今日の仕事は荷物の配達だった。 べつに仕事の内容とか気にしたことねぇけど、なんかヤバいもんなんだってコトだけはわかってる。 入ってる荷物の中身を見ないのは、こういうシゴトの鉄則ってヤツで…。 だから久保ちゃんが、中身を見ようとしてることなんか一度もなかった。 けど時々、俺には荷物を持たさせてくれない時があったりする。 シゴトだから俺もするっつっても、そういう時の久保ちゃんは何言ってもぜんぜん聞いてくんなかった。 「俺も持つって」 「べつにいいよ。そんな重くないし」 「けどさ…」 「次の時は、時任に受け渡ししてもらうから」 「今日じゃないとやんないっ」 「ちゃんとおシゴトしないと、ゴハン食べられなくなるよ?」 「う〜、わぁったっ」 危ない荷物は持たせてくれないからって、信用してくれてないとかそんなんじゃないのは知ってる。 ただ心配してくれてんだって…、それはわかってるつもりだけど…。 でもホントは久保ちゃんが俺にするみたいに…、俺も久保ちゃんの手に荷物持たせなくねぇの。それが犯罪だからとかそんなんじゃなくて…。 久保ちゃんがいなくなったりすんのが、そうなる可能性が少しでも増えんのがイヤだから何も持って欲しくない。 そんなのはたぶん自分勝手で、独りよがりのワガママだけど…。 「終ったよ、時任」 「うん」 「鵠さんのトコによって帰ろっか?」 「途中でなんか食いモン買ってこうぜっ、腹へったっ」 「了解」 シゴトが終ってモグリんトコ行って、久保ちゃんと並んで歩いてマンションに帰るけど。 こういう日が続くとか続かないとか、そんなのは考えてもムダだから考えない。 待ってなくても明日が…、考えなくても終わりは来るし…。 なのに右手がズキズキ痛んで、嫌なコトばっか無理やり考えさせられる。 だから…、ちよっとだけ試してみたくなった…。 このままモグリんトコ行くはずだったのに、久保ちゃんに気づかれないようにすっと裏路地に入って…。 見つからないように隠れて、ソコから久保ちゃんの様子を見る。 なにやってんだろって自分でも思うけど、俺がいなくなったら久保ちゃんがどうすんのかって…。 右手がズキズキ痛むから…、知りたくなった。 気づいてくんなかったらどうしようかって思ったけど、久保ちゃんはすぐに気づいて、まわり見回して俺のコト探し始める。 ヒトがスゴクたくさん歩いてる場所で…。 こんなトコで捜すのって大変だよなぁって、久保ちゃん見ながらヒトゴトみたいに思った。 「…んなトコ探したって、見つかりっこねぇじゃんっ」 なんてブツブツ言ってても、全部俺のせい。 久保ちゃんが困ってんのは、全部俺のせい…。 自分で知りたいって思ってたはずだったのに、やってみたらサイテイになっただけだった。 久保ちゃん困らせて、こんなサイテイのコトしてて…。 だからこんなサイテイなヤツはほっといて帰ればいいって…、そう思ったけど久保ちゃんは帰んなかった。 しばらくしたら、探すのはあきらめたみたいだったけど、セッタ吸いながら歩いている人とか眺めてて…。 ずっとずっと、俺のコト探してそうしてて…。 それ見てたら…、行かなきゃって思った…。 久保ちゃんのそばに…。 「久保ちゃんっ!」 久保ちゃんのコト呼んで走って…。 そしたら久保ちゃんは、すぐにこっちに気づいて俺の方を向く。 こっちを見た久保ちゃんは、ぜんぜん怒ってなんかなくて…。 俺に向かって微笑んでくれてた…。 「ゴメンね」 「…って、なんで久保ちゃんがあやまんの?」 久保ちゃんのトコまで走ってくと、俺があやまる前に久保ちゃんが俺にあやまった。 なんで悪くないのにあやまんのかなって思ったら、久保ちゃんは俺の方に腕を伸ばしてぎゅっと抱きしめてくる。 その腕が温かくて気持ち良くて…、だからじっと抱きしめられてたら、 「迷子になったかと思った…」 って、久保ちゃんが一言ポツリと言った。 そのセリフのイントネーションがちょっとおかしい気がしたから、俺は久保ちゃんの顔を見上げる。 そしたら久保ちゃんは、俺の額に自分の額をくっつけた。 「迷子になったら帰れないし」 「ちょっち大げさじゃねぇ? 俺だって、帰り道くらい…」 「時任は帰れても、俺は帰れないよ? 迷子だから」 「・・・・迷子って、俺じゃなくて久保ちゃん?」 「だからゴメンねって言ったっしょ?」 迷子になったフリして隠れたのは俺なのに…、久保ちゃんは自分が迷子だって言う。 俺が知ってんだから、久保ちゃんが帰れないはずなんかなくて…。 なのに久保ちゃんはホントに迷子になってたコドモみたいに、ぎゅっと俺のこと抱きしめてた。 「迷子なのは、時任がいないと帰る場所がなくなって…、帰れなくなるから…」 「・・・・・・久保ちゃん」 「だから、一緒に帰ってくれる?」 「うん」 なんでゴメンねって、久保ちゃんが言ったのかわかんなかったけど…。 俺が久保ちゃんのコト迷子にしたんだってことはわかった。 だから抱きしめてくる腕が、こんなに優しくて温かいんだって…。 けど、それがわかってもやっぱりズキズキ右手が痛んで仕方がない。 それはたぶん久保ちゃんが迷子になるみたいに、俺も迷子になるんだって知ってたから…。 だから、右手が痛くて痛くてたまらなかった。 「久保ちゃん…」 「なに?」 「俺のコト迷子にさせたら…、許さねぇから…」 「・・・・・・」 この止まらない痛みを止めたかったはずなのに…。 この痛みが感じられなくなったらなんて、考えたりしたくなかった。 |
2002.10.8 「迷子」 *WA部屋へ* |