そんな風に考えるようになったのが、いつの頃からだったのかは覚えてない。
 けど、それを一番意識したのがどんな時だったのかは、今も鮮明な映像とともにその記憶がココロの片隅に残っていた。
 それは時任を拾って一ヶ月、二ヶ月がすぎていって…、やっと話してくれるようになって、笑ってくれるようになった後…。
 ずいぶん表情が柔らかくなって来た頃のコト。
 そんな風になってくれるまで、ホントにずいぶんかかったのに、時任は思っていたよりも、ずっと早く葛西さんに向かって笑顔を向けた。
 頭を乱暴に撫でられて照れくさそうに、無邪気に…。
 それは時任にとってはたぶんいいことで、良かったって喜んでやるべきなんだろうけど。

 時任の柔らかい笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥で何かが奇妙な音を立てた。

 その奇妙な音がなんなのかは、その時はわからなかった。
 けど、どうかしたかって聞いてきた葛西さんに、らしくなく顔に笑みを貼り付けてるのが精一杯で…。
 同じように心配そうに俺の顔を見た時任に、なんでもないと言うのがやっとだった。
 それはもしかしたら、今考えると前触れというヤツだったのかもしれない。
 もう後戻りはできないっていう…、そういう前兆…。
 もしその時にその前兆に気づいていても、後戻りはできなかっただろうけど…。
 その時に俺が思っていたコトは、こんな風に胸の奥が無様に引きつるようなカンカクは知らないということだけだった。

 「なぁ、さっきおっさんから電話あって」
 「うん」
 「なんか例の件で話があるから、連絡くれだってさっ」
 「ふーん…」
 「・・・・・・例の件ってなんだよ?」
 「さぁねぇ…、聞いてみないとわからないけど?」
 「へぇ…」
 「なに?」
 「べっつにぃっ」
 
 「そこの電話貸してくれる?」


 葛西のおっさんに電話かける久保ちゃんの顔を見てると、ちょっとだけイヤな気分になることがある。電話だけじゃなくて…、会ってる時とか…。
 それはたぶん…、最初におっさんに会った時から感じてたことだった。
 関係から言ったら久保ちゃんの叔父ってヤツらしいけど、そう言われてもそれがどんなものなのかはぜんぜんわからない。
 でも、久保ちゃんとおっさんが話してるのを見ると…。
 やっぱ叔父とか甥とかそういう絆ってヤツはあるのかもしれないって…、そう思った。
 久保ちゃんに言ったら関係ないっていうのかもだけど、確実にそういう関係が二人の間にはある。
 おっさんが誠人って呼ぶたびに、ちょっとだけ右手がズキズキすることがあった。
 
 ・・・・・・・久保ちゃんを知ってるのは、俺だけじゃない。

 だからホントはおっさんのことが…、そんなに好きってワケじゃなかった。
 けど頭を撫でられて悪い気がしないのは、二人の間に入れた気がするから…。
 でも、そんな風に感じてる自分はイヤだった。
 自分の方だけ向いてて欲しいなんて、そんな風に思ってる自分のことが…。
 おっさんに懐いたフリしてる自分のことが、どうしようもなくイヤだった。

 「また、例の死体が出たんだってさ」
 「おっさんの電話の話?」
 「そう、今から見に行く?」
 「行くっきゃねぇだろ」
 「そうだね」

 「何か手がかりがあるかもしれねぇしな…」

 
 始めは奇妙でも、なんでも見ている内に見慣れてくる。
 胸の奥の奇妙な音を、いつの間にか聞きなれてしまったように…。
 二人で指定された場所に行くと、奇妙な死体と葛西さんが俺らを待っていた。
 軽くアイサツして近づくと、葛西さんは頭を撫でるために時任に向かって腕を伸ばす。
 すると時任は逃げようと思えば逃げられるのに、逃げないで葛西さんに捕まって、ぐちゃぐちゃに頭を撫でられていた。
 いつの間にか見慣れてしまったその光景を目を細めて眺めながら…、俺はゆっくりと口元に笑みを浮かべる。

 胸の奥をギリギリと無様に引きつらせながら…。

 照れたように笑ってる時任を眺めて、俺はいつもそんな自分に苦笑を浮かべることしかできなかった。
 次第に何かが壊れていくような…、そんな予感を感じて…。
 こちらに向かって歩いてきた時任を…、伸ばしてきた右手をそっと握りしめた。
 
 「今日は収穫ナシみたいだな…」
 「ま、そう毎回ってワケにはいかないでしょ」
 「それはそうだけどさ」
 「何かあったら、また連絡してくれるよ」
 「おっさんが?」
 「そっ」

 「・・・・・やっぱ、あせらず待つしかないよな」
 
 
 服の端をつかもうとした手が、久保ちゃんの手に捕まえられて握られた。
 そんな手をつなぎ合った俺らのことを、おっさんがなんて思ったのかはわからない。
 もしかしたらあきれてんのかもしんねぇけど…。
 おっさんの見てる前で、俺が久保ちゃんに向かって手を伸ばしたのは無意識だった。
 握られて始めて、伸ばしてたことに気づく…。
 こういうのはすっげぇガキくさいってわかってても…、無意識に右手で久保ちゃんとのつながりを確認したかったからかもしれない。
 血のつながりも何も欠片もない…、俺らのつながりを…。
 
 まだ不鮮明な俺らの間にあるモノを…。

 けどそれを確認するまでもなく…、たとえ俺らの間に何もなかったとしても俺は何も変わらない。
 だから俺はにぎりしめてくれた手を、きつくきつく握り返すことしかできなかった。
 醜く歪んでいく想いを…、胸の奥で噛みしめながら…。

 「…時任」
 「なに?」
 「・・・・・・キスしていい?」
 「はぁ?」
 「ジョウダン」
 「…だろうと思った」

 「だと思うよねぇ、やっぱ…」

 
 握りしめた手のひらの中にあるのは、もしかしたらキスしたくなるような…、抱きしめたくなるようなそんな想いなのかもしれない。
 けれど今はまだ…、その形はハッキリとは見えてこなかった。


『想いのカタチ』 2003.2.18更新


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