私立荒磯高等学校、新聞部。 彼らの主催で、年に一度だけ催し物が開かれる。 毎年、何が行われるのかは決まっていないが、その催し物の目的は優勝商品獲得。 つまりは、それを獲得するために、生徒の中から自主的に参加した者たちが争いを繰り広げるというものなのだ。 今年の催し物の内容が掲示板に貼り出されると、すぐに人だかりができる。 その人だかりの一番後ろに、生徒会室に向かう途中の久保田と時任がいた。 「なんでこんなに人あつまっちゃってんの?」 あきれたような顔で騒ぎを見ている時任がそう聞くと、久保田は興味なさそうな顔をして、 「あぁ、毎年あるヤツじゃない?」 と、答えた。 しかし、時任は毎年と言われてもそれがなんなのかピンと来なかった。 なぜならば、時任は去年転校してきたからだ。 転校してきたときには、その催し物は終ってしまっていたのである。 何なのか興味のあった時任は、再度そのことについて久保田に尋ねた。 「毎年って、なんかやってんのか?」 「優勝商品争奪戦。新聞部主催のね」 「優勝商品って?」 優勝商品と聞いて時任の顔が輝く。 そんな時任を見て、久保田は小さくため息をついた。 「さぁねぇ、毎年違うみたいだから」 「ふーん。おれ、ちょっと掲示版見てくるっ!」 「はいはい、いってらっしゃい」 優勝商品を見る前から、時任はなぜかやる気になっている。時任は久保田と違って、こういうお祭り騒ぎが好きだった。 しかし、この催し物を主催しているのは新聞部である。新聞部には毎年、荒磯でも一癖も二癖もあるヤツが入部する言われているが、それは噂でもなんでもなく事実だった。 その彼らが選ぶ優勝商品なのだから、平凡なモノであるはずがない。 「あっ、久保田君じゃない」 「どーも」 「久保田君も掲示版見にきたの?」 「通りかかっただけ」 「やっぱりああいうの気になるわけ?」 「まあ、ちょっとはね。気になるのは優勝商品じゃないケド」 「…なるほどね」 桂木と久保田の視線の先には、人だかりを押しのけて掲示版まで到達した時任の姿があった。 なんだかかなり楽しそうである。 「好きそうだもんね、ああいうの」 「困ったコトにね」 お祭り好きが悪いわけではないが、時任が参加すると久保田も必然的に参加せざるを得なくなる。だが、久保田は行事とかそういったものは面倒臭いので、できることなら避けたいと思っていた。 「ここで会えてちょうどよかったわ。生徒会長から呼び出し来てるわよ」 「松本が?」 「そっ、久保田君と時任にね」 「俺と時任に、ね」 久保田ならまだしも、時任まで呼び出されるのは珍しい。 「嫌な予感するなぁ」 掲示版といい、松本会長の呼び出しといい、あまり良い話だとは思えなかった。 だがやはり、生徒会長からの呼び出しには、執行部員として応じなくてはならないだろう。 「時任〜。ちょっと用事できたから戻っておいで」 「あぁ?用事ってなんだよ」 「さあ、なんだろうねぇ」 久保田の方を振り返った時任が不機嫌そうなのは、用事ができたことではなく別なところにあったのだった。 「呼び出しにより参上」 「わざわざ出向いてやったんだ、ありがたく思いやがれっ」 生徒会長室に到着した時任と久保田は、勝手知ったるなんとやらでずかすがと部屋の中に入っていった。 「良く来たな」 「いらっしゃい。時任君」 大きなディスクには松本が座っていて、その横には優雅に微笑む橘が控えている。 社長と秘書といった感じのいつものポジションだった。 「話は手短にしろよっ、俺も久保ちゃんも忙しいんだからなっ」 生徒会長室に来る時は、大体ろくなことがない。 それがわかっている時任は、ムッとした顔でそう言った。 久保田の方はというと面倒臭そうな顔をして時任の横に立っている。 二人とも早くこの場から立ち去りたいというのがありありと分かる態度だった。 「ずいぶんと嫌われたものだなぁ」 松本はため息を付くと、両手を顎の辺りで組み合わせた。 「まあいい。用件を手短かに言おう」 「だからっ、早く言えっての」 自分の拳を止められて以来、苦手になってしまっている橘をチラッと見ながら、時任が松本を急かした。そんな時任を見て、橘はあやしげな笑みを浮かべている。 一度、橘に視線を送ってから、松本は時任と久保田の方に向き直った。 「新聞部が毎年主催している催し物に、君達二人で参加してもらいたい」 松本の言う新聞部の催し物。 その商品がなんだか知っている時任は、 「なにぃ〜!!」 と、思いっきり叫んだ。 そう、新聞部が提示している今回の優勝商品は、『自分の好きな相手とキスできる権利』だったからである。 相手は校内の人間に限られるが、催し物に参加していない場合は拒否権というのがある。しかし参加している場合、拒否する権利はない。参加した時点で、自分も商品になりえるということを考慮に入れておかなくてはならなのである。 「新聞部からの依頼でね。その最中の揉め事をふせぐために、二人に参加してもらいたいそうだ」 「んなもん、参加しなくったってできるじゃんか!」 「すまないが、すでに依頼は受けてしまっているのでね」 「勝手なコトいうなよっ!!」 松本に向かって怒鳴っている時任の頭には、知らない誰かとキスしてる久保田の映像が浮かんでいる。普段からもてまくっているので、久保田が参加すると言うだけで、かなりの参加者がい出るものと思われた。 「ぜっったいっ、やだかんな」 力一杯、イヤだと言う時任の横から、久保田が一歩前に出る。 久保田は口元だけ笑みを浮かべていた。 「新聞部からどんなネタもらったのか聞かせてほしいなぁ、松本」 「なんの話だ?」 「相変わらずとぼけるのうまいねぇ。…そうだなぁ、今回の場合はネタもらったんじゃなくて、外部に漏れちゃマズイネタ出さない条件として、新聞部が俺と時任のコト出して来たってとこじゃないの?」 「もっともらしい理由だが、新聞部からの依頼は正当のものだ。校内の治安を守るのが、執行部の任務だろう?」 松本は絶対に尻尾を出さない。それがたとえ久保田相手であったとしても。 このポーカーフェイスは、松本が会長になってから身につけたものだった。 掴まれたネタがどんなモノだったのかはわからないが、新聞部の要求を飲んだということは、それなりに重要なものだったのだろう。だから、この取引が成功するかしないかは、時任と久保田にかかっているのだった。 「まあ、いいけどね」 松本の真意を読み取った久保田は、時任のようにイヤだとは言わない。 時任が鋭い瞳で久保田を見ていた。 なんでイヤだって言わないのかと責めているのである。 「やってくれるか?誠人」 そう松本が言うと、久保田は感情の読めない笑みを浮かべた。 「生徒会長殿がそうおっしゃるなら、仕方ないでしょ。けど、俺が参加する条件を一つ上げさせてもらいたいんだけどさ」 「条件?」 「時任は参加しないってコトで」 「それは困る」 「なんだったら、俺が直接新聞部に交渉に行くけど?」 「・・・・そこまで言うなら、仕方ないな」 「それじゃあ、そういうことで」 「ちょっ、ちょお待てっ!なに二人で勝手に決めてんだよっ!!」 松本と久保田の間で話が着いたが、その決定に時任が抗議の声をあげた。 「なんで久保ちゃんが参加すんのに俺が不参加なんだよっ! 久保ちゃんが出るなら俺も出る!」 せっかく久保田が時任を参加させないようにしたのに、時任はその決定に文句をつけた。 久保田が誰かとキスするのを黙って見てるなんて、到底できそうになかったからである。 (久保ちゃんが出るなら、俺が優勝してやるっ!!) そう、参加しなくては久保田の唇は守れない。 なんだかやる気になってる時任を見た松本は、フッと余裕の笑みを浮かべた。 「二人とも参加で決定だな」 その松本の言葉を聞いた久保田は、 「しょうがないなぁ」 と、言いながら小さくため息をついたのだった。 (自分のコトにしか興味ないんだけど、妙なトコでニブいんだよなぁ) しみじみと心の中でそう呟いた久保田は、軽く橘を睨んでから時任とともに生徒会長室をあとにしたのだった。 二人が去った後、、松本はホッと息を吐く。すると橘がクスッと笑った。 「そんなに緊張なさらなくてもいいのに」 「仕方ないだろう? 誠人は一筋縄ではいかない奴なんだ」 「貴方の頼みを無下に断わったりはしないでしょう?」 「・・・そういえば、お前も参加するんだったな」 「えぇ」 「俺も参加しようか?」 「平気ですよ。自分の身くらい自分で守れますから」 「まあ、それはそうかもしれんがな」 新聞部に参加を要求されたのは、時任と久保田だけではなかった。 抱きたい男NO.1の橘も、もちろん参加の申し入れがあったのである。 「おもしろくなりそうですね」 そう言った橘はいつもよりも更に妖艶に微笑んだ。 その日は快晴。 本日、新聞部が開催する催し物は、校舎全体を使った宝捜しだった。 この広い校舎の中から、宝物である新聞部とサインの入った招き猫の置物を捜し出した者が勝者となる。しかし、捜した出しただけでは優勝はできない。ちゃんと、体育館で待っている新聞部の手に手渡さなくてはゴールにならないのだ。 つまり、新聞部の手に届くまでは、相手の手から招き猫を奪うことが可能なわけである。 出発地点である体育館の中は、参加者で賑わっていた。 久保田と橘が参加するということが効いたのかどうかはわからないが、例年を上回る参加者の数である。 「やるからには優勝あるのみ!!」 負けることが嫌いな時任は、かなり燃えていた。 久保田を守ることはもちろんだが、どうせやるなら優勝したほうがおもしろいには違いない。 「なんだかねぇ」 優勝商品にも勝つことにも興味のない久保田は、そんな時任を見て苦笑していた。 優勝者が誰とのキスを要求するのかはわからないが、その誰かが時任でないと完全には言い切れない。その危険を減らすための努力はしなくてはならなかった。 「俺ってココロ狭いから、さわらせたくないなぁ。たとえ髪の毛一本でもね」 久保田にかなりの視線が集中していたが、久保田ほどでないにしろ、やはり視線が時任の方にも集中している。ざっと見渡した限りでは、その視線のほとんどが男のものだった。 「…おぼえとこ」 一瞬、時任に視線を送っている男達の背筋に冷たいものが走ったが、その原因がなんであるのかは彼らにはわからなかったようである。 新聞部から簡単な説明が終わると、全員でくじ引きをし、出発の順番を決めた。 ここからいっせいに出発したら、出口の辺りでケガ人が出る可能性があるからである。 時任と久保田は中間くらいの順番を引いた。 「これじゃあ行く前に見つけられちまうかもしんないじゃんっ」 「見つけてくれた方が手っ取り早いでしょ?」 「それはそうかも…。かんばろうぜっ、久保ちゃん」 「まあ、ほどほどにね」 やがて、スタート地点からの出発が始まり、しばらくすると二人の順番が回ってきた。 執行部の二人と同時のスタートということで、同じ時間に出発する生徒達に緊張が走っていた。 「行くぜ、久保ちゃん」 「了解」 二人からスタートすると同時に、他の生徒達も出発する。 すでに校内からは、叫び声や悲鳴が木霊していた。 なぜ、こんなものにしたのか新聞部の真意はわからないが、参加者達は招き猫を捜すために学校中を走り回っている。 時任は廊下をいつもよりも早足で歩きながら、うーんと首をひねった。 「どこかから捜せばいいんだよ。場所って校舎内全部だろっ」 「そーだなぁ。とりあえず教室は除外してもいいんじゃないかと思うケド?」 「なんで?」 「教室は人目につくし、すぐに見かるからだよ。人目につかずに隠せて見つかりにくい場所って、結構限られてるしね」 「あっ、そっか」 時任と久保田は、校内に入っても分かれることなく一緒に行動していた。 ほとんどの生徒が単独で行動していたが、二人は優勝商品を奪い合う必要はないので一緒にいるのである。どちらかが優勝すれば問題はない。 「それじゃあ、化学室辺りから行きますか?」 「決定だな」 分かれて捜すという手段もあるが、いざという時に離れていては、連携を取ることができない。 一緒にいてこそ相方なのである。 あちこちで招き猫を探し回っている生徒達を横目に、時任と久保田は化学室などのある方面へと走った。こちらの方面にも捜している生徒がいたが、近場から捜している生徒が多いらしく、まだそれほど人数はいない。 「準備室辺りがあやしいよなっ、行ってみようぜ」 時任が化学準備室のドアを開けると、四名の男子生徒がすでに室内を物色していた。 ごちゃごちゃと色んなモノが散乱している。 「派手に散らかしてんなぁ、お前ら。あとでちゃんと片付けとけよ」 一応、執行部らしいセリフを吐くと、時任は室内を一通り見渡した。 けれど、それらしいモノは見当たらない。 「どう思う?久保ちゃん」 時任がそう久保田に尋ねると、久保田は中に入らず入り口の辺りで、 「これだけ派手に捜してないなら、ないんじゃない?」 と、答えた。 あの新聞部が、ただ平凡に招き猫を隠したとは思えない。 久保田は捜すというよりも、さっきから何かを考えているような感じだった。 「じゃあ、ここはナシってコトで次行こうぜ」 時任がそう言ったので久保田は廊下へ出て、その後へ続いて時任も廊下に出ようとする。 けれど、ドアから出る直前、何者かによってドアが勢い良く閉じられた。 「なんだぁ?」 時任が不審な顔をして振り返ると、探し物をしていたはずの四人が時任を取り囲んでいる。 少し驚いている隙に、ドアは外から入れないように内側からカギがかけられた。 男子生徒達の目は、なぜか尋常じゃない色を浮かべていて、ねちっこいような視線が時任に注がれている。 「執行部なら、何かヒントくらい知ってんだろ?」 「ちょっとくらい教えてくれてもいいよなぁ」 「教えてくれよ、時任」 じりじりと近寄ってくる男子生徒に臆することなく、時任はその四人を睨み付けた。 「俺は何にも知らねぇし、知っててもお前らなんかにゃ教えねぇよ」 勝気な揺るがない黒い瞳。 人数からみても圧倒的に不利なのに、時任はその存在感で四人を圧倒していた。 こういう時の時任はいつもよりも魅力的に見える。 四人の顔に凶暴な色が浮かんだ。 それはもしかしたら、男としての征服欲のようなものだったのかもしれない。 「その言葉、後悔させてやるぜ!」 四人がいっせいに時任に襲いかかる。 時任は素早い動きでしゃがみ込んでその攻撃をかわすと、正面にいた一人の足を払った。 「なにっ!?」 「甘めぇんだよっ!」 時任は右にいた男に肘鉄を繰り出す。 それが見事に決まって、男は後方へと後退した。 「・・・・ぐっ」 「とっととくたばりやがれっ!!」 襲いかかる男子生徒達の攻撃を身軽にかわしつつ攻撃した。 凄まじくケンカなれしているため、これくらいの人数ではびくともしなかった。 だが、四人の中にやけに重い拳を繰り出してくる奴がいた。動きも素人には見えないくらい速い。 「お前っ、空手部かなんかかよっ!」 時任がそう言うと、その男はニッと笑った。 「当たりだぜっ。俺は空手部だ!」 「くそぉっ!」 空手部の男の拳を受けるとその衝撃で隙ができる。 その隙をなんとか自分でカバーしていたが、相手は四人。 いくら時任でも一人では限界があった。 「わっ、やべぇ!」 二人の攻撃を一度に避けた拍子に、床に散らばっていたモノに足を取られて転ぶ。 とっさに起き上がろうとしたが、両手足を押さえつけられて身動きが取れなくなった。 「いい格好だな、時任」 「うっせぇっ!とっとと、どきやがれ!!」 「やなこった」 なんだか背中がざわざわする。 嫌な予感がした。 時任が必死にじたばたしていると、四人の内の一人の手が時任のシャツの下から素肌を触った。 「うあっ、なにすんだっ、てめぇ!!」 「せっかくだからさ。仲良くしてもらおうかなぁって思ってさ」 「誰がするかっ!!!」 着ていたシャツが胸の辺りまで上げられ、二人の手がその上を這い回る。 手のザラザラした感触が気持ち悪かった。 「やめろっ!!このクソヘンタイ野郎ども!!」 叫んでもその手は止まらない。 そうしている内に、下の方からカチャカチャと何かの音がした。 時任の足元にいた一人が、時任のズボンのベルトを外しにかかっていたのである。 「なにしてやがんだっ!!このっ!!!」 いくらじたばたしても四人から逃げられない。 時任はぎゅっと目を閉じると、 「久保ちゃん、久保ちゃんっ、久保ちゃーん!!!!」 と、ありったけの声で久保田の名を呼んだ。 ドカッ、ガッシャーァァァン!!! 何かを破壊する凄まじい音が、化学準備室に響いた。 驚いた四人が入り口付近を見ると、カギをかけられていたはずのドアが消失している。 そして、ドアのかわりに久保田が入り口に立っていた。 「く、くぼちゃんっっ」 シャツをめくり上げられて、ズボンのベルト開けられた上に、チャック半分下げられた格好の時任の姿が、久保田の視界に入る。 久保田の眼鏡が外からの光に反射してキラリと光った。 「人のモノに手を出したらさ。何されても文句言えないよね?」 四人は部屋の温度が数度下がったような感覚に襲われた。 自然に手が震えてくる。 そのままの格好で硬直している四人の前に立つと、久保田はまず時任の足元にいる男の腹を容赦なく蹴り上げた。 「ぐおっっ!!がっ!!」 靴を履いたままの凄まじい蹴りに、男は腹を押さえて床に転がる。 半分失神しているような感じだった。 「じょ、冗談じゃねぇっ」 服をめくり上げて肌をまさぐっていた男の内の一人が逃げようとすると、久保田はその男の足を引っ掛けて、バランスをくずして前のめりになった瞬間をつき拳を叩き込んだ。 「うがっ!!」 「自分のしたことの責任はとろうね?」 そう言いながら、もう一人の男を蹴り飛ばした。 とても人間を相手にしているような感じの蹴りではない。 容赦とか手加減なんていうものは皆無だった。 それが終わると、久保田は最後に残った空手部の男の方を向いた。 「で、そこのアンタはなにしてんの?」 「お、俺は・・・・」 「ああ、アンタは確か体育館で時任のことしつこく見てたよねぇ?」 「それは・・・」 「時任のコト、好きなの?」 久保田の口元に笑みが浮かぶ。 しかし、目だけは少しも笑っていなかった。 恐怖と戦慄が男を襲う。 男が冷汗を額に浮かべていると、わき腹に衝撃が走った。 「ぐっっ、うぁっ!!」 男のわき腹に蹴りを入れたのは、久保田ではなく時任だった。 当然の結果だが、好きな相手に容赦なく蹴られたのはたぶんショックだろう。 「ったく、気色悪い真似しやがって!」 時任は服の乱れを整えると、立ち上がって久保田の隣に立つ。 すると久保田は、当然のように時任の腰を片手で抱いた。 「今後、時任の髪の毛一本にさわるのも禁止。守れなかったらどうなるかは、簡単に想像できると思うから覚悟しなね」 「今度やったらブッ殺すっっ!」 四人に見せ付けるように、久保田は時任の頬にキスをする。 久保田にキスされた時任は、少し赤くなって嫌がる素振りをしながらも、全然嫌がっていないことが傍目にも明らかだった。 空手部の男は完全に失恋したことを自覚して顔を歪めた。 「ひでぇ目にあったっ」 「だから俺だけ出るって言ったっしょ?」 「うるせぇっ」 床になついてうめいている四人を置いて、時任と久保田は再び招き猫の探索に繰り出した。 あちこちでざわざわしているのが聞こえるものの、見つかったような感じではない。 「一体、どこにあんだろなぁ」 「そぉねぇ」 「やみくもに捜してても見つかんないだろ、たぶん」 あれだけの人数が捜しているのだから、もう見つかっていてもおかしくない。 見つかっても隠して運んでいったのかもしれないが、まだ誰かがゴールしたという放送は入っていなかった。 「招き猫って普通、どんなトコに置くものだっけ?」 そう呟くように久保田が言うと、時任はきょとんとした顔をして、 「そりゃあ、商売繁盛だから店とかそーいうトコじゃねぇの?」 と、言った。 商売繁盛の招き猫。 次の瞬間、時任と久保田はお互いの顔を見合わせた。 「購買かっ!」 二人が猛ダッシュで購買に行くと、購買のおばちゃんの手から招き猫を受け取る橘の姿があった。 そういえば忘れていたが、橘も今回の参加者に含まれていたのである。 「こんにちわ。時任君、久保田君」 新聞部のサイン入りの招き猫を持って、橘は優雅に微笑んでいた。 「その招き猫っ、俺らに渡してもらうぜっ!」 時任は挑戦的な瞳を橘に向ける。 しかし橘はその視線を受けても微笑みをくずさなかった。 「すいませんけど、これはあげられませんよ。時任君の頼みでもね」 「アンタにはそれ必要ないじゃんっ。松本は参加してないし」 「いいえ。必要はありますよ」 予想外の答えに、時任が首をかしげる。 時任は橘が仕方なくこれに参加したのだと思っていた。 橘には松本という恋人がいるのだから、招き猫などは必要ないはずである。 しかし、招き猫を渡せという時任の言葉に、橘は首を横に振ったのだった。 「もしかして、松本以外に好きなヤツとかいんのかよ?」 「さあ、どうでしょうね?」 どうも会話が噛み合わない。 時任が眉間に皺を寄せていると、久保田が時任の前に立つ。 「久保ちゃん?」 時任は久保田の背中越しに橘を見た。 久保田は真っ直ぐ橘に視線を向けると、ゆっくりと微笑んだ。 「優勝商品に誰を指名するつもりです?橘副会長」 「そういうのは、直前まで秘密の方が楽しいでしょう?」 「秘密、ね。その秘密を松本は知ってんの?」 「気づいてますよ」 「なるほどね。けど、俺は松本と違って余裕ないし、あんたを優勝させるワケにはいかない」 「邪魔するつもりですか?」 「邪魔くらいで済めばいいけどね」 微笑み合いながら会話する久保田と橘の間の空気は、ひんやりと冷たい。 二人から発生している不穏な空気に、時任は息を飲んだ。 (なんかわかんねぇけど、コワすぎっ) しばらく無言で対峙しあった久保田と橘だったが、先に動いたのは橘の方だった。 「…今は貴方と争う気はありませんからね。今回はあきらめますよ」 「今回じゃなくて、永遠にあきらめてほしいんだけど?」 「それはムリな相談ですね」 一瞬だけ、久保田と橘の微笑みの表情が崩れてマジ顔になる。 二人の鋭い視線が、お互いを射抜いた。 しかし、すぐに穏やかな微笑を取り戻した橘は、持っている招き猫を時任に向かって差し出した。 「そういうわけで時任君。コレは貴方にお譲りします」 「いいのか?」 「ええ。私には必要ないようですから、今はまだね」 「・・・・よくわかんねぇけど、くれるならもらっとくぜ」 「はいどうぞ」 時任は橘から招き猫を受け取る。 これで優勝は決まりと思いきや、購買の存在に気づいた生徒達にここを発見されてしまった。 「げっ、ヤバイじゃん!」 時任は招き猫を持ったまま体育館とは逆方向に走った。 すると、生徒達は時任を追いかけてそちらへと殺到する。 生徒達をひきつけるだけひきつけると、時任は招き猫を頭上に掲げた。 「走れっ!くぼちゃんっっ!!」 そう叫ぶと、時任は招き猫を久保田の方に投げる。 久保田はそれを見事にキャッチすると、体育館に向かって走り出した。 近くにいた生徒達が久保田の存在に気づいたが、走り出した久保田を止めることは難しい。 「ちゃんとゴールしろよっ!!」 「了解」 本当は自分が優勝したいに違いない。 けれど時任は久保田に招き猫を渡していた。 それは、自分が優勝するくらい、久保田が優勝するとうれしいから。 そんな時任の気持ちがわかっている久保田が、優勝しないはずがない。 久保田は招き猫を奪おうとする生徒達を物凄い勢いで蹴散らし、体育館に到達した。 目的は優勝じゃなく、時任を守るコト。 それを見事に達成した久保田は、招き猫を片手にゴールのテープを切ったのだった。 争奪戦終了の放送が校内に流れ、生徒達が再び体育館に集合する。 その中には例の四人も混じっていた。 優勝者である久保田は舞台の上にいる。 時任は皆と一緒に舞台上の久保田を眺めていた。 (・・・・そーいや、優勝商品。久保ちゃんどうするつもりなんだろ?) 久保田が誰かを指名するとは思えない。 もしかして、商品の受け取りを拒否するつもりなのかもしれなかった。 (まっ、それでもいいけどな) そう思いつつも、ほんのちょっとだけ久保田が誰か指名したらどうしようなどと心配しないでもない。 ちよっと不安になりながら舞台の上の久保田を見ると、久保田も時任の方を見ていた。 「久保ちゃん?」 久保田が微笑んでいる。 この微笑みは、なにか企んでいる時の微笑みだ。 なんとなくいやーな予感がして、時任は少し顔をしかめる。 やがて、主催者である新聞部の部長が現れ、優勝者の優勝商品の授与が始まった。 「我が新聞部主催の宝捜し大会に多数ご参加いただきありがとうございました。謹んで御礼申し上げます。今回の優勝者は、見事っ、招き猫を獲得することに成功した。三年六組の久保田誠人君ですっ!」 部長が優勝者の名を発表すると、集まった生徒達から拍手と口笛が聞こえた。 もちろん口笛は冷やかしである。 部長はマイクを持って久保田に近づくと、優勝インタビューを始めた。 「優勝おめでとうございますっ!」 「どーも」 「宝捜しで一番苦労した点はなんだったでしょう?」 「苦労ねぇ。まぁ、あえて言うならこの企画事態が迷惑だったかなぁ」 「ははは、冗談がうまいですねぇ」 「ホンキで言ってるんだけど?」 「ゴホンっ。優勝されたということで、優勝商品の『好きな人とのキス』は貴方のものですがっ、指名される人は参加者の中にいますか?」 「いますね」 久保田の発言に、場内の生徒達にどよめきが走る。 そのどよめきが起こったと同時に、たくさんの視線が時任に向けられた。 (俺の名前なんか呼びやがったらゆるさねぇからなっ) 久保田が自分以外の人間を指名するのは許せないが、こんな大人数の前で久保田とキスするのは絶対にイヤだった。この場から逃げようかどうしようかと時任が悩んでいる間も、インタビューは続いていた。 「それは同じ三年生の中に?」 「まあね」 「女性ですか?」 「これ見よがしのコト聞かれるのキライなんだけど」 「ははははっ、まあそうですねっ。久保田君のお相手といえば、公認の仲のあの人しかいませんからね」 「早くしないと帰っちゃうよ、俺」 「うわぁっ、ちよっと待ってくださいよっ。授与式はちゃんとやって帰ってくださいねっ。ささっ、このマイクで相手の名前を呼んで下さいっ!呼ばれた方は舞台に上がるようにお願いしますっ!入り口に警備がいますので、おとなしく上がってくださいよ〜。ではっ、久保田君どうぞ!!」 マイクを渡されると、久保田は逃げ腰になっている時任に視線を向けた。 時任以外には向けられることのない優しい微笑み。 ざわつく場内に、久保田の良く通る声が響いた。 「時任、三年六組の時任稔くん。舞台の上までどうぞ」 呼ばれた時任は、ゲッという顔をして首を左右に振った。 「時任が俺を優勝させたんでしょ? 観念して上がってきなさい。上がって来ないとソコまで迎えに行くよ」 迎えに来るという久保田の言葉を聞いた時任は、大きなため息をついて舞台へと上がった。 キャーという悲鳴と、下品な口笛が聞こえる。 時任はうんざりした気持ちでそれを聞いた。 舞台に上がると、時任は久保田の正面に立つ。 不機嫌そうな時任の顔を見て、久保田はクスっと笑った。 「なんで呼ぶんだよっ」 「俺がキスしたい相手は時任しかいないし」 「ばっ、ばかっ。こんなトコでキスしやがったら絶好だかんなっ」 「う〜ん、絶好はやだなぁ」 そう言いつつも、久保田は時任のそばまで歩いて行って、時任の右手をまるでお姫様にするみたいに自分の手に乗せた。 「優勝したからには、一応ご褒美はもらわなくちゃね」 「何がご褒美だっ」 嫌がっている時任の顔に久保田の顔が近づく。 騒がしかった場内はいつの間にかシーンと静まり返り、すべての人々が時任と久保田のキスシーンを見逃すまいと集中していた。 「く、くぼちゃん」 注目されてるのが恥しくて、時任がぎゅっと目を閉じる。 久保田は愛しそうに目を閉じた時任の顔を見ながら、 「あとでたくさんキスしようね」 と、時任にしか聞こえない小さな声で言った。 久保田の顔は次第に降りていき、時任の顔にその唇が落とされるかに思われたが、その顔はそれよりももっと下に落とされた。 久保田の手に取られた、時任の右手。 久保田はその右手の甲に恭しく口付ける。 「えっ?」 時任は予想外のことにパチッと目を開いた。 「キスとは書かれてたけど、どこにとは書いてなかったよね? というワケで授与式はおしまい」 マイクを使ってそう言った久保田の言葉に、場内はどよめいた。 ブーイングの嵐というヤツである。 そんな場内の様子を見た時任は、久保田の手からマイクを奪い取った。 「うるっせぇよっ、てめぇら!! キスってのはなぁ、好きって気持ち伝えるためにすんだろ!? その気持ちを優勝商品になんかできるわけねぇじゃんっ! ばっかじゃねぇの!」 時任の一言に場内が再び静まり返る。 久保田はマイクを持った時任を見て柔らかく笑った。 「一方的じゃなくて、二人ですっから気持ちいいんじゃん。して気持ち良くなけりゃあ、キスって呼べねぇだろーが!」 片思いをしているヤツには痛い言葉だが、時任の言っていることはもっともな意見だった。 時任が言いたいことを言い終えると、久保田はマイク持ってる時任の手ごと、マイクを自分の方に向けた。 「というワケで、大会は終了。もったいないので、一応商品は持ち帰りさせてもらうけどね」 「おいっ、ちょー待てって!久保ちゃんっ」 久保田は軽々と時任を抱き上げると、マイクを新聞部部長に投げた。 「ご期待に添えなくてすいませんね」 「うっ、我々はそんなつもりでは…」 「そんなつもりだったでしょ?」 そう、新聞部は記事のネタにするために、時任と久保田に舞台でキスさせたかったのである。 二人のキスシーンを乗せれば、売上倍増は間違いないからだ。 久保田は嫌がる時任をお姫様抱っこしたまま、呆然とそれを見守る生徒達の中をスタスタと教室へと帰っていった。 後日、久保田とお姫様抱っこされた時任の写真が校内新聞に掲載されることになったのだが、それについて久保田は特に苦情は言わなかった。 「まっ、あれくらいはサービスしとかないとね」 久保田のサービスが効いたのか、新聞部は生徒会長との約束をちゃんと守ったらしい。 すべてのことは丸く収まったかに見えたが、一つだけ問題が残っていた。 「なんだっ、これっ!!」 久保田にお姫様抱っこされた自分の写真を見た時任は、ムッとした顔で新聞をぐちゃぐちゃにした。 イヤだったというより、恥しかったからという感じである。 「まあ、そう怒らなくてもいいでしょ? キスシーンは取られてないんだし」 「良くねぇよっ!」 一向に怒りの収まらない時任を見た久保田は、腕をぐっと引っ張って、その身体を自分の腕の中に抱きこんだ。 「気持ちいいキスしょうか?」 「なっ、なにすんだよっ」 「俺はさ。時任としか、気持ちいいキスできないから」 「久保ちゃん」 久保田と時任の視線が絡み合った。 そんな二人の近くで書類整理をしていた桂木は、 「忘れてるかもしんないけど、一応、私がいるんですけどっ」 と、ため息混じりに言う。 実はここは生徒会室なのだった。 |
『GAME』 2002.3.10 キリリク2345 キリリクTOP |