ゲームオーバー…。

 そんな文字がおっきく出てるテレビ画面の前で、持ってたゲームのコントローラーを床に投げて思いっきり伸びをする。そしたら窓から明るい光が入ってきてんのに気付いて、それから始めて今日がすっごく晴れてんのに気付いた…。
 すっげぇいい天気で、空を横目で眺めてると眩しくて…、
 でも、だだフツーに伸びをしてるより、空を眺めて伸びをした時の方が気持ちいい気がする。こーいうのってなんか健康的だよなぁって思いながら、なんとなく伸びをしたままの格好で床に倒れると、後ろにあったソファーに少し頭がふつかって痛かったっ。

 「痛っ…! けど、久保ちゃんがいなくてセーフかも…」

 思わずそう言ったのは伸びをして後ろに倒れて頭を打ったのを見たら、久保ちゃんに「笑ってないよ」とか言いつつ笑われるに決まってるから…っ。いっつもだけど、久保ちゃんの笑ってないは当てにならない。
 笑ってないって言う時は、ぜぇっっったいに笑ってるっ。
 こないだもコンビニに牛乳を買いに行ったのに、お菓子とか見てたら忘れてて…、
 帰ってからそれに気付いてあーって叫んだら、久保ちゃんは俺らしいとかなんとか言いつつ笑ってたっ。
 
 『今っ、ぜぇっったいに笑っただろっ!!』
 『笑ってないよ?』
 『ウソだぁぁっっ!! 口元が笑ってるっ!!』
 『コレはもともと』
 『へーっ、じゃあ久保ちゃんはずっと笑ってんのかよっ?』
 『うーん、たぶん?』
 『…って、マジ?』

 『・・・・・誰かさんといる時だけの限定だけど、ね?』

 そう言いながら俺の頭を撫でた久保ちゃんは、やっぱ笑ってたけど…。その時は牛乳忘れて笑われた時と違って、胸の奥がちょっとだけ暖かくて…、
 ・・・・・ちょっとだけくすぐったかった。
 だから、今も思い出すとちょっとだけくすぐったくて笑いたくなってくる。その時は久保ちゃんが見てたから怒ったフリしてたけど…、今日は誰も見てないからあの時の久保ちゃんみたいに笑った…。
 
 「なんか…、一人でバッカみてぇ…っ」

 ホントはそう言ってても、気分はぜんぜん悪くない…。
 昨日から新発売のゲームをやり込んでてちょっち疲れたから、このまま眠っても良かったけど、久保ちゃんのコトを思い出してたら牛乳のコトも一緒に思い出した。今日、起きてから飲んだ分で牛乳パックは空になってる…。
 それを思い出した俺は買いに行くために、クローゼットの置いてある部屋に上着を取りに行った。天気だし必要ないかもって思ったけど、やっぱ冬になると日が照っててあったかそうでも外に出ると見た目より寒いカンジ…。
 だから、クローゼットを開けて上着を着ようとしたけど、その時になんとなく端にかけてあるジージャンが目に入った。でも、それはたぷん俺が持ってる服の中で、一番たくさん着てて色あせてきて古くなってきてるせいかもしれない…。
 クローゼットの中に俺の服は、色々とそれなりの数がかけてある。でも、この服だけは少しだけ他のとは違ってた…。
 ジージャンとパーカーと…、ズボンと一枚ずつ…。それだけは久保ちゃんが買ってくれたヤツじゃなくて、ココに来た時に俺が着てた服だった…。

 「ホントにマジで…、コレだけだったんだよな…」
 
 着てた服以外は何もない…。
 服のポケットにもどこにも何もなかった…。
 たぶんこういうのって、良くニュースで言ってる身元不明ってヤツ。あのまま久保ちゃんに拾われてなかったら、俺のコトは名前も何もなくて身元不明ってニュースで流れただけなんだろうってそう想った…。
 何もないってコトがどういうコトなのか…、考えたくねぇけど…、
 目が覚めた時にすっげぇ腹が空いてて…、何もかもがやたら乾いてる感覚は今もハッキリ覚えてる。でも、だから…、それを忘れないで覚えてるから俺はたぶん過去を知りたいって想うのかもしれなかった…。

 「…ったく、百円くらい持ってろってのっ」

 なんとなく、何もないんじゃなくて少しくらい何かあったっていい気がして、そう言いながらゴソゴソとジージャンのポケットを探ってみる。ズボンのポケットはいつもサイフとかケータイとか入れてるけど、ジージャンのポケットはあんま使わないからもしかしたら何か入ってねぇかなって…、
 そしたら、マジで胸のポケットに何か入ってるのを見つけた…。
 あんま大きいモンじゃねぇから良く探ってみねぇとわからないカンジだけど、なんか百円玉っぽいっ。でも…、ポケットから出してみたら、中に入ってた丸くて平たいモノは銀色じゃなかった…。

 「げ…っ、十円じゃジュースも買えねぇじゃんっ」

 ポケットに何か入ってて…、ちょっとうれしい気がしたけど…、
 それでジュースも買えないってわかって、ちょっとだけガッカリした…。
 けど、それでもちっちゃな十円が俺の全財産で…、俺の唯一持ってたモノで…、
 だから、ぎゅっと手の中に握りしめてみる…。
 すると、最初は冷たかった十円玉は握りしめてると暖かくなった…。
 そうやって暖かくなった十円玉をぎゅっと一人で握りしめてると、なぜか胸の奥が乾いてくカンジがする。なのに、十円を握りしめたまま放せないでいると…、玄関が開く音がして久保ちゃんが帰ってきた…。

 「あれ、寝てないのにこっちの部屋にいるのって珍しくない?」
 「いたって言うより、出かけるのに上着取りに来ただけっ。でも、やっぱ行くの止めにする…」
 「なんで?」
 「なんとなく、行きたくなくなったってだけっ」
 「ふーん…」
 「あのさ…、久保ちゃん…」
 「うん?」

 「・・・・・コレやるっ」

 帰ってきた久保ちゃんの手に、そう言って十円を押し付けたのはなぜなのか自分でもわからない…。けど、ポケットの中に残されてた十円を…、ぎゅっと握りしめてた十円を久保ちゃんに渡したかった。
 十円ぽっちじゃ…、ジュースどころかチロルも買えねぇし…、
 でもコレしかないって想ったら…、なんとなく渡したくなった…。
 俺から十円を受け取った久保ちゃんは十円玉を見て、それから俺の顔をじーっと覗きこむと、この間よりも優しく俺の頭を撫でて…、
 それから、この間よりももっと優しく微笑んだ…。

 「コレ…、くれてアリガトね」
 「…って、たった十円だろっっ」
 「でも、ギザギザついてる…」
 「ギザギザついてても、別になんもかわんねぇっつーのっ!」
 「そう?」
 「十円じゃチロルも買えねぇんだぞっ」
 「うーん、でも時任がくれたモノだし? コレが百円でも五百円でも使うより、お守りにした方が効果ありそうかも…」
 「はぁっ? なんだよソレっ」
 「確かにどう見ても十円だけど…、お前が握りしめてくれてた分だけ暖かいから…。他のと一緒にするのはもったいないデショ?」
 「・・・・・・・」
 「どしたの?」
 「もしかして…、久保ちゃん…」
 「なに?」

 「・・・・・・・やっぱいい」

 たぶん…、ホントはずっと俺のポケットの中に十円が入ってたのを知ってたんだって…、優しく微笑んでくれてる久保ちゃんを見て想った…。だからたぶん…、いつも久保ちゃんは俺と違って洗濯する前にポケットの中をチェックしてんのに、汚れたり濡れたりして洗濯機に突っ込んでも入ったままになってたのかもしれない…。
 ずっと俺が見つけるまで、まるでお守りみたいに…。
 それに気付いたら見つけたのはたった十円だけど、ジュースもチロルも買えないけど…、見つけられて良かったってすごく想った…。
 この前は照れ臭くて怒ったフリしてて…、でも今日は怒ったフリなんかしてるよりも笑っていたい…。だから、微笑んでる久保ちゃんに向って笑いかけると、伸びてきた腕に抱きしめられてキスされた…。

 「帰りに牛乳買ってきたから、コーヒー飲む?」
 「飲むっ!!」

 これから過去を何かを見つけられるのか、そんなのはわからないけど…、
 この部屋で目覚めた瞬間からきっと…、何もないわけじゃない…。
 そんな風に十円を渡した手を握りしめて想いながら…、
 そこから伝わってくるぬくもりをカンジながら…、

 抱きしめてきた久保ちゃんを…、同じように強く抱きしめた…。
 

『ポケット』 2004.12.6更新


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