もしも道端にダンボールが落ちてたらとりあえずのぞいてみるか、それともムシって通りすぎるかは人それぞれだろうけど…、 俺の通り道に落ちてたダンボールからは、ニャーニャー鳴き声が聞こえてきてた。 だからダンボールの中身をわざわざ見にいかなくても、その中に入ってるのは捨てネコなんだってことがすぐにわかる。 聞こえてくる声は一つだから一匹で…、声がちっちゃいから子ネコだってことも…。 ダンボールが置かれてるのは散りかけの桜の木の下で、箱の上にはたくさんのピンク色の花びらが落ちていた。 今はもう春であったかくなってたけど、夜になるとやっぱりまだ寒い。 なんとなく空に浮かんでた白い月を眺めてから俺がダンボールに近づこうとすると、横にいた久保ちゃんに腕をつかまれた。 「べつに連れて帰ろうとか思ってねぇし、ちょっとだけ見に行くだけだって…」 「それでもダメ」 「なんでだよっ」 「だって、見たら連れて帰りたくなっちゃうでしょ？」 「そ、そんなことないっ」 「だったら、自分がどんなカオして、ネコに近づこうとしてたかわかる？」 「・・・・・・知らねぇよ、そんなのっ」 「このままネコが死んじゃったらどうしよう・・・・・」 「・・・・・・っ」 「そんなカオしてダンボール開けたら…、離れられなくなるでしょ？」 久保ちゃんの言葉を聞いた瞬間、自分の身体がビクッと反応したのがわかった。 そんな風にハッキリ…、死んだらとかそんな風に思ってたワケじゃなかったけど…、 もしかしたら心臓がドキドキするくらい…、図星だったのかもしれない。 けど図星をさされても、ネコの声があんまりニャーニャー聞こえてくるから、どうしてもダンボールのフタを開けたかった。 マンションは動物が飼えなくて、連れて帰ってやれないけど…。 ただ…、あんまり空に浮かんでる月が丸かったから…、散りかけの桜の花びらがキレイだったから…、それを見せてやりたかった。 せますぎるダンボールの中の暗がりで…、泣いているネコに…。 でも、ネコに近づかないように、俺の腕を強くぎゅっと久保ちゃんがつかんでる。だから腕を離させようとして久保ちゃんの方を見たら、久保ちゃんの方も俺のコトを見てた。 じっと…、ダメだってそう言い聞かせるみたいに…。 けど俺の目には…、久保ちゃんも俺と同じコトを想ってるように見えた。 「・・・・・・久保ちゃん」 「ん？」 「今から花見しねぇ？」 「・・・・花見って、もしかしてココで？」 「そうっ、ココでっ」 「・・・・・・」 「いいだろ？」 「…ま、べつにいいけどね」 久保ちゃんはそう言いながら俺の腕から手を離すと、何も言わずに近くにあった自動販売機で缶ビールを二本買う。 そして俺の方に向かって、銀色の缶を一本投げた。 するとその缶はキレイに曲線を描いて、俺の腕の中に収まる。 ビール一本じゃ花見ってカンジはしねぇけど…、それでも俺と久保ちゃんは缶のプルトップを開けながら、並んで散りかけの桜の花を眺めた。 ネコがニャーニャー泣いてる横で…。 白い月と…、ハラハラと落ちていくピンク色の花びらを眺めてると…、 やっばりネコの声を聞いてられなくなって、ビールを口に含みながら、俺は久保ちゃんに気づかれないようにダンボールに近寄って行こうとする。 けど、俺がダンボールにたどり着く前に、近寄るなって言ってた久保ちゃんが…、 俺のことをあっさり追い抜いて…、ダンボールのフタを開けた。 「自分で開けるなって言ったクセに…」 「けど、せっかくの花見だし、人数は多い方がいいっしょ？」 「・・・・・うん」 「このネコはまだ捨てられて日が浅いみたいだから…、すぐに死んだりしないよ」 「・・・・・でも、わかんねぇよな」 「ネコを見つけて、拾ってくれるヒトがいれば助かるよ」 「・・・・・・」 「どしたの？」 「ネコはニャーニャー鳴いてて、ちゃんと生きてんのに…。捨てたり拾ったりって…、なんかモノみたいでイヤだ…」 「・・・・・・そうね」 「生きてるってコトは…、捨てたり拾ったりするもんじゃねぇだろ…」 そう言ってビールを一気に飲むと、久保ちゃんはネコと俺との間に立ちながら、ヒラヒラと落ちた花びらを手のひらに乗せた。 白い月の光の下で…、静かに音もなく散っていく桜の花びらを…。 久保ちゃんの手のひらの上の花びらは、散って地面に落ちるだけなのに…、まだキレイなピンク色をしていた。 まるで最後まで…、咲いていようとしてるみたいに…。 久保ちゃんはダンボールの所で少し屈み込むと…、手のひらの花びらをひらひらとネコの上に落とす。すると、あんなにニャーニャー泣いていたネコの声が止んだ。 俺のいる位置からはネコは見えなかったけど、たぶんネコは花びらが落ちるのを見てたのかもしれない。 ネコの鳴き声が止むと、辺りがやけに静かになった気がして…、俺は止められるのを承知で久保ちゃんの方へ近寄った。 「・・・・・・時任」 「ちょっとだけっ」 「なら、連れて帰らないって約束できる？」 「・・・・・た、たぶん」 「たぶんならダメ」 「うううっ…」 「どうしても見たい？」 「…見たい」 「なんで？」 「だってさ…、ダンボールには入れられてなかったかもしんねぇけど…」 「・・・・・うん」 「俺もこんなカンジだったのかなぁって…」 空気はそんなに冷たくなくて、外にいてもそれほどつらくはない。 でも白い月を見てると…、散っていくピンク色の花びらを見ていると…、 なぜか少しだけ、何かが冷たくなっていくような気がした。 ネコが見上げているかもしれない空を、同じように見上げながら…、胸を刺すような冷たさを感じて右手で自分の首の辺りを触ると…、 久保ちゃんが腕を伸ばしてきて、俺のことをゆっくりと抱きしめた。 いつもならこんな場所で抱きしめられたら、すぐに腕を振り払ってやるところだったけど、今日はそうする気にはならない。 触れた部分から伝わってくる暖かさが…、少し肩がふるえてしまうくらい…。 すごくすごく…、恋しくて愛しくてたまらなかった。 「時任は捨てられてたんじゃなくて…、待ち合わせしてたんでしょ？」 「はぁ？ 待ち合わせって誰とだよ？」 「それはねぇ…」 「それは？」 「ラーメンの入ったビニール袋持った、雀荘帰りのお兄さんと…」 「・・・・・・・・そんなワケねぇだろ」 「けど、本人にそのつもりがなくても、待っててくれなきゃ会えないから…。たぶん、あの裏路地が待ち合わせ場所だったんだよ…、きっとね」 「だったらさ…、時間も日にちも決まってなかったから、マジで待ち合わせ時間に遅れたりしなくて良かった…」 「うん…」 「ちゃんと…、会えて良かった…」 俺がそう言いながら腕を上げて久保ちゃんの首に手を回すと…、ザァァッと音を立てて風が吹く。その風の中で久保ちゃんとキスしたら、目の前にひらひらと舞い上がるたくさんの花びらと…、白い白い月が見えた。 静かに俺らとネコと、そして散りかけの桜の木を照らしている月は少し寂しそうに見えたけど…、もしかしたら月も…、ネコも誰かを待っているのかもしれない。 時間も日にちもわからない待ち合わせ場所で…。 だからきっと、俺も久保ちゃんが来てくれるまで…、こんな風に白い白い月を眺めていたのかもしれなかった。 こんな風に、空に一つだけ浮かんでいる月を…。 俺と久保ちゃんは少しの間抱きしめあった後、缶ビールを飲み終えるとコンビニで牛乳を買って、それをネコの箱の中にいれてからマンションに向かって歩き出した。 散りかけの桜に背をむけて…、後ろを振り向かないで…、 ちゃんとネコの待ち合わせ場所に待ってるヒトが来るって…、そう言えるような確信なんか何もなくて…、 ダンボールの中でネコはまだ泣いてたけど…、きっと大丈夫に決まってる。 俺の待ち合わせ場所に、ちゃんと久保ちゃんが来てくれたように…。 きっと、ずっと一緒にいてくれるヒトが…、大好きなヒトが両腕を伸ばして…、 さみしくて泣いてたココロごと、抱きしめてくれるから…。 |
| 『桜と月と』 2003.4.19更新 *ＷＡ部屋へ* |