冷えすぎた空気と…、冷たい床…。
 マンションの部屋の中で効きすぎたクーラーを止めもせずに、ぼんやりと天井を見上げながら床に寝転がってると、指先が冷たくなりすぎて少し痛かった。
 冷え切った右手を目の前にかざすと、少しだけ指先が白くなってるのがわかる。
 けど、そのまま右手から力を抜いて…、静かで冷たい空気の中でゆっくりと目を閉じた。静かだなぁって呟いてても無音ってワケじゃなくて、色んなトコから生活音ってのがしてるけど…、それでも静かだなぁってカンジるのは、たぶんいつも騒がしい誰かさんがいないせいで…、
 そして、こうやって寝転がってるワケも、やっぱり同じなのかもしれなかった。

 「うーん…、一人でいた時ってなにしてたっけ?」

 たぶん毎日ゲームとかしてたんだろうけど、一人でいることが極端に少なくなってからはあまりしない。でも、しないのはテレビを占領されてるからってだけじゃなくて、他にすることができたからってだけだった。

 一人のニンゲンを見つめるコト…、手で触れて抱きしめてその存在を確かめるコト…。

 一緒に暮らしてて…、毎日一緒にいて…、それなのに見つめれば見つめるだけ新しいなにかが見つかるから…、
 手で触れて抱きしめるたびに…、胸の奥になにかが生まれていくのをカンジるから…、そばにいることをやめられない。
 拳銃を握りしめた時の感触を知っている手なのに、あたたかい手や頬に触れると、自分の手まであたたかくなっていくような気がした…。
 もしも、それが気のせいかもしれなくても、触れた胸から手のひらに伝わってきた鼓動が伝染してきて…、

 あたたかい痛みと一緒に…、止まらない鼓動になった。

 けれど、今も動き続けてる鼓動はすぐにリズムを失うから、そうならないために俺はタバコと…、血の匂いが染み付いてるかもしれない手を伸ばして…、
 まるで腕の中に閉じ込めるように、あたたかな身体を抱きしめていた。
 誰のためでもなく…、ただひたすら抱きしめた鼓動のあたたかさを恋しがっている自分のために…。

 でも、どんなにエゴに塗れていても…、この胸の鼓動を止めないためにはそうするしかなかった。
 
 
 ガチャ…、ガチャガチャ・・・・・・。

 「くっそぉっ、マジで暑ちぃ〜」

 
 玄関から聞きなれた声がして…、こっちに向かってくる足音が聞こえる。
 その足音が静けさと一緒に冷たい空気もかき消していくような気がして、俺は目を閉じたままじっとその音を聞いていた。
 バタバタと歩く足音と…、ガサガサいってるコンビニの袋の音と…、

 そして…、いつも俺の名前を呼んでくれてる声を…。

 まだ床も部屋も冷たかったけれど…、じっと眠ったフリをしてるとあたたかい手のひらが俺の額と頬に当たる。
 ゆっくりとゆっくりと…、不器用なカンジでそっと撫でてくれてる手はあたたかすぎて…、

 …そのあたたかさが、少しだけ苦しかった。


 「・・・・・・・久保ちゃん? もしかして、マジで寝てんのか?」


 今日はモグリんトコで定期検診とかいうのがあって…、ホントは久保ちゃんも来るっつってたけど…、
 でも、一人で行きたかったから、久保ちゃんを置いてウチを出た…。
 そうしたのは、前よかちょっとだけ右手の痛みが強くなってきてからで…、
 なんとなく…、イヤな予感ばっかしてたからだった。
 まだ大丈夫…、まだヘーキだって思ってても、右手がズキズキすると同じように胸の鼓動も早くなる。
 けど、その鼓動をカンジていつまでかって、そんなことを考えるよりも…、
 もっともっとしたいことも、やりたいこともたくさんあった。
 だから、寝てる久保ちゃんに手を伸ばして…、目を覚ますのを待って…、
 めいいっぱい今日を生きるみたいに…、ココロで身体で久保ちゃんをカンジてたかった…。
 
 「くーぼーちゃんっ」
 「・・・・・・・ぐ〜」
 「…って、わざとらしすぎんだよっ!」
 「あれ、やっぱバレちゃった?」
 「バレバレだっつーのっ」
 「そう?」
 「なんで、寝たフリなんかしてんだよ?」
 「時任君に置き去りにされたから、すねてただけなんですけど?」
 「お、置き去りじゃなくて、ただの留守番だろっ! る・す・ば・んっ!」
 「外に出ようとした俺の目の前で、玄関のドアを閉めたの誰だったっけ?」
 「うっ…」
 「ショックだったなぁ」
 「わ、悪かったっつってんだろっ」
 「ショックのあまり、今日はカレーしか作れないかも?」
 
 「…とかいいつつ、いつもカレーしか作ってねぇじゃんっ!」

 久保ちゃんの顔を見ながらそう怒鳴ると…、久保ちゃんは手を伸ばして、さっき俺がしてたみたいに頬に手を当てた…。
 けどその手はココに何時間、こうしてたのかっていうくらいスゴク冷たくて…、その冷たさを感じていると…、
 なぜか…、ちょっとだけわずかに視界がぼやける。久保ちゃんの冷たい手のひらは気持ち良くて…、そしてその冷たさの分だけ少しだけかなしかった…。
 俺は久保ちゃんの冷たい手を握りしめながら、クーラーの設定温度を上げようとしたけど、それを久保ちゃんが止める。
 そして、強く俺の手を握り返してきた…。

 「温度上げなくても、すぐに暑くなるからこのままにしとかない?」
 「な、なに考えてんだよっ」
 「時任と同じコト」
 「同じじゃねぇっつーのっ!!」
 「けど、今は同じじゃなくてもすぐに同じになるから…、冷たくてもガマンしてくれる?」
 「イヤだ」
 「・・・・・・・」

 「冷たいのはガマンするんじゃなくて、夏だから冷たくてちょうどいいに決まってんだろっ、バーカッ」

 冷たい手のひらと…、熱い手のひら…。
 握りしめた手はやっぱり冷たかったけど、そこから伝わってくる温度はぎゅっとぎゅっと抱きしめたくなるくらい…、あったかくて大好きだった。
 だからたぶん…、夏でも冬でも…、

 冷たいこの手が大好きなんだろうって…、なんとなくそう想った。


『冷夏』 2003.9.3更新


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