『まくら』を読んでから、読んでくださるとうれしいですv
 続きなのです。



 ・・・・・・・・・眠れない。

 …のは、いつものコト。
 不眠症ってのは俺の持病らしいから、それについて悩んだコトはない。
 クスリに頼るのも依存するのも好きじゃないから医者にもかからないし、慣れてるから眠れなくても支障はないしね。だから、眠れるなら眠るし、眠れないなら寝ないだけ。
 でも、今日はいつもと少し違って、眠れないっていうか…、
 ある事情で完全に覚醒しちゃったっていうか…、ね。
 どうにかなんないかなぁ、この状況。

 「う…、ん……、くぼちゃ…ん…」

 寝言で俺の名前を呼びながら、丸くなって眠ってるのは猫…、じゃなくて時任。今日はわりと早くベッドに行ったと思ったのに、なぜか一時間くらいでリビングに戻って来たと思ったら…、
 頭を乗せるはずの枕を抱きしめたまま、俺の腕を枕にして眠り始めた。
 眠れない俺の横で、安心しきったカオしてスヤスヤと…。
 俺的には、そんなに安心されても困るんだけどなぁっていうか、俺も若かったんだなぁ…っていうか…、
 まぁ、実際若いワケだけども…。
 無理やり寝込みを襲うほどは、若くないっていうか…、
 うーん……、どうするかなぁ…。

 「・・・・・・すぅすぅ…」

 なーんて、俺の腕を枕にして無防備に眠ってる時任を眺めながら、こういうコト考えてる自体が不毛な気するんだけど…、それって俺の気のせい?
 時任がリビングに来た時、イタズラ心で寝たフリして…、
 薄目を開けつつ、俺をじーっと見つめながら赤くなったり、焦ったりする時任を観察したまでは良かったんだけどなぁ。ん〜、その後で寝返りを打ったのはわざとのような…、そうじゃないような…。
 まさか添い寝っていうか、一緒に寝てくれるって思わなかったし…、
 寝言で他の誰かじゃなくて、俺の名前呼んでくれるとは思わなかったし…。
 まぁ、俺の知らない誰かの名前呼んだら、今よりも別なイミで眠れなくなりそうな気がするような、しないような…。
 そんな風に何もかも曖昧なのは、すべて眠気のせいにして…、
 不眠症の俺は、時任を起こさないように気をつけながら大きなアクビをした。
 
 「ふぁあぁ〜〜〜、ねむ」
 
 眠いけど、眠れない…、だから不眠症。
 不眠症で眠れないから、不毛なコトを考えて…、
 このままだと、リビングを出て不毛な行為。
 けど・・・・、ふと俺のシャツの袖を握りしめる時任の手が目に入って…、
 不眠症で不毛な俺は、自分の口元が緩むのをカンジた。
 なんでだか、わからないけど、時任の手を見た瞬間に、握りしめられた部分から熱じゃなくて…、ぬくもりが伝わってくる。右手にシャツの袖、左手で枕を抱きしめながら眠る時任は、俺の腕を枕に丸く丸くなって…、
 そんな時任の背中に、そっと抱きしめるように左手を回してみると、規則的にトクントクンと脈打つ時任の鼓動が聞こえてくる気がした。
 
 まるで・・・・・・、胎児みたいだぁね。

 丸く丸くなった時任を抱きしめると、俺も自然に丸くなる。
 丸く丸くなった時任を包み込むように、丸く丸くなって…、
 すると、時任の鼓動だけが俺の耳に、世界に響き始めた。

 トクン・・・・、トクン・・・・・・・・。

 もしも・・・・、こんな風に羊水の中で夢を見るなら…、
 たぶん、丸く丸くなった腕の中の世界だけを抱きしめて眠り続け、不眠症なんかとは無縁だったかもしれない。欲しいモノも守りたいモノも何もかもが腕の中にあって、それで…、目覚めたいなんて思うはずないから…。
 けど、ココは羊水の中じゃないから、やがて朝が来て目覚めるんだろう。
 そしたら、俺らはこんな風に、丸く丸くなって小さな世界だけを抱きしめていられなくなる。それはきっと不眠症じゃなくて…、不幸の始まりってヤツなのかもしれなかった。
 生まれた時…、抱きしめてた世界は二つに別れ…、
 きっと、そうなったら、いくら抱きしめて重ね合わせて一つにしようとしても、別れた世界は別れたまま決して戻らない。いくら抱きしめても俺は俺でしか、時任は時任でしかないように…。
 けど、そう考えた瞬間に、時任の目がパチっと開いて…、
 少し驚いた俺が閉じかけてた目を開くと、時任は枕を抱きしめてた手を離して丸くなるのをやめる。そして、握りしめてた袖も離して両手でぎゅっと俺に抱きつき、胸に頬をすり寄せてきた。

 「・・・・・やっぱ、こっちの方がいい」

 羊水の中から生まれ出た時任は不幸の始まりを予感した俺を抱きしめ、穏やかに幸せそうに微笑み閉じた目から…、一粒だけ涙を零す。すると、その涙は頬をゆっくりと伝い落ちて、拭おうとした俺の指先を濡らした…。
 何の夢を見て零した涙なのか、時任じゃないからわからないけれど…、
 時任の瞳から零れ落ちた涙は、今よりも強く抱きしめたくなるほど、とても温かくて…、温かすぎて切なくなる。どんな味がするのかと思ってなめてみたら、やっぱり…、海と同じ塩分を含んだ、しょっぱい味がした。

 「あぁ…、もうじき・・・・、もうすぐ夜が明けるよ、時任…」

 時任を抱きしめている内に、思っていたよりも時は早く過ぎて…、
 もうじき、夜明けがやってくる。
 けれど、少しでも長く時任を抱きしめていたくて、腕の中で眠っていて欲しくて…、俺は子守唄を聞かせるようにゆっくりと、胸に押し付けられた頭を撫でながら目を閉じた。

                            『枕』 2008.5.15更新

                        短編TOP