本日は祝日で学校はオヤスミ。
 だから特にすることはなく、時任はぼーっとテレビでワイドショーを見ていた。
 「誰かがくっついたとか別れたとかどーでもいいのにさ。なんでこんなに大騒ぎすんだろ?」
 熱愛発覚だの、離婚会見だのが映し出される画面を見ながら、時任がうんざりしたようにそう言うと、洗濯物を干し終えた久保田がべランダから戻って来た。
 「まぁ、ゲイノージンは人気商売だからさ。こーいうのが話題になんないってのも逆に寂しいもんなんじゃないの?」
 「そんなモンなわけ?」
 「さぁ?」
 「いいかげんな返事すんなっての」
 久保田が面倒臭がりなため、休みだからといって二人で出かけることは少ない。
 出かけるとしたら、夕飯とかおやつとかの買出しに近所に行くくらいである。
 毎日、学業と家事をこなしている久保田にしてみたら、休みぐらい家でのんびりしていたいといったところだろう。
 「久保ちゃん〜。俺様ヒマ」
 「じゃあさ。布団でも干してみる?」
 「ぜってぇーやんねぇ」
 「たまにはお手伝いしたくなんない?」
 「なんない」
 「あっそ」
 一緒に暮らす時に、家事の分担とかそういう話し合いはしなかった。
 時任は洗濯するとか、ご飯を作るとか、そう言った基本的なことすら知らなかったので、久保田は自分がそうすることを疑問に思ったりはしなかったのである。
 時任中心の生活に慣れてしまった今では、家事が板についてしまっていた。
 まさに主夫そのものである。
 洗濯をすませたら、今度は部屋の掃除。
 久保田が掃除機を取りに行こうとすると、時任がそれを呼び止めた。
 「なぁ?」
 「なに?」
 「これってマジな話なワケ?」
 時任に言われて久保田がテレビの画面を見ると、そこには大きな文字で、
 『国民的アイドル、工藤ハルキ失踪!!』
という文字が躍っていた。
 どうやら、仕事をすっぽかして逃げ出したということらしい。
 「なにやっんてだよ、アイツっ!」
 「自分でやりたいとか、そういう自覚する前からお仕事しちゃってるだろうからさ。イヤになる時もあるんじゃない? まだまだ遊びたいお年頃だしね」
 「けど、すっぽかすのは良くねぇじゃん」
 食い入るようにテレビを見ている時任の顔には、『工藤が心配』と書かれていた。
 学園祭のゲストで荒磯に工藤が来た時に、時任と久保田は工藤と知り合っている。
 お互い自己主張の強い者同士だが、けっこうウマが合っているらしく、今でも時々工藤から時任に電話がかかってくることがあった。
 「失踪するほど悩んでたとか、知らなかったぜ」
 「まぁさ。工藤にだって言いたくないこともあるっしょ?」
 「そうかもしんないけどさ」
 時任は工藤が失踪したことを、工藤の口からではなくテレビで知ってしまったことに多少ショックを受けているようである。
 久保田はそんな時任を見て小さくため息をつくと、その頭を優しく撫でた。
 「その内、なんか連絡してくるんじゃないの?」
 「そっかなぁ」
 「たぶんね」
 工藤が連絡してくるかどうかはわからないが、気になって仕方ないという感じの時任に、久保田はそう言っておいた。そうでもしないと、時任があてもないのに工藤を捜しに行きそうだったからである。
 「なんだか、ねぇ?」
 画面に釘付けになっている時任を見て、久保田は本日二回目のため息をついたのだった。



 
 工藤の失踪を知った次の日。
 執行部内のじゃんけんで負けた時任は、一人で買出しのために校外に出た。
 買出しはもちろんイヤだったが、じゃんけんに負けてしまったのなら仕方ない。
 「くっそぉ〜、なんで俺様がっ」
 時任がブツブツ言いながら歩いていると、何者かにガツッと肩をつかまれた。
 驚いた時任はとっさに相手の手を振り払い、素早い動きで戦闘態勢を取る。
 その動きは素人目で見てもかなり凄かった。
 「てめぇっ、何者だっ!」
 帽子を深々とかぶった男に時任がそう怒鳴つける。
 男はおそらく高校生くらいの年代で、背の高さも時任とそう変わらない。
 時任が帽子を取ろうと腕を伸ばすと、なぜか帽子の下から不満そうな声が聞こえた。
 「なんでわかんねぇかなぁ。俺だよ、俺」
 「って、お前まさかっ!?」
 聞き覚えのある声に、時任の目が少し大きく見開かれる。
 男はゆっくりと帽子を脱いだ。
 「世界のアイドル、工藤ハルキ参上!」
 「何が世界のアイドルだっ! 世界のアイドルは俺様だっつーのっ!」
 そこにいるだけでなぜかかなり目立つ時任に、アイドルで目立ちまくっている工藤が並んでたら、注目を浴びるのは当然である。
 「あれ、工藤ハルキじゃない!?」
 「えっ、マジ!?」
 騒ぐ二人に周囲が気づき始める。
 そのことに気づいた途端、工藤は時任の手を引っ張って走り出した。
 「お、おいっ、どこに行くきだよ?」
 「どうせヒマだろ? 付き合えよ」
 「べつにヒマってわけじゃねぇっ!!」
 時任の脳裏に買出しのことが浮かんだが、昨日のワイドショーのことがひっかかって工藤の手を振り解くことができなかった。
 (だって、しょうがねぇじゃんかっ)
 誰に対しての言いワケなのか、そんなことを思いつつ時任は工藤に引きずられるようにして町へと繰り出したのだった。




 「…帰ってこないわね、時任。逃げたんじゃないでしょうねぇ」
 時任が工藤に捕まったことなど知らない執行部の面々は、時任の帰りを待っていた。
 確かに時任は買い出しは大嫌いだが、一度頼まれたことをほったらかして逃げたりはしない。
 あまりに遅いのでしびれを切らせた桂木が、
 「ったく。藤原っ、時任迎えに行ってきて!」
と、藤原に命令する。
 けれど藤原は首を左右に激しく振った。
 「な、なんで僕が行かなきゃならないんですかぁ」
 「アンタが補欠だからでしょっ」
 「関係ありませんよ、そんなこと!」
 言い合いしている二人の声に紛れていたので、持ち主である久保田にしか聞こえなかったがケータイの着メロが鳴った。
 久保田はケータイを取ると、そのかけてきた相手と少し話した後通話を切る。
 ディスプレイに出た名前は時任だった。
 「桂木ちゃん」
 「えっ、何?」
 「悪いんだけど、買い出しはあきらめてくんない?」
 「どうして?」
 「ちよっとね」
 そう言うと、久保田は自分と時任の鞄を持って生徒会室を出ようとする。
 帰ろうとする久保田を桂木が呼び止めた。
 「時任のこと待ってないでいいワケ?」
 「ここには戻ってこないと思うからさ」
 ようするに時任がここに戻ってこないから、迎えにでも行くつもりなのだろう。
 何かあったらしいことは分かったが、桂木はあえてそれ以上は突っ込まなかった。
 「それじゃあ、お先に」
 「あっ、久保田せんぱーい!」
 帰っていく久保田の後ろ姿に藤原が叫ぶが、久保田は振り返らない。
 とことんむくわれない藤原なのだった。



 「うわぁ、もう信じらんねぇ〜!!」
 「これがアイドルの実力ってもんだぜっ!」
 「アイドルは俺様だぁぁっ! 次で挽回してやるっ!」
 「よっしゃっ、来いっ!!」
 時任と工藤は、ゲーセン、カラオケ、ファーストフード店などなどをハシゴしつつ、文化祭の続きとばかりに対戦を続けていた。
 はっきりいって、不毛な戦いというやつである。
 戦いの勝敗がつかない内にすっかり日が暮れてしまった。
 「げっ、もう七時じゃんかっ!」
 ふと、時計を見た時任がぎゃーっと叫ぶ。
 工藤についてきたのはいいが、久保田に連絡していなかったことを思い出したからである。
 (やばいっ、マジでやばいっ!!) 
 考えるだけで恐ろしい気がする。
 「わりぃ、工藤。俺、もう帰んなきゃなんねぇっ」
 突然、あわてて帰ろうとする時任に、工藤はムッとした顔をした。
 「もうちょっといいじゃんか」
 「それが良くねぇっつーのっ」
 「なんで?」
 「俺、久保ちゃんになんも連絡してねぇんだっ」
 久保田にとりあえず連絡入れようとする時任の手から、工藤がケータイを奪う。
 時任が怒った顔で、
 「なにすんだよっ!」
 と怒鳴ったが、工藤はひるまなかった。
 「久保田になら、俺から連絡しといた」
 「はぁ? お前、久保ちゃんのケータイの番号知ってんの?」
 「このケータイからかけたから」
 「って、人のケータイ使うなよっ!」
 ケータイ使われたのはなくとなくムカツクが、工藤が連絡してくれているなら、たぶん久保田は事情を知っているだろう。ちょっとホッとした時任だったが、そんな時任を見た工藤は、ちょっと険悪な顔をしていた。
 「…このケータイ。久保田の番号しか入ってないんだな」
 「あぁ、久保ちゃんしかかけねぇからな」
 「ふぅん、そうなんだ?」
 なんとなくいつもより声が低い。
 ちょっと暗い感じになった工藤に、時任は首をかしげる。
 そんな時任の様子に苦笑した工藤は、ケータイを時任に投げた。
 「連絡済みなんだからさ。もうちょっと遊ぼうぜっ」
 「もうちょっとだけだかんなっ」
 「わかってるって」
 結局その後、二時間も工藤に付き合ってしまったため、時任がマンションのそばまで戻って来たのは午後九時を回っていた。
 町中はまだ賑わっているが、そこから離れるとかなり人通りも少なくなる。
 どうしても送るというので、時任は工藤と一緒にマンション近くの公園まで戻ってきていた。けれど、ここから先に工藤を連れて行くことはできない。
 絶対に他人を連れて来ないという決まりがあったからである。
 それは別にそうで決めたワケではなかったが、時任と久保田の間で無言の了解になっていた。時任がそれを守るのは、自分が同じコトをされた場合を考えるからである。
 久保田が他人を家に連れてくるのはイヤだった。
 「コレ、やるよ」
 「おっ、サンキュー」
 時任と工藤は、缶コーヒー片手に公園のベンチに座っていた。
 ここで別れてもよかったのだが、このまま別れたら後悔しそうだったので、久保田のことが気になりつつもこうして工藤の隣にいるのである。時任は大きく息を吸い込むと、工藤に向かって失踪のことを話した。
 「お前、失踪してんだってな?」
 そう話を切り出すと、工藤は少しも驚いた顔をせずにうなづいた。
 「ワイドショーとかうるさく言ってるからなぁ」
 「仕事すっぽかしったって、マジなワケ?」
 「マジ」
 仕事をすっぽかしたことを認めた工藤の横顔を時任がチラリと見る。
 工藤は何かを悩んでいるような顔をしていた。
 「お前さぁ」
 「なに?」
 「なんでアイドルやってんの? やりたくないなら、さっさとやめちまえばいいじゃん」
 時任のきつい一言に、工藤が眉間に皺を寄せる。
 けれど、その言葉に怒ってはいなかった。
 「簡単に言ってくれるよなぁ」
 「簡単とかは思ってねぇケド、ハンパなキモチでやってんのって、ファンしてるヤツに失礼じゃんっ。好きって思ってくれてるヤツに、いいかげんなことすんのはダメなんじゃねぇの?」
 「確かにそれはそうだと思うんだけど、時々、不安になるんだよなぁ。俺はこのままでいいのかなぁってさ」
 「良いも悪いもねぇよ。自分の決めたコトなら、それでいいんじゃねぇ? 結果ばっか気にしてたらなんもできねぇよ」
 これをこうしたからどうなった、と言うのはあくまで結果論で、後にならないとわからない。後悔なんていうのは、やらなければできない。やらないと、後悔すらできないのだ。
 「お前、前にドラマやってたじゃんか?」
 「あぁ、高校生役のヤツだろ」
 「俺、結構あのドラマ好きだったぜ。俺にはかなわねぇけど、すっげぇ演技うまかったしな」
 「…俺のことほめるなんて雪でも降るんじゃねぇの?」
 「うっせぇよ。けど、あれって好きだからあそこまで出来たんだろ? そーなんじゃねぇの、お前」
 時任のセリフに、工藤がハッとした顔をする。
 時任は真剣な顔をして工藤を見ていた。
 工藤はいきなり時任の方へ腕を伸ばすと、その身体をぎゅっと抱きしめた。
 「…そっか。そうだよな」
 そう呟く工藤を、時任は振り払うことができなかった。
 この事態をあまり深く考えていなかった時任は、仕方ないなぁという感じでやんわりと工藤に腕を回す。気分的には友達同士のスキンシップという感じだった。
 「サンキュ」
 「礼を言われることなんかしてねぇよっ」
 どれくらいそのままでいただろうか。
 なんとなく居心地が悪くなってごそごそし始めた時任に、工藤が腕の力を緩める。
 時任は腕の拘束が緩んだので、その腕から抜け出そうとした。
 だが、その瞬間に暖かい感触が唇に降ってきた。
 「んっ?」
 自分の身に何が起こったのかわからない。
 拒絶することも忘れてぼおっとしていると、その視界に黒い影が入った。
 その黒い影は目を凝らしてみると良く知っている人物になる。
 それは、時任のコトを捜していた久保田だった。
 「んんっ!! はっ、はなせっ!!」
 時任は力一杯工藤を自分から引き剥がすと、公園を立ち去ろうとしている久保田を追いかけようとする。けれど、あわてていたのでその場でこけてしまった。
 「いたっ!」
 「時任」
 心配した工藤が時任に手差し出す。けれど時任はそれをパシッと弾いた。
 「俺にさわんなっ!」
 時任に拒絶された工藤はそれでもあきらめようとせず、走り出そうとする時任の服の端を掴んだ。
 「俺、時任のことが好きなんだっ」
 「…工藤?」
 「返事はすぐじゃなくてもいいけど、久保田のコトだけじゃなくて俺のコトも考えてくんねぇか? 俺、マジなんだ」
 真剣な視線が時任を射抜く。
 けれど時任は、やはり工藤の手を振り払った。
 「俺は久保ちゃんのことしか考えらんねぇ。キスすんのも、抱きしめんのも久保ちゃんだけなんだよっ」
 「なんで俺じゃダメなんだ!?」
 「世界一のアイドルだろうと、宇宙一のアイドルだろうと、お前は久保ちゃんじゃないからダメだっ!」
 それは思いっきりの拒絶だった。
 久保田じゃないからダメ。
 容姿がどうだからとか、性格がどうとかそういう理由ではなかった。
 工藤は何をやっても久保田にはなれない。
 そのままの姿勢で思考を停止したみたいに止まっている工藤を置いて、時任は自分の住んでいるマンションに向かって走り出した。
 そこには久保田がいる。
 とにかく早く誤解を解きたかった。
 (許してくんなかったら、どーしよ。俺)
 ドアを開けて、靴を投げるように脱いでリビングへと走っていくと、そこにはテレビを見ながらソファーに座っている久保田がいた。
 「久保ちゃん…」
 時任は恐る恐る久保田に声をかけてみたが、久保田は時任の方を見ないどころか返事一つしない。
 ぴーんと空気が張り詰めたリビングで、時任はぎゅっと拳を握り締めた。
 「言い訳みたく聞こえるかもしんないけど、工藤が、あ、ああいうコトしてくるなんて思わなかったからビックリして…それで頭ん中真っ白になってさ。だから、だから、俺…」
 恐怖で声が震えてくる。
 もし、久保田がこのまま自分の方を振り返らなかったらと思うと怖くてしかたなかった。 時任が泣きそうな気持ちで俯いていると、
 「だから、何?」
 と、久保田の返事が返ってくる。その声はひんやりと冷たかった。
 「だから、だからさ…」
 言い訳みたいな言葉しか思い浮かばない。
 時任が何も言えないもどかしさで自分の唇を噛むと、その目から涙が零れ落ちた。
 「ゴメン。俺、好きなの久保ちゃんだけなのに、それなのにさ…」
 久保田としかキスしたくないのに、他のヤツにキスされたコトがくやしかった。
 そんなコトされてしまった自分が許せなかった。
 「…ご、ごめん」
 いたたまれない気持ちになって、時任がリビングから出て行こうとする。
 すると、久保田がそれを呼び止めた。
 「時任」
 「・・・・」
 「時任」
 「・・・・」
 「ここにおいで、時任」
 その言葉に弾かれるように振り返った時任の目に、少しも怒っていない久保田の顔がうつった。久保田は時任に向かって手招きをしている。
 時任は泣き顔のままで走っていって、その胸の中に飛び込んだ。
 「…くぼちゃん」
 「うん」
 「好き」
 「うん」
 ぎゅっと思い切り抱きついて泣く時任の背中を、久保田があやすように撫でていた。
 時任はどうしても涙が止まらなくて、久保田の胸に顔をくっつけている。
 久保田はしがみついている時任の顔を上げさせると、その唇に軽くキスをした。
 「消毒は念入りにね」
 「たくさんして…」
 深く浅く角度を変えて口付けながら、離れないようにしっかりと抱きしめあう。
 たくさん、たくさん、想いの数だけキスするみたいに、何度も何度もキスをした。
 唾液が顎を伝ったけど、そんなものを構っている余裕はない。
 熱に浮かされるようにキスを繰り返した二人は、そのままソファーに倒れ込んだ。
 「俺以外にこんなコトさせないでね、時任」
 「そんなの当たり前じゃん」
 額をくっつけ合って笑い合う。
 じゃれるようにしながら、お互いの身体を貪りあった。
 身体にもココロにもその気持ちを伝えようとするかのように。

 「久保ちゃんも浮気すんなよ」
 「それも当たり前です」


 

 二人がお互いの気持ちを確認しあった翌朝。
 朝食を食べながらテレビを見ていると、ブラウン管に工藤が映っていた。
 どうやら、失踪についての記者会見を開いているらしい。
 「どうやら復帰したらしいね」
 「…そうだな」
 あんなことはあったが、まだ時任は工藤に対してトモダチみたいな気持ちがあるので複雑な顔をしている。そんな時任に、久保田はじっと視線を注いでいた。
 レポーターが失踪の原因とかそんなのを聞こうと工藤を質問攻めにしている。
 工藤は紙に書いたみたいなセリフを喋っていたが、
 『再び戻って来ようと思った原因はなんですか?』
 と、いう質問にだけは自分の言葉で話していた。
 『俺のトモダチっていうかなんていうか、そいつが俺の出演してたドラマが好きだったって言ってくれたんです。あまり人のことをほめないヤツなんですが、演技がうまかったってほめてくれました。好きだから、あんなに演技できたんだろうって。それで俺は初めて、自分が好きでやってたんだなぁって気づいたんです。だから戻ってきました』
 その言葉を聞いて、時任がうれしそうな顔をする。
 久保田はまた小さくため息をついて、
 「やっぱ注意はしとかなきゃね」
と、呟いた。
 実は、時任のケータイを使って電話をかけてきた工藤は、久保田に向かって宣戦布告をしたのである。
 『時任がアンタのことを好きでも絶対にあきらめねぇからなっ。絶対うばってやるから覚悟しとけよっ!』
 久保田は奪われる覚悟なんかするつもりもなかったし、そうさせる気もない。
 だが、トモダチって思ってるというだけで無防備な時任を守り切るには、少し苦労しそうである。
 「たまには俺のコトだけ考えてよね、時任」
 まだまだあきらめていなさそうな工藤を見ている時任に、久保田は聞こえないくらい小さな声でそうお願いをしたのだった。
                          『宇宙で一番好きな人』 2002.3.21 キリリク3333


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