学校に行って勉強して、それから放課後には公務して…、その中で色んなことが起こったりはするけれど、基本的なことはなにも変わらない。だから今日も朝起きると変わらない日がきて、変わらずに俺の隣には時任がいた。
 でも、そんな変わらないことだらけの日々の中でも変わっていっていることを見つけることは難しくなくて…、今日は一緒に歯を磨くために洗面台の前に立ったら、いつの間にか少しだけ時任の身長が伸びてるのを発見する。
 なのに時任と視線を合わせる時の高さが変わらないのは…、たぶん俺も同じくらい伸びたって証拠で…、時任だけ変わって追い越されてるんじゃなくて一緒に変わってるって証拠。
 けど、時任の変化も俺の変化も、そんな風に確実に当たり前に変わってくコトばかりじゃなかった…。

 「あれ・・・・、これって計算間違いじゃないわよね…」

 その声を聞いて本を読んでた活字から目を離して視線を上げると、請求書を整理してた桂木が驚いた顔をしてるのが見える。ココはいつもの放課後の生徒会室だから当たり前に桂木ちゃんに視線を向けたのは俺だけじゃなくて、ゲームに熱中してた時任も他の執行部員も同じ方を向いていた。
 請求書の山を見て眉間に皺を寄せてたら、いつものことだから誰も桂木ちゃんの声に反応したりはしなかったんだろうけど…、今日の桂木ちゃんはなにかよっぽど驚くことでもあったらしくて…、
 みんなが注目するくらい驚いた表情のまま固まってしまってた。

 「請求書の前で、何をそんなに驚いてるんだよ? ま、ま、まさか今月の公務中に破壊した備品の請求額が払い切れないくらいの額だったとか…」

 そう桂木に向かって言って自分で青くなったのは相浦で、それを聞いた時任はビクッと肩を揺らして逃げる体勢になってる。それは心当たりがありすぎるからだったけど、そんな時任を見ても今日の桂木ちゃんは怒鳴ったりしなかった。
 だから、めずらしいなぁって思いながら桂木ちゃんを見てると、桂木ちゃんはガタッと勢い良く座ってたイスから立つ。そして時任につかつかと歩み寄って、いつの間にか手に持ってるハリセンで時任の頭を軽く叩いた。
 
 バシっっ!!

 「い、いきなりなにすんだよっ!!!」
 「・・・・・エライ」
 「はぁっ!?」
 「はぁ?じゃなくて、エライって言ってんでしょっ!!」
 「…て、誰が?」
 「アンタがよ」
 「俺様が天才なのは、いまさら言わなくても当たり前だろっ!」
 「だーかーらっ、そういう冗談で言ってるんじゃなくて請求書を見て言ってんのよっ!」
 「じょ、冗談なんか微塵も言ってねぇっつーのっ!!!」

 「とにかくっ、こっちに来て帳簿を見なさいよっ、帳簿をっ!!」

 時任は冗談だと言われてムッとしてたけど、桂木がハリセンを握りしめながらそう言ったらおとなしく持ってたゲームを置いて帳簿を見に行く。そして、机に置いてある帳簿を眺めて首をかしげた。
 どうやら、時任が帳簿を見ても桂木が驚いてるワケはわからないらしい。時任は少し間だけ帳簿を見ながらうなってたけど、ちらっと俺の方を見た。
 こういう視線を送ってくる時はそばに来て欲しい時だから、俺は迷わずに読みかけの本を置いて桂木の前にある机に置かれている帳簿を見る。すると、ずっとマイナス続きだった帳簿が今月はプラスになっていた。
 「もしかして、今月で赤字解消?」
 「そうよっ、そうなのよっ!! 信じらないコトだけど、今月は黒字なのよっ!」
 「それって、今月は時任があまり破壊しなかったからってコト?」
 「赤字が減るのに、それ以外の理由なんて思いつかないわ」
 「この帳簿って、もしかして時任クンの破壊記録?」
 「もしかしなくても、そうに決まってるでしょっ!」
 「やっぱりねぇ…」
 「ねぇ…、じゃなくてっ、相方なんだからたまには時任を止めなさいよっ」
 「うーん、でも楽しそうだし?」
 「楽しんで壊すなら、自分んちにしてくれない?」
 「ウチには不良なんていないからムリっしょ? それに、時任がウチで暴れるのはベッドの上だけなんで…」

 「…って、さりげなく妙なコト口走ってんじゃねぇっっ!!!」

 時任は真っ赤になって怒鳴りながら、俺の頭を勢い良く叩く。でも、その手にはあまり力が入ってなくて、叩かれてもそれほど痛くなかった。
 それに気づいて微笑みかけると、時任はもっと赤くなってドアに向かって走り出す。昨日はちょっと無茶をさせすぎて背中に時任の爪跡が残ってるから…、もしかしたらその時のことを思い出してるのかもしれなかった。
 そんな時任の後を追ってドアに行こうとすると、俺を呼び止める声がする。だから少しだけ振り返って見ると、桂木ちゃんがあきれ顔でため息をついてた。
 「アンタたちがバカッブルなのはしょうがないないけど、イチャイチャすんのは有害だからウチでしなさいよっ、学校と違ってウチでは二人きりなんでしょっ」
 「訪問販売のオニィサンとか新聞の勧誘のオジサンは、たまにくるけどね」
 「とにかくっ、18禁コードにひっかかることはしないでよっ」
 「それって、ひっかからない程度ならいいってコト?」
 「・・・・15禁に引き下げ」

 「うーん、微妙だぁねぇ」
 
 桂木ちゃんにはそう言ったけど…、ホントは時任がかなり凝るわりに飽きるのが早いって知ってるから、いつも一緒にはいない方がいいのかもしれない。けどそれを考えてても実行できないのは、たぶんこんな日々が永遠に続かないことを知ってるからで…、離れてる時間がもったいないって気がするからかもしれなかった。
 当たり前だったことがいつ当たり前じゃなくなるかわからないし…、もしも変わっていくことがあるなら目をそらすよりも見つめてたい…。けれど、変わったコトを見つけるたびに少しさみしくなっていくのは…、ホントは変わらないでいて欲しいと想ってるせいなのかもしれなかった。
 執行部につけられた破壊記録が少なくなっていくのはいいコトで…、そうなるように時任ももしかしたら努力したのかもしれない…。でも、見回りをしながら俺の前を歩いてく時任を見つめながら、いつも通りにいかないコトにいらだちみたいなモノをカンジてた。
 時任と出会う前は変化がなくてタイクツしてたのに、春の暖かい空気と明るい光の中で、こっちを振り返って笑ってる時任を見てると変化がわずらわしくなってくる…。
 そんな自分を自嘲してても…、両手の指で四角く作ったファインダーの中に…、
 笑顔でこっちを見てくれてる今を…、このまま閉じ込めてしまいたかった。

 「なんかボーっとしてっけど、どうかしたのか?」
 「ん〜? べつに時任クンはかわいいなぁって見てただけだけど?」
 「か、かわいい? 男の俺様がかわいいわきゃねぇだろっ!」
 「じゃ、カッコイイなぁって…」
 「うっ…」
 「せっかくほめてるのに、なに固まってんの?」
 「くぼちゃんにマジ顔でほめられると、なんか裏がありそうでブキミ…」
 「いやだなぁ〜、本音で言ってるのに裏なんかあるワケないっしょ?」
 「な、なら、いいけどさ…」
 「それに、お前ってって世界のアイドルで正義の味方なんだからカッコよくて当たり前なんじゃなかったっけ?」
 「う…っ、ぜってぇなんか企んでるっ、やっぱブキミだぁぁっ!!」

 「お前ねぇ…」

 俺の本音を信じてくれない時任は、俺が壊れたとかなんとか言いながらじたばたと騒ぎ出す。それを見てるのがなんとなく楽しくて、もっとほめてみたら今度は赤くなってハズカシイこと言うなって叫んだ。
 けれどたぶんホンネってのはいつでもハズカしくて滑稽で…、エゴに塗れててくだらなくて…、そういうモノなのかもしれない…。いつだって胸の奥に隠してるのは、ワガママで強欲で救いがたくて、カミサマもさじを投げ出したくなるようなそんな欲求だから…、
 いつだって、時任の笑顔を見ながらできないコトばかりを願ってた。
 ゆっくりと流れる時にタイクツして早く流れればいいのにって想ってたクセに、見つめてたいモノが一緒にいたいヒトができた途端に…、

 流れ落ちてく時を…、一分でも一秒でも引き止めたがるように…。
 
 けれど止まってはくれない時の中で…、時任は俺の横から勢い良く走り出す。だから、なんとなくその後を追わずに背中を眺めてると、時任の走ってく先にある資料室の前でうろうろしながら立ち尽くしている生徒が一人いるのが見えた。
 なぜそんなトコでうろうろしてるのかは最初はわからなかったけど、資料室に近づいて見るとワケがすぐにわかる。中からは何かが暴れてるような物音と、女の子のものと思われるくぐもったうめき声が聞こえてきてた。
 それだけで中でなにが起こってるのかは、鈍い時任でもさすがに察しがつく…。
 それを一番最初に発見した生徒は、時任が来たのに気づくと資料室の様子がおかしいことを訴えてきた。
 「な、中の様子がなんかヘンなんですよ…、でもカギがかかってて…っ。だから、今からすぐに僕がカギ取ってきますから後は執行部でお願いしますっ」
 「後は当たり前に引き受けるけど、べつにカギは取りに行かなくていいぜ」
 「えっ?」
 「この状況でそんなコトしてて、間に合うワケなんかねぇだろっ!」
 「けど、カギがかかってるのに中にどうやってっ!」

 「そんなの簡単に…っ」

 そう言った時任は少し後ろに下がると、壊すためにドアに蹴りを入れようとする。けれど、ここでドアを壊してしまったら、せっかく今月かろうじて黒字になってた執行部の帳簿が赤字になるかもしれなかった。
 カギを開ける時間でロスしたからって、責めるヤツはたぶんいない。
 俺は近づいて蹴りを入れようとした時任の肩を軽く叩くと、冷汗をかいている生徒にカギを取りに行くってくれるように言った。すると、生徒はうなづいて勢い良くは走り出したから、この分だと五分くらいで戻ってくるだろう。
 だからドアを壊さなくても、あと五分だけ待てば良かった。
 「な、なんで止めんだよっ、久保ちゃんっ!」
 「あと五分待てば中にいる子も助けられるし、ドアは壊れないし、帳簿も赤字にならなくて済むけど?」
 「だからっ! それじゃ間に合わねぇっつってんだろっ!!」
 「けど、帳簿の赤字を気にして気をつけてたんじゃないの?」
 「はぁ? なんだよソレ?」
 「だったら、今月黒字は?」
 「べっつにいつも通りにやってんだから、そんなのマグレに決まってんだろっ!」
 「マグレ…ねぇ? それ聞いたら桂木ちゃんガッカリするかも?」
 「赤字だろうと黒字だろうとそんなの俺が知るかよっ! とにかくっ、間に合わねぇからとっととドアをブチ壊すっ!!」
 「そんじゃ、二人で派手にブチ壊すとしますか?」
 「おうっ!」

 『せーのっ!!』

 二人で並んで顔を見合わせて掛け声を合わせて、同時にドアに手加減ナシで蹴りを入れる。すると、ドアはカギごと派手に壊れて床に叩きつけられた。
 これで今月も帳簿は赤字になったけど、時任はそんなことを気にした様子もなく女の子に乱暴をしようとしている二人組の不良を睨みつける。不良は俺らが入ってきたのを知ると青い顔をして慌てて逃げ出そうとしたが、故意に伸ばした時任と俺の足に引っかかって倒れた。
 「ちょ、ちょっと、ふざけてただけなんだって…」
 「ま、まだ何もしてねぇんだから見逃してくれよ…」
 「・・・・・・・なにもしてない? ふざけてただけ?」
 「そうそう…、だよなっ?」
 「もうしないからカンベンしてくれよ、時任」
 「てめぇら、そういうセリフは俺じゃなくて…」
 「えっ?」

 「そこで泣いてるヤツ向かって土下座して言いやがれっっ!! クソ野郎っ!!!」

 時任がそう叫びながら拳を繰り出すと、それを避けようとした不良が資料室の棚を派手に倒す。その横には壊れたドアが転がってたけど、今日は時任がブチ切れてるからドアだけではすまないかもしれなかった。
 桂木ちゃんは黒字になったのを喜んでたけど、それもわずか一日限り。
 でも、目の前で正義の鉄拳を奮ってる時任を見てると、やっぱりいつもみたいに止める気にはなれなかった。
 月日が過ぎてくと変わってくトコもあるけど…、変わらないトコもちゃんとあって…、
 それが…、その変わらない部分が時任なのかもしれない。
 だからきっと…、ファインダーに静止画像を収めなくても、いつでも変わらないモノがそこにあって…、変わった部分も含めて今がココにちゃんとあるから…、
 こっちを向いてくれてる時任の笑顔を見えると、抱きしめたくなるのかもしれなかった。

 「今日の公務は終了したし、二人で15禁の世界に行かない?」
 「じゅ、15キンってなんだよ? どっかのスーパーの安売り?」
 「うーん…、やっぱウチに帰って18禁にしとこっかなぁ」
 「なんの話だよっ、なんのっ!!」
 「ビデオの話」
 「げっ、俺はアダルトなんかぜったいに見ねぇかんなっ!」
 「そんじゃ、ビデオじゃなくて実践で…」

 「…って、さりげなく勝手に決めてんじゃねぇっ!!!」

 いつもみたいに朝だよって起こして、二人で寝ぼけ顔で朝メシ食って学ランに着替えて学校に向かう。そんな日々が永遠に続かなくても、時任の瞳が俺と俺のいる世界を写してくれてるから…、なにもかもが幻になって消えることはない…。
 だから俺も同じように時任と時任のいる世界を写しながら…、決して止まらない時の中を二人で歩いてく…。時が止まらなくても止まれなくても…、だからこそ君の笑顔が綺麗に見えるんだってコトを…、

 こんなにも君のいる世界が、暖かいんだってコトを知ってるから…。

 
                                             2004.3.28
 「静止画像」


                     *荒磯部屋へ*