春になるとニュースで桜前線情報が流れるようになり、道端にある桜の木をなんとなく眺めたりするようになったりする。いつぐらいに咲くだろうかと、なんとなく思いながら…。
 そんな風に思うのは桜が春の代名詞ということもあるのかもしれないが、やはり日本特有の行事を思い出してしまうからかもしれなかった。
 行事と言ってもただ花を眺めながら宴会をしたりするというだけなのだが、やはりこの行事は桜の季節には欠かせない。そう思っているのは中年サラリーマンだけではなく、私立荒磯高等学校の執行部メンバーである桂木もだった。
 クリスマスにはクリスマス会、お正月には初詣とあらゆる行事を欠かさない。
 桂木がハリセンを片手に生徒会メンバーに花見をすることを宣言すると、お祭好きのメンバーの中に反対するものはいなかった。
 「まぁ、春って言えば花見だよなぁ」
 「桜は日本の花ですから、やはり日本人として花見は必須です」
 「うーむ、今は満開で場所取りが大変だが…」
 「あんたが寝転がれば場所くらい簡単に取れるでしょっ、室田」
 「そういうことだからさ。がんばれよっ、室田」
 「せっかくですから、大きな桜の木の下にしてください」

 「・・・・・うっ」

 時任と久保田は見回りに行って不在だが、すでに花見は決定されてしまっている。
 楽しそうに花見の話題を話している桂木、相浦、松原の三人の横で、身体がデカイというだけで当たり前のように場所取り係に任命されてしまった室田はサングラスの下で涙していた。
 本日、突然することに決まってしまった花見だが、すでに夕方になってしまっているのでいい場所は埋まってしまっているに違いない。しかし良い場所を取らないと桂木のハリセンの餌食になるどころか、松原のサビないはずの木刀のサビになってしまいそうだった。
 低くうめいた室田は覚悟を決めると、倉庫に仕舞われているビニールシートを取りに行こうとする。
 しかし室田がドアに向かおうとした瞬間、ちょうど見回りに行っていた時任と久保田がタイミングが良く戻って来た。
 時任が眠そうにあくびをしているところを見ると、今日は別に何事もなかったようで…。
 その横で久保田もセッタをふかしながら、のほほんとしたいつもの表情で立っていた。
 「本日のお仕事終了〜」
 「今日はすっげヒマすぎで、なんかカラダがなまっちまったぜ」
 「じゃあさ…。カラダがなまらないように、これから俺と運動する?」
 「腕立てとか腹筋とかは、ぜってぇやんねぇかんなっ」
 「そんなのじゃなくて…、もっと…」

 「も、もっとってなんだよっ」
 
 見回りの仕事は何事もなくても、やはり二人の間には何事もアリなのかもしれない。あやしい雰囲気の中で見つめ合う二人は、誰の目から見てもただの相方というだけの関係とは思えなかった。
 桂木はこめかみをピクピクさせていたが、久保田はそれに構わずヒマだと言った時任の肩にゆっくりと後ろから腕を伸ばす。
 すると時任の頬がぽおっと少し赤くなって、更にあやしい空気が室内に満ちていった。
 久保田は赤くなった時任の顎を手で捕らえると、後ろにいる自分の方を向かせようとする。
 
 こ、これから、ここで何をするつもりだっ…!!

 そう二人以外の全員が心の中で突っ込んでいたが、あやしい雰囲気に飲まれてしまっていて言葉に出して言えない。このままでは二人の有害さに汚染されると判断した桂木は、手にしっかりとハリセンを握りしめた。
 実は桂木の仕事は執行部員として校内の治安を守るだけでははなく、執行部内の有害な空気を排除することである。桂木は有害な空気の主な発生源である久保田ではなく、抱きつかれている時任に向かって振りかざした。

 「このっ、有害18禁コンビがっっ!!!」

 別に抱き付いているだけでモザイクを入れたいとは誰も思わないだろうが、この二人だとそれ並に有害な気がしてくるから不思議である。
 桂木は早くこの有害な空気を振り払うためにハリセンを振り下ろしたが、それが時任の頭に当たる前に再びガラッとドアが開けられて何者かが部屋に飛び込んできた。

 「ぎゃあぁぁぁっ!!! ぼ、僕の久保田先輩がぁぁぁっ!!!」
 「うるさいわよっ!!藤原っ!!!」

 まるでこの世の終りのような顔をして悲鳴をあげた藤原は、どうやらドアを開けた瞬間に久保田と時任の顔が接近しているのを見てしまったようである。桂木はその叫び声があまりにうるさかったので、思わず時任ではなく藤原の頭にハリセンを振り下ろしてしまっていた。
 ハリセンのバシーンという気持ちいい音が生徒会室に響き渡ったが、成敗したのは有害コンビではなく、ただの補欠…。
 桂木は叩き終わったハリセンを切り返したが…、時すでに遅く、時任と久保田の顔の距離はかなり近づいてしまっていた。

 「く、久保ちゃん…」
 「・・・・・時任」

 じーっと久保田と見つめ合う時任の瞳は、なぜか少し潤んでいる。
 そんな時任の瞳を見ていると、いつもの冗談とは言い切れない何かがあった。
 桂木が冷汗を浮かべながらハリセンを振り下ろせないでいると、時任がいきなりすぅっと大きく息を吸い込む。突然の行為に桂木だけではなく、相浦や室田、そしてハリセンの衝撃で床に埋まってしまっている藤原も首をかしげていたが、その謎は考えるまでもなくすぐに解けた。

 「はっっ…、くしょんっっ!!!」

 時任は目の前にある久保田の顔に向かって盛大なクシャミをすると、ズズッと少し鼻をすする。どうやら瞳が潤んでいたのは、クシャミをガマンしていたからのようだった。
 時任のクシャミを間近で盛大に受けた久保田は、のほほんとした笑みを顔に浮かべたまま、さりげなく自分のではなく時任の服の端で顔についた唾を拭く。
 自分の服で拭かれたことに気づいていない時任は、さすがにちょっとすまなそうな顔をして久保田にあやまった。
 「あ、わりぃ…、もしかして怒った?」 
 「うーん、ぺつに怒ってはないけど…、なんとなく微妙?」
 「び、微妙なにがだよっ」

 「どうせかけられるなら、別なモノが良かったなぁって…」

 そう言って時任の瞳をじっと見つめた久保田に、桂木の頭の血管がブチッと音を立てて切れる。相浦は赤い顔をしていたが、松原と室田は微妙の意味がわからなかったらしく、きょとんとして二人の様子を見ていた。
 桂木は再びハリセンを振り上げると、今度は容赦なく久保田に向かってそれを振り下ろす。
 その勢いは、周囲の空気がゴオォォッと唸りを上げるほどの凄さだった。

 「こんなトコで良くわからない微妙な会話するとっ!! 本気で顔だけじゃなくて全身にモザイクかけるわよっ!!」

 しかしそう叫びながら振り下ろされたハリセンは、久保田ではなく復活しかかっていた藤原の後ろ頭を見事にえぐる。
 すると藤原はさっきまで埋まっていた床のすぐ近くに、再びガコッと見事に埋まった。
 しかもそれだけではなく、なぜか藤原の全身にモザイクがかかってしまっている。
 そのため何が埋まっているのか、見ただけでは判別不能だった。
 「ふぅん…、これがモザイクかぁ」
 「このほかに、ボカシってのもあるんだけどね」
 「うわっ、なんかすっげぇ不気味」

 「色的にも微妙?」
 
 そんな会話をかわしながら、時任と久保田が遠巻きに藤原を眺めていたが…、結局、モザイクにされた藤原は、補欠と書かれた紙を貼られてその場に放置された。
 しかしモザイクのかかった藤原は、見ようと思わなくても視界に入ってしまうくらい本当にかなり不気味である。
 桂木の新しい技の餌食になった藤原を見た相浦は、寒くも無いのにブルブルと肩をふるわせながら、近くにいた室田に向かって話しかけた。
 「・・・・・も、モザイクも気になるけどさ」
 「な、なんだ?」
 「久保田がどんな運動をしようとしてたのかも気になる…」
 「そういえば…、何をするかは言ってなかったな…」
 「いつもはわかるのに、わからないとすっごく気になんだよっ。連ドラの最終回を見逃した気分でっ!」
 「そ、そうか?」
 
 「ぐあぁぁっ、気になる〜〜〜っっっ」

 相浦は頭をガシガシと掻きながら、久保田がどんな運動をしようとしていたのか気にしていたが…、室田はさっきから別のことを考えていたので気にしてはいない。
 室田の気にしていること…、それはやはり場所取りを命じられた花見のことだった。
 当たり前のことだが、どんなに人数が集まっても酒や食べ物を用意しても、花見はそれをする場所がなければできない。
 それを任せられた室田の責任は、かなり重大だった。
 この騒ぎの中でものんびりとお茶を飲んでいる松原を眺めると、室田は必ず花見のできる良い場所を取ることを心に誓いながら…、
 モザイクがかかったままの藤原を踏み越えて、一人で場所取りに向かった。









 一人で学校を出た室田は、花見をする場所を取るため青いビニールシートを片手に桜の木の沢山植えられている公園にやってきていた。
 桜は今日辺りが見頃らしく、ほとんどの木が綺麗に満開の花を咲かせている。
 そのせいか、やはりすでにシートが引けそうないい場所は残っていなかった。
 室田はなんとかいい場所を探そうと辺りを見回いたが、いくら見回してもすでに桜の木の下は、室田が持っているようなシートで埋め尽くされている。
 しかし花見のための飲み物や食べ物を買い出しに行っている桂木達が、ここに到着するまでにはなんとかしなくてはならなかった。

 「・・・どうすればいいんだ」

 そんな風に室田は呟いていたが、どうしても場所がなくてどうしようもないことがわかったら、桂木も松原も許してくれることを本当は知っている。なまけていたら怒鳴られるかもしれないが、一生懸命捜せばそのことをちゃんとわかってくれるに違いなかった。
 けれどだからこそ、なんとか場所を確保したいという気持ちになる。
 それに室田は身体の大きさのわりに執行部の中ではかなり地味な存在で目立たないが、やはりお祭好きの執行部の一員だった。
 クリスマスに夏祭りに、そして今からしようとしている花見。
 楽しいことはやはりしたいし、執行部でするということは松原と一緒にいられるということでもあるので、やはりいつもよりも張り切ってしまう。室田はサングラスの下で少し顔を赤くしながら、桜を見て喜ぶ松原の顔を想像しつつ公園内を散策していた。
 するとしばらくしてから、公園の片隅のほどほどの大きさの桜の木の下に、まだ誰もビニールシートをひいていない場所が目に入る。しかし室田が見つけた瞬間に、同じようにビニールシートを持って歩いていた二人組もその場所を発見したらしく走り出した。

 「やったっ、場所見つかったじゃんっ」
 「誰か来ない内に、早くシートを引いちまおうぜっ」

 室田の方が見つけたのが先だったのか、二人組みの方が先だったのかはわからないが、ここを逃してしまったら新しい場所を見つけるのはかなり困難である。
 しかし二人組みの方は、室田が迷っている間にすでにシートを広げようとしていた。
 このまま黙って見ていたら、執行部の宴会が、松原との花見がダメになってしまう。
 そう思った室田は、勢い良くシートがひかれようとしている場所に向かって走り出した。

 「ちょ、ちょっと待ってくれぇぇっ!!!」

 だがあまりにも慌てていたために、場所に到達する寸前で足がもつれて室田の巨体が前のめりになる。するとシートを引きかけた二人が、野太い叫び声に驚いて室田の方を見た。
 しかしその二人は室田を見た瞬間に、室田よりも大きな声で悲鳴をあげる。
 室田は転びそうな身体の体勢を立て直そうとしたが、運悪く出ていた桜の根っ子に引っかかってズササッと顔を青くしている二人の前で勢い良く倒れた。

 「ひぃぃっ!!」
 「た、助けてくれぇぇっ!!」

 ここで転んだのが松原や時任、相浦だったら、この二人は「大丈夫?」と優しく声をかけて助け起こしてくれたのかもしれないが…。
 ・・・・・・・転んだのは松原でも時任でもなく、室田である。
 とても高校生には見えないような巨体の…、しかもサングラスをかけた男が突然突進してきたら誰でも驚くに違いなかった。目の前で倒れた室田を前に、花見の場所取りに来ていた二人は顔を青くしたまま石化してしまっている。
 ここで起き上がれば、自分は普通の高校生でただ花見の場所取りに来ただけだということを説明できたかもしれなかったが、室田は運悪く頭を打って気絶していた。

 「おいっっ、まさかコイツ…」
 「こ、怖いこというなよっ」
 「お、お前…、ちょっと突付いてみろ…」
 「イヤだっっ、なんで俺がっ!!」

 二人はしばらくその場でオロオロしていたが、気絶して起き上がらない室田のことが段々恐くなって来たのか、引きかけたシートを持って逃げるようにその場を去って行く。
 どうやら怪我の功名で、場所取りには成功してようだったが…、
 その巨体を地面を埋め尽くしているピンク色の花びらの中に埋もらせながら、室田は桂木達が到着しても意識を取り戻さない。
 花びらに埋もれた室田を発見した執行部員達は、あまりの光景に助け起こさずにぼんやりとそれに見入っていた。
 ピンクの花びらに埋もれて、ちょっとファンシーとも言えるような雰囲気をかもし出している室田を…。
 そんな室田を心配して、あわてて駆け寄ったのは松原だけだった。

 「しゅ、シュールだよな…、ある意味…」
 「な、なんとなくだけど…、室田にもモザイクかけとこうかしら…」
 「ここで死んでもきっと本望だよなぁ…、たぶん」
 「手しか繋いだことなくて清い交際のままでも、そう思うかしら?」
 「うっ、それは…、確かに心残りかも…」
 
 そんな風に相浦と桂木が話していたが、その横でなぜか久保田が「そうねぇ…」と少ししみじみとした感じで呟いていた。
 そんなこんなで室田の捨て身の場所取りによって、花見は無事にすることができたが…、
 倒れた時の衝撃でサングラスが壊れてしまっていて、室田は赤くなっている顔を見られるのを防ぐため、隣に座っている松原を見ることすらできなかったらしかった。

 「なぁ、久保ちゃん」
 「ん?」
 「室田の顔って…、あんなだったんだなぁ」
 「もしかして、ああいうカオが好き?」
 「…って、なに言ってんだよっ」
 「さっきから、室田のカオをじーっと見てるし…」
 「べ、べつにはじめて見たから珍しいだけだろっ」
 「じゃあさ…、どういうカオが時任の好み?」
 「そ、そんなの聞いてどうすんだっ」
 「さぁねぇ…」
 「・・・・そういう久保ちゃんこそ、どういう顔が好きなんだよ」
 「うーん…、ちょっと耳が大きめで、ツリ目で…、それから鎖骨んトコに俺の付けたキスマークつけてる子かなぁ?」

 「さ、さ、鎖骨は顔じゃねぇだろっ!!!!」

 そんな会話を交わしながら、久保田と時任がイチャイチャしているのを眺めつつ桂木はハリセンを片手に美しく咲き誇る桜を眺めていたが…、その横でビールを飲んでいる横で相浦は、さっきから一人で眉間に皺を寄せながら唸っている。
 実は買い出しの途中で、恐る恐る久保田に『運動』のことを聞いてみたのだが、
 『なら、今から俺としてみる?』
と、微笑みながら言われてしまったので、それ以上は聞き出すことができなかった。
 
 「ぐあぁぁっ、やっぱり気になるっ!!!!」

 相浦はそう叫びながら激しく久保田の言葉を気にしていたが、未だ生徒会室の床にモザイクをかけられて床に埋まったままになっている藤原のことは気にしていない。
 忘れられているのはモザイクをかけられているからなのか、それはわからなかったが…、
 藤原のモザイクも、室田の素顔も…、そして久保田の『運動』の謎も…、

 もしかしたら、満開の桜の木の上で静かに輝いている…、白い月だけがすべてを知っているのかもしれなかった。


                                             2003.4.13
 「満開の桜の木の下で」


                     *荒磯部屋へ*