チャイムが鳴って学校が始まって…、そしてまたチャイムが鳴って休けいになって…、学校に行くとその繰り返しで一日が作られていく。
 それは変わるようで変わらない日々で、けれどその一日が退屈に過ぎていくのか、それとも退屈とは無縁に過ぎていくのかはそこにいる本人達次第なのかもしれなかった。

 たとえばある二人組に誘われて…、執行部に入るか入らないかの違いのように…。

 放課後になってカバンを持って教室から出た桂木は、「じゃあ、行くから」とクラスメイトに軽く挨拶をして廊下を歩き始める。そして、その行き先はもうすでにクラスメイトに説明するまでもなく、当たり前に決まっていた。
 ・・・・・生徒会執行部、桂木和美。
 すでに桂木の名前の上には、この学校の生徒なら必ず執行部の肩書きが思い浮かぶに違いない。執行部で唯一の女子部員で、あの一癖も二癖もある部員達といても違和感のない女の子はそういるものではなかった。
 実は執行部員は、立候補してなりたいからなれるものではない。
 桂木の前に執行部員になりたいと申し出た女子生徒は何人かいたが、そのほとんどが久保田目当てだったために、部室に入ることすらできなかったらしかった。

 「天気もいいし…。やるっきゃないわよねっ、今日もっ」

 桂木はそう呟きかながら、両手を上に伸ばして軽く伸びをする。
 学校の授業も執行部としての公務もきちんとこなしているが、やはり授業よりも公務の方が気合いの入り方が違っていた。それは学校の治安を守るという重要な仕事だということもあるのかもしれなかったが、それよりも何よりも何か大切なものがそこにあるような気がしていたせいかもしれない。
 いきなり執行部のおちゃらけコンビである久保田と時任に執行部に誘われてから、桂木が学校ですごす日々は退屈とは無縁だった。
 
 ・・・・・・・・・・ドンッ。

 「おい、ぶつかっといて謝罪もナシかよっ」
 「ぶっ…、ぶつかって来たのはそっちじゃないかっ」
 「てめぇっ、言いがかりつけよってのかぁ?」
 「そんなつもりは…」
 「こういうヤツは、ちゃんと教育的指導ってのしてやらないとなぁ?」
 「そうそ、ヒトのせいにするのはイケナイってガッコのセンセも言ってただろ?」
 「な、なにすんですかっ!!」
 「このガッコで、センパイに逆らったらどーなんのか教えてやるよっ」

 いかにも不良な感じの三年の男子生徒が、下級生にからんでいて…、
 たぶんこういう場面を見たら、たとえそれを止めたいという気持ちがあったとしても、普通は見ないフリとか知らないフリをしてしまうのかもしれない。
 けれど執行部に入ってからは特に、桂木は見ないフリとか知らないフリをするなんてことを考えたことがなかった。
 自分だって女の子だし、不良を目の前にして怖くないわけじゃない。
 でも、それ以上に守らなくてはならない何かがある。
 だから、桂木はからまれている下級生をかばうように、言いがかりをつけている不良四人組の前に立った。

 「なにやってんのよっ、あんたたちっ!!」

 桂木がそう言うと、後ろにかばわれた下級生は助かったとばかりにこの場から逃げ出す。しかし桂木はその後ろ姿を平然と見送って、目の前にいる不良達をにらみつけた。
 ぎゅっと強くこぶしを握りしめながら…。
 すると、今日の遊ぶ金の収入源に逃げられた不良は、いっせいに逃げた下級生ではなく桂木の方に悪意に満ちた目を向けてきた。
 「なんだ、てめぇはっ!」
 「おいっ、コイツって執行部の…」
 「ああ、執行部の男女か」
 「誰が男女よっ! 失礼ねっ!」
 「ふーん、なら男女じゃないって、女らしいショーコでも見せてくれんの?」
 「へぇ、楽しみ〜」
 「なっ!?」 

 「俺らと遊ぼうぜ。執行部の桂木チャン」

 いくら自分が執行部員でも、やめろと言ったくらいでこの場から不良が引くとは思っていない。けれど、この展開は予想外だった。
 不良の意識は物欲から性欲に変わって、ターゲットが下級生から桂木に変わったのである。桂木はいやらしい笑みを浮かべて迫ってくる不良に向かって、隠し持っていたハリセンを構えた。
 ここで助けを呼ぶのは簡単だが、それでは今後の公務に差し支えが出る。
 学校での桂木は助けられる側ではなく、学校の正義と秩序を守る側の人間だった。
 桂木は腕を伸ばしてきた一人目に向かって、勢い良くハリセンを振り下ろす。
 すると一人目がまともにハリセンを食らって、後ろへと倒れた。
 「ぐはぁっ!!!」
 「女だと思って甘く見ると、痛い目見るわよっ」
 「ブスのクセに、なめたマネしやがってっ!」
 「そんな言葉、アンタに言われても痛くもかゆくもないわね」
 「てめぇっ!」

 「本当の女らしさってのはねっ、自分の力で輝こうとする心意気よっ!!」

 そう叫んでからハリセンを振り下ろしたハリセンを切り返すと、目の前で険悪な顔をしている不良に向かって振り下ろそうとする。
 だがそうする前に、別の不良が桂木の腕をつかんだ。

 「へへへ…、イキがるのもここまでだぜっ」

 腕をつかまれた桂木は、自分と男との力の差にくやしそうに唇をかみしめる。すぐにでもいやらしい手を振り払いたかったが、いくら力を込めても不良の手は桂木の腕から離れなかった。
 執行部員としての心意気は誰にも負けないつもりだが、やはり力の差はどうにもならない。桂木はそれでも気丈に動揺した素振りも見せず、助けも呼ばずに不良をにらみ続けている。
 それが気に入らなかったらしく、不良は桂木に向かって拳を振り上げた。

 「オンナはおとなしく、オトコにヤられてりゃいんだよっ!!」

 桂木は頬に拳が当たることを予測して、それに耐えるためにぎゅっと両手を握りしめる。
 だがその瞬間、桂木を殴ろうとしていた不良の顎に、何かがガツッと派手な音を立てて当たった。
 不良はその衝撃で倒れて、桂木の腕が開放されて自由になる。
 何が不良に当たったのかと思って落ちた物体を桂木が見ると、それは荒磯高校指定の上履きで…、そこには時任と持ち主の名前が書かれていた。
 桂木が上履きの飛んできた方向を見ると、おなじみのおちゃらけコンビの姿がある。
 落ちていた上履きを桂木が投げると、それをなぜか久保田の方がキャッチして時任の足元に上履きを置いた。
 「そーいうコト言うヤツって、もてねぇヤツって決まってんだよなぁ」
 「ん〜、どう見てもモテそうにないやね」
 「ま、オレ様ほどもてるヤツはそうそういるもんじゃねぇけどなっ」
 「あー…、はいはい」
 「久保ちゃ〜ん」
 「まぁまぁ…」
 「なにが、まぁまぁだよっ!」
 「とりあえずそれは置いといて…、ウチの紅一点に手を出そうとした罪は重いってコトで」

 「不良はおとなしくっ、正義の味方にやられやがれっ!!!」

 久保田の置いた上履きを履いた時任は、勢い良く不良に向かって走り出す。すると、不良達の方も相手がたった二人だということに油断したのか、逃げずに走ってくる時任をいっせいに襲いにかかった。
 これが大塚達なら、いつも痛い目にあっているので少し躊躇していたかもしれないが、今日の四人はまだ時任と久保田の強さを知らないらしい。
 二人の腕についている執行部の腕章を見ても、ひるむ様子はなかった。
 二人が左右から同時に時任に殴りかかったが、時任は瞬間的にそれを察知して身を低くしてそれをかわす。すると、二人の内の一人がニヤリと笑って時任の顔にケリを繰り出そうとしたが、その前にガツッと音がしていきなり不良の顔面が醜くゆがんだ。
 「がはっっ!!」
 「狙える場所は他にもあったのに、わざわざカオ狙うなんて許せないよねぇ?」
 「・・・・・うううっ」
 「女のコのカオは大切って言うけど、時任のカオは貴重品だし…」
 「な、なにを…っっ」

 「自分がなにをしようとしてたか、身を持って知っとかなきゃね?」

 そう言って久保田は靴底で、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている不良の顔を踏みつけにする。するとその久保田の背後から、別の不良が近くにあった消火器を手に持ってそれで殴りつけようとした。
 素手が相手ならなんとかなるが、消火器では手で防いでも怪我はまぬがれない。
 それを見ていた桂木はハリセンを握りしめて走り出そうとしたが、それよりも早く時任の見事な回し蹴りが消火器を持った不良のわき腹に入った。
 すると、その回し蹴りのタイミングを読んでいたのか、蹴りを受けて倒れ込んだ男を後ろを振り返りもせずに久保田がすぅっと横によける。
 そして回し蹴りをしている時任の後ろに不良の黒い影が迫ると、今度は久保田の拳がその影に向かって繰り出された。
 
 「サンキュ、久保ちゃんっ」
 「時任もアリガトね」

 そんな風に言い合うと、時任と久保田はお互いの顔を見合わせてニッと不敵に笑う。
 その笑顔をまぶしそうに目を細めて見ながら、桂木は二人をうらやましいと思っている自分に苦笑していた。
 四人と戦っているのを見ると良くわかるが、時任は確かに強いが戦い方が派手なせいか隙が多い。しかしその隙をうまくフォローしながら…、背中を守りながら久保田が戦っていた。
 だが、久保田の方には時任を守っているためにやっぱり隙ができていて…、そしてその隙を今度は時任がフォローして背中を守っている。なので、二人の戦い方には無理も無駄もく、背中に敵が迫っても間に合わないと思えば無理に反撃はしなかった。
 それは、絶対に相方であるお互いがフォローをしてくれると信じているからできることで…、特に久保田の方はわざと隙をつくって攻撃させているようにも見えた。
 
 まるで…、おとりにでもなっているかのように…。

 こういう場面はやはり緊張感があるものだが、時任と久保田にはそれがない。
 お互いの行動を予測した流れるような見事な動きと、相手の隙をついた連携プレーは見ていて気持ちが良かった。
 そしてそれ以上に…、時々、戦いながらも顔を見合わせて笑い合ったりしている二人がまぶしくて…、
 桂木は戦う二人を見つめながら、小さく息を吐いた。

 「もしも女のコじゃなかったら…。せめて、ため息くらいはつかないですんだのかしらね?」

 そう呟くと桂木は、自分の持っている白いハリセンに視線を落とした。
 ハリセンは執行部に入ってから持つようになったものだが、今では腕章と一緒に執行部員としての証のような気がしている。
 けれど、そのハリセンを持っていたとしても、入り込めない場所がある感じがして…、
 戦っている二人を見ていると少しだけ寂しい気分になった。

 「そんじゃ、そろそろ…」
 「トドメといきますか?」
 
 不良四人組の中でリーダー格らしい男を残して、後の三人はあっという間に久保田と時任に倒されてしまっていた。
 その戦いぶりに実力の差がありすぎることを今更のように気づいた男は、ガタガタと震えながら後ずさりしていく。しかし時任はバキバキと指を鳴らしながら、容赦なく男に向かっていった。 
 
 「いくらモテなくっても、ムリヤリなんてするヤツは当ったり前に最低なんだよっ!」

 そう言った時任の顔は、戦っていた時と違ってかなり怒っていた。
 その顔のまま男の襟首をつかんで、拳を高く振り上げる。
 けれど、いつまでたっても拳を振り下ろさないので、桂木が不思議に思っていると…、
 時任はゆっくりと殴らないままに拳を下に下ろして、男の襟首から手を離した。
 こんなことは珍しいので桂木が少し驚いた顔をしていると、時任は男をにらみつけていた視線をはずして桂木の方を見た。
 「後はまかせたぜっ、桂木っ」
 「ま、まかせたって何を?」
 「執行部員なら、自分のケリくらい自分でつけんのが当たり前だろっ。やられっぱなしで引き下がるなんてらしくねぇし…」
 「あ・・・」
 「ありがとうとか言うなよっ、助けたつもりはねぇかんなっ!」
 時任が少しムッとしたような表情でそう言うと、横にいた久保田がガシガシと乱暴に時任の頭を撫でる。
 手に持ったハリセンを握りしめながら、桂木がそんな二人をみていると…、久保田が腕から腕章を外して桂木の方に向かって投げた。
 するとその腕章はふわりと曲線を描いて、桂木の手の中に収まる。
 久保田から渡された青い腕章には、校章と生徒会執行部の文字が描かれていた。
 「学校の平和と秩序を守るのが、俺らの仕事でしょ? 執行部員の心意気ってヤツ、見せてやんなよ」
 「・・久保田君」
 「執行部員らしく、その腕章つけてさ」
 「・・・・・・そうよね、ちょっと忘れるトコだったけど私も執行部員だったわ」
 「だぁねぇ」

 「それじゃ、正義の味方らしく思いっ切り行くわよっ!!」

 桂木が白いハリセンを構えると、倒れていた不良達も床を這いながら逃げ出そうとする。すると、桂木はそれを見て不敵に笑みを浮かべてから、さっき時任がそうだったように勢い良く走り出した。
 執行部員として正義の味方として…、大切な何かを守るために…。
 たとえ時任や久保田のようには戦えなかったとしても、腕ではなく心につけた腕章はだてではない。
 それは、桂木が間違いなく執行部員であることの証だった。
 
 「行けっっ!! 桂木っ!!」
 「天誅っっ!!!」

 バシィィンッッーーーー!!!

 今日も荒磯高校に白いハリセンの音が、すがすがしく気持ちよく響き渡る。
 そして、その音が鳴り終わった瞬間に桂木が振り返ると、そこには時任の笑顔と久保田の微笑みがあった。
 桂木はすっきりとした気持ちでその二人に微笑み返しながら、スカートを風にひらめかせて歩き出す。
 執行部の部室である、生徒会室に向かって…。

 右手にハリセン…、腕に心に腕章。

 それは誰がつけたものでもなく、自分でつけた正義の証だった。
                                             2003.6.23
 「正義の味方」


                     *荒磯部屋へ*