ミーン…、ミンミンミン…、ジーーー……。

 夏の暑い日差しの中、自販機で買った冷たい缶ジュースを片手に歩く。
 すると、買う前より涼しくなった気がしたが、それも一時的なものでしかない。体温と日差しに温められて汗を掻きはじめたジュースは、このまま手に持っているよりも飲んだ方が涼しさを感じられそうだった。
 しかし、こんなに暑い日差しの中では、それもやはり一時しのぎでしかない。
 照りつける日差しは缶ジュースを、そしてそれを持って歩いている時任と久保田を温めるのではなく、焼いている。同じように焼かれた黒いアスファルトは、なんとなくフライパンの色に似ているせいか目玉焼きができそうな気がした。
 「ううー…、あちーっっ」
 「だから、出る前にウチにいなさいって言ったでしょ?」
 「うっせぇっ、その時はこんなに暑くなるとは思ってなかったんだよっ」
 「天気予報で最高気温35℃とか言ってなかったっけ?」
 「聞いてなかったっつーか、毎日、今日の最高気温とか気にしてられるかってのっ。それに35℃って聞いただけで、ウチから出たくなくなるじゃんかっ」

 「・・・・それは同感」

 そんな会話をしながら、暑い日差し中を歩いて…、
 そして、どちらからともなく目的地への道を外れて木陰とベンチを目指す。
 木陰もベンチも歩いていた道の脇にあった公園の中にあった。
 公園はマンションの近くにあるのとは違って、かろうじて遊具は滑り台と砂場がある程度。そのせいなのか、それとも暑いせいか、公園に子供の姿はなかった。
 ベンチまでたどりついた二人は、そこに座ってふーっと息をつく。そして、ほとんど同時に缶ジュースのプルトップを空けると、久保田は一口…、時任はごくごくと一気に飲んだ。
 「ぷはー…っ、生き返るっ」
 「・・・・・・・」
 「もしかしなくても、ソレ不味かったんだろ?」
 「マンゴーとパインが入ってるって書いてあるけど…、なんとなくアップル?」
 「だーかーらっ、新発売はセブンだけにしとけって言っただろっ。そんな見た目からアヤシそーな飲みもの買うなよっ!」
 「けど、飲んでみなきゃわからないし?」
 「飲まなくてもめちゃっくちゃっ、わかるっつーのっ!!!」
 「あ…、コレって果汁10パーセント」
 「…って、結局、ナニ入ってんだよ、ソレっ!」

 「・・・・・さぁ?」

 そんないつもと変わらない会話をしながら、二人で真夏の暑い日ざしを避けて公園で涼む。だが、時任は飲み終えたジュースの缶を横にあるゴミ箱に捨てると、ベンチと同じように木陰にある砂場に向かった。
 ある一点を見つめて…。
 少し遅れてジュースを飲み終えた久保田が時任の歩いていく先を見ると、そこには何かが刺さっている。久保田の位置からは何か良くわからなかったが、砂場に向かった時任には刺さっているモノがスコップだという事がわかっていた。
 スコップはプラスチックで出来た小さなもので、おそらく公園に遊びに来た子供が忘れて行ったものなのだろう。それを砂から抜き取った時任は、しゃがみ込んでスコップで砂をすくった。
 そうしたのはスコップのすぐ横に、作りかけの小さな山があったせいらしい。
 時任は砂を山の上に乗せると、またすくって同じ動作を繰り返した。
 すると、缶をゴミ箱に投げ入れてから、久保田も砂場に向かう。そして、時任が砂山を作っているのを眺めながら、ポケットから出したセッタをくわえてライターで火をつけた。
 「なに作ってんの?」
 「富士山」
 「ただの砂山じゃなくて?」
 「俺様が作ってんだから、ただの砂山のワケねぇだろっ」
 「ふーん、だったら俺はエベレスト作ろっかな」
 「なにぃぃぃっっ!!」
 「エベレストって、時任が作る富士山よりも高いんだよね」
 「久保ちゃんずりぃぞっ!!」
 「残念でした」
 「じゃ、じゃあエベレストよりも高い山ってなんだっっ!?」
 「うーん、マウナ・ケア山?」
 「まうな…、けあ?」
 「ハワイにある山で、海底から測るとエベレストより高いんだって」
 「けど、海底って…、その部分は見えねぇしマイナスじゃねぇの?」

 「見えない部分も評価するかしないかは…、ま、人それぞれでしょ?」

 久保田がそう言うと、時任はスコップを砂に差した状態で手を止める。けれど、すぐに手を動かして、久保田よりも高い山を作るために砂を山の上に乗せた。
 そして、土台がしっかりするように軽く頂上を叩いて…、
 そうする事で少し高さが低くなったけれど、また上に乗せて高くする。
 すると、山は頑丈になって真ん中にトンネルが掘れそうだった。
 「マウナ・ケア山が世界一なら、俺様が作る山はそれに決まりだなっ」
 「だぁね…。けど…」
 「けどって、なんだよ?」
 「作るのが富士山でもマウナ・ケアでも、それは別にいいけど…。なんで暑い中、俺らって砂山作ってるんだっけ?」
 「それはココに砂場があるから…、じゃねぇの?」

 「・・・・ごもっとも」
 
 砂場で砂遊びするのは、たぶん子供。
 そして時任と久保田は、子供と大人の中間地点。けれど、もっと子供だった時代を振り返ってみても、こうして砂場で山を作るのは初めての経験かもしれなかった。
 子供の頃の記憶がない時任と…、
 子供の頃の記憶の中に、そういう経験も風景も何もない久保田…。
 作っていた山は二つだったのがいつの間にか一つになって、その真ん中にトンネルを掘り終えると二人はようやく立ち上がる。そして、時任が山の山頂に握っていたスコップを突き刺すと、その手を久保田が上から握りしめた。
 「二人の共同作業ってコトで…、砂山に入刀〜」
 「ぎゃーっっ、せっかく作ったのになに壊してんだよっ!!」
 「どーせ壊れるなら…、二人で、ね?」
 「二人で作って二人で壊してって、それじゃあ作ったイミねぇじゃんっ!!」
 「けど、ほっといても自然に壊れるのは事実だし?」
 久保田がそう言うと、時任は久保田の手を払い除ける。
 そして、またスコップで砂を積んで、砂山の壊れた部分を直した。
 「壊れたら直せばいいだろっ。なのに直さずに壊してたら、なんにもなくなっちまう」
 「でも、直してもダメだったら?」
 「だったら、また直す」
 「・・・・・」

 「また直してダメでも、見えない部分に積もってるかもしれねぇじゃん…。見えない部分だって、マイナスじゃねぇんだろ?」

 二人で作った山は…、マウナ・ケア山で海底の部分がなければ世界一にはなれない。そんな山と目の前にいる時任を改めて眺めた久保田は微笑むと、時任の手からスコップを受け取って山の頂上に刺した。
 「・・・・・・これで世界一、かな?」
 「宇宙一の間違いだろっ」
 「ホント、一番好きね」
 「どーせ、目指すなら一番に決まってんじゃんっ」
 「じゃ、俺は二番で…」
 「だーかーらっ、俺が一番なら久保ちゃんも一番に決まってんだろ」
 「なんで?」
 「俺らは競争してるんじゃなくて、共同作業で一緒だし…」
 「それって…、プロポーズ?」
 「…って、なんでそーなんだよ!!!」
 「さっきはケーキじゃなかったけど砂山に入刀したし、共同作業は夫婦の証デショ?」

 「そ、そんなワケあるかーーーっ!!!」

 そんな風にまたいつものように何気ない話をしながら歩き出した二人に、再び暑い日差しが照りつける。けれど、日が傾いたせいで気温が少し低くなり、吹いてきた風もさっきより涼しくなっていた。
 二人が去った後には、後には山だけが残ったが…、
 その後、公園に二度と行く事がなかったので、時任も久保田も山がどうなったのか見る事も知る事もなかった…。
 
『砂山』 2006.7.28更新


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