今日は何もない日で、一応、冷蔵庫にも食べ物があるから出かけなくてもよかった。こういう日は、一日中二人でゲームしてるか、寝てるかのどっちかのことが多い。
 時任がどこかに出かけようと言ってくることはあまりないし、俺も必要な時以外は出かけないからさ。それについて、特にどーとも思ったことがない。
 別に外に出なくったって必要なモノはここにあるし。
 いいんじゃない、別に。
 けど、長い時間そばにいると、ふと気づいてしまうことがあったりする。
 ちょうど今がそんな時。
 キッチンでコーヒー入れてると、ソファーの向こう側で時任がうずくまっているのが見えた。
 ソファーの陰に隠れてるつもりらしいけど、ここからその姿が見えてる。
 なんでうずくまってんのか、俺は理由を知ってた。
 そして、俺が知ってるコトを時任は知ってる。
 けれど俺は何も言わないし、聞かない。
 時任が何も言わないから。
 だから俺は、いつもこうして時任が苦しんでるのをただ見てる。
 何も言わないのはあきらめじゃないから。

 …時任。
 必死で自分支えて、自分の足で立とうとしてるお前に、俺は手を差し出したりはしない。けど、俺はただそういうお前のコト見てるよ。ずっとね。
 だからさ、ちゃんと立ってみせなよ。
 ただの強がりでもなんでもいいから。


 「時任、コーヒー飲む?」
 俺がうずくまってる時任の横に立ってコーヒーを差し出すと、時任は額に汗浮かべてたけど、ニッと笑ってコーヒーに手を伸ばした。
 「ほんっと、久保ちゃんて気配ねぇよな」
 「そう?」
 「猫みてぇじゃん」
 「猫はお前でしょ?」
 「誰が猫だっ、誰がっ!」
 時任の手がわずかに震えてる。
 俺はコーヒー飲んでる時任の背中に後ろからのしかかった。
 「うあっ、重っ! 重いからやめろって!」
 「そんなに重い?」
 「重いに決まってんだろっ!」
 小さい時任の背中。
 前は、とても後ろからのしかかるなんてできなかった。
 人に後ろを見せるコトを死ぬほど恐がって、嫌がってたから。
 「くぼちゃんってばっ」
 「ん〜、もうちょっとだけ」
 「もうっ、なんなんだよ一体っ」
 そんな風に言ってても、俺のコト振り落とさないでこのままにしててくれてる。
 やっぱさ、暖かいねぇお前の背中って。
 しばらくそうした後時任から離れると、時任はちょっと顔を赤くしてぶつぶつ言いながらコーヒー飲んでた。
 「時任」
 「なに?」
 「夕飯かけて対戦しよっか?」
 「今日はぜってぇ勝つ!」
 




 夕飯が終わって風呂にも入った後、俺が濡れた頭拭きながらリビングに戻ると、ソファーじゃなくて床に時任が寝転がってた。
 ゲームしてる内に眠くなったのかもしれない。
 すーすー寝息立ててる。
 俺は時任のそばに屈み込むと、その頭を軽く撫でた。
 見た目よりもずっとサラサラしてる髪。
 ある日突然拾った野良猫は、いつの間にか俺んちの猫になった。
 なぜ拾ってきたのかは俺にもわからない。
 理由なんてないから。
 「時任」
 「ん〜」
 「風邪引くよ」
 「・・・・・」
 腹を突付いてもまだ起きない。
 相変わらず寝汚いなぁ。
 こうして時任がココにいることは不思議だけど、出会ったことに感謝なんてしない。
 もし、時任の右手がこんなになってなかったら会ってなかったんだとしても、時任の右手をこんなにしちゃったヤツに、そういう運命に感謝はしないから。
 それに、もし、なんて仮定するのは馬鹿げてる。
 もしも、なんてのはありえない。
 今がたった一つの現実だから。
 俺は時任の右手を握ると、その手を自分の頬に押し当ててみた。
 手袋をしてても、体温がちゃんと伝わってくる。
 どんなになってても、これが時任の右手だってことに変わりない。
 俺にとって大事な時任の右手。
 時任のコト大事かって聞かれれば迷いなくうなづくだろうけど、アイシテルかとかスキだとか聞かれてもたぶん俺には答えられない。
 俺にはそういうのわからないから。
 けど俺に何か守らなきゃならないものがあるとしたら、それはたぶん時任なんだろう。
 すごく漠然としてるけど、それだけは確実なコト。

 「時任」

 俺は毎日毎日、何度もその名を呼ぶ。
 愛しいとか恋しいとか、そんなことも何もわからないのに。
 ただひたすら、俺はその名を呼び続けるんだろう・・・・・・。
 

                                             2002.4.23
 「想い」


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