「久保ちゃんにさわんな、このブサイク!」
 「ブサイクなのはあんたの方でしょう!」
 「この超絶美少年の俺様に向かって、いい度胸だなぁ、藤原!」
 いつもと同じように、藤原が久保田に近づこうとして、時任がそれを防ごうと必死になって前に立ちはだかった。そして、二人は言い合いになって、久保田が桂木に言われて止めに入る。
 始めは本気で必死になって藤原を近づけまいとしていたのに、最近は何かがちょっとだけ変わってきたように時任は感じていた。
 (まあ、色々あったけどさ。久保ちゃんのことがなきゃ、俺は別にあいつが執行部にいても・・・)
 始めの内は久保田に近づく奴として目のカタキにいていたのだが、今ではそれに慣れてしまって、日常の一コマとして受け入れてしまっている自分に驚く。
 (俺があいつより、断然、美形なのには変わりねぇケドな)
 時任は帰るために玄関に向かいつつ、隣を歩く久保田の横顔をチラリと見た。
  (久保ちゃんはあいつのこと、どう思ってんだろ?疑ったりとか、そういうんじゃねぇケドさ。やっぱ、なんか気になる・・・・)
 久保田にまとわりつくなんて勇気があるのは、藤原くらいしかいないだろうが、それを許している久保田が何を考えているのかが気にかかる。どうでもいいとか、面倒臭いとか、そんな感じのことを思ってるんじゃないかと推測したりするが、やはり久保田のことは、久保田自身しかわからないに違いない。
 (久保ちゃんて、来る者拒まずとか? ・・・・まさかな)
 そんな風に考えかけて頭を軽く振る。
 するとそれに気づいた久保田が時任の方を見て『どしたの?』と、目だけで語りかけてきた。
 時任はその目の向かって笑いかけ、やはり『なんでもねぇよ』と目だけで返事を返す。
 すると、久保田は優しく時任に微笑み返した。
 こういう瞬間、時任は久保田の愛情をすごく良く感じることができる。
 キスするとか、抱きしめるとか、そういうのだけじゃ満たされない何かが満たされる感じがした。
 一日中、自分のことを見ていてほしいとか、そんなワガママなことは口が裂けても言えない。そんなことは無理だとわかっているけど、いつの間にかそう願っている自分がいる。
 (これじゃあまるで・・・・。なんか、あまり認めたくねぇけどっ)
 口を尖らせてそんなことを思っている内に、時任は玄関へと到着した。
 自分の靴箱を開けて、自分の靴を取り出そうとしたが、そこに何か白い紙が入っているのに気づいた。白い紙はよくよく見ると封筒の形をしていて、宛て名は時任稔様となっている。
 これは間違いなく、時任宛ての手紙だった。
 「何やってんの? 早くおいで、帰るよ」
 「あっ、待てって。すぐ行くからっ」
 下駄箱でぐずぐずしている時任を、久保田が呼ぶ。
 時任は封筒を無造作にポケットに押し込んでから、久保田と共に学校を後にした。



 いつものように夕食を済ませた後、時任はゲームをしていた。
 「今日は俺が先入るから」
 「ん〜」
 時任がゲームをしているので、久保田は先に風呂に入ることにしたらしく、そう声をかけてから着替えを持ってリビングを出て行った。
 (チャンス到来っ)
 時任は久保田が風呂に入るのを、実は今か今かと待っていたのだった。
 それというのも、下駄箱に入っていた手紙が気になっていたからである。
 (やっぱ、一回は読むのが礼儀ってもんだよな)
 妙な所で律儀な時任は、白い封筒をポケットから取り出すと、その封を開けてみる。
 中に入っていたのは便箋が一枚きりだった。
 『あなたのことが好きです。
 この気持ちを直接伝えたいので、放課後裏庭まで来てください。お願いします』
 著名は鈴木とだけ書かれていた。
 この名前に覚えはない。
 全然覚えがないし、誰が書いたかもわからなかったが、好きだという文字を見た瞬間、ちょっとだけドキっとした。けれど、それは久保田からそう言われた時のものとは違っていた。
 (どんな気持ちでコレ、書いたのかなぁ。相手が読むか読まないかもわかんねぇのに)
 読んでしまってから、読んだことを少しだけ後悔した。
 自分には久保田からいるのだから、どうやったって手紙の主の気持ちには答えられない。
 だから、久保田以外からの好きは、時任にとってはちょっと痛い言葉だった。
 「・・・やっぱ、読まなきゃよかった」
 再びポケットに手紙を入れた時任は、そう呟いてから小さくため息を付く。
 礼儀だとかなんとか言いながら、手紙をもらってちょっとうれしかったのが読んだ理由だった。
 だが、読んでみれば自分の気持ちが重くなっただけである。
 「上がったよ」
 「わっ!」
 突然、耳元で囁かれて、時任はソファ−から転げ落ちそうになった。
 いつの間にか風呂から上がってきた久保田が、ソファ−の後ろに立っていたのである。
 「い、いきなり耳元で囁くなっ!びっくりするだろがっ!」
 時任が講義すると、久保田は平然とした顔で、
 「何かびっくりするようなことでもしてた? 時任」
 と、言った。
 やはり久保田は、見ていないようで見ていることが多く鋭い。その鋭さは、時任が絡むとより一層鋭かった。
 「今日、帰りからなんかそわそわしてるよねぇ? 俺になんか隠し事とかしてない?」
 「べつにそんなのねぇよ」
 「ホントに?」
 「ホントだってば」
 「ふ〜ん、そう?」
 「久保ちゃん、しつこいっ」
 詰め寄ってくる久保田に、時任はじりじりと後ろに下がったが、やっぱりその腕に捕まってしまう。
 それは、時任が本気で逃げていないせいだった。 
 「そりゃあね、しつこくもなるよ。他ならぬ時任くんのコトだから」
 「・・・なに言ってんだよっ」
 「俺はねぇ、時任のコトしか見えてないの」
 「ウソばっか」
 「ホント」
 「ウソ」
 「じゃあさ。わかるまで一緒に話し合おうよ、ねぇ時任」 
 「く、くぼちゃん・・・」
 顎を捕まえられて、強引に口付けられる。
 けれど、それから逃げる気はさらさらなくて、時任はおぼつかないながらも久保田に答えようと必死になった。
 「んっ・・・」
 長い長いキスを交わして、熱い吐息を感じて、お互いの心をつなぎ止めようとするかのように抱きあう。いつもは恥ずかしいので、抱きしめてくる久保田の腕を振り払うことが多いのだが、この二人だけの空間ではそんなことを気にしなくてもいい。
 「あっ、くぼちゃん」
 身体に触れられて、時任の声が跳ね上がる。そんな時任の様子を楽しんでいるかのように、久保田は更に時任を煽っていく。
 「もう、だめっ・・・」
 「だめでもいいよ。俺が抱きしめていてあげるから」
 「・・・ばか」
 久保田の熱に浮かされながら、時任は読んだからには、あの手紙の主にきっちりと断わりを入れようと心に誓ったのだった。



 次の日の放課後。
 時任は自分で決めた通り、裏庭へとやってきていた。
 ちゃんと断わって、自分にはちゃんと好きな奴がいることを告げる。それが、時任がここにきた目的だった。
 (・・・イタズラとかだったりして)
 そうだったらかなりムカツクが、ほっとするのも確かである。実はほんの少しだけ、ただのイタズラであることを祈っていた。
 だがしかし、そう願い通りにはいかないらしく、それから少したってから手紙の主はやってきた。
 「来てくれたんだな、時任」
 「うっ、あぁ、まあな」
 てっきり相手は女の子だと思っていた時任は、現れたごつい男に一歩後ろに下がる。
 どこからどう見ても自分と同じ男だし、時任のことをそういう対象に見そうもない感じの奴だった。
 (まっマジっすかっ!?)
 今すぐ回れ右して逃げたい気分にかられたが、相手の真剣な眼差しに負けて思いとどまった。
 「クラスは離れてるけど、俺は時任のことずっと見てた」
 「そ、そうか・・・」
 「好きなんだ、時任。お前のこと考えると夜も眠れないくらい」
 「うっ・・・・」
 この男が夜も眠れないくらい自分のことを考えてると知っても、うれしくない。
 逆に、夜、自分のことを考えて何してるか考えそうになって、激しく頭を振った。
 (と、鳥肌たってきたっ!)
 「わりぃけどさ。俺、付き合ってる奴がいるんだ。だから、お前の気持ちには答えらんねぇよ」
 とにかくキッパリと断わって早くこの場から立ち去ろうとしたが、そんな時任を見て、男は何かを感じたらしく、
 「やっぱり久保田、久保田なんだなっ!」
と、感情的に叫んだ。
 「く、くぼちゃんは・・・」
 時任が慌ててそう言いかけると、男はがしっと時任の肩をつかんだ。
 この男、何かスポーツをしているらしく、けっこう力が強い。
  「一週間、三日だけでもいいんだ。俺と付き合ってくれ」
 「な、なに言ってんだよ、お前」
 「一日でもいいから、頼む、時任。俺、お前のことがずっと好きだったんだ!」
 「そんなの、一日でもダメに決まってるだろっ!」
 「じゃあ、今日だけでもいい!」
 「ちょっ、手ぇ放せよっ!」
 「時任・・・」
 「まっ、まて。早まるなっ!」
 男の顔がだんだんと時任に近づいてくる。逃げようと暴れてみるが、がっしりと肩をつかまれていてどうにもならなかった。
  「・・・・たっ、助けて、久保ちゃんっ」
 時任がぎゅっと目を閉じて久保田の名前を呼んだが、男は目じりに涙が滲んでいることなどおかまないなしに、行為を続行しようとした。
「は〜い、そこまででストップね。悪いけど、これは返してもらうよ」
 今、まさに時任の唇が奪われようとした瞬間、聞きなれた声が時任の耳元した。何がどうなったものか、時任はいつの間にか久保田の腕の中にいた。
「くぼちゃんっ・・・」
 泣きそうな気分で見上げた時任に、久保田は安心させるように優しい笑顔を向けてくれた。しかし、目が笑っていない。
(こ、怖い)
 なんだか後が怖そうな気がした。
「知らない人について行っちゃダメだって、いつも言ってるでしょ?」
「・・・俺は幼稚園児じゃねぇぞ」
 とりあえず、時任も久保田に笑顔を返したが、内心はびくびくしていた。。
「ちくしょぉぉぉぉっ!!」
 振られた上に恋敵に邪魔されて、男は何かがブチッと切れたらしい。
 無謀なことに久保田に殴りかかったが、殴りかかる相手が悪すぎた。
 久保田は時任を腕の中に抱きしめたまま、男を容赦なく蹴り飛ばしたのである。実力の差があまりにありすぎた結果だった。
「ぐあっっ!!」
「虫退治終了」
 久保田の冷たい視線を受けて、 あわれな男は一瞬にして表情を凍られていた。
 さっきは感情的になっていたが、それが覚めてから初めて、自分がどんな相手に殴りかかったのかわかったようである。
 よく見ると、男が転がっているそのすぐ近くに、藤原が立っているのが見えた。
「・・・だ、大丈夫ですか?」
 思わずといった感じで藤原が声をかけたが、素直にその言葉を取ることができなかったらしく、今度は藤原に向かって男は殴りかかった。。
「てめぇ、笑ってんじゃねぇよ!」
「わ、笑ってなんか・・・」
「よけろ、藤原!」
 時任がそう叫んだが、時すでに遅く、藤原の頬に男の拳が当たっていた。


 保健室のベッドで藤原が眠っている。
 頬には殴られた跡があった。
 「わりぃことしちまったな・・・」
 「別に時任のせいじゃないでしょ?」
 「それは、そうなんだけどさ」
 久保田の言う通り、確かに殴ったのは時任のせいではない。
 しかし、ああいうことになった責任は、自分にもあるような気がしていた。
 「うっ・・・」
 小さく藤原がうめき声をあげる。どうやら、意識が戻って来たようだった。
「藤原、藤原!」
 時任は心配になって、藤原の名前を必死に呼ぶ。すると、藤原はゆっくりと目を開いた。
 「大丈夫か、藤原」
 覗き込んでそう声をかけると、藤原はまだぼーっとした様子だったが、
「あっ平気です。大丈夫」
と、はっきりと返事をした。
 その返事にほっとした時任はらしくなく、
 「そっか・・・悪かったな、巻き込んで」
と、藤原に詫びを入れる。すると藤原は、とまどったような顔をしていた。
「えっ、いえ別に・・・」
 藤原の様子もなんだかいつもの藤原らしくない。時任が首をかしげていると、、久保田が二人の所へやってきた。
「久保ちゃん、藤原が気づいた」
「だから言ったっしょ。脳震盪起こしてだけだって」
「・・・俺、藤原の鞄取ってくる」
 時任は藤原と自分の鞄を取りに行くと、後のことは保健室の先生こと五十嵐に頼んで久保田と共に学校を後にした。



 「なぁ、久保ちゃん」
 夕日に染まった町を歩きながら、時任はさっきの藤原の様子を思い出していた。
 久保田のことを好きだと公言してはばからない、あの藤原が、帰り際一度も久保田の方を見ていなかったことを、時任は気づいていたのである。
 「藤原のヤツ。なんかあったのかなぁ。様子ヘンだったし」
 藤原のことを考えながらぽつりぽつりと時任が歩いていると、久保田の大きなため息が聞こえてきた。時任はなんだろうと思い、久保田の顔を見たが、その顔があまりに陰鬱だったので、時任は驚いて少しだけ目を見開いた。
 「どうかしたのか?久保ちゃん。・・・・もしかして、藤原となんかあったのか?」
 時任がそう尋ねると、久保田は時任の右腕を乱暴に掴んだ。
「なっ、なにすんだよっ!」
 腕に痛みを覚えて、時任が抗議の声を上げる。しかし、久保田は腕を放そうとしなかった。
 「鈍すぎるってのも、問題だねぇ」
 「鈍いってなにがだよっ!」
 「そうやって、そおいうコト聞いてくることがすでに鈍いんだけど」
 「ケンカ売ってんのかっ!」
 「そんなに理由が知りたい?」
 真近かに迫る久保田の顔から、時任は顔を逸らした。
 「もおいい。別に聞きたくない」
 そう言って、腕から逃れようとする時任を、久保田は両腕で抱え上げた。
 「ば、ばかっ、よせって、恥ずかしいだろっ、こんなの!」
 「俺にこんなことさせてんの、時任なんだよ?」
 「んなこと、知るかよっ!」
 「今日の自分の行動をよ〜く思い出して見るとわかると思うけど?」
 「今日の俺の行動って・・・」
 そういわれて、時任ははっとした。
 今日の行動と言えば、ラブレターもらって、のこのこと会いに行ったあげくに襲われて、久保田に助けられたことも含まれている。
 「俺はさ。時任に関しては心が限りなく狭いんだよねぇ」
 「あ、会いに行ったのだって、断わるためだったし。そんなの、言わなくてもわかるじゃんか」
 「わかるけど、絶対じゃない。そんな保障、ドコにもないでしょ?」
 「・・・・そ、そんなことないっ」
 「さっきも俺のことじゃなく、藤原のコト考えてたのに?」
 「久保ちゃんだって、俺の前で藤原に抱きつかれたりとかしてんじゃんっ!やっぱ、久保ちゃんて俺のことあんまり好きじゃねぇんだっ」
 自分で言って、自分で傷ついた。
 時任の目に涙が滲んでくる。だけど、この場から逃げようとしても久保田につかまえられていて、逃げることはかなわなかった。
「久保ちゃんばっかズルイじゃん」
 そう時任が言うと、久保田は時任の頬に優しくキスをした。
 「ゴメンね」
 「・・・・許してやんねぇ」
 「うん、許してくれなくてもいいからさ。俺のコトだけ考えて?」
 「イヤだ」
 「時任を俺でいっぱいにしてあげるから」
 「・・・・してほしくない」
 時任がぎゅっと久保田の首を抱きしめて、久保田が時任を両手で包み込んだ。
 「帰ろっか?」
 「うん」

 すべてが現在進行形でココロも形を変えていくんだろうけど、エゴでもなんでもいいから、自分の腕の中に愛しさを抱きしめていたい。
                                             2002.2.8
 「好きということ。〜時任君の悩み〜」


                     *荒磯部屋へ*