朝起きてなんとなくテレビ付けたら、なんでだかどのチャンネルもニュースだった。 いくら、朝のニュース時とはいえ、全チャンネルっていうのはどうかなぁとか思うケド、キャスターが話してる内容聞いたら、なんとなく納得した。 「久保ちゃん、腹へった〜」 「あ〜、すぐ作るから待ってなさい」 「待ってらんねぇから言ってんのっ」 日曜日にしては俺も時任も珍しく早起きで、やっぱそーいうのって虫の知らせとかそういう感じになるのかなぁ。あんま関係なさそうだけどさ。 「俺の朝飯ほっといて、さっきから何見てんの?」 リビングから動かない俺を不思議に思ったのか、時任が俺の隣にやってきて、俺が見てるテレビの画面を同じように見た。 時任はコレ見てなんて言うだろう。 ちょっとだけ、どういう反応するか興味があった。 でも、時任は俺と同じように、少しも驚いた顔なんかしなかった。 「ふ〜ん。まあ、ありえねぇコトじゃねぇもんな」 そんなあっさりした感想を言って肩をすくめた後、時任は、 「久保ちゃん、飯っ!」 と、いつものように言った。 だから俺もいつものようにキッチンに立つ。 「今日は目玉焼きがいいっ!」 「はいはい」 時任のために朝食作って、一緒に食べて、一日が始まった。 カウントダウン。 あと五日の内の一日目。 NASAの観測では、それくらいの日に巨大彗星がくるらしい。 そういえば題名は忘れたけど、そんなカンジの映画をビデオで見た記憶がある。 でもさ、映画も実際もそんなに変わりないんだよねぇ。 テレビで発表された、一番危険の少ない予想地点が東ヨーロッパ地域だと知るやいなや、人類大移動が始まった。 飛行機は予約でいっぱいになって、他の地域に向かう予定だった飛行機までそちらに回されたらしい。そんなことしても、日本中の人間が五日の内に移動できるとは思えないケド。 まあとりあえず俺としては、地球がどうとかそういうコトよりも重大な問題がある。 それは、朝みたく腹減ったって騒ぐ時任の食料を確保しなくちゃなんないってコト。 ニュースはかろうじて今の所流れてるけど、店とかは開いてないかもしれない。 「ちょっと出かけてくるわ」 俺がコートを着てそう言うと、時任はあわてて自分の上着を取りにいった。 「俺も一緒に行くっ」 「近くに行くだけだけど?」 「テレビもつまんねぇし、ゲームも飽きたっ」 「そういや、昨日クリアしたんだっけ?」 「そおいうこと」 「なるほどね」 ゲームに夢中になってるときとか、絶対に自分で買い物行こうとしないのに、ヒマになると途端にドコにでも一緒に行きたがる。 ホントに、時任って気まぐれ。 「それじゃあ、出かけるとしますか?」 「早く行こうぜ、久保ちゃん」 そんな感じで俺達は、混乱してる外へと繰り出した。 街はドコも車だらけ、人だらけ。 渋滞して、混雑して、どうにもならない。 俺は時任の肩を抱いて、人込みに迷わないようにっていうか、時任を人込みにさらわれてしまわないように注意しながら、コンビニまで歩いた。 ほんのチョットの距離なのに、いつもの五倍はかかったなぁ。 「なんだよコレっ、うっとぉしいっ!!」 「行くって言ったの、時任でしょ?」 「うるせぇ!」 短気な時任は不機嫌なカンジで俺に向かって怒鳴った。 俺のせいじゃないんだけどなぁ。 時任はコンビニの前に立つと、店内に入るべく自動ドアの前に立つ。 けど、やはりというかなんというか、自動ドアは閉まったままで開かない。 それが故障なんかじゃないことは、俺にも時任にもわかってた。 「どーすんの、久保ちゃん?」 「まぁ、手はいくらでもあるし」 「どんな手使うんだよ?」 「知りたい?」 俺が意地悪く微笑むと、時任はムッとした顔で、 「だいたい予想がつくからいいっ!」 と言って、コンビニ横の路地へと歩き始めた。 どうやらホントに予想ついてるらしい。 迷わず行ったコンビニ裏の入り口の前で、時任は俺の方に振り返った。 「やっぱ、壊しちゃうのか?」 そう言った時任の顔には、罪悪感みたいなものが潜んでた。 イケナイことしちゃった子供みたいに。 そんな顔もカワイイけど、できることなら時任にそういう罪悪感を背負わせたくない。 俺は周囲をキョロキョロ見回す。 すると、運良く探し物は見つかった。 日頃の行いの賜物ってヤツかなぁ、なーんてのは冗談。 「壊さないよ。ドアは壊さず開けなきゃね」 道端に運良く落ちてた針金みたいなモノを使って、ドアのカギを外した。こういうセキュリティの入ってる店とかって、ワリと簡単なカギの付いてることが多い。 「・・・・なんか、慣れてないか?」 「気のせいっしょ。誰でもできるよコレくらい」 「俺にはできねぇケド?」 「あとで教えてあげよっか?」 「うっ、やっぱいいっ」 「そう?」 慌てたカンジで入ってった時任に続いて、俺も中に入る。 店員のいないガランとした店内で、俺達は必要なモノを物色し始めた。 近くだから、その度ごとに取りに来ればいいような気がするが、こんな状況ではいずれ俺達と同じようなコトするヤツが出てくる。そしたら、次に来たときは何もなくなってるかもしれない。 とりあえず、五日分くらいの食料とかを確保しなきゃね。 俺は食料品、時任はお菓子類を次々と、裏から取ってきたダンボールに詰めた。 ほっといたら五日間お菓子だけ食べてそうな勢いで物色してる時任は、なんだか楽しそうなカンジ。そんなに同じモノばっか箱に詰めなくてもいいのにねぇ。 しばらくすると、満足そうにダンボールを見て、 「大体、これくらだなっ」 と、時任がうなづいた。 見事にお菓子ばっかり。 まあいいケドね。 俺は時任の顔を見てて、箱の中に足りないモノを一つ思い出した。 「あと、コレでおしまいね」 そう言って俺は、時任のお菓子の上に、小さな箱を乗せる。すると、時任は真っ赤になって俺を怒鳴った。 「なっ、なに乗せてんだよっ!」 「だって必需品デショ?」 「うっ、べ、べつにいらないとは言わない、けどさ・・・・」 「じゃあ決まりってことで」 「・・・・久保ちゃんのスケベ、親父っ」 「そう、俺はエッチなの」 「開き直るなっての!」 俺は別になくても困らないけど、時任は困るでしょ? あとが大変だって、この前も後で怒ってたし。 一応、時任にも了解を得たってコトで買い物終了。 俺はカウンターに大体コレくらいって金額のお金を乗せた。 「いつもニコニコ現金払い〜」 「俺様借金きらい」 「そーいうワケでお邪魔さま」 「じゃあなっ」 毎日通うトコだから、それなりに愛着ってモノがある。 時任と暮らすようになってから、いつも二人でココに来てた。 まるで、短くてお手軽なデートするみたく。 「なんか、チョットだけさみしい気する」 コンビニの裏口から表に出た辺りで、時任がそう言う。 俺はそれには返事をせず、時任の頭を撫でてやった。 人通りは途切れることなく続き、何か騒ぎが起こったらしく、遠くからたくさんの叫び声が聞こえた。恐慌状態ともいえる状況だから、そういうことが起こるのはしかたのないことなのかもしれない。 俺達がなんとか無事にマンションまで帰り着くと、電話のベルがけたたましく鳴った。 「久保ちゃん電話鳴ってるっ」 「あ〜、はいはい」 俺がコートを脱いで電話を取ると、聞き慣れた声が受話器の向こうから聞こえてきた。 「久保田くん!?」 「おはようございます。五十嵐先生」 「おっ、おはようなんて呑気に言ってる場合じゃないでしょ!?」 「はぁ」 「はぁ、じゃなくて、すぐに荷物をまとめるのよっ! すぐに私が迎えに行くから、そこで待ってるのよ、二人ともっ」 どうやら、五十嵐先生は俺達のことを心配してかけてきてくれたみたいだった。 こんな時でも俺と時任のコトを気遣ってるってのが、五十嵐先生らしいなぁ。 「いいわねっ!?」 そう念を押す五十嵐先生に、俺は感謝を込めて、 「俺はここにいますからいいですよ、先生」 と、言うと、五十嵐先生は涙声になった。 「時任くんとかわんなさいよっ!」 「すいませんけど、お断りします」 「どうして!?」 「勘違いしないでください。別に投げやりになってるわけじゃないんです」 「だったら・・・・」 「かけてみたくなったんですよ、自分の運に」 「運なんてそんなものっ」 「五十嵐先生。それじゃあ、また」 まだ何か言いたそうな五十嵐先生からの電話を俺は強引に切った。 横で話を聞いてた時任は、電話の相手が誰なのかわかっているらしく、 「相変わらずだなっ、あのババァ」 と、言った。 それがホンキで言ってるんじゃないことは、顔と口調からすぐわかる。 「ヤキモチ焼いてくれてるの?」 そう俺が言うと、時任は少し赤くなった。けど、いつもの表情とは少し違う。 俺は時任の前に立つと、その身体を腕の中に包み込んだ。 「せっかくいつもと違うの買ったから、今から試してみるってのはどう?」 「そ、そ、そんなんいつもと変わんないだろっ!」 「使ってみなきゃわかんないじゃない?」 「わかんなくな・・・・」 手を伸ばして、段ポールの一番上にある箱を手に取る。 俺は息が苦しくなるくらいのキスを時任にした。 いつもははずかしがって、なかなか答えてくれないけど、今日はなんだか情熱的に返してくれてる。お互いを貪るカンジのキスは、時任のココロが少しだけ俺に混じるカンジがした。 時任の熱い身体に、俺の身体も反応していく。 「く、くぼちゃん・・・」 「そのままでじっとしてて」 無造作にビニールはがして箱開けて、口にくわえて封を切った。 まだ全然陽は高いのに、俺達は薄暗い部屋でこんなコトに没頭しちゃってる。 やっぱ、本能には逆らえないって証拠かもね。 時任に対する俺の本能は、何よりも優先してるから。 そんな調子で日々が過ぎ、いつもみたくお互い別々のことしてたり、一緒にゲームしたり、時々抱き合ったりしながら二人きりの部屋ですごしてた。 この部屋を出て行く気ないし、別にどうこうする気も無い。 ケド、それは時任がいるからっていう条件付きでってコト。 なのに五日目の朝起きて見ると、時任の姿は部屋中のドコにもなかった。 何か欲しいものがあって、コンビニにでも行ったのかと思ったけど、時任はドアを開けられないから、必ず俺を連れてくだろうし、誰かから電話がかかった形跡もない。 行きそうな場所を考えていると、五十嵐先生からかかってきてから鳴っていない電話が大きな音を立てて鳴った。 「はい、もしもし」 俺が出ると、なんだか懐かしいカンジの声がした。 「あっ、もしもし久保田くん? あたし、桂木よ」 「ど〜も、久しぶり。桂木ちゃん」 「ど〜もじゃないわよっ。ほんっとのんきねぇ」 「なんかあった?」 「なんかって言えば、おおありだけど」 「まあね」 「そんなことより、今、そこに時任いる?」 桂木ちゃんにそう言われて、俺は小さくため息を付いた。 「いないの?」 「いないよ」 今、桂木ちゃんがどこにいるかは知らない。でも、時任がいないってワザワザ電話してくるってことは、桂木ちゃんはどこかで時任を見たに違いない。 「どこで時任見たの?」 俺がそう尋ねると、今度は桂木ちゃんがため息をついた。 「相変わらず鋭いわね。一人で歩いてんのを、荒磯の近くで見たわ」 ビンゴ。 いる場所がわかったなら、することは決まってる。 「サンキュー桂木ちゃん」 俺が礼を言うと、桂木ちゃんはさばさばした口調で、 「あたし、これから臨時で出る最終便の飛行機に乗るわ。だから、アンタ達もがんばんなさいよ」 と、言った。 自分が飛行機に乗ることに対する後ろめたさは微塵も感じられない。 そう、生き残るなら胸を張って生き残らなきゃね。 「またね、桂木ちゃん」 俺がそう言うと、桂木ちゃんは少しくぐもった声になって、 「またね、久保田くん。時任にもまたねって言っといて」 と、言った。 泣いているのかもしれない。 俺は時任への伝言を受けると、電話を静か切った。 時任に桂木ちゃんからの伝言を伝えなきゃならないし、俺からも伝えなきゃならないことがある。 顔洗って着替えてから、俺は休校している学校へと向かった。 俺はいつもと同じだけど、いつもと少し違う街並みをひたすら歩く。 数日前まではあれほど騒がしかった街も、今はシンと静まり返っていた。 無人というわけじゃないだろうけどね。 「休校なのに、学校行くことになるとは思わなかったなぁ」 別に学校が嫌いだとかそんなんじゃないけど、わざわざ休みに行きたいような場所じゃないんだよねぇ、やっぱり。でも、時任が学校の近くにいた気持ちは良くわかる。 俺達二人のだけじゃなく、みんなとの思い出がつまってる場所だから。 でも、思い出に時任を連れて行かせたりしない。 「思い出はこれからだってできるんだから、ねぇ時任」 俺は裏門から校内に入り、校舎の周りをぐるっと回って開いている窓を捜した。 すると案の定、廊下の窓が一箇所開いている。 きっと時任もここから入ったに違いない。 俺は窓から校舎内に入ると、この中にいるはずの時任に俺が来たことを悟られないように気をつけながらその姿を捜した。 一階、二階、三階。 色んなコトして、色んなコト思って、泣いて笑って怒って叫んで、そして恋して。 触れる指先も、肩も、なにもかもが熱を孕んでた。 そんなココでの学校生活の中で、ずっと時任のコト見つめてきた。 独り占めにしたいくらい愛しくて恋しい君のこと。 俺は一番最後に残った場所。 屋上にたどり着くと、そのドアを勢い良く開けた。 「時任」 コンクリートの上に仰向けになって寝転がっている人物は、間違いなく時任だった。 けれど、俺が声をかけてもピクリとも動かない。 不審に思ってそばに行くと、時任は気持ち良さそうに眠ってた。 人の気も知らないでのんきだなぁ。 あまり気持ち良さそうに眠ってるから、なんかイタズラしたくなってきた。 こうやって鼻をつまんで、口が開いたら・・・・・。 「んん〜!?」 少ししてから開放してやると、時任は酸欠で真っ赤になった顔で俺を怒鳴った。 「鼻つまんでキスすんなっ!!死ぬトコだったじゃねぇかっ!!」 「つまんでなきゃいいの?」 「揚げ足取んなっつーのっ!」 まだまだ叫び足りないって感じの時任を、俺はいきなり両手で抱きしめた。 「く、くぽちゃんっ!!」 「しーっ、ちょっと黙って」 時任を黙らせると、俺は時任の身体をさらに抱き寄せる。 すると肌から直接、時任の心臓の鼓動が聞こえてきた。 すごくドクドク言ってる。 その鼓動が愛しくて、俺は時任の胸に顔をうずめた。 「くぼちゃん?」 「生きててくれてありがとね、時任」 「・・・・俺はそう簡単に死なねぇっての」 「そだね」 「そう、だからさ。久保ちゃんも俺と同じく無敵なワケ」 時任が俺の頭撫でてくれてる。 なんかいつもと逆だなぁって思ったら笑えてきた。 「死ぬまで生きようぜっ、久保ちゃん」 「そう、死ぬまでね」 死ぬまで生きるのは当たり前、でも、生きてるのは心臓の鼓動だけの問題じゃない。 君と手をつなぎ、抱きしめあって、体温を感じあって確かめあうのも生きる証。 死ぬまで生きて、君をいつまでも感じていよう。 そうしてやがて、終末の鐘が鳴り響く。 |
2002.2.22 「世界が終わるまでに」 *荒磯部屋へ* |