「だから、こっち来んなっ! 近寄んなっつってんだろっ!」 「誰がアンタに近寄ってんですかっ、俺が近づきたいのは久保田先輩ですっ!」 「ならっ、今すぐ離れろよっ!」 「その前にっ、アンタが僕の久保田先輩から離れてくださいよっ!」 「誰が誰のだっ、このブサイクっ! 久保ちゃんは俺のだっっ!!」 (うーん、今日も元気いっぱい絶好調…、だぁねぇ) 執行部で毎日のように行われる、日課なのか恒例行事なのか何なのか。 麻雀雑誌を読んでいる久保田の前で、時任と藤原が言い争っている。それをチラリと視線だけ動かして見やった久保田は、眠そうな目で出かけたアクビを嚙み殺した。 それから、再び視線を麻雀雑誌に戻したが、そんな久保田の視線に気づいた者は誰もいない。そのため、言い争っている二人を気にしているようには見えない。 だから、そんな久保田に、こめかみをピクピクさせた桂木が声をかけるのも日課のようなものになっていた。 「・・・そんなに時任が焼いてくれてうれしいわけ?」 毎日、毎日、飽きもせず続く日課に、桂木があきれたようにそう言う。 けれど、久保田はそれには答えずに微笑んで、 (それだけだと良いんだけど、ね) …と、そんな心の中の呟きと一緒に読んでいた雑誌を閉じ、見回りに行くために時任を呼ぶ。すると、久保田の目の端に、慌てて後を追ってくる時任と蹴り倒される藤原が映った。 久保田を巡り、久保田を挟んで対立する二人。 誰の目から見ても、感情のベクトルははっきりしているように見える。でも…と、生徒会室を出てから何かを考え込んでいるようにも見える時任を眺め、久保田は軽く息を吐いた。 (変わらない保証なんて、ドコにもないし…) 自分の視線に気づいた時任に微笑みかけながら、何度も繰り返し思う言葉を口にしないで飲み込む。しかし、見回りを終えて帰る頃には、飲み込んだ言葉が現実であるのかのように、自分の下駄箱の前で手紙らしきものを見つめる時任の姿があった。 見つめている先にある、白い紙のようなものはたぶん手紙。 下駄箱に入ってる手紙が何かなんてのは、聞かなくても想像はつく。 そしてなにより、手紙を見つめる時任はどこかうれしそうだ。 「何やってんの? 早くおいで、帰るよ」 「あっ、待てって。すぐ行くからっ」 思わず、ちょっとだけ意地悪に呼んでみる。 でも、時任はそんな意地悪には気づかない。 時任が駆けて来る足音を背後に聞きながら、久保田は苦笑しつつ、 (どうか、時任好みの可愛いコとかじゃありませんように…) と、何に祈るワケでもなく、ただそう願った。 学校じゃ出来ないことも、二人で暮らすマンションでなら出来る。 だから、強引にキスをした…、とても長く…。 そして、抱きしめて抱いて、お互いの熱を感じて…、 淫らに煽って落として、自分が誰とこんな淫らなことをしているのか、誰が誰のものなのか教えるように抱いた。 「ねぇ…、このまま、ずっと繋がっていようか?」 「・・・・・・」 激しく抱かれて疲れて、気を失うように眠ってしまった時任に、久保田はそう言った。 けれど、眠る時任からの返事はあるはずもなく、結局、手紙のことは何も聞かないまま…。やがて、二人を繋いだ夜は明け、いつものように朝がやってくる。 そして、学校に登校して一日の授業を終え放課後になると、時任は久保田の予想通りの行動に出た。 「・・・ちょっち用があってさ。悪りぃけど、先に生徒会室に行っててくんね?」 「・・・・・」 「久保ちゃん?」 「了解…。先行ってるし、巡回もテキトーに誰かと行っとくから」 「えっ、いやっ、巡回までにはちゃんと戻るしっ」 「ここんトコ、大塚もおとなしいみたいだし、一日くらいヘーキっしょ」 「でもさ…って、おいっ、久保ちゃんっ!」 まだ、何か言ってる時任に、久保田はひらひらと手を振って生徒会室に向かう。 そうしながら、今朝、時任が起きる前にこっそり見た手紙の内容を思い浮かべた。 (放課後裏庭…、ね) 行くだろうと思っていたし、それを止める気もない。 手紙を貰ったのは時任なのだから、行くも行かないも時任の自由だ。 そして、その手紙にどう返事するのかも、時任の自由だ。 (けどまぁ、あの文字からして…、たぶんアレだし。別の意味でキケンかも?) そんな風に思いつつも口から出る、らしくない憂鬱なため息は止められない。 手紙貰ってうれしそう、相浦とゲームしてる時も藤原とジャレ合ってる時も無自覚に楽しそう。俺様してても、基本的に誰にでも優しい。 一つ一つ、あげればキリがない…。 「俺、久保田先輩のことが好きなんです」 「そう?」 「少しは俺の方、向いてくれませんか?」 「・・・」 「どうして、どうして時任先輩じゃなきゃ、ダメなんですかっ。俺、久保田先輩のこと、時任先輩が久保田先輩を思うよりもずっと好きなんです!」 「・・・あっ、目標発見」 結局、時任不在で一緒に巡回に行くことになった藤原が意識的なのか無意識なのか、珍しく久保田に向かって、いつもの僕ではなく俺で話していた。それに気づいていても、今の久保田の意識は別の所にある。 でも、今している心配は、それほど深刻じゃない。見えてきた裏庭の目標は予想通り、可愛い女の子じゃなくて、ごつい上にでかい男だった。 (だからって、安心ってワケでもないけど) 自分に好意を抱いてる相手だからか、時任の反応が鈍い。 さっさと逃げれば良いのに、手を掴まれて迫れて…。 近づく久保田にも気づいていないようだった。 待ち合わせの場所には、断るために来たのだとはわかっている。けれど、手紙を見てうれしそうだったし、相手が可愛い女の子だった場合を想像すると、ドス黒い感情が胸の奥で渦巻いていくのを止められなかった。 「は~い、そこまででストップね。悪いけど、これは返してもらうよ」 顔は笑っても、目は笑っていない。 その自覚は十分にある。 相変わらずの要領の悪さで、思わず声をかけて殴られた藤原を心配する時任を見ても、それは同じ。自分でもうんざりするほど、心が狭い。 時任が手を伸ばす前に、久保田は倒れた藤原をひょいっと肩にかついだ。 「俺が運ぶっ」 「もしかして、ヤキモチ…とか?」 「ちっ、ちげぇよっ!」 「カオ赤いけど」 「えっっ、マジでっっ!?」 「なーんて、ウソ」 「~~~~っ、く・ぼ・ちゃ~~んっっ!」 藤原を肩に担ぎ、時任に背中をビシビシ軽いフックで攻撃されながら保健室に到着すると、時任いわくオカマ校医の五十嵐が笑顔で迎えてくれる。だが、笑顔で迎えるのは久保田だけで、後ろにいる時任とは久保田を挟んで言い合いになるのが常だ。 藤原とは言い争い、五十嵐とは言い合い。 どちらも挟まれているはずなのに、はてと首を傾げたくなるのは気のせいなのか。ひとしきり言い合って気が済んだのか、ベッドに寝かせた藤原を心配そうにのぞき込んでいる時任を横目で見ていると…、 「どうしたの? 元気無いわね」 と、五十嵐がなかなか鋭いことを聞いてくる。 けれど、それに素直に答える気の無い久保田は、のほほんとした調子で、 「気のせいっしょ」 と、答えて眠そうに欠伸をした。 でも、本当は欠伸ではなく、ため息を付きたかったのかもしれない。 時任ではなく、たぶん自分自身に…。 けれど、それから少し後に、今度は盛大にため息をつきたくなった。 「藤原が好きなのは、俺じゃないでしょ」 ようやく目覚めた藤原の告白に、初めて言ったセリフ。 いつもなら曖昧なことしか言わないのに、気付けば口にしていた。 しかも藤原のためを思って言ったのではなく、ただの八つ当たり。 自分で気づかないのに、わざわざ教えてやる必要はないのに犯した失敗。 つきたくなっただけではなく、本当に帰り道で盛大にため息をついたのは、隣を歩く時任が藤原のことばかりを話していたせいなのか、その失敗が原因なのか、隠し切れない感情が暗く顔をのぞかせて…。それに気づいたのか、時任が少し驚いたように目を見開いた。 「どうかしたのか?久保ちゃん。・・・・もしかして、藤原となんかあったのか?」 時任は何もわかっていない、何も知らない気づかない。 だから、また下駄箱に手紙が入っていたりしたら、うれしそうな顔して呼び出された場所に行くだろうし、いずれ藤原とも言い争いつつも仲良くなるのだろう。誰にでも無邪気な笑顔を向けて、どんなに身体を繋げても、深くなるのは独占欲ばかりだった。 痛いくらいに腕を掴んで責めても、それはただのエゴ。 なのに、時任の目に涙が滲むまでやめられなかった。 「久保ちゃんだって、俺の前で藤原に抱きつかれたりとかしてんじゃんっ!やっぱ、久保ちゃんて俺のことあんまり好きじゃねぇんだっ」 泣かせるつもりはなかった…、少しも。 それに時任は責められなくてはならないことなんて、本当は一つもしていない。 なのに、それがわかっていても、ただのエゴだとわかっていても、らしくなく滲み出す感情を止められなかった。 一度目の失敗は八つ当たりで、二度目の失敗はエゴ。 どちらも、最低で最悪な失敗ばかりだった。 「ゴメンね」 「・・・・許してやんねぇ」 「うん、許してくれなくてもいいからさ。俺のコトだけ考えて?」 「イヤだ」 「時任を俺でいっぱいにしてあげるから」 「・・・・してほしくない」 逃げ出そうとした時任をつかまえて、優しく頬にキスをして…。泣かないでとキスをして言った、最低で最悪な失敗を犯した自分の言葉がそのまま自分に返ってくる。 いつも時任のことばかりを考えて、時任のことばかりを想って…、 もう身体も心も何もかもが…、時任ばかりでいっぱいになって…、 でも、そんな久保田の言葉に時任はイヤだ、してほしくないと言う。 ぎゅっと首に回された腕が、その言葉を否定しているけれど…、 それでも、両腕で時任を包み込みながら感じるのは、やはり独占欲やエゴのようなドス黒い感情だった。二度目の失敗を犯しても、それが八つ当たりでエゴだとわかっていても…、その感情は消えてはくれなかった。 「帰ろっか?」 「うん」 好きにならなければ、ただの相方だったらと…、そう思ったことがないわけじゃない。 相方としての、友達としての好きなら、今よりもきっと優しくいられただろう。 時任がもうイヤだと言うまで、身体を繋げたりもしないだろう。 でも、色々な種類のカタチのある好きという感情の中で、時任に対して…、今の感情以外はどうしても抱けなかった。 「・・・・・いっそ、嫌いになってよ」 学校から二人で暮らすマンションに帰って、二人きりになって…、 その日の夜もベッドを軋ませながら、そんなセリフを吐いて、欲望を吐き出す。 嫌いになっても、離れられないクセに…。 すると、時任はペシッと久保田の頭を軽く叩いた後、身体を繋げたまま、その頭を自分の胸に抱くように両腕で引き寄せた。 「そういうコトは、生まれる前に言え」 生まれる前でなきゃ、ムリ、却下。 そう言った時任のセリフは、まるで生まれた時から好きだと言われてるようで…、 めったに聞けない熱烈なセリフに、久保田が小さく笑うと時任が照れたように「バカ…」と言う。頭を抱えられてて見えないけれど、きっと耳まで真っ赤になっているに違いなかった。 「ゴメン…、もう手遅れだったみたい」 「とっっくの昔になっ」 胸の奥に抱きしめた手遅れな感情は、抱けば抱くほど綺麗でも優しくもなくなって…。でも、それでも好きで大好きで、大切な人を抱きしめる腕が…、触れる手が指先が…、 優しく触れたくて、優しく抱きしめたくて小さく震える。 その震えを白いシーツの海の中で感じながら、久保田は少し尖らせた照れ屋な唇に…、そっと優しく羽で触れるようなキスを落とした。 触れた唇から、そっと…、好きということを伝えるように…。 |
2012.2.23 「好きということ。~久保田クンの失敗~」 *荒磯部屋へ* |