「久保ちゃん」 「ん〜?」 「手首痛い」 「そーだろうねぇ」 「そーだろうねぇ、じゃねぇよっ!!」 二人の間をつなぐモノ。 それは赤い糸ではなく、手錠だった。 朝、いつものように時任よりも早く目を覚ました久保田は、時任のために朝食を作りに行こうとしたのだが、ベッドから起き上がった瞬間、左手が何かに引っ張られて立てなかった。 「あれ?」 変だなぁと思ってベッドの方を振り返ると、そこには時任の右手が何かに引っ張られて布団から出ていた。理由はさっぱりわからなかったが、時任の右手と久保田の左手は、ジャラジャラと鳴る鎖で繋がれている。 「うーん、昨日酒盛りとかしちゃったのが原因?」 始めの頃は覚えていたのだが、まるで競争みたいにかなりなハイペースで飲んでいたため、後半部分は全然覚えていない。明日は金曜日だから大丈夫だろっとという軽い気持ちで飲んだ久保田と時任だったが、それが災いしてとんでもないことになっていたのである。 「・・・・手ぇ引っぱんなっ」 起きる時間にはまだ早いので、時任はうめくような声で久保田に抗議する。 しかし、抗議されても久保田にはどうすることもできない。 なぜならば、この手錠にはカギが無かったからである。 「悪いけどさ。起きてよ、時任」 「・・・・・・」 「起きないと、抱っこしてでも連れてくよ?」 「・・・・」 「しょうがないなぁ」 久保田が眠ってる時任の布団をめくると、時任は冷たい外気に触れたう〜と、うめいて抗議する。けれど久保田は聞く耳をもたず、強引に時任を抱き上げた。 「なにすんだよっ」 「一緒に行ってほしいトコあるんだけど」 「ドコ?」 「トイレ」 「はぁ!?」 怪訝な顔をする時任に、久保田は自分達をつないでいる手錠を見せてやった。 「こーいうワケだから、おとなしく一緒に行こうね」 「って、ちょっとまてぇぇっ!!」 生理現象は止められない。 それはいくら久保田でも、無理というものである。 時任は強引に久保田に連れていかれると、一緒にトイレの個室に入った。 「ぎゃーっ!」 「そんなに嫌がらなくても、ねぇ?」 「は、早くすませろっ!」 「そーいわれてもなぁ」 学校のトイレで隣になることはあるが、べつに意識したことはない。 それは当然なのだが、個室で二人きりとなるとなんだか妙な感じがする。 「とにかく早くコレ外せって!」 「あ〜、それはムリ」 「なんで!?」 「カギないから」 「・・・・・それ以前にさ。なんでこんなモンがウチにあんだよ?」 「さあねぇ?」 「とぼけんなっ!」 手錠がなぜここにあるのかどうかは別として、とりあえずクリアしなくてはならない問題が山ほどある。着替えのこととか、学校のこととか。 着替えの方は、昨日、泥酔してそのまま眠っていたので、時任も久保田も上には一応、トレーナーとシャツを着用している。だが、制服の上着はどうにもなりそうになかった。 休むことを考えないでもなかったが、実は今日の朝は英語のテストがある。 中間とか期末とかいうわけではないが、これもちゃんと成績に含まれるとかなんとか、英語の担当教師が言っていた。 言っているからにはウソではないだろう。 「あっ、俺、テストのこと忘れてた」 「まあ、受けないより受けたほうがマシでしょ?」 「うっ、まぁな」 「とりあえず、学校に行ったほうがいいかもね」 「・・・そーだな」 一応、学校に行くことにした二人は、その準備に取りかかった。 朝食は料理するのが難しいのでパンだけで済ませたが、問題は着替えである。 着替えだけはどうにもならない。 上着は肩にかけて羽織るにしても、ズボンはやはり履き替えなくてはいけないだろう。 それにはやはり、つながっている手が邪魔だなぁと時任が思ってると、久保田が時任のジーパンのチャックに手をかけた。 「なにやってんだ?久保ちゃん」 「ああ、着替えようかと思って」 「で、なんで俺のジーパン脱がせんだよっ!」 「その方が早いかなぁって」 「じ、自分でするっ」 「遠慮しなくていいから」 「遠慮なんかしてねぇっての!!」 じたばた暴れる時任のジーパンを強引に脱がせると、久保田は時任のズボンを取って、時任に足を片方ずつ上げさせた。 「ちゃんと肩につかまってないところぶよ」 「ううっ、なんかめちゃくちゃ恥しくないか、俺」 「そう?」 「あっ、足撫でんなっ!」 「相変わらす細いね」 「・・・っ!?く、久保ちゃんのエロジジイ!!」 「ジジイはひどくない?」 手錠でつながってて時任が逃げられないのをいいことに、久保田は時任の身体をさわりまくっている。時任は真っ赤になりながら、わめきつつそれに耐えているような状況だった。 はっきり言って、セクハラにしか見えない。 「今日はサイアクな日だっ!」 「俺はそんなことないけど?」 そんな状況も、部屋を出てからは多少おとなしくなって、二人はいつものように並んで学校に登校した。ただ一つ違うことは、手錠で繋がれた二人の手を久保田のポケットに入れて歩いているということだった。 久保田よりも時任の背が低いため、なんとなく時任が久保田に寄り添って歩いているように見える。これでは誰から見ても、男同士とはいえ、恋人にしか見えないだろう。 (うわ〜、朝っぱらからなんか妙なモノ見ちゃったなぁ) 黄色い悲鳴の飛び交っている荒磯高校への通学途中の道で、相浦は目の前に現れた光景に目眩を覚えた。いちゃいちゃしているのは見慣れているが、さすがにコレは凄すぎる。 相浦が一人でうめいていると、背後から何者かがその肩を叩いた。 「うわっっ」 びっくりしてバッと振り返ると、そこには室田が立っていた。 「お、驚かすなよっ」 「悪い、悪い。あんまりぼーっとしてたからついなぁ」 「・・・・したくもなるだろ、アレ」 「ああ、アレかぁ」 「そうアレ」 じ〜っと二人の後ろ姿を見た室田は、悟りを開いたような顔でうんうんとうなづいた。 「まっアレはアレでいいんだろ。アレはアレでな」 「いいのかアレで」 「たぶんな」 確かに不自然なようで不自然じゃないような? 顔を見合わせた相浦と室田は、意味不明な笑みを浮かべあっている。 そして、妙な納得の仕方をしている相浦たちのもっと後方を歩いていた桂木は、 「ホント退屈しないわよねぇ。あの二人と関わってると」 などと呟きながら、肩をすくめていた。 そう、不自然なようで不自然じゃない。 皆が皆、時任と久保田だというだけで、ああいう状況でもなんとなく納得してしまう。 生徒会執行部の名物コンビの威力は、妙なところで発揮されていた。 「それでテストを受けるつもりか?」 「・・・・だったら何だよ?」 「まあ、ちょっとした事情がありましてね。すいませんけど、このままにしといてくれます?」 「そうは言ってもだなぁ」 これからテストだというのに、時任は久保田の席に座っていた。 しかも、久保田の膝の上に。 これではテストにならないだろう。 だが、久保田は余裕の笑みを浮かべて、 「大丈夫ですよ。テスト受けるの、時任だけですから」 と言った。 どうやら久保田が、学校に来たのは時任にテストを受けさせるためで、自分が受けに来たのではないらしい。確かに久保田なら、このテストを受けなくても十分上位に入れるだろう。 「まっ、そーいうことなんでお願いしますよ、先生」 有無を言わせない久保田の瞳が教師を捉える。 教師は一瞬固まってから、 「と、時任に答えを教えるような真似はするなよ」 と、ぎこちない声で言った。 「了解です」 「誰が教えてもらうかっての」 「そうそう、テストは自力でね」 普段だったら、絶対に膝の上に乗るなんて真似はしない時任だが、緊急事態のため、仕方ないと割り切ったらしい。 今だ二人の手は手錠に繋がれたままだった。 「久保ちゃん、コレの答えこれでいのか?」 さっき答えを教えるなと教師が言ったばかりだが、そんなことはすっかり忘れてるらしい時任が、テスト中にぼそぼそと小声で久保田に話しかける。すると久保田は、時任の肩に顔をのっけてテストをのぞき込んだ。 「あー、違ってるよ」 「えっ、マジ?」 「うん」 「だったら答えは?」 「教えてあげたいのは山々だけど、ダメだって言われたし、時任も教えてもらわないって言ったてしょ?」 「うっ・・・・」 そういえばそうだったと、時任は思い出したが、自分の書いた答えがすでに間違っているとわかってるのに、このまま出すのはなんとなくイヤだった。 「一個だけ教えろって。あとは自分でやるから」 「一個でもダメ」 「ケチ」 膨れてしまった時任の横顔を見た久保田は、時任のお腹の辺りに自由な右手を回した。 「ちょっ、くぼちゃん」 突然のことに動揺している時任の耳に久保田は、 「お願いしてくれたら教えてあげるよ」 と囁いた。 耳元で囁かれた時任の身体が小さく揺れる。 背中がゾクゾクっとしたからだった。 「どーせなら、カワイクお願いしてね」 「何がカワイクだっ」 「知りたくないの?答え」 「ううっ」 時任は久保田の右手を外そうとしたが手はがっしりと回されていて外れない。 しかも外れないどころか、その手が服の下から直接肌に触れてきていた。 「ちょっ、久保ちゃん」 「しーっ、テスト中だから静かにね」 時任の首筋に久保田の息がかかる。 くすぐったくて身体をよじった時任の服の中で、久保田の手がさっきよりも更に敏感な部分を撫でていた。 ここまでされてしまった時任の顔は当然ながら、真っ赤に染まっていた。 「ここでキスしてくれたら、教えてあげるよ」 「ばっ、ばかっ、なに言ってんだよっ」 「大丈夫。テストに夢中で誰も見てないから」 「ココ教室だし、テスト中で授業中だし」 「平気だから」 大丈夫だ。平気だと言う久保田の言葉に押されるように、時任は久保田の方を振り返って、素早くその唇に自分の唇を寄せた。 いつもよりも数倍ドキドキするキス。 一瞬だけど、長い気がした。 時任が再び前に向き直ると、久保田は小さく笑って時任に問題の答えを教える。 すると時任は小さな声で、 「久保ちゃんのバカ、エッチ」 と、更に真っ赤になった顔で言った。 「そんな色っぽい声で言われても、怒られてる気にならないよ、時任」 「・・・あとで覚えてろよっ」 「はいはい」 その後、久保田のちょっかいにも屈することなくテストを続けた時任は、なんとか無事にテストを終了することができたが実は、テスト中のキスはかなりの人数に実は見られていた。 桂木もその一人である。 休けい時間になってから桂木が久保田の方を見ると、それに気づいた久保田と目が合った。すると久保田は、意味深な笑みを浮かべる。 桂木は付き合ってらんないわとばかりに肩をすくめてみせた。 久保田にはいらずらされるし、クラスの連中の視線のさらし者になるし、踏んだり蹴ったりの時任は、テストが終わると久保田に腕が痛いことを訴えた。 さっき少し暴れたせいで、手錠に当たるあたりに赤い傷ができている。 「保健室に行って手当てしてもらった方がいいなぁ」 「げっ、この格好のまんま、あのババァのトコに行くのかよっ」 「ほっとくと、皮がむけてヒリヒリするよ」 「・・・・やっぱ行く」 そんなこんなで、時任と久保田は再び仲良く一つのポケットに手を突っ込んで、五十嵐のいる保健室へと向かった。 二時間目のチャイムはすでになっているが、二人は保健室にいた。 「あらぁ〜、面白いことになってるわねぇ。あんたたち」 案の定、からかいに入った五十嵐に、時任は不機嫌そうな顔をして、 「しかたねぇだろっ、起きたらこーなってたんだっ」 と、怒鳴る。 五十嵐はかなり楽しそうな顔で、時任と久保田の状態を見ていた。 手錠で繋がれた二人の手。 赤い糸なんかよりもずっと二人に似合ってると、五十嵐は笑った。 「笑いごとじゃねぇっての! このまま取れなかったら、どーすんだよっ!!」 取れなかったらどうしようとホンキで悩んでいる時任に、五十嵐はあっさりとなんでもないことのように、 「消防署に行って切ってもらったらいいでしょ?」 と言った。 時任は本当に取れないと思っていたらしく、驚いた顔をして叫んだ。 「ま、マジかよそれー!!」 一瞬、自分の手に手錠があることを忘れた時任は、五十嵐の方へ駆け寄ろうとして右手を鎖に思いつきりひっぱられた。 「うわっ!!」 「時任」 こけて頭を打つ前に、久保田が時任の身体を捕まえる。 けれどその時、久保田の脳裏にある光景が浮かんでいた。 『そんなにフラフラしてるのに、急に立ち上がったりするからだよ』 何を思いついたのか突然立ち上がった時任は、アルコールが回っているため、フラフラとその場に倒れこんだ。頭を打つ前に久保田がフォローしたので大事には至らなかったが、ちょっと危なかった。 『無くなったからぁ、ビール取って来ようとしたらけじゃん〜』 『ろれつが回ってないよ、時任。今日はそこらへんでやめときなさい』 『いや〜』 『しょうがないコだねぇ』 久保田はイヤイヤする時任を腕の中に抱き込むと、その唇に口付ける。 すると、時任は腕を伸ばしてそれを拒絶した。 『久保ちゃんて、なんかキスとかなれてるからイヤ』 『そんなことないよ?』 『絶対っ、俺じゃないヤツといっぱいしてんだっ』 時任は完全に酔っ払っている。思考もまともに働いていない。 かわいくイヤイヤしている時任の頭を久保田は優しく撫でた。 『もう時任以外とはキスしないって約束するから、許してくれる?』 『う〜』 『時任』 『俺も他のヤツとキスしてやるぅ〜!久保ちゃんのバカぁ!!』 酔っ払いのセリフだが、聞き捨てならない。 表面上は普段と変わりなかったが、やはり久保田も酔っ払っていた。 叫ぶだけ叫んで爆睡してしまった時任を見ると、久保田は自分の部屋へ行き、普段はあまり開ける事の無い引き出しを開ける。 『俺って結構嫉妬深かったんだなぁ』 再びリビングに戻った久保田は、眠っている時任の右手を手に取りながら、淡々とそう言ったのだった。 そーいえば、俺がはめたんだっけ。 などと、手錠がはまっている理由を思い出した久保田は、五十嵐に声をかけた。 「悪いけど、ちょっとココ貸切りにしてくんない?先生」 久保田のしようとしていることを敏感に感じ取った五十嵐は、しなを作って久保田に歩み寄った。 「この貸しは高くつくわよ〜」 「ちゃんと承知してますよ、一応ね」 「あらそお?じゃあ、いいわ」 五十嵐は久保田にウィンクすると、 「ごゆっくり〜」 と、時任に言ってから保健室を出て行った。 「何がごゆっくりだっ、あのババァ!!」 一人何もわかっていない時任は、五十嵐が出て行ったドアに向かって怒鳴りつけた。 「こーなったら、早く消防署に行こうぜっ!」 早く手錠をはずしたくてウズウズしている時任を見て、久保田がすうっと目を細めた。 手錠は確かに邪魔だが、なぜかはずしたがっている時任が憎らしく思えてくる。 久保田は時任の身体をいきなり抱き上げると、そばにあったベッドに下ろした。 「なっ、なにすんだよっ」 「せっかくだから、ちょっとだけね」 「ち、ちょっとだけって・・・」 「しよう、時任」 「こ、ここ学校っ」 「知ってるよ」 「く、久保ちゃん、なんか目がすわってねぇ?」 「昨日の酔いがまだ残ってるのかもね」 「あっ、ちょっとやめっ・・・・」 「やめない」 「・・・ふっ」 「俺しか感じられないようにしてあげるよ」 「な、なに言って・・・・・」 久保田が片手で器用に時任の服を脱がせていく。 いつもよりもどこか余裕がない久保田の手を、時任は拒まなかった。 それは、この手が自分に触れてくる理由を知っているから。 だから時任も、同じ理由で久保田の背中に手をまわした。 上がる息が鼓動が、身体を変化させていく。 手錠なんかじゃまだ足りない。 もっと抱きしめて、もっと縛って、もっと溶け合おう。 「んっ、あ・・・」 「ごめんね、ちょっと痛いかも」 「・・・・べつにいいから・・・」 限界まで感じて、その鼓動を確かめる。 せいいっぱいの想いをその手に込めて、君と手を握り合った。 「終わったらはずしに行こうね」 「うん」 手が身体が軽い。 時任がうーんと伸びをすると、久保田はそれを見て微笑んだ。 「まっ、手は自由に動かないとね」 「当ったり前だっつーのっ」 「それじゃあ、夕飯の材料でも買って帰りますか?」 「おうっ」 消防署に行って手錠を外してもらった二人は、結局学校には戻らずに家に帰ることにした。 なんとなくそういう気分だったからである。 久保田がタバコを吹かしながらのんびりと歩く前を、時任が歩いている。 しかし、時任が突然、久保田の方を振り返った。 「久保ちゃん」 「ん〜?」 時任は怒ったような顔をして、久保田の方へ右手を差し出している。 一瞬、久保田は動きを止めたが、すぐにその意味を理解して、自分の左手をその手に絡ませた。 「今日だけだかんなっ」 「わかってますって」 君と手をつなごう。 隣を歩く君はいつだってそこにいるんだから。 わざわざ赤い糸なんかで結ばなくても、僕が手を伸ばせば君がその手を握ってくれる。 たぶんそれが、絆ってもんでしょう? 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『手をつなごう』 2002.3.2 キリリク1600 キリリクTOP |