「ん?」
 「スキンシップ好きだよな」
 「時任限定だけどね」 
 「ば、ばかっ」
 
真っ赤になる時任を、久保田は更に強く引き寄せた。
 こういう瞬間は、幸せと不安が入り混じって、よくわからなくなる。
 そんな自分を自嘲的に笑いながら、それでも時任を抱きしめずにはいられない。
 変わってしまった自分を自覚していながら、やはりそれを止めることはできそうになかった。
 
 「ごめんな、時任」
 「何か言ったか?」
 「・・・・別に」

君が溶かした僕の世界は、やはり、君を中心にしてやがて凍結していくのだろう。 

                                             2002.1.30
 「体温」


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