良く晴れた日の放課後…。
 いつものように久保田と時任は、公務のために見回りをしながら校内を歩いていた。
 この二人は荒磯高校の名物コンビで歩いているだけでかなり目立つのだが、さすがに同じ学校にいると見慣れてくる。 そのため、こうして歩いていてもそれほど生徒達の注目を集めてはいなかったが、やはりそれも時と場合があって…、
 今は見慣れていても、自然に目が二人を追ってしまうような状況だった。

 「なぁ…、久保ちゃん…」
 「ん〜?」
 「なんか俺…、ここらヘンが苦しんだけど?」
 「ここってドコ?」
 「・・・・・そこじゃなくて」
 「じゃあ…、ここ?」

 「あっ…、ば、バカっ、妙なトコさわんなよっ」 

 時任は腹と胸の辺りが苦しいらしいが、そんな時任の身体をなぜか後ろから抱き込むような姿勢で久保田が腹や胸の辺りを撫でている。しかし、なんでわざわざそんな姿勢で男撫でるんだっ!と思ってはいても、微笑みを浮かべながら時任をさわりまくっている久保田を相手に、そう正直に言える人間はいなかった。
 そうして久保田が触っている内に、なぜか時任の頬が赤くなってきて瞳までもが色っぽく潤み始めると、ただ痛いところを探っているだけのはずなのに…、
 なぜかとてもイケナイものを見ているような気分になってくる。
 今は夏でかなり暑いのに、周囲の空気が更に汗が滝になって流れるくらい暑く感じられた。
 しかし、この場を離れて涼しい場所に行きたいと思っても、なぜかこの二人に視線がひきつけられて離れられない。
 二人がこれから何をするのか見届けるまでは、何があってもここを離れない…なんていうふざけた使命は誰も負ったりはしていなかったが…、
 まるで、ガマン大会のように誰もここから立ち去ろうとはしなかった。

 「ここ…、苦しい?」
 「う…ん…」
 「ここは?」
 「あっ…、久保ちゃ…」
 「じゃあ…、ここ…」
 「・・・・・・っ!」

 久保田は探っていた手を首筋から胸へ…、そしてそこから下へ下へと下げていって…、
 その手が着ているパーカーのすそを少しめくると、時任の白い肌がチラリと二人を見ていた生徒達の目にも見える。
 陽に焼けた部分とは違って白いままの肌はすべすべとしていて…、その肌を食い入るように見つめていた生徒はなぜかゴクリと生唾を飲み込んだが…、
 次の瞬間に冷たい殺気を感じて、思わず視線を上へとあげる。
 すると、その生徒の視線の先で…、時任を抱きしめながら久保田が冷ややかに微笑んでいた。

 「お、おいっ、人が倒れたぞっ!! タンカだっ、タンカっ!!!」
 「な、なんだコイツっ!! 夏なのに凍ってるっ!」
 「うわっ、すっげぇカチコチだっ!!! 釘が打てるぞっ!」
 「…って、マジで釘打つなよっ! 死ぬだろっ!!」

 ブスッ・・・・・。

 「あ・・・・っ」
 「・・・・・と、と、とりあえず病院にでも運んどけ」
 「そ、そうだな…」

 周囲は騒がしくなっていたが、久保田は構わずに時任のパーカーの下でごそごそと手を動かしている。しかし、時任の方は騒ぎが気になる様子で、じっとタンカーで病院に運ばれていく生徒を眺めていた。
 荒磯高校では良く怪我人が出るので、タンカーが出動することも珍しくはないが、夏なのに凍り付いている人間は珍しい。そのことを時任が久保田に尋ねると、久保田はいつものぼんやりとした口調でそれに答えた。

 「あ〜、あれは霊のしわざかもねぇ?今、夏だし?」
 「れ、霊って…、やっぱ幽霊のことか?」
 「そうそう、幽霊が出ると背筋が凍るって言うでしょ?」
 「ふーん…、このガッコってマジで幽霊とかいるんだな…」
 「コワイ?」
 「お、俺様が幽霊なんかコワイわけねぇだろっ!」
 「そのワリに、顔がひきつっちゃってるけど?」
 「うるせぇっ!!」
 「今夜…、一緒に寝てあげよっか?」
 「・・・・・イヤだっ」
 「なんで?」
 「幽霊よか、べつなモンが出そうだからに決まってんだろっ!」
 「べつなのって?」
 「エロ親父」
 「それって…、幽霊よりコワイの?」

 「・・・・・・そ、そんなん知るかっ!!」

 一緒に寝るという話題にいつの間にかすりかわっているが、どうやら荒磯高校で背筋を凍らせている幽霊と時任ベッドに出るというエロ親父は同一人物らしい。時任はその会話に気を取られてしまっていたが、その間に久保田の手はズボンのベルトにかかっていた。
 カチャカチャというベルトをはずす音が聞こえてきたが、タンカが運び去りれて再び静まり返った廊下でそれを止めようとする者は一人としていない。真夏に凍りたくないというのも理由かもしれないが、やはり妙なピンク色の空気をかもしだしている二人の雰囲気に飲まれてしまっていたのかもしれなかった。

 「ベルト…、はずすよ?」
 「えっ…」
 「そうしないと…、こんなに大きくしたままだといつまでも苦しいままっしょ?」
 「けど…、こんなトコで…」
 「すぐ済むから…」
 「久保ちゃん」
 「ほら、じっとして…」

 「んっ…」


 しかし…、久保田がベルトをはずそうとした瞬間、廊下の一番端から黄色い悲鳴に混じって鋭い叫び声があがる。それは、これから二人がピンク色の世界に飛び立とうとするのを応援するのではなく、止めようとする声だった。
 
 「このっ、ピンク指定コンビがぁぁっ!!!!」

 ハリセンを片手に廊下を破壊する勢い走りこんでくる桂木に弾き飛ばれて、運悪く通りかかった相浦が壁に激突した。だが、藤原を弾き飛ばしても桂木の勢いは収まらない。
 腕には腕章はつけていなかったが、校内の治安を守るのが桂木の役目だった。
 これ以上、ピンク色の空気に汚染されて被害者を増やすワケにはいかない。
 しかし…、久保田がベルトをはずすと、なぜか時任の顔がすぅっと元に戻って赤くなくなってしまった。

 「やっぱ、あれだけ食ったらベルトしてるのきつくなるよねぇ?」
 「焼きそばパンとかメロンパンとか、フレンチトーストとかあんぱんとか…、ちょっとだけいつもより五個くらい多く食っただけだっつーのっ!」

 ドカンッ!!ガラガラガッシャーンッ!!!

 ベルトをはずしただけなのに、辺りになぜかもの凄い破壊音が響き渡る。
 その音に気づいた時任が廊下を見ると、さっきまでたくさんいた生徒達全員がなぜかぐったりと床に倒れていた。
 しかしその中で唯一復活した桂木が、思い切り白いハリセンを振り上げて、時任の頭に向かって振り下ろす。すると、スカッとする気持ちいい音が廊下に響き渡った。

 スッパァァァァンッッ!!!

 「い、いてぇっ!! なにすんだよっ、桂木っ!!」
 「ベルトくらい自分ではずしなさいよっ、幼稚園児じゃあるまいにっ!!!」
 「そんなの俺が知るかっ!!」
 「…ったくっ、夏なのに暑すぎんのよっ、あんたたちはっ!!」

 桂木が腕を胸の前で組んで怒鳴ると、時任が不思議そうに首をかしげる。
 その様子を見た桂木がどうしたのかと思っていると、時任は抜き取った時任のベルトを片手にぼんやりとセッタをふかしている久保田の方を見た。

 「あ、暑いって何がだよ?! さっきのヤツは凍ってたぜ。なぁ、久保ちゃん?」
 「だぁねぇ」
 「やっぱ…、幽霊は夏に出んだな」
 「・・・・・ま、そうとも限らないけどね?」
 「なんか言ったか?」

 「べつに?」

 桂木のおかげでこれ以上の被害者はでなかったが、倒れた生徒達はどうやら原因不明の熱射病にかかってしまっていた。しかもこれは荒磯特有の熱射病で、かかっている間は何もかもがピンク色に見えてしまうという病らしい。
 熱はないのに身体が熱くて、この病をしている間は恋に落ちやすいという噂の熱射病だった。
 
 「うう…、ピンク色の室田が…、ピンク色の室田が見える…」

 桂木ほど免疫がなかったために、この熱射病にかかってしまった相浦は、熱射病が治まるまで執行部の部室でそう言いながらうなっていたらしい…。
 ピンク色の室田がどんな感じなのかはわからなかったが、どうやらうなされるくらいには不気味のようだった。


                                             2003.8.19
 「熱射病」


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