ソファーに寝転がってマンガ読んでたら、ズキンと小さな痛みが手に走った。
 まだいつもよりましなくらいで…、だからこれくらいならヘーキな顔してられる。
 だからいつもみたいに、そのまま何でもないフリしてマンガを読んでた。
 そうしてたら、キッチンにいた久保ちゃんが俺の方に声をかけて来る。
 久保ちゃんのいるキッチンからは、コーヒーのいい匂いがしてた。

 「時任、コーヒーいる?」
 「いるっ」
 
 そう返事をしてソファーに寝転んだまま待ってたら、久保ちゃんが俺の目の前までコーヒーを持ってきてくれる。
 俺がコーヒー入れる時はメンドいからインスタントだけど、久保ちゃんはコーヒーメーカーでちゃんと作ってることが多かった。
 インスタントでもべつにいいけど、ちゃんと入れた方がやっぱウマイ。
 だからっていうのもあるけど、久保ちゃんにコーヒーを入れてもらうのは好きだった。
 
 「ほい」
 「サンキュー」

 コーヒーの入ったマグカップを渡されて一口飲むと、中にはちゃんと牛乳が入ってて、自分で入れた時よりちょうどいい濃さになってる。
 いっつも飲むたびに思うけど、それがすっげぇ不思議だった。
 頭の隅でちょっとだけズキズキしてる右手のコト気にしながら、コーヒーを飲んでマンガのページをめくる。
 久保ちゃんもコーヒー飲みながら、俺の隣りに座ってリモコンでテレビつけて見始めた。
 静かだった部屋にテレビのニュースの声が響いて…、久保ちゃんがちょっとだけ俺の方を見たのがわかったけど…。
 俺は気づかないフリして、足をぶらぶらさせながらマンガ読んでた。
 でもそうしてる内に…、ちょっとずつ右手のズキズキがひどくなってくるのがわかる。
 だからこのままここにいようか…、それとも眠いからってリビングから出ようかってだんだんと考え始めた。
 こうやって久保ちゃんの横でソファーに寝転がってるのが好きだったから、ちょっとだけ迷ってたりしてたけど…。
 ホントはすっごく右手がズキズキしてきてて、迷ってる余裕なんか少しもなかった。

 「時任?」
 「な、なに?」
 「どうかした?」
 「…べつにどうもしねぇよ」
 「ならいいけど」


 マンガを読んでた時任の手が、いつの間にか止まってた。
 マグカップが小さく小刻みに震えてて、額にも小さく汗が浮かんでる。
 それでも時任は、俺に何も言わないでいた。
 揺れている少し牛乳の混じった茶色いコーヒーの液体が揺れてて…。
 だから時任の手からマグカップを取ろうとしたけど、痛いせいかぎゅっと握りしめすぎていて指が白くなってる。
 だからその手に自分の手を重ねて…。
 ゆっくりカップから一本ずつ指を外させると…、時任はハッとした顔をして俺の方を見た。

 「まだ飲みかけ…なのに、なにすんだよ…」
 「んー、ちょっと」
 「ちょっとで、取るなっつーの…」
 「ゴメンね」

 そう言いながら俺は、カップの次に読んでたマンガも時任の手から取る。
 けど、時任は平気な顔をしてるのがせいいっぱいみたいで…、文句言ってるだけで素直にマンガから手を離した。
 平気なフリしてる顔をのぞき込んだら…、時任は俺の手を振り払って逃げ出そうとする。
 だから俺は、震えてる指に指をからめて握り込んで…。
 ここから逃げ出そうとしている身体を捕まえて、強引に深くキスした。

 「うっ、んっ…。は、はなせっ…」
 「じっとしてて…」
 「久保ちゃ…」
 「これ以上は何もしないから…」
 「・・・・・・・・」
 
 戸惑ったように動かなくなった時任を抱きしめて、もう一度キスすると…。
 時任は背中に手を回して…、ぎゅっと痛いくらいしがみ付いてきた。
 けど、それはたぶん手の痛みがそうさせてる…。
 声を殺して…、痛いとも苦しいとも言わないけれど…、背中に回された手が痛みを訴えてた。
 けどその手の痛みを感じても…、どんなにそこから痛みが伝わってきたとしても…。
 時任の右手の痛みはなくならない。
 何をしてもどんなことをしても…、身代わりにもなれないから…。
 大丈夫だって、平気だって笑う時任を…、ただ抱きしめてることしかできなかった。

 「久保ちゃん…」
 「ん?」
 「もうちょっとだけ…、このままでいいか?」
 「ちょっとじゃなくて、ずっとでもいいけど?」
 「・・・・バカ」


 焼けるような痛みに震える手を久保ちゃんの背中に回して…、ぎゅっとぎゅっと抱きしめて…。
 そうしてたら少しだけ、手の痛みがなくなった気がした。
 もしかしたら、それは気のせいなのかもしんないけど…。
 久保ちゃんが抱きしめててくれたら…、そうしててくれたら…。右。 握ってくれてる手が、抱きしめてくれてる腕が…、俺は一人じゃないってことを言葉じゃなくて体温で…、ズキズキしてる右手に温かさを感じさせてくれてるから…、手に痛みだけを感じてなくていい。
 この痛みを伝えたいとは思わないけど、こうやってずっと抱きしめられながら、大好きな久保ちゃんの背中を抱きしめてたかった。

 たとえ明日が来なくても…、今日が明日にならなくても…。 

 「何もしないって言ったけど…、やっぱムリかも…」
 「久保ちゃんのエッチっ」
 「俺はエッチだって言ったっしょ?」
 「あっ、くぼちゃ…」
 「つらかったら背中に爪立ててもいいから…」
 「んっ…」


 きっとこうやって抱きしめてるだけで精一杯で…。
 俺にできることなんて、全然何もないのかもしれない。
 だから気づかないフリしてるのも…、時任が望んでないからだって…、そういう言いワケを自分にしてるだけで…。
 自分の右手を握り込んで平気だっていう時任を見るたび、すぐ横にある現実に目をそむけているだけだって気がしてた。
 けどそんな自分に気づいたところで、どこからも痛みは消えてなくならない。
 
 時任の右手からもココロからも…、そして今感じてる胸の痛みからも…。

 だからその痛みよりももっと激しく、何もかもわからなくなるくらい強く…、痛みに震える右手に指をからめて、その身体を抱きしめてたかった。
 胸を刺す痛みを消そうとして、何もかもが一緒になくなってしまわないように…。
 たとえ明日が来なくても…、今日が明日にならなくても…。
 
 その痛みよりも激しく…、この口付けよりも深く君を抱きしめて…。


                                             2002.11.30
 「右手」


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