最近まで雨ばっかだった気がしてたのに、いつの間にか晴れの日が多くなって…、気がついたら夏になってた。
 着てる服が半そでになって、どこからかセミの声が聞こえてくるようになって…、
 窓を開けたら暑い空気が部屋ん中に入ってくるし、カレンダーが何月かなんて見なくてもちゃんと夏だってわかるくらいに…。
 けど、クーラーのきいた部屋でアイス食いながら、たくさんある夏らしいコトよりも夏を感じる部分が俺にはあんだってコトに気づいた。
 じっとその部分を眺めてると…、やっぱ、なんでこんなになってるんだろうって…、
 それだけいつものように思ったりする。
 
 なんで…、だろうって…。

 黒い手袋の中で汗まみれで気持ち悪くなった右手を見つめてると、なぜか久保ちゃんが読んでる新聞をめくる音が聞こえてくる。外はセミが鳴いてるし、静かってワケじゃないけど…、やけにその音だけが耳について離れなかった。
 暑かったら手袋を取ればいいんだって、当たり前にわかってんだけど…、
 なぜか新聞がカサカサいってる音を聞いてたら、手袋をはずせなくなる。
 その音を聞いてると、ココロの仲間でざわざわしてくるカンジだった。

 「…久保ちゃん」
 「なに?」
 「今、エアコンの設定温度って何度?」
 「ん〜、24くらい?」
 「暑いっ!」
 「そう? 寒いくらいだと思うけど?」
 「俺様が暑いっつったら、暑いんだってのっ」
 「ぺつに温度下げてもいいけど、あんまり低くすると冷房病になるよ?」
 「冷房病になっても、暑いよかマシっ」
 「ま、いいけどね…」
 「いいから、さっさと設定温度低くしろっつーのっ」
 「はいはい」


 温度を下げるように言ったのに、時任はソファーに行って毛布をかぶって…、
 まるで冬に寒いって言ってそうしてた時のように、じっとひざを抱えてた。
 窓の外からはセミの鳴き声が聞こえてて…、どこを見ても夏らしくて…、
 でも、半そでのTシャツ着てても時任のまわりだけが、夏になり切れずに取り残されてしまってた…。
 セミの鳴き声がやけに大きくて…、その声がなぜか耳に痛く響く…。
 その声を冷たいエアコンの風に当たりながら聞いてると…、

 この部屋にはまだ夏は来てないって…、そんな気がした。

 ひざを抱えた時任は黒い手袋のはまった右手を見ていて、その様子を眺めてると…、少しだけ暑がるワケがわかる。
 冬は手袋してても気にならないけど、夏に手袋はやっぱり似合わなかった。
 でも…、それでも時任は手袋をしてなきゃならなくて…、
 外ではどんなに汗ばんでも…、暑くなってもはずせない。
 だから、時任は夏じゃなくて暑いのがキライだって…、そう言うのかもしれなかった。

 「な、なにすんだよっ」
 「なにって、手袋洗濯しようとしたダケだけど?」
 「べつに、今してるヤツ洗濯することねぇじゃんかっ」
 「こんなに汗まみれなのに?」
 「さっき、外に買いモノに行ったからだろ」
 「知ってるよ」
 「なら、洗濯してあるヤツはめるからいい…」
 「・・・・そう」
 
 俺の右手から手袋を取ると洗濯するって言ったクセに、テーブルに置いてぎゅっと強くじゃなくて…、
 かぶってる毛布と同じカンジに、毛布の上から俺のこと抱きしめてきた。
 その暑いけれど暖かい感触が伝わってくると、一つだけトクンと心臓が鳴る。いつも一緒にいるけれど…、こんな風に鼓動が鳴るのは久保ちゃんだけだった。
 ドキドキするから好きなんじゃなくて…、好きだからドキドキする。
 そんな自分の鼓動を聞きながら、なんとなく手袋のなくなった右手を毛布の中に入れようとしたのは…、

 この手に血の匂いが、染みついてる気がすることがあったからだった。

 ワケなんてなにもなくても…、それは間違いじゃないって予感だけがあって…、
 もしもすべてを覚えてたら、後悔しないって言えるのかもしれないけど…、何もわからないからそんな風には言えなかった。
 けど、毛布に入れようとした手が久保ちゃんにつかまった瞬間に…、血にまみれているかもしれない右手から暖かさが伝わってきた瞬間に…、
 血にまみれているかもしれない過去より、今が…、久保ちゃんといる今だけが…、ココロの中ににじんできた。

 「手袋取っても…、このままだと変わんなくて暑いじゃんか」
 「離したい?」
 「べ、ぺつにそんなこと言ってねぇだろっ」
 「じゃ、握ってていい?」
 「・・・・・・うん」
 「だったら、もっと設定温度下げよっか?」
 「なんで?」
 
 「それはもちろん…。身もココロも、夏らしく熱くなるために…」
 
 

 久保ちゃんと一緒に夏らしく熱くなりながら…、天井に向かって手をかざした。
 そしてその手を見るとやっぱり人間の手には見えなかったけど、久保ちゃんに触ると暖かいってちゃんとカンジさせてくれる。
 だから、こんな手でも俺にとっては大切な手だった。
 久保ちゃんの手を握りしめられる…、握り返すことのできる手だった。
 だから、どんな手でも自分の手だってわかってるから、ホントは手袋なんかしたくなくて…、でも、必要ないって想ってても必要だったするけど…、

 この手を握っててくれる手がある限り、ちゃんとこれが自分の手だってそう思える気がした…。

 だからいつの間にかセミの声が聞こえなくなっても、真夏のような熱さに犯されながら…、久保ちゃんの背中に右手を回して…、
 冷たい空気を吐き出ししてるエアコンの音を聞きながら…、俺はゆっくりと目を閉じた。


『摂氏』 2003.7.25更新


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