今日は雨。
 だから俺はソファーに逆向きに座って、久保ちゃんを眺めていた。
 いつもと同じだけど、雨の日はどこか違う久保ちゃんのコトに気づいてから、俺は雨が降るといつもこうしてる。こうして見張っていないと、久保ちゃんが俺のこと忘れて、どっか行っちまうような気がするから。
  そんなの気のせいだって、自分でもそう思うケド。この胸をキリキリさせるような、得体の知れない不安が俺のことを押しつぶそうとするんだ。

 「俺の顔になんかついてる?」

 あんまり俺が眺めてるから、久保ちゃんが苦笑しながらそう言う。
 俺はこのココロの痛みを飲み下して、久保ちゃんに笑いかけた。

 「自意識過剰。俺が見てんのは、久保ちゃんじゃなくてスクランブルエッグなの」
 「そう?」
 「そーなの」
 「時任のウソツキ」
 「ウソじゃねぇもん」
 
 久保ちゃんがいて、俺がいて、それ以上望むことなんて何もないはずなのに、俺はもっともっともっともっと今以上に久保ちゃんのコトがほしくなる。
 まるで中毒患者みたく、俺は久保ちゃんにおぼれてた。
 だから、雨の日に久保ちゃんが時々、何かを思い出すかのように遠くを見つめるのを見ると、俺は禁断症状を起こしそうになる。

 俺のコトだけ見て。俺のコトだけ考えて。その腕で俺を抱きしめて。

 まるでバカみたいに、そんなことばかり思うんだ。

 けど、そんな自分はだいっきらい!!

 「・・・久保ちゃん」
 「ん〜?」
 俺はソファーから立ち上がって久保ちゃんの傍までいくと、その背中に思い切り抱きついた。すると久保ちゃんは、俺をくっつけたままじゃ料理しづらいのに、邪魔だとかそんなこと少しも言わなかった。
 その代わりに、
 「今日はなんだか甘えたさんだね」
と言った。
 確かに甘えん坊みたいでなんか恥しいけど、なんだか今久保ちゃんから離れたくない。
 俺はそのまんまの姿勢で自分の頭を久保ちゃんにすり寄せた。
 「久保ちゃんが寂しそうに見えたから、なぐめてやってんの」
 「雨が降ってるから?」
 「・・・・そう」
 久保ちゃんの過去に俺はいない。
 覚えてないけど、たぶん俺の過去にも久保ちゃんがいないように。
 そんなのは当たり前だってわかってるケド、俺はそれに嫉妬してる。
 あんなふうに雨が降るたび思い出すほど想っていた相手がいたことに、俺のココロは簡単に乱れてしまう。どうしていいかわからないほどに。
 「時任」
 久保ちゃんが俺の名前を呼ぶ。
 俺は返事したくないから黙ってた。
 すると、久保ちゃんは抱きついた俺の手を放させてくるっと振り返ると、正面から俺のコトぎゅって抱きしめた。
 「泣かないで、時任」
 俺は泣いてなんかないのに、久保ちゃんがそう言う。
 泣いてなんかないって言いたいのに、俺は苦しくて声を出せなかった。
 
 久保ちゃんでいっぱいになった俺のココロが悲鳴あげてる。
 どうして、こんなになっちゃったんだろう。

 「俺は時任のそばにいるよ。時任がそれを望んでなくても。だから、俺以外のヤツの胸でなんか泣かないでね」
 
 さっきまで別のヤツのこと考えてたのに、久保ちゃんがそんなことを言う。
 俺は久保ちゃんじゃなきゃダメだけど、久保ちゃんはそうじゃないかもしんない。
 だって今は俺でも昔は違う。
 俺だって、いつか昔になるかもしれないってコト。

 好きになるたび不安になって、好きになるたび自分を嫌いになる。
 止まらない想いが俺のコトを狂わせていくんだ。

 「雨なんか降らなきゃいいのに・・・」
 俺が声につまりながらそう言うと、久保ちゃんは俺の髪とか額とか、耳とか目とか、頬とかたくさんの場所にキスしてから、最後に唇にキスしてきた。
 激しいキスを余裕なく受け止めた俺は、足に力入んなくなって倒れそうになる。それを久保ちゃんが片手で支えてくれてた。
 だから俺は、久保ちゃんのキスにこたえるコトだけ考えて、せいいっぱいのキスをする。
 色んな想いのつまったキスは、涙の味がした。

 泣いてんのは誰だろう?

 「今日はずっと寝てよっか?」
 久保ちゃんがそう言うのに、俺はゆっくりとうなづいた。
 だって、俺が見ていたいのは久保ちゃんだけだったから。

 
 好きっていう気持ちは分かりづらい。
 けど、嫉妬したときだけすごくわかっちゃうのはなぜだろう?
 自分のコト嫌いになるくらい嫉妬したくなんかないのに。
 想いはそれだけじゃ、止まらない。

 「ずっと俺に恋しててね。俺が時任に恋してるみたいに」
 
 疲れ果てて眠る時、久保ちゃんがそんなことを言ったケド、半分夢の中で聞いたから本当なのかどうかは定かじゃなかった。
 

                                             2002.2.17
 「涙」


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