閉じてた目を開けると、ピンク色の花びらがヒラヒラと落ちてくんのが見える。 でもそれは桜の木の下で寝てるから当たり前で、べつに驚いたりはしねぇけど…、ゆっくりと落ちてくる花びらを見てたら、なんかため息が出た…。 ホントは今日は見回り当番じゃねぇから早く帰ろうって思ってたのに、さっきからずっとグラウンドのすみっこでひなたぼっこしてる。 なのに、教室からカバンを持って来てるのは、帰ろうと思ってここまで来たのに帰らなかったからだった…。 こんなトコにいるくらいなら当番がなくても生徒会室にいた方がいいし…、もしも行く気がねぇならとっとと帰ってゲームした方がいいに決まってる。 けど、そんな風に思ってんのに花びらがヒラヒラ…、たくさん落ちてくんのをずっと見てた…。 「こんなに散ったら…、すぐになくなっちまいそうなのにな…」 やわらかいカンジの風が吹くと、花びらがたくさんたくさん降ってくる。でも、それでもまだ花びらよりも上を見ると、空が見えないくらいピンク色だった。 天気もいいし風もあったかくて…、それをカンシてると眠くなってきて…、 なんとなく、眠気を追い払おうとしながゆっくりと手を伸ばしてピンク色の花びらをつかもうとしたけど、花びらはヒラヒラと手をすり抜けて地面に落ちてく。だから、その手を下に降ろすとまたため息が出た…。 『ちょっと用事あるから、先に帰っててくれる?』 『用事ってなんだよ?』 『野暮用』 『どーせ本部だろっ』 『まぁね』 『わぁったよっ、一人で先に帰るっ』 『寄り道しないで、真っ直ぐおウチに帰りなね』 『俺は小学生じゃねぇっつーのっ!』 一人で先に帰る…。 久保ちゃんにはそう言ったけど、ホントは帰りたくなかったのかもって…、 もしかしたらすっげぇヤボ用に時間がかかんのかもしんねぇし、だから先に帰れって言ったのかもだけど…、用事が終わるまで待ってろって言ったらちゃんと待ってんのになぁって…、 ・・・・一人で桜を見上げながら想った。 久保ちゃんはいつも帰れって言うけど、待てとは言わないし言ってくれない。ウチに帰ったって生徒会室にいたって、ココにいたって待ってんのに…、だから帰っても同じなのにそれでも帰れって言った。 そう言われたからってどうってワケじゃねぇし、そんなの気になんかしてない。でも…、桜がすっげぇいっぱい散ってくから…、 ほんのちょっとだけ…、さみしかった…。 『じゃあな…』 今日は見回り当番しゃないからいつもより一緒に早く帰る予定だったけど、ちょっとヤボ用があったから先に帰るように言う。そしたら、時任は何も聞かずに一人でカバンを持って教室を出ていった。 時任が何も聞かなかったのは、こういうことがめずらしくないからで…、 でも、ホントはいつも俺だけが本部に呼び出されてるワケじゃない。 実は今日は一緒に二人でって話だったのに、俺が時任にそれを話さなかっただけだった。 そのワケを聞かれたら…、もっともらしく危険な目にあわせたくないからとか、お前にはこういうのは向かないからって言うんだろうけど…、 それはウソで…、ただ時任を本部に関わらせたくないってだけ…。 時任はちょっと気になったり気に入ったりすると、誰にでもすぐに懐くから…、特に本部には出入りさせたくなかった。 「おや、一緒に来ると聞いてましたが、時任君は?」 「急な腹痛で、今日はもう帰りましたんで」 「それは残念です。時任君が来ると聞いてケーキを用意してたんですが…」 「ふーん、もしかしてそれって手作り?」 「なぜ、見ていないのに手作りだとわかったんです?」 「なんとなく、ね?」 「なんとなくですか…」 「そう、なんとなくケーキの材料以外のモノが入ってそうだなぁって…」 「・・・・・・・・残念ですが、ちゃんとした普通のケーキですよ」 「なら、いいけどね」 時任はホンキで殴りかかった拳を止められてから、橘を苦手だと想ってる。でも、苦手だからってコトで橘をいつも意識してた。 苦手だってコトも、気にしてるってコトに間違いない。 だから苦手がべつの何かにすりかわらないように、時任にウソをついた…。 これ以上、他の以外の誰かを意識しないように…、待ってて欲しいと言わずに先に帰れと手を振った。 たとえそれが恋や恋愛なんてモノじゃなくても、べつの誰かを見つめる瞳が許せないから…。 一緒にいられればそれで良かったのに、独り占めするためにウソを重ねて…、 もしかしたら、そのウソで時任を一人ぼっちにしたいのかもしれない。 あの部屋で一人ぼっちで不安に揺れてる瞳に見つめられたくて、ドアに一つ残らずカギをかけてまわって…、 優しく微笑みかけながら、ポケットにカギを隠すみたいに…。 だから、今日はウソをついて一人で帰るつもりだったけど、なんとなく気になって窓の外を見た瞬間、満開の桜の木の下で眠ってる見覚えのある人物を見つけた…。 「せっかく呼び出してくれたトコ悪いけど…、今日はパス」 「パスって…、おいっ、誠人っ!」 「心配しなくても、今日の埋め合わせはちゃんと明日するから」 「・・・それは本当だろうな?」 「ウソは言ってないつもりだけど? ああ…、それから時任を本部に呼び出すのやめてくれる? いくら呼んだって来ないからムダだし?」 「だが、お前と時任はコンビだろう?」 「・・・・さあね?」 松本にそう言われたけど、ホントは時任とどんな形でいたいのかわからない。一緒にいることにも色んな形があるはずなのに、いくら考えても結局どの形も選べないような気がした。 友達でも恋人でも…、同居人でも相方でも…。 どんな形でもいいから誰よりも近くに、誰よりもそばにいたかった…。 生徒会本部から出て廊下を歩いて、それから途中でカバンを持って階段を降りて玄関を出る…。そしてそれから時任が眠ってる桜の木の下まで、春の暖かい風に吹かれながら歩いた…。 風に吹かれて舞い落ちてくる花びらはキレイだけど…、キレイすぎてその色が視界の中で柔らかく霞む。優しくヒラヒラと舞う花びらの一つ一つが、なぜか白くないのに雪のように見えて…、眠ってる時任に降りかかっている花びらを見ると、わずかに鼓動がトクンと一つだけ鳴った。 「時任・・・・・・」 雪を払うように花びらを払って…、時任の頬に手を伸ばす…。すると咲き誇る桜の花びらの隙間から零れてる光の中で、時任はゆっくりと瞳を開いた。 開かれた瞳は桜を眺めて、それから俺の方を見る…。そして、手を伸ばして俺の髪についてる桜の花びらを優しく掴むと、すごくうれしそうに笑った。 「やっと…、つかめた…」 「桜の花びらが?」 「うん…。さっきから落ちてくんの掴もうとしてたけど、なかなか掴めなかったから…」 「・・・そう」 「ヤボ用は?」 「終わったよ」 「ふーん…」 「待っててくれて、ありがとね」 「べ、べつに桜見ながら寝てただけで、待ってたワケじゃねぇよっ」 「ホントに?」 「・・・・・ホントっ」 「そんじゃ、桜が散るのを見るのもいいけど風も冷たくなってきたし、そろそろ帰ろっか?」 「・・・・・うん」 帰ろうって言った久保ちゃんに返事しながら起き上がると、制服にもいっぱい花びらがついてた…。だから、それを払ってから軽く握ってる手のひらを開くと、そこには落ちてる花びらと同じ色をした花びらがある。 その花びらは久保ちゃん髪についてたヤツで…、たくさん降ってくる桜の花びらの中の一枚だった。 久保ちゃんはまだヤボ用してると思ってたし、ココにいるなんて知るはずない。だから、閉じてた目を開いて散っていく花びらと久保ちゃんを見た時、まだ夢の中にいるような気がして手を伸ばした…。 もしかしたら夢だから掴めないかもって思ったけど…、花びらはちゃんと手のひらの中にあって久保ちゃんもココにいる。それがわかったら、なんかすごくホッとしてため息じゃない息をゆっくりと吐き出した。 久保ちゃんは待ってろとは言ってくれない…。 でも、一緒に帰ろうっていつも言ってくれる…。 だから、もしかしたら同じ速度で歩いてるのなら、待つ必要なんてないのかもって…、そんな気がした…。 「なぁ、今週末って執行部で花見らしいぜ?」 「もしかして、桂木ちゃん発案?」 「当たりっ」 「うーん、週末まで散らずに持つといいけどねぇ」 「花見をやるっつったら、持たなくってもどーせやるだろっ、桂木なら」 「だぁね」 「あのさ…、久保ちゃん…」 「なに?」 「・・・・・・やっぱいい」 校舎の方を見ると、本部のある辺りの窓から誰かがこっちを見てるのが見える。それを見ながら、もしかしたらホントはヤボ用はすんでなんかないのかもって思ったけど、何も言わないで久保ちゃんと帰るために校門に向かった…。 そうしながら手のひらを開いたままでいると、そこに乗っていた一枚の花びらが風に吹かれてヒラヒラと舞う。その花びらはすぐに他の花びらと混じってすぐにわからなくなったけど…、 花びらをつかんでた手で久保ちゃんのそでをつかむと…、いつもは学ランからはセッタの匂いしかしないのに…、 ちょっとだけ…、春の日差しのあったかい匂いがした…。 |
2004.4.7 「さくら」 *荒磯部屋へ* |