学校へと続く長い坂道…、そこを登ると校門があって…、
 校門からは校舎までの間には、春になると咲く桜並木が続いてる。
 校舎の中に入ると見慣れた下駄箱…、少し薄暗い廊下…。
 上へと階段を登っていくと三年五組があって、その上には屋上がある。
 そしてその上には…、いつの日もどんな時も…、

 ・・・・見上げる空があった。

 見上げた日によって雲の形も空の色もいつも違ってて、空が同じだった日なんて一回もないし…、空なんてドコから見ても同じなのかもしれないけど…、
 学校の屋上から見上げる空は、どこかトクベツな気がする。
 でも、それはもしかしたら…、もう少しで屋上から…、
 ココから空を見上げることが、なくなっちまうせいかもしれなかった。

 「もうちょっとで卒業…、かぁ…」

 なんとなく、そう口に出して言ってみてもあまり実感はわかない…。
 実感なんてわかなくてもホントにもうじき卒業しちまうんだけど、その日が近づいて来れば来るほど、信じられないってのが正直なトコ…。ココにいるのは入学した時から三年だってわかってたのに、ずっとココにいて授業して公務して…、
 そんな毎日がずっとこれからも続くんだって、今もそんな気がしてる。でも、そんな気がしてても今みたいにちょっとだけ落ち着かない気分になるのは、あと少しだってコトを感じてないようで感じてるってコトなのかもしれなかった。

 ココから見上げる空を…、トクベツだって感じてるのと同じように…。

 青い空から視線を下に落とすと、俺の腕には同じ色の腕章があって…、
 それを見てると色んなコトあったよなぁって…、年寄り臭いセリフを吐きそうになって、そんな自分がなんとなくおかしくて笑う。けど、こんな風に笑えるくらい思い出せるコトがいっぱいあるんだって…、ホントにたくさんあるんだって…、
 今、始めて気づいたような気がした…。
 校門までの長い坂道も、校門から続く桜並木も…、
 玄関も廊下も…、教室も生徒会室にも…、
 どこの風景も見なくても、ココにいてもちゃんと思い出せる。 
 でも、屋上の風景だけはどこか他の場所と違ってた。
 それは一番好きな場所だってのもあると思うけど、なぜ好きなのかはあまり良くわからない。空が見えてて風が吹いてて気持ち良くて…、でも好きなはずの風景の中に何かが足りない気がして考えると後ろから久保ちゃんの声がした。
 
 「こんなトコで、一人で楽しそうになにやってんの?」
 「日なたぼっこ」
 「ふーん…」
 「久保ちゃんは?」
 「コレ」
 「あっそ」

 俺は日なたぼっこ、久保ちゃんはセッタで一服。
 いつも通りで今日もなにも変わらない。だから、俺もいつも通りフェンスに寄りかかってセッタを吸い始めた久保ちゃんの横で、ぼんやりとグラウンドを眺める…。
 すると時々、セッタの煙と一緒に吐き出す吐息が聞こえてきて…、
 それがちょっと耳にくすぐったくて…、
 前ばっか見てるのに、横にいる久保ちゃんの気配が伝わってきて…、
 ウチでも二人きりなのになんとなく少しだけ照れ臭くなる…。
 俺がポツリと話して…、久保ちゃんがポツリと答えて…、
 それから久保ちゃんがポツリと話して…、俺がポツリと答えて…、
 その間隔はかなり空いてるけど、それがちょうど良くて気持ちいい。
 俺がソッチを向くと、久保ちゃんもコッチを向いて…、
 久保ちゃんが微笑むと俺も笑って、自然に空を見上げるようにキスをした。
 そしたら、足りない何かがわかった気がして…、目の前にある好きな風景を抱きしめるように久保ちゃんを抱きしめる。すると久保ちゃんはキスしてた唇を離して、俺の額に自分の額をくっつけて目を閉じた。

 「もうじき卒業だけど…」
 「うん…」
 「これからも、どーぞヨロシク…」
 「・・・こっちこそヨロシクな」

 まだこのままで…、ずっとこのままでいたい…。
 ずっとココに、この場所に立ち止まっていたい…。
 それはココにいなくなったら、全部が消えてなくなっちまう気がしてたからだけど…、そんな俺のキモチを知ってたみたいに久保ちゃんがヨロシクって言って…、俺もヨロシクって言ったら立ち止まらずに前に歩き出したくなる…。
 冬だったのが春になって…、校舎から続く桜並木がピンク色に染まって…、
 ココに来るコトがなくなっても大好きな風景はいつも目の前にあるから…、そんな風景の中を思い出ばかりを抱きしめるんじゃなくて、今を抱きしめながら歩いて…、時には走って…、
 二人で桜並木を抜けて校門を出て…、一緒に空を見上げたかった。
 しっかりと抱きしめ合うように…、手を繋いで…、
 今日も明日も、あさっても…、
 
 いつの日も…、いつの日も君と二人で…。


                                             2005.2.9
 「出発地点」


                     *荒磯部屋へ*