信じてるコトと信じたいと想うコト…。

　それはやっぱ似てるようで似てなくて、同じようで同じじゃないのかもしれない。
　そんな風に最初に思ったのは、いつだったのか正確には覚えてねぇけど…、
　俺が信じられる何か、信じたい何か…、
　それが何なのかって事だけはちゃんとわかっていた。
　わかっていたから、たぶんどちらなのかわからなかった…。
　信じてるコトと信じたいコト…。



　俺のホントは…、どっちなんだろ…。




　「あー…、どうも」
　そんなセリフで始まった、久保ちゃんと電話の向こう側にいる相手との会話。
　俺はテレビ画面見てゲームをしながら、なんとなーく話の内容を聞いてる。
　けど、ウチにかかってくる電話はたいがいヤブ医者かおっさんか、バイト先の雀荘。
　そうじゃなかったら、セールスか間違い電話ってカンジ。
　俺が電話に出る場合は久保ちゃんが居る時かコールの後に留守電になって、相手の声を確認してからって事になってる。ドアのチャイムも似たような感じで、基本的に久保ちゃんがいない時は留守って設定だった。
　ま、どーせ電話に出ても俺に用事ってコトはまずないしな。別に気にしたコトもねぇけど…、やっぱ久保ちゃんにかかってきた電話の内容の方は、気にならないって言ったらウソになるかもしれない。
　その証拠に、今も聞いてないフリしながら聞き耳を立ててた。
　
　「あぁ、そう言えばそうだったっけ」
　「けど、無理やりはやっぱ…、ねぇ？」
　「うーん、ならいいけど…」
　「痛くしない？」
　「・・・・・・・で、今から？」

　む、ムリヤリ…、痛い…、今から？？？
　それとも、今から痛いムリヤリ？
　うーん…、ちょっと変えて今からムリヤリ痛い？
　
　「いやだなぁ…、俺ってそんなに悪人に見えます？」
　「そう？」
　「じゃ、後で…」

　後でって…っ、マジで今の電話は誰からなんだ？
　相手の名前とか一度も呼ばねぇし、今からってドコに…？？
　しかもムリヤリで痛いコトをするためにっ、悪人で今から…ってなんか無性に異様にアヤシイ。もしかして、何かトラブルとかあって今からムリヤリ痛いコトされに行くとか…っ！

　「・・・・・とう？」

　ソレってマジでヤバくないかっっ？！
　と、とにかくっっ、それとなくドコに行くのか聞き出して…っっ！
　
　「おーい…、時任くーん…」
　「マジでムリヤリで痛いトコに行くつもりなら…っっ！」
　「…って、誰が？」
　「久保ちゃ…って、うわあぁぁぁ！！！」
　「うわぁ？」

　俺が叫びながらズササーっと離れると久保ちゃんが思いっきり間の抜けた声でマネをして、ぼーっとした顔でポケットから出したセッタをくわえる。そして電話の相手の所に行くつもりなのか、ソファーのトコにかけてあった黒いコートを羽織った…っ。
　だから俺はあわてて離れた距離を埋めるように近づいて、久保ちゃんの黒いコートのすそを引っ張る。すると、久保ちゃんはそんな俺を目を細めて見て、なぜかポンと軽く俺の肩を叩いた…。
　「ちょっと出かけてくるから、お留守番しててくれる？」
　「・・・・どこ行くんだ？」
　「んー…、鵠さんトコ」
　「ヤブ医者んトコかよっ」
　「そういうコト…、じゃあとはヨロシク」
　「わぁったっ」

　なーんて…、返事はしたけど…、

　あんな会話を聞いた後で、そんなの信じられっかっ！！！！
　なんかアヤシイっっ、ぜぇぇったいにアヤシイっ！！！
　そう思った俺はおとなしく留守番せずに、久保ちゃんの後をつける事にした。
　ムリヤリ痛いコトがなんなのかを確かめるために…っ。
　そして久保ちゃんに痛いコトをするヤツは、俺様が成敗してやるっ！！！
　
　「よしっ！　出動だーっっ！！」

　そう言って気合を入れた俺は、自分のコートを着て部屋を出る。
　すると、すでにマンションの廊下に久保ちゃんの姿はなかった。
　やっべー、早く行かねぇと見失っちまう…っ。
　俺は急いで廊下の付き当たりにあるエレベーターに乗って一階に下りると、外に出て久保ちゃんの姿を探す。
　そしたら、さすがにそう遠くには行ってなくて、すぐに見つかった。
　少し猫背気味の久保ちゃんの背中…。
　上に立ち昇ってく煙で、セッタを吸ってんのがわかる。
　近くじゃなくて離れた場所から久保ちゃんを眺めてると、少しいつもと違って見えた。
　今まで考えたコトもなかったけど、俺と一緒にいない時の久保ちゃんって…、どんなんだろ？　俺が知ってる久保ちゃんとは、違ったりすんのかな？
　そんな風に思うのはたぶん…、電話の相手が誰なんだろうって無意識に聞き耳立てちまうみたいに、俺の知らないコトが久保ちゃんにはいっぱいあるせいだった。

　「俺の場合は…、無いんじゃなくて自分も知らねぇってだけだけどさ…」

　俺は自分のコトを、話そうと思っても話せない。
　けど、久保ちゃんは話そうと思ってないから何も話してくれない。
　そりゃあさ、何を話したって何を聞いたって俺は久保ちゃんと一緒にいるし何も変わんねぇけど、そうだって決まってんだけど…、

　知ってて変わらないのと知らなくて変わらないのとは…、何かが…。

　そう思いかけた瞬間にハッとある事に気づいて、いつの間にかうつむいてた顔を上げると・・・・、やっぱり目の前にあったはずの久保ちゃんの姿がなーいっっ！！
　後をつけてるつもりでボーっとしちまってた俺が悪りぃんだけど、このままだとマジでヤバイっっ、早く探さねぇと…っ！！
　
　このままだと久保ちゃんがっ、ムリヤリ痛いコトされちまうっっ！

　そういや、良く見るとココって東湖畔に近いよな？
　…ってコトは、電話の相手はヤブ医者でただのバイトだったのか？
　でも、ヤブ医者相手の電話ならムリヤリとか痛いとかってヘンだし…。
　誰となんの電話だったんだ一体っっ。
　だけど、よくよく考えるとヤブ医者と久保ちゃんって雇い主とバイトってだけじゃなさそうだよなぁ。結構、色々知ってて古い知り合いみたいだしさ…。
　なーんかアヤシイ…っ。つーか、オトコなのにやたら髪長いし、チャイナ服とか着てるし女みてぇだしヤブ医者って存在自体がアヤシイじゃん…っ。
　アイツなら、なんかムリヤリ痛いコトとかしそうかも…、
　・・・・・・・。

　・・・・・・・く、久保ちゃんがアブナイっっ！！！！

　俺は向かってる先にある中華街で、唯一知ってる場所、東湖畔に向かって走り出す。けど、俺の頭の中ではすでにチャイナ服を着たアヤシイ医者が、久保ちゃんにムリヤリ痛いコトをしていた…っっ。

　『うーん、電話で痛いのイヤだって言ったのになぁ…』
　『ふふふ…、そのまま動かないでください。抵抗しないでおとなしくしててくださるなら、そんなに痛くありませんよ』
　『そう言われても、ねぇ？』
　『ほら、動かないで…』
　『・・・ん』
　『ちょっと…、チクっとするだけですから…』

　とかってっっ、チクッでもブスッでもダメに決まってんだろ…っっ！！！

　だいったいっ、始めて見た時からアヤシかったんだよなっっ！！
　情報屋もしてるらしいし、なんか久保ちゃんの弱みとか握ってんのかもっ！！
　くそぉっっ、あんのヤブ医者っ！！！
　待ってろよっ、久保ちゃんっ！！！
　俺様が絶対に助けてやるからな…っっ！！！
　覚悟しろっ！！！　ヤブ医者ーーっ！！！
　俺はそうココロの中で叫ぶと突入しようと、東湖畔の古びたドアを開ける。
　けど、中に飛び込もうとした瞬間になぜか前に踏み出した足が宙に浮いた。
　あ、あれ…っっ？？
　一瞬、何が起こったのかわからずに俺が足をジタバタさせると、聞きなれた声が耳元でする。そして、後ろから嗅ぎなれたセッタの匂いがした。
　見失ったと思ってたのに、俺の後ろに久保ちゃんがいてっっ、
　しかも、ネコにするみたいに俺の首根っこを掴んでつまみ上げてるっっ。
　そして、驚いてる俺をよいしょ…っとか言いながら肩に担いだっ。
　つーかっ、こ、この状況は一体なんなんだっっ！！
　「お一人様、ご案内〜♪」
　「おや、予告通り時任君も一緒ですか？」
　「そ、今日は同伴出勤」
　「さすがですね」

　「…って、何が予告通りで誰が同伴出勤なんだぁぁぁっ！！」

　俺が肩に担がれたまま、そうジタバタ暴れながら叫ぶと久保ちゃんは吸ってたセッタの煙をふーっと吐き出す。そして、俺が久保ちゃんの後を追うのに夢中になって忘れていた事をのほほんと言った。
　「ねぇ、時任…」
　「な、なんだよっ」
　「俺って出かける前、お前に留守番しててって言ったよね？」
　「言った」
　「しかも、東湖畔に行くって言わなかったっけ？」
　「・・・・い、言った」
　「なのに、なんでココにいるのかなぁ？」
　「うう…っ」

　「俺ってそんなに信用なかったんだ…、ちょっとショックかも？」

　久保ちゃんはそう言うと俺を担いだまま、しょんぼりと肩を落とす。
　うううっ、言われてみれば確かにそうだけどっ、まさか電話を盗み聞きしてて心配になったから追いかけてきたなんて言えねぇっ。こんなコトなら留守番してればよかったっっ。
　なーんて思っても…、後悔先に立たずってヤツだよな…。
　俺がそうココロの中で呟いてると、久保ちゃんは鵠さんと今日のバイトの事を話し始める。だから、俺は肩に担がれたままでしょんぼりとため息をついた。
　あーあ…、
　それにしてもだけど、ムリヤリ痛いコトって結局なんだったんだ？
　俺の聞き違い？
　それとも、今日のバイトでなんかあんのか？
　今、話してる内容からすると、いつもので変わりなさそーだし…、
　バイトっつっても俺はするコトねぇから…、

　「とりあえず帰ろっかな…」

　俺はそう呟くとモゾモゾと動いて、久保ちゃんの肩から降りようとする。けど、なぜか久保ちゃんは片手でガッチリ俺の腰の辺りをホールドしちまってて離してくれないっっ。
　なっ、なんなんだっ、一体っ！！
　もしかして、留守番せずに来たコト怒ってんのか？！！
　しかも久保ちゃんは今からバイトのはずなのに、俺を担いだままで東湖畔の店の奥に入っていくっっ。ヤブ医者の店の奥って…、確か…っっ。
　
　って、コトはまさかーーーーーーっ！！！

　店の奥に広がる暗がりに、ムリヤリ痛いコトを想像した俺はさっきとは比較にならないくらいジタバタと暴れ出すっっ。すると、久保ちゃんは歩いて行った先にある古びたドアをギィィィ…っと開けた…っ。
　そう…、東湖畔の奥にあるのは診察室。
　そして、たぶんそこで検査とかってムリヤリ痛いコトされるのは…、
　久保ちゃんじゃなくて俺…っっ！！！
　久保ちゃんは俺を診察台に下ろすとアヤシイ微笑みを浮かべて、その事に気づいた俺の頭をよしよしと撫でた。
　「まさか…、く〜ぼ〜ちゃ〜ん…」
　「ま、せっかく来たんだし、ついでに健康診断してもらいなね？」
　「なにがせっかくだよっ！！電話でワザとアヤシイ会話して俺を誘い出してっ、始めっからそのつもりだったクセにーっ！！」
　「まあまあ」
　「こうなったら、俺がムリヤリ痛いコトしてやる〜〜っっ」

　俺がそう言って襲いかかろうとすると、久保ちゃんはじーっと俺の顔を見る。
　しかもいつもみたいな細くなくてっ、完全に開いた目でっ！！
　すると、今から襲いかかろうとしてんのは俺なのに、逆に俺の方が今から襲われそうな気分になる。でもっ、ココで無敵の俺様が負けるワケにはいかないっっ！！
　けど、久保ちゃんの一言で俺はノックダウンされた…っっ。
　「うーん、別に時任になら痛いコトされてもいいけど…」
　「けど？？」
　「・・・・・・・・始めてだから優しくしてね？」


　ぎゃあぁぁぁ・・・・・・・・っっ！！！！　


　耳元で囁かれて、再起不能。
　久保ちゃんのお色気攻撃のせいで診察台にガックリと力尽きた俺は、じゃあねと言って軽く振られた手に答える気力もなかった。
　うう…、背筋がゾクゾクで寒イボが…っっ。
　踏んだり蹴ったりの一日に、俺がぐったりとしていると久保ちゃんと入れかわりにヤブ医者が診察室に入ってくる。けど、すぐには診察を始めずにイスに座って店から持ってきたお茶を俺に渡すと、もう一つの方を自分で飲んだ。
　「一応、手の事もありますし血液検査もするので診察を受けるのが嫌なのはわかりますが…、自分を心配してくれてる人を少しでも安心させたいと思うなら…」
　「診察を受けろって言うんだろ？」
　「はい」
　「けど、診察するまでもなく俺はどっこも悪くねぇんだよっ」
　「それでも診察して悪くないとわかるのとそうじゃないのとでは…、やはり違うのではありませんか？」
　「・・・・・・・けどさ」
　「何も知らないで信じている事と何か少しでも知っていて信じている事とが…、同じようで違うように…」
　「・・・・・・」
　「時任君？」

　「・・・・・・確かにそうかもな」

　・・・・・・何も知らなくても信じてる。
　信じてるか信じてないかと聞かれたら、俺は迷わずにそう答える。
　それは信じたいから、信じていたいと思うから…、
　けど、もしかしたら何か少しでも知ってたら、信じてるコトと信じたいコトとの間にある何かが埋まってくのかも…って、ヤブ医者の診察を受けながら思った。
　何も知らなくても信じてる…、そして何を知っても信じてる。
　何を知っても何がわかっても、俺が俺でしかないように…。

　この…、ニンゲンじゃない右手が俺の手だってコトのように…。

　東湖畔でヤブ医者の診察を受けながら、また信じてるコトと信じたいコトを考えて、
　そこに何があるのかを想いながら、俺は久保ちゃんが帰ってくるのを…、
　今日が終って、やがて明日が来るのを待つように…、

　・・・・・・待っていた。

　
『信用問題』　2006.3.11更新


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