いつも隣りにいるから絶対に大丈夫ってことはないし、一緒に暮らしてるから安心ってワケでもなくて…。一体、何をどうすれば大丈夫だって言えるのかはわからなかった。 たぶんこんなことを考える自体が、どうかしてるんだろうなぁって思うケド…。 時任が隣りであんまり無邪気で楽しそうに笑うから、自分でも気づかない内にそんなことを考えてる。 だからそんな自分を誤魔化すみたいに、いつものように時任にジョウダンを仕掛けた。 「ほら、もうちょっとこっちに来ないとできないっしょ?」 「あっ、そんなのダメだって…」 「こんなに硬くなってるから、俺がちゃんと楽にしてあげるよ…」 「く、久保ちゃん…」 やってるのはただの肩もみだったりするけど、こんな風にジョウダンを言うのはいつものことだった。 桂木ちゃんのハリセンが飛んで来るのがわかってて、時任も誰もジョウダンってわかってるからやってる、ただのジョウダン。 まるで俺らはオトモダチですって主張するみたいに、コミュニケーションでやってるだけ。 べつにこんなことする必要なんてないけど、それでも俺らはいつもジョウダンしてた。 誰かが見てるを前提でやってるワケは…、それをたぶんストッパー代わりにしてるのかもしれない。近づきすぎた唇が、それ以上近づかないように… 決して触れないように、それで距離をはかってるのかもしれなかった。 「ねぇ、時任」 「んー、なに?」 「キスしよっか?」 「えっ?」 「なんて言ったら、ジョウダンに聞こえる?」 「…ジョウダンに決まってるだろっ」 「やっぱねぇ?」 「当ったり前じゃんっ」 触れそうで触れない唇とか…、抱きしめてるようですぐに離される腕だとか…。 そういうのが気にならないって言ったら嘘になる。 けど、全部ジョウダンで単なるスキンシップだってわかってっから、それ以上は考えないようにしてた。 いつからこんなジョウダンばっかするようになったのか、そんなのはしんねえけど…。 気づいたら二人でジョウダンばっかするようになってた。 顔を近づけて…、ギリギリまで唇をよせて…。 でもホントウのキスなんて、ただの一度もしたことない。 ジョウダンでふざけてるだけだから…、久保ちゃんは絶対にキスしない。 だからキスしないで離れていく久保ちゃんの唇なんか、絶対に気にしないって…。 そんなの考えたりしないって思ってたのに…、ずっとずっと考える予定なんかなったのに…。 ジョウダンだった唇がちょっとだけ…、ほんの少しだけ触れたらダメになった。 「・・・・っ!」 「あっ…?」 「く、久保ちゃん…」 「あれ、もしかしてファーストキスだったりする?」 「そ、そんなの…」 「なんてのはジョウダンで…、こんなのはキスの内に入らないから安心しなね?」 「・・・・誰も入れてねぇっつーのっ!」 始めて触れた唇の感触なんて、驚いててわかんなかったけど…。 すっげぇドキドキして心臓が壊れるかと思った。 でも久保ちゃんにジョウダンだから…、キスに入らないって言われてナシになった瞬間、ドキドキがズキズキに変わって…。 ズキズキするワケなんて、考えたくも知りたくもないのに胸が痛くてたまらなかった。 「どうせキスすんならっ、カワイイ女の子がいいもんなっ!」 「カワイイ女の子、ねぇ?」 ジョウダンで近づいた唇が、ジョウダンまじりに触れた瞬間…。 時任の想像してたよりも柔らかかった唇を…、俺の唇が記憶してしまってた。 触れていたのはほんのわずかな間だったのに、その時の感触が唇から離れなくて…。 気づくと時任の唇をじっと眺めるクセがついてた。 俺とノーカウントのキスをして、カワイイ女の子がいいと言った時任の唇を…。 いつもみたいに全部ジョウダンにしたのに、俺の中ではなぜかかジョウダンにならなかったみたいだった。 相方で同居人でだから、時任にとって俺はそれ以上でも以下でもないのに…。 触れなかったらわからなかった何かがじわじわと胸の中を浸食して、ギリギリ触れない距離の壁を壊していく。 ジョウダンでスキンシップで、コミュニケーションだって距離を測ってた計測器が破壊されて、どこでストップをかければいいのかわからなくなった。 「久保ちゃん…」 「どしたの?」 「最近さ」 「うん」 「やっぱ、なんでもねぇ…」 ジョウダンでキスに入らないキスをしてから、久保ちゃんは抱きしめてはくるけど顔を近づけるとすぐに顔をそらせるようになった。 なんでかって理由はわからねぇけど、ジョウダンもスキンシップもおざなりなカンジで…。 いつもみたいにジョウダンで抱きしめられてたら、それをやらなきゃって義務みたく見えてきた。 ジョウダンもスキンシップもコミュニケーションも…、いつから始めたかなんてわからなくて…。 やらなきゃならないってワケじゃねぇのに…。 なんで、俺らって抱きしめ合ってんの? キスなんてしねぇのに、キスできる距離まで唇をよせたりしてんの? 相方で同居人なのに…、それだけで十分だって思ってんのに…。 なのになんでこんなに・・・・、キスをナシにされたのがショックなくらい…。 久保ちゃんのコト…、好きだって思ってんの? 「あのさ…」 「ん?」 「・・・・・・・・」 「なにしてんの?」 「顔そらせんなっ」 生徒会室で本読んでたら、時任がいきなり顔を近づけてきた。 なにしようとしてるのか最初はわからなかったけど…。 時任の吐息が、俺の唇に当たってきたからそのワケがわかった。 けど、ココには今誰もいなくて…。 だからそんなことする必要ないなのに、時任は真剣な顔をして俺とキスしようとしてる。 ジョウダンでしか近づけたことなかったから、真剣な顔を見てもこれがジョウダンなのかホンキなのかわからなかった。 時任が自分から俺とホンキでキスしようとするなんて、そんなことはあり得ないはずなのに…。 ジョウダンだって言うことが出来なかった。 「女の子とキスする練習でもしたくなった?」 唇が触れる直前、俺がなんとなく思いついたことを言ったら時任の唇が触れる手前で止まった。 だから言ったことが図星だったと思って…、またジョウダンにしようとしたら…。 時任は今にも泣き出しそうな顔に…、無理やり明るい笑顔を浮かべた。 「キスなんかマジでするワケないじゃんっ。ジョウダンに決まってるだろっ! バーカッ!」 「時任…」 「けど、もうジョウダンならキスとかそういうのされたくねぇからっ、もうすんなよっ。やったら絶好だかんなっ!」 「スキンシップとかでも?」 「・・・・・・」 どういう気持ちで好きなのか、良くわかんなかった。 でも、ジョウダンでキスしたくないくらいに好きだったから…。 だからジョウダンじゃないキスしてみたくなった。 なのに久保ちゃんはまたジョウダンにしようとしてて…。 それがわかったら、もうキスされたくも抱きしめられたくもなかった。 そう想うのはたぶん相方で同居人で…、それだけじゃ足りなくなったんだって…。 そんな気がしてたけど、どうしてもそれがハッキリ何なのかわからない。 相方として好き、同居人としても好きで、全部全部好きで…、そう想ってるだけじゃなんでダメなのかってわかんなかった。 「時任…」 「なんだよ…」 「キスしていい?」 「だからっ、するなっつってんだろっ!」 「それは、ジョウダンでするなって言っただけでしょ?」 「わかってんなら、手ぇ離せよっ」 頭ん中がぐちゃぐちゃしてて、だからもう放っておいてほしかった。 目の辺りとか熱くなってきて…、ゴシゴシこすってもソレが治んなくて…。 だから一人になりたかったのに何回離せっつっても、久保ちゃんが腕を離してくんない。 むかついてきたから殴ってやろうかって思ってたら、いきなり唇に暖かいモノが当たった。 「んうっ…」 「・・・・・・・っ」 「なに…、すん…」 「カウントに入らないキスはもうしないから」 「…久保ちゃん?」 「今からするキスを一緒に数えてよ…、時任」 一度触れてしまったら、その想いに気づいてしまったら…、もうジョウダンも誤魔化しも通用しない。 本当は最初からジョウダンでもなんでもなかったのに…。 自分を誤魔化してウソをついて…、抱きしめた数もキスした数も数えたりしなかった。 すべてを無理やりノーカウントにして、なかったことにして…。 それで相方で同居人だからといい訳ばかりをしていた。 けれど自分を誤魔化せないほど恋してたから…、触れた唇を忘れられなかった。 好きだから抱きしめたくて、好きだからキスしたいだけで…。 それだけがジョウダンでもウソでもなくて…、本当のことだった。 「…キスの数だけ、好きだって言ってくれる?」 「んっ…、キ、キスしてたら言えねぇじゃん…」 キスしてくる唇を感じてると、ズキズキしてた胸がまたドキドキに変わった。 キスした数なんて…、もうわかんなくなって…。 だから数えるのが面倒なくらいキスしながら…、久保ちゃんの背中を抱きしめた。 好きなだけじゃ全然足りなくてダメだってわかったから…、だからもっともっとキスしたくなった。 きっとキスを数えまちがえても…、もう答えが出てる気がするから…。 今は好きだと言うかわりに、数えきれないキスの数を数えよう…。 |
2002.10.24 「恋する距離」 *荒磯部屋へ* |