二月十三日の放課後のことである。
 なにやら用事があるとかなんとか、あやしげな言い訳をしつつ生徒会室を後にした時任は、デパートのある売り場を柱の影からのぞいていた。
 「・・・見事に女しかいねぇな」
 それもそのはず、今日はバレンタインデーの前日。
 乙女達が力一杯?の愛情を込めて、好きな相手にチョコを送るために奮闘するという、熱気に満ちた、まさに決戦前日と言って良い日だった。
 「うぅっ、やっぱダメかもしんねぇ、俺」
 学ラン姿の時任は、どこからどう見ても男子校生だったが、これからやろうとしていることは、ここに集まっている乙女達と同じ事だったのである。
 それというのも、昨日の放課後、生徒会室で雑談していたとき、藤原が久保田にある宣言をしたからだった。
 『久保田先輩って、甘いものお好きでしょう? 僕、はりきって手作りチョコ作ってきますから待っててくださいね』
 当たり前のようにそう言ってのけた藤原に、時任はきょとんとした顔をして、
 『なんでチョコなんか作んの? お前』
と、問いかける。すると、藤原はふふんと馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
 『まさか、バレンタインを知らないワケじゃないでしょうねぇ? まぁ、時任先輩には関係ないでしょうから、知らないかもしれませんけどねっ』
 『もてまくりの俺様が、知らないワケないだろっ!』
 『どうですかねぇ?』
 『しめるぞ、てめぇ!!』
 別にバレンタインは知っていたが、時任は自分が誰かに贈ることなど考えたこともなかった。だが、藤原に言われて、なんとなくハッとして久保田の顔を見てしまっていた。
 (俺は男だし、久保ちゃんも男だし、こういう場合ってどうなワケ?)
 ただの行事といえばそうだが、なんとなく時任はひっかかりを感じた。
 (そういえば、去年ってどうだったっけ?)
 去年のバレンタイン。
 思い出してみると、イヤ〜な気持ちとともにチョコを山のようにもらってる久保田の姿が思い出せた。
 (・・・うっ・・・)
 実はこのチョコの半分くらいが男からだという事実を、時任は知らない。
 知らないが、なんとなく無性に腹が立った。
 (なんで、んなもんもらうんだよっ!)
 それでなんとなく悶々と考えた結果、こうして人知れずこの熱気に満ち満ちた売り場の前に立っているわけである。

 目標はただ一つ。
 なんでもいいから、それらしいチョコを一つゲットすること。

 それが本日、時任が自分に出した課題だった。
 だがしかし、チョコの周りにはどこも女の子が密集していて入る隙がないし、
入ったら入ったでかなりの注目を浴びることはマチガイなしである。
 それにこの日、それっぽいチョコを買う男といえば、自分で自分に買うか、それとも好きな男に贈るか、二つに一つ。
 時任はぶるぶると首を横に振った。
 なんとなく、自分がとんでもないことをしているような気になったからである。別にそんなことはないのだが・・・。
 「もうちょっと、人がひけんの待つか・・・・」
 そんな風に考えて後ろに振り返った瞬間、よく響く二つの声が時任に襲いかかった。二つとも良く聞き慣れた声である。
 「あらっ、帰っちゃうのぉ〜? せっかく一緒しようと思ってたのに〜」
 「アンタ、なにやってんの?」
 最悪最強。
 二人だけで荒磯を征服できそうな気すらするこのコンビ。
 執行部の紅一点、桂木と、保健室のおねぇさん、五十嵐。
 この二人との思わぬ遭遇に、時任は思いっきり驚いた顔をした。
 「て、てめぇらこそ、二人そろってなんでこんなトコいんだよっ!」
 かなり慌てまくっている。
 そんな時任にため息をついた桂木は、時任の後方を指差した。
 「ココに来る理由はアレに決まってんでしょ。アンタとおんなじよ」
 「お、おなじって、べ、べ、べつに俺は・・・」
 言い訳すらも思い浮かばず、うろたえている時任の肩をポンと叩き、五十嵐はニッコリと笑った。
 「隠さなくったって、いいじゃない。私達仲間だし」
 「誰が仲間だっ!このオカマっ!!」
 「だぁって、久保田君にあげるチョコ、買いにきたんでしょ?」
 「そ、そんなこと誰も言ってねぇっ!」
 「往生際が悪いわよ、時任」
 「うっせぇっ!」
 五十嵐と桂木の攻撃で、時任はチョコを買うという目的が果たせないような気分になってきていた。
 この二人に見られた上、この女の子ばかりの人だかり。
 時任は自分でも気づかぬ内に、小さくため息をついていた。
 「とうしたの? なんか元気ないじゃない?」
 さすが保健室のお姉さんというべきか、五十嵐は少し落ち込んでしまった時任に気づき、そう声をかけてきた。しかし、時任はため息の理由をいうことができない。
 少しだけ、女に生まれてれば良かったかなと思った、などと言ったらどんな目に合うかわからなかったからだ。
 「・・・俺、やっぱ帰るわ」
 どんよりした気分で帰ろうと足を踏み出しかけた時任だが、やはりこの二人にこんなところで出会ってただですむはずがない。
 二人はがしっと時任の腕をつかむと、帰ろうとするのを阻止した。
 「なにすんだよっ」
 「せっかく来たのに帰ることないじゃない」
 「そおよぉ、一緒に行きましょうよ〜」
 「行けるワケねぇじゃんかっ」
 「なんで?」
 「どうして?」
 あくまで時任とチョコを買いに行こうとする二人に、時任は真っ赤になって、
 「だって、俺、女じゃねぇもんっ!」
 と、怒鳴った。
 そう、自分が女だったら、チョコ買うのにも苦労しないだろうし、今より胸でかいから、巨乳好きと言っていた久保田もその方がいいって思うかもしれない。そんな風に考えてみると、時任はなんだか悲しくなってくる。
 だがしかし、暗くなってきた時任とは反対に、五十嵐と桂木のテンションは上がりまくっていた。
 「女じゃないなら」
 「なればいいのよ」
 凄まじくあやしい笑みを浮かべた二人は、かなり嫌がる時任を引きずって、ある売り場まで直行した。
 「放せっ、放しやがれ〜!!」

 それからおよそ三十分後。
 可愛い洋服の並んだ店の試着室から、赤いチェックのミニと白いハイネックのセーター。紺色のロングソックスを履いた女の子がおずおずと出てきた。
 黒い髪に黒い瞳。目付きはきつかったが、それでもこの女の子の可愛さは少しもそこなわれていない。それどころか、少しミステリアスな感じもして、一層、人々の視線を惹きつけていた。
 瞬間的に目を、心を奪われる。
 そんな感じの女の子だった。
 「あっらぁ〜、思った以上に似合うじゃない。ちょっとくやしいけど」
 「・・・・似合いすぎよ、アンタ」
 一見、女友達で買いものに来ているように見えるが、実はこの中に二人も男が混じっている。
 いうまでもなく、それはさっきまで学ランを着ていたはずの時任だった。
 「そう、イヤならいいけど。明日どうなっても知らないわよ」
 そう桂木に脅された時任は、しぶしぶ試着室で五十嵐の選んだ洋服を身につけたのだが、それは予想以上に似合っていた。
 どこから見ても、女の子にしか見えない。
 「くっそぉぉぉ、覚えてやがれっ!」
 ただし、黙っていればという話だが・・・・。
 こうして時任は、五十嵐、桂木とともに再びチョコ売り場までやってきた。
 「おっし、行ってやるぜっ」
 「アンタ、あんまり喋らない方がいいわよ」
 「わかってるって」
 ここまでやったらヤケクソである。
 時任は気合を入れると、売り場の女の子に混じってチョコを物色し始めた。
 チョコは色とりどりのラッピングがされており、その前に見本が置いてある。
 形も動物など様々なものがあった。
 この多量な種類のチョコから選ぶのは、一苦労である。
 時任は一生懸命見て回っていたが、いまいち気に入ったのがない。
 どうしようかと時任が首をかしげていると、五十嵐がプレゼント用ではない板チョコを持ってやってきた。
 「ねぇ、コレにしない?」
 五十嵐はそのチョコを指してそういうが、ソレはどう見ても人にあげるような感じのものでなはい。
 「そういうのはいつも売ってんじゃん」
 時任がそう言うと、五十嵐はニッと笑って、
 「コレは手作り用なのよ」
と言い。桂木も横からやってきて、
 「そうよね。やっぱり本命は手作りってのが定番よね」
と言った。
 どうやら、一番好きな人には手作りで作らなければならないらしい。
 (そおいえば、藤原も手作りっつってたよな・・・)
 藤原のことを思い出した時任は、ムッとして五十嵐の手からチョコを奪い取った。
 「天才の俺様に不可能なし!作ってやるぜっ・・・なんつっても、部屋には久保ちゃんいるし、作れねぇじゃん」
 チョコを見て、ちょっとがっかりした顔をした時任の肩を、五十嵐がバシッと叩いた。
 「いてっ!」
 「私の家で作ればいいわ。あっ、礼はいらないわよ。時任くんじゃなくて、久保田くんから礼してもらうから〜」
 「・・・・遠慮しとく」
 「もぉっ、やあねぇ、ウソに決まってんでしょ」
 「てめぇの言うことは信用できねぇんだよっ」
 「あらやだっ」
 「もう、なにやってんのよ。さっさと行くわよ」
 時任と五十嵐がそんなやりとりをしている間にレジでチョコを買ってきた桂木は、二人の先頭に立って歩き出す。
 時任と五十嵐も、桂木の後を追ってデパートを出た。



 五十嵐の住んでいるマンションに到着した三人は、さっそくチョコ製作に取りかかるべく、それぞれエプロンを着用した。
 「俺、着替えてくる」
 スカートがすぅすぅして気持ち悪いので着替えようとした時任を、五十嵐が止める。そして、気迫に満ちた顔で時任の顔をのぞき込んだ。
 「それ、いくらしたと思ってんの? 脱いだら危ない写真取ってバラ撒いてあげるから覚悟しなさぁい」
 「よ、よろこんで着させていただきマス」
 「よろしい」
  五十嵐ならば、それくらいのことはしそうな気がした時任は、おとなしく着替えるのをあきらめた。
 「まあ、服装から入るってのもあるし、着てた方が雰囲気出るんじゃないの? エプロンも似合ってるわよ」
 「んなもん似合ってもうれしくねぇっ!」
 桂木はああ見えても、料理やお菓子作りなどは得意らしく、馴れた手つきで材料を並べている。実はチョコを作るのは時任だけではなく、三人とも作るのだった。
 「さぁ、始めるわよっ」
 五十嵐の号令で、三人はいっせいにチョコ作りに入った。
 しかし、時任はどうしていいのかわからない。
 うろうろしていると、桂木か時任にチョコを渡して、鍋で溶かすようにと指示をした。
 (溶かす?)
 時任はとりあえず自分の思っている通りに実行することにした。

 「ああっ、何やってんのよっ!」
 
 鍋に一杯に水を入れて、そこにチョコを入れようとしていた時任を、桂木がもの凄い勢いで止める。どうやら違っていたらしい。
 「チョコを煮てどうすんのよ。チョコの煮物でも作る気?」
 「うっ、別にそんなつもりじゃ・・・」
 おぼつかない手つきながらも、一生懸命チョコと格闘する時任の姿は、まさに乙女そのもの。やってることはともかくとして、そのおろおろしながら料理している様はカワイイ以外の何者でもない。
 「久保田くんがいたら、どうなるかしらねぇ?」
 「あまり想像したくない状況になるのは間違ないでしょうけど」
 「けっこうマニアそうだもの、久保田くん」
 「・・・・同感だわ」
 そんな会話を交わしている二人に気づかないほど、時任は必死になってチョコを作っていた。
 「うっわぁぁ、こげたぁぁ!!」
 かくして、その日の午前二時までチョコ作り教室は行われ、時任を待つ久保田の元には五十嵐が電話を入れたのだった。



 翌朝。
 五十嵐のマンションから登校した時任は、校門の辺りで久保田と合流した。
 「おはよ、久保ちゃん」
 「おはよう」
 いつもみたいに挨拶を交わしたが、時任の態度はどこかぎこちなかった。
 (こ、こういうのって、いつ渡すもんなんだ、一体)
 昨夜完成したチョコが、時任の鞄の中に入っている。
 しかし、時任は渡すタイミングをはかれずにいた。
 「ん?風邪でもひいた?」
 「別にひいてないけど、なんで?」
 「ちょっと顔赤いから」
 「べっ、べつにそんなことねぇってば」
 「そう?」
 別にただチョコを渡すだけなのに、心臓がどくどく言ってる。
 ドキドキして、なんか恥しくて、それでも視線は久保田の後を追ってる。
 (やっべぇ、マジ緊張してきたっ)
 そうこうしている間に、時任は久保田とともに玄関へと到着していた。
 しかしここには、時任の予想通り、あまりみたくないものがあったのである。
 それは、久保田の下駄箱に詰まってるチョコ達だった。
 「う〜ん、どうしたもんかねぇ」
 そんなことを言ってる久保田の横で、時任はムッとした顔でそのチョコ達を眺めていた。あきらかに市販されてた物から、手作りらしきラッピングの物まで様々なものがある。
 じっと眺めている時任に気がついたのか、久保田がどうしたのかと尋ねてくる。時任はやきもちを焼いているのを悟られたくなくて、ふいっと視線をそらした。
 「手作りとか、凝ってそうなのがあるなぁって思っただけ」
 そう、時任は何気ない気持ちで言ったのだが、それに対して久保田は、
 「誰が作ったのかわかんないのに食べるのはなんとなくねぇ。それに、手作りより市販の方が美味いこと多いし」
と言った。
 その久保田の発言を聞いた途端、時任の心に小さな痛みがあった。
 (・・・・やっぱ、作んなきゃよかった)
 鞄に入ってるチョコは、もう絶対に渡せない。
 時任はなんだかとても悲しくなって、久保田をおいて走り出した。



 「・・・で、結局渡してないんだ、時任くんは」
 放課後の保健室で、時任はどんより沈んだ感じで五十嵐と向かい合っていた。別に相談室を開いているわけでもないのだが、時任があまりに落ち込んでいるので、こんな感じになったのである。
 「だってさ。久保ちゃんは市販のがいいって言うし。仕方ないじゃん」
 一生懸命作ったので、改めて市販のを買ってという気にはなれない。
 時任はチラッと自分の鞄を見て、ため息をついた。
 (やっぱ、こういうのは、俺のガラじゃねぇし)
 もう自分で食べてしまおうかと思ったその時、五十嵐がとても優しい瞳で時任を見た。
 「何言ってんのよ。久保田くんが君からのプレゼントをいらないなんて思うわけないじゃない? 勇気出しなさいよっ」
 「け、けどさ・・・・」
 「きっと、待ってるわよ」
 「そんなコトねぇもん」
 「もう、しかたないわねぇ」
 五十嵐は思い切りのつかない時任にニッコリと笑って、保健室の机の上に置いてあった紙袋を取り出した。
 「そうよっ。それに今日は秘密兵器があるじゃないのっ!」
 「そ、それはまさか!?」
 「ふふふ、覚悟なさい」
 「嫌だぁぁぁ!!」


 コツコツと歩く音がして、保健室の前でピタリと止まる。
 そしてドアの開く音がして、聞き慣れた声が聞こえてきた。
 「おじゃましま〜す」
 久保田はひょいと保健室の中を見回すと、カーテンを閉め切ったベッドの辺りまで歩いてきた。
 「時任。隠れてないで出ておいで」
 優しい声が時任を呼ぶ。
 時任は隠れていたカーテンから、おずおずと顔を出した。
 「久保ちゃん」
 「なにかくれんぼしてるの?」
 「別にそんなんじゃないけどさ」
 「けど?」
 次第に近づいてきた久保田が、隠れている時任からカーテンをゆっくりと引き剥がす。そうすると、時任が隠れていた理由がはっきりとした。
 赤いチェックのスカートにハイネックの白いセーター。
 ほんのりと赤くした、ハッとするほど可愛い姿の時任が久保田の目の前に立っていたのである。
 「やっぱヘンだし、笑っていい」
 「どうして? 可愛いけど?」
 「カワイイわけねぇじゃん」
 「俺の言うこと信じられない?」
 「・・・・けどさ」
 恥しさで一杯の時任の唇に、軽く久保田が口付ける。
 さらに赤くなった時任の耳に、
 「俺はねぇ。男とか女とか、そおいうの関係ないの。時任だったらどっちでもこういうコトしたくなるから」
と、囁いた。
 「は、はずかしいコトいうなっ」
 「ホントのこと言っただけ」
 時任は久保田に抱きしめられながら、後ろ手に持ってた、昨日、一生懸命作ってラッピングしたチョコをそっと差し出す。それを久保田は嬉しそうに受け取った。
 「手作りだから、あんまうまくないと思うけど・・・」
 「もしかして、今朝の気にしてた?」
 「・・・ちょっとだけ」
 時任が今朝のことを思い出して、再びちょっと落ち込んでいると、久保田は時任の頭をそっと撫でた。
 「あれはただのチョコの話だからさ。うまいとかうまくないとか、それだけの話」
 「・・?」
 「ああいうのは好きな人からもらうんじゃなきゃ意味ないでしょ? 好きな人からもらうのは、チョコじゃなくてキモチだからさ。まだくれる気あるなら、時任のキモチ俺にちょうだい」
 「・・・・・うん」
 
 君を想う僕のキモチを甘いチョコに乗せて。
 今日はセイイッパイのイッパイのキモチを伝えよう。
 
                         『スキのキモチを詰め込もう』 2002.2.14 キリリク345


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