夏が来て、暑い暑いなんて言っている内にすぐに秋がきて、涼しくなったなぁなどと思っている内に寒い冬がやってくる。
 季節がめぐるのも、時が経つのも遅いようで過ぎてみると早い。
 桜の花びらが舞い散る中を、真新しい制服に身を包んで、この校舎に足を踏み入れたのは昨日のことだったような気がするのに、もうこの学校に通う日々も終わろうとしていた。
 11月の終わり。
 もう進学先の決まった者、就職先の決まった者、まだこれから受験する者。
 それぞれがこれから行く先を目指している中、やはり桂木を含めた執行部員達も同じように自分の進路を決定すべく頑張っていた。
 この学校にいるのもあと少し、12月が終わって三学期になれば、三年は今より更に忙しくなってクラスに全員そろうことも珍しくなる。
 今、こうして生徒会室に集まっている執行部メンバーも、もうじき引退ということになっていた。
 11月には生徒会選挙が行われ、すでに次期生徒会長も副会長も決定しているし、執行部もすでに後継者が決定している。執行部も生徒会も、12月に引継ぎをして引退する予定だった。
 「ぼ〜っとしてるけど、どうかした?」
 桂木が次の執行部員に公務の引継ぎをするべく書類を整理した手を止めていると、横から同じように帳簿関係を整理していた相浦がそう話しかけてくる。
 自分が手を止めてしまっていることに気づいていなかった桂木は、相浦に言われてハッと我に返った。
 「べ、別になんでもないわよっ」
 そう言って誤魔化したが、桂木がぼ〜っと見ていたのは窓辺で話をしている時任と久保田だった。
 いつもはあまり気にしたことがなかったが、卒業が近づくにつれてなんとなく無意識に二人の方を見ていることが多くなっている。
 そんな自分に桂木が苦笑していると、相浦が久保田と時任の方を見て小さく息をついた。
 「ああやってイチャイチャしてんの見るのも、もうじき見納め…だよな」
 「ほんっとに、飽きもせず毎日毎日良くやるわよね」
 「ははは、もしかしたら本人達はあれだけやってても自覚ないとか」
 「…本気でありえそうで、シャレにならないわ」
 久保田と時任は自分の顔を見ることができないから、おそらく二人きりで話している時、自分達がどれだけ幸せそうに微笑んでいるかを知らないだろう。
 一人で行動することは極端に少ないが、たまに時任が一人でいる所を見かけるとやはりどこか元気がないし、久保だか一人でいる所を見かけた時にはどこかいつもより近寄りがたい。だが、そんな一人の時にお互いの姿を見つけた瞬間、時任は本当に無防備で無邪気な顔をして笑うし、久保田は本当に愛しそうな顔をして微笑む。
 その瞬間の顔が、時任も久保田も一番綺麗で優しかった。
 「ねぇ、相浦」
 「なに?」
 「花火大会やらない?」
 桂木と相浦が二人して久保田と時任を眺めていると、桂木が突然そんなことを言い出す。
 けれどどう考えても、今は花火をするような季節ではない。
 だが、桂木の顔が真面目だったので、相浦も真面目に返事を返した。
 「…花火なんか、もう売ってないんじゃないか? もう12月だしさ」
 「それはそうなんだけど、私の家にあるのよね。花火」
 「マジで?」
 「夏の残りモノなんだけど」
 桂木はなんとなく寂しそうな顔をしていたが、それを振り払うかのようにニッと相浦に笑いかけると、すうっと息を吸い込んで生徒会室中に響く声で叫んだ。

 「この中で、花火大会に参加するヤツは手を上げて!!」





 結局、桂木提案の大会に反対できる者がいるはずもなく、花火大会は行われることになった。
 けれどやはり、このまま執行部引退というのは寂しいと誰もが思っていたからかもしれない。
 花火大会は、せっかくだからと声をかけた五十嵐の提案で、全員で学校に宿泊して行われることに決定した。
 つまり合宿のように全員で泊まって、とにかく騒ぎまくろうということなのである。
 後片付けをしなくてはならないということも考慮して、花火大会は土曜日の晩に行われることになった。
 「藤原っ、さっさとそれ運んでっ!」
 「な、なんで僕がぁぁっ!」
 参加者は執行部全員と補欠の藤原、そして保健医の五十嵐。
 この中でこき使われるといったら、やはり藤原しかいないだろう。
 「あっ、久保田せんぱーいっ!!」
 「仕事が先でしょっ!!」
 「うがぁっ!」
 桂木にハリセンで殴られつつ、宴会用の飲み物や食糧を運んでいる藤原の横を、久保田と時任が通りすぎる。時任はこき使われている藤原を見て、ふふんっと笑った。
 「オマケで呼んでやってんだからしっかり働けよ、藤原っ」
 「誰がオマケですかっ!僕は久保田先輩と〜、甘〜い夜をすごすために来たんですっ!」
 「はぁ? 誰と誰が甘〜い夜すごすって?」
 「僕と久保田先輩がですっ!」
 「久保ちゃんがお前なんかと、甘い夜なんかすごすわきゃねぇだろ!」
 「そんなのわからないじゃないですかっ!」
 「ありえねぇっつーのっ!!」
 いつもの言い合いが始まった所で、久保田は二人を止めることはせずに桂木の方に歩いて行くと大きな袋を桂木に向かって差し出した。
 その中には、様々な種類の花火がたくさん入っていたので、それを見た桂木は驚いた顔をしている。
 この季節で花火は手に入らないと思っていたからだった。
 「どうしたのこれ?」
 「こういうのってさ、小さい個人商店とか結構売れ残ってるもんなんだよね。それで、時任と二人で近くの商店街で聞いて回ったってワケ」
 「へぇ、そうなんだ」
 「どうせなら、派手に一杯あった方がいいっしょ?」
 「…そうね。ありがとう、久保田君」
 「どういたしまして」
 桂木が持ってきた花火はそれなりに量はあるものの、やはり人数から考えると少ない。
 なので、久保田と時任が花火を持ってきてくれたのはとてもありがたかった。
 「おー、集まってるな」
 「あれっ、それ花火ですか?」
 「藤原、炭酸系のヤツもって暴れるなって」
 何かを持ってきてのは久保田達だけではなく、室田と松原、相浦もアルコール類やお菓子などを持って来ており、花火大会の準備は完璧という感じである。
 だが、一番凄かったのは遅れてきた五十嵐だった。
 「はぁい、おまたせ〜」
 「げっ、オカマ校医っ!」
 五十嵐が来ると、藤原とギャアギャアわめき合っていた時任が顔を強張らせる。
 五十嵐は冬だというのに、かなり露出の高い服装をしていた。
 本人はどうか知らないが、見ているだけでかなり寒い。
 ゾクゾクと背中に悪寒を感じた時任は、五十嵐に向かって怒鳴りつけた。
 「このクソ寒いのにウソ胸強調すんじゃねぇっ、このヘンタイっ!」
 「誰がヘンタイよっ、失礼ねぇ。これは久保田君に見てもらうためにしてきたのよ〜。間違っても、アンタなんかに見せるためじゃないわっ」
 「誰が見るかっ!」
 「先生、久保田君と一つ屋根の下なんて興奮しちゃう〜。めいいっぱいサービスしちゃうから、その気になったらいつでもいらっしゃ〜い」
 「久保ちゃんに色目使うなっ!!!」
 教師としてはかなり問題発言だが、いつものことなので誰も気にしていない。
 五十嵐に誘われた当人である久保田は、相変わらずのぼーっとした顔で、
 「お気持ちだけいただいときます」
と、定番のセリフを言った。
 はっきり言って、誰の目から見ても久保田が五十嵐になびくとは思えないのだが、時任はなぜか不安らしくいつも五十嵐に食ってかかっている。実は五十嵐は、久保田を欲しいと思っているのが半分、食ってかかってくる時任が楽しいのが半分でやっているのだった。
 一応の騒ぎに決着がつくと、夕闇が落ち始めて暗くなった廊下を桂木を先頭に全員がゆっくりと歩き始めたが、久保田は前を歩いている五十嵐に、
 「あまりからかわないでやってね」
と、小声で言う。
 すると五十嵐は振り返らずに、相変わらず焼けるわねぇと言って笑った。
 実は五十嵐は久保田がそう言ったのは、時任をかばったのではなく単なる嫉妬なのだと知っていたのである。自分の好きな相手に、恋敵にかまうなと嫉妬されるのはなんとなく奇妙な感じだった。
 「ほんっと、アンタたちには敵わないわ」
 それが五十嵐の二人に対する感想だった。
 


 さすがに夏と違って、もう5時を過ぎた辺りから暗くなり始め、6時になる頃にはすでにあたりは真っ暗になっていた。けれどやはり、その分だけ寒くなるのも確かである。
 荷物を置いて表に出た時任達は、明るい内に室田と松原の作った焚き火に火をつけた。
 すると辺りが少し暖かくなって、誰もがその温もりに軽く息を吐く。
 頭上にはキラキラと瞬く冬の空が広がっていた。
 冬は夏よりも空気が澄んでいるせいか、星もいつもより良く見える。
 そんな夜空の下で、季節外れの花火大会は開催された。
 「全部やり切るわよっ!」
 「おっしゃぁっ!」
 「やりましょうっ!」
 「やってやるぜっ!」
 桂木の合図によって、それぞれが思い思いの花火を手に取る。
 花火は思ったよりも随分量が多いので、全員が花火を選ぶ様はまるでくじ引きのようだった。
 室田は無難な感じの手持ち花火、松原は派手な筒型の花火。
 相浦はネズミ花火、桂木はやはり室田と同じように無難な感じのものを持っていた。
 「俺様はこれに決定っ!!」
 そんな中で時任が引いたのは、筒型の大きな花火。
 だがそれは、誰の目から見ても手で持ったままで点火したら危険だろうと思われた。
 しかし時任は花火に書いてある注意書きも読まず、花火に火をつけようとする。
 時任の手にした花火に炎が近づいた瞬間、この場にいた全員が時任のそばから逃げ出した。
 「うわぁぁっ、やめろぉぉっ!!」
 「ぎゃぁぁぁ!!」
 「アンタ死ぬ気っ!!」
 「やっぱりアメーバ並みだわっ!!」
 「やめるんだっ!!」
 だがそんな中で一人だけ、平然とした顔で時任の傍に立っている人物がいる。
 それはセッタを吹かしながら、時任の様子をじっと見ていた久保田だった。
 「時任、ソレは打ち上げ花火っしょ?」
 久保田はそう言うと、火がつくすんでの所で時任の手から花火を奪い取り、今度はその手に普通の手持ち花火を握らせる。
 すると時任は不思議そうに首を傾げた。
 「打ち上げって?」
 「地面に置いて火つけないとダメなヤツ」
 「ふぅん、まぁいいや」
 「これは後でやったげるから」
 「わぁった」
 久保田のフォローのおかげで危機を回避することができて、全員がほ〜っと息をつく。
 風で消えてしまったマッチの火に変わって久保田が持っていたライターの火をつけてやると、時任は渡された花火に火をつけて花火をし始めた。
 「あんま派手じゃないけどキレイだよな」
 「うん」
 時任の持っている花火が、静かな音を立てて緑や赤や黄色の炎を噴き出す。
 その炎の先から零れ落ちる火の粉が美しく闇に散っていた。
 そんな炎を見つめている二人は、どことなく憂いを含んだ表情をしている。
 その場にいた面々は、一瞬その雰囲気の飲まれそうになったが、気を取り直してそれぞれ手に持った花火に火をつけた。
 ふざけて花火をクルクル回しながら走ったり、二本同時に火をつけたりして、笑い合ってふざけあって炎を散らす。危ないと叫びながらも、全員が楽しそうだった。
 「久保田せんぱーい、見てくださーいっ!」
 久保田を独占している時任に対抗して、藤原が自分の花火を見てもらおうと久保田に声をかける。
 だが藤原が持っている花火は、さっき時任が持っていたのより小型だったがやはり打ち上げ花火だった。
 「アンタそれって!」
 「うぎゃぁぁぁっ!!」
 桂木が止めようとしたが時すでに遅く、藤原は打ち上げ花火を手に持ったまま点火する。
 ヒュンという音を立てて、打ち上げの一発目が相浦のいる方向に向かって飛んだ。
 「うわぁあっ!!」
 「相浦、そこから逃げるのよっ!! 藤原っ!自分でソレなんとかしなさいっ!!」
 桂木の指示で相浦が走って逃げ出したが、花火を持った藤原はオロオロとその場に立ち尽くしていた。
 自分でなんとかしろと言われても、とっさにどうして良いかわからない。
 二発目が発射された反動で、藤原は後ろに倒れた。
 「うわぁぁんっ!助けてくださいっ、久保田せんぱーい!!」
 藤原は相変わらず時任と二人きりで花火をしている久保田に助けを求める。
 だが、そんな藤原に向かって久保田は動かずにぼ〜っとした視線を向けただけだった。
 「時任?」
 「ったくっ!」
 誰も藤原のことを助けに行かないかと思われたが、動かない久保田の代わりに時任が藤原に向かって走り出す。時任は藤原の手から花火を強引に奪い取ると、その身体を蹴り飛ばして、素早く花火を地面に突き立てた。
 しかしタイミングが悪かったので、花火の筒から火の粉が上がり時任の顔目がけて打ちあげられかける。
 「うわっ!」
 時任はとっさに逃げようとしたが、ある程度の火傷はまぬがれないような状況だった。
 だが、そんな状況の中で誰よりも早く動いた久保田が、すんでの所で時任を横抱きにして走る。
 そのおかげで、花火は時任の顔ではなく空に向かって打ち上げられた。
 「火傷とかしてない?」
 「へーき。サンキュー、久保ちゃん」
 そんな二人を見た桂木と五十嵐は顔を見合わせて肩をすくめ、藤原は冗談か真面目なのかわからない様子でシクシクと泣き出す。気のせいかもしれないが、卒業が近くなってから、ますます時任と久保田の距離が近くなったようなそんな印象だった。
 松原と室田と相浦はネズミ花火を鳴らして遊び、藤原はまだ脱力したままその場に座り込んでいる。
 花火も次第に少なくなってきていて、手持ち花火はもう少しで数がなくなりそうだった。
 「うわっ、何だよソレっ」
 「ヘビ玉」
 「き、気持ち悪くねぇか?」
 「気持ち悪くはないけど、ヘビ玉って花火っぽくないなぁって思って」
 「そんなの知るかっ!」
 うねうねうね〜っとヘビ玉から伸びていく黒いモノを観察している久保田の横で、時任がギャアギャアわめいている。そんな二人から少し離れた場所で、桂木は五十嵐と並んで立っていた。
 二人は地味な線香花火のチリチリ燃える様を見ながら、時任と久保田の会話をなんとなく聞いている。
 赤く次第に大きくなる光の玉を落さないように気をつけていたが、五十嵐より先に桂木の線香花火の炎が落ちた。
 「ねぇ、先生」
 「なぁに?」
 「時任と久保田君の進路知ってますか?」
 桂木が唐突にそう尋ねると、五十嵐は小さく火の粉を散らす炎を見つめたままで微笑む。
 その瞳はなぜかとても優しかった。
 「やっぽり気になる? 二人のこと」
 「いっぱい迷惑かけられましたから、そのぶん気になるんです」
 「確かにそうかもしれないわねぇ。あの子たち相手にあそこまでできるのは、アナタしかいないもの」
 「…そんなことないです」
 「自信持ちなさいよ」
 五十嵐はそんな風に桂木に言ったが、やはり桂木はそんな風に思う事はできなかった。
 確かに公務では同じ執行部員として協力してやってきていたが、やはり時任と久保田はいつでも二人きりだったような気がしたからである。
 そんな桂木の気持ちを感じ取ったのか、五十嵐は軽く息を吐くと落ちてしまった線香花火をバケツに入れて、新しい線香花火に火をつけた。
 「時任も久保田君も、大学に進学するらしいわ。時任は最初は大学に行かないって言ってたらしいけど、ギリギリになって変更したらしいの」
 「…もしかして、それって久保田君がらみですか?」
 「たぶんね」
 時任は始め、進路調査書を白紙で出していた。
 やりたいコトは今から決めると言っていたらしいが、つまり久保田が進学か就職かを決めるのを待っていたのかもしれない。
 だが、久保田の進路調査書も白紙で出されていることを知った時任は、大学進学に調査書を書きかえて提出し直したのだった。
 「きっと、ずっと一緒なんだろうなぁって思うんです。あの二人…」
 「そうねぇ。きっとそうだろうと思うけど、一緒にいてほしいってどうしても思っちゃうのよねぇ、あの二人見てると」
 「それはたぶん…、私も同じだと思います」
 桂木と五十嵐は小さく笑ってそこで会話を止めと、打ち上げ花火や噴出系の花火に取りかかった相浦たちに混じる。そこには久保田と時任も集まってきていた。
 「点けるぞっ」
 「三メートル離れろっ!」
 「ちょっ、ちょお待てっ!」
 みんなで選んで火をつけて、次々に色とりどりの花火が冷たい空気の中で、炎を散らして美しく燃え上がる。時期外れの花火は、冬の空で瞬いている星座の下でその命を散らすように火の粉を散らしていた。
 すぐに消えてしまう炎は、一瞬でそのすべてを燃やし尽くしてしまうから美しいのかもしれない。
 後悔などできないほど短い一瞬。
 それは、瞬きすることも許さずに流れ続ける時間の中に溶けて逝くようだった。
 花火は一瞬だけ美しく燃えて、あとは残骸である灰だけが残る。
 久保田は花火を見てはしゃいでいる時任を眺めながら、吸っているセッタの灰を地面に落した。
 「一瞬だけキレイでも、燃えちゃえばみんな同じになるのにね」
 「なに?久保ちゃん。なんか言ったか?」
 「別になんにも」
 「ふーん、ならいいけどさ」
 「時任」
 「わっ、バカっ、やめろって…」
 「みんな花火見てるから、わかんないって」
 久保田の言葉にごまかされて、時任は後ろから抱きしめてくる久保田の腕を振りほどくことができずに顔を真っ赤にしている。久保田は時任がじっとしているのをいいことに、時任の髪に軽くキスを落していた。
 はっきり言ってかなり目の毒である。
 それを見た藤原がいつものように邪魔に入ろうとしたが、偶然久保田と目が合ってしまいそうすることができなかった。久保田が邪魔をするなと目で言ってきたからである。
 全員が二人の行動に気づいていたが、やはりいつものように気づかぬふりをしていた。
 さすが久保田と時任の所属する執行部だけあって、こういうのにはかなり免疫がある。
 だが、冗談のように触れ合っていた二人が、いつの間にこうなったのかは誰にもわからなかった。
 こうやって久保田が積極的に時任に触れ始めたのは、実は本当に最近のことだったからである。
 「ふ、冬の花火もいいものですね。室田」
 「そ、そうだなぁ」
 「あれっ、コレってどこから点火すんだよ?」
 「相浦、妙なところを破るな。危ないだろ」
 「これがラストだから、派手にやろうぜっ!」
 最後の花火に相浦が点火すると、空に大きな花が咲いた。
 それはたった一発しか上がらなかったが、なんとなく音と光の余韻が残る。
 しばらくしてそれが覚めた頃に、執行部は花火大会から宴会へと突入した。





 「一番、松原潤。剣舞を舞います」

 缶チューハイだけではなくビールや酒まで用意されていたため、出来上がるのはかなり早かった。
 ここに泊るので帰る心配をしなくていいせいか、飲む量も速度も半端ではない。
 その中でも一番赤い顔をしていたのは松原だった。
 剣舞を舞うと宣言した松原は、焦点の定まらない目で木刀を持って踊っていたが足元がかなりふらついている。木刀の切っ先がヒュンっとうなりを上げて、傍にいた時任や室田の顔のすぐ近くを掠めた。
 「うわっ!!」
 「あぶねっ!!」
 さすが毎日鍛えているだけあって、酔っていても松原の剣には威力がある。
 危険を感じた室田が、振り下ろされた松原の木刀を素手で掴んだ。
 「もういいだろう。ここらヘンでやめておけよ」
 「むっ、真剣白羽取り。やりますね、室田」
 「うわっ、こっちに剣を向けるなっ」
 剣を止められたことによって闘争本能を刺激された松原が、室田に襲い掛かろうとする。
 だが、かなり酔っているため、誰かれかまわず襲い掛かり始めた。
 「げっ、こっちにくるっ!」
 「に、逃げようぜっ、時任」
 「おいっ、室田はあっちだっての!」
 近づいてきた松原に、時任は室田の居場所を教えたが、実はそこにいるのは室田ではなく藤原だった。
 藤原はさっきから、ぼ〜っと赤い顔をして久保田の方を見つめている。
 そんな藤原めがけて、松原は木刀を振り下ろした。
 「覚悟っ!」
 「ぎゃあぁぁぁっ!」
 犠牲者約一名。
 ここは保健医である五十嵐もいたが、五十嵐は軽くヒラヒラ藤原に向かって手を振っただけだった。
 「それっくらい、なめときゃ治るわよ〜」
 五十嵐も完全に酔っ払っている。
 その飲みっぷりはかなり見事だった。
 一人を倒しても、まだまだやる気でいる松原から逃げるためにドタバタと時任たちが走り回る中、静かにその様子を見守っている人物が実は二名いる。
 それは最初から一人で飲んでいた久保田と、途中から久保田の隣にやってきた桂木だった。
 桂木はただ騒がしさから逃れるために久保田の隣に来たのではなく、実は久保田に言いたいことがあったから来たのである。けれど久保田は桂木が来たことを気にすることもなく、ただ一人で黙々とビールを飲んでいる。桂木がそんな久保田の見ているモノを追うように視線をすべらせると、そこにはやはり時任がいた。
 久保田はビールを飲みながら、じっと時任の様子を見守っていたのである。
 桂木はすうっと短く息を吸い込むと、思い切ったように久保田に話しかけた。
 「ねぇ、久保田君」
 「なに?桂木ちゃん」
 「進路のこと五十嵐先生に聞いたんだけど。進学なのね、二人とも」
 「そう、進学」
 「久保田君は本当に進学したいの?」
 進学したいと進路調査書にそう記入したに違いないのに、桂木は久保田にそう尋ねていた。
 まるで、久保田が進学したいと思っていないと決め付けるみたいに。
 すると久保田は小さく笑って、一口ビールを飲んだ。
 「さすがは桂木ちゃん。鋭いね」
 「大学には行きたくないの?行くのは時任がいるからってだけ?」
 「ん〜、大学には行っても行かなくてもどうでもいいってカンジ?」
 「それって…」
 「俺は時任がいる場所にいたいだけだから」
 「将来とかこれから先とか、そういうのは考えないの?」
 「時任がいなきゃ、将来も未来もないっしょ?」
 そう言い切った久保田を、桂木は複雑な表情で見つめる。
 けれど久保田はやはり、じっと時任だけを見ていた。
 「桂木ちゃんには感謝してるよ」
 「えっ?」
 「ホントはねぇ。桂木ちゃんの役って俺がやる予定だったからさ」
 「…私に押し付けたのね?」
 「うん」
 「そういう予感はしてたわ」
 「俺は時任のコトで一杯だから、他にかまってる余裕ないんだよね」
 「でしょうね」
 「ゴメンね、桂木ちゃん」
 「…いいわよ、許してあげるわ。そのかわり、とことん時任と一緒にいなさいよねっ」
 桂木はそう言うと、持っていたビールを一気にあおる。
 そんな桂木の横で、やはり久保田もビールで唇を湿らせていた。
 アルコールのせいか、それとも暖房のせいか、次第に温度が高くなってきているような気がする。
 ようやく松原の騒ぎは収まったのだが、この暑さのせいで妙な熱気が室内にこもっていた。
 そんな中で一番薄着をしているばすの五十嵐が、色気を振りまきつつ自分の上着に手をかける。
 ゆっくりとしなを作って上着を脱ぎながら、五十嵐の視線はやはり久保田に向けられていた。
 「久保田く〜ん。先生なんだか暑くなっちゃったぁ」
 色っぽく、ストリップでもするかのように五十嵐は服を脱ぎ始めたが、久保田は興味なさそうな顔でぼんやりそれを眺めている。桂木は慌ててそれを止めようとしていた。
 だが、酔っ払っているので桂木が止めるのを聞かない。
 このままでは本当に五十嵐が全部脱いでしまいそうな感じだった。
 だがしかし、五十嵐が下着姿になる前にその背後から何者かがすくっと立ち上がった。
 「俺も暑いから脱ぐ〜」
 飲みすぎで潰れかけていた時任が、眠そうな目をこすりながら着ている上着とパーカーに手をかける。
 五十嵐に続いて時任もストリップを始めるらしかった。
 「ちょっとっ!二人ともやめなさいっ!!」
 桂木が怒鳴るが、やはり時任も脱ぐのをやめようとしない。
 時任は色気も素っ気なく上着とパーカーを脱ぎ捨てると、上半身裸になった。
 男の裸なのだから見てもどうということはないと誰もが思っていたが、筋肉はついているのに随分と華奢なつくりの時任の身体を見た瞬間、その場にいた全員が酔いのせいではなく頬を赤くする。
 久保田が近くにいるせいで、余計に意識してしまっているせいかもしれないが、なんとなく頭の中に時任の色っぽい姿が浮かんでくるのを止められない。
 綺麗な鎖骨や細い首筋、胸から腰にかけた辺りのラインも、なんとなく触りたいという欲求を起こさせる。
 相浦がごくっと息を呑むと、ズボンのチャックを開ける音が室内に響いた。
 「ちょっと、時任っ!」
 そう叫んだ桂木の声もなんとなく迫力がない。
 奇妙などこか色を含んだ雰囲気が辺りを包んでいた。

 「はい、そこまで〜」
 
 突然、のほほんとした声が室内に響く。
 その声を聞いた瞬間、なぜか全員がハッと我に返った。
 時任の横には、桂木とビールを飲んでいた久保田がいつの間にか立っている。
 時任は目の前で優しく微笑んでいる久保田を見た瞬間、ふにゃっと笑った。
 「くぼちゃ〜ん」
 「いい子だから、おとなしく服着なさいね」
 時任の服を拾ってやると、久保田は小さな子供にするように時任に服を着せ始める。
 時任は酔いが回ってフラフラしながら、久保田のするままに任せていた。
 「手をバンザイして」
 「ん〜」
 することは母親と子供という感じだが、この二人だとなぜか素直に微笑ましい光景とは思えない。
 なんとなく夜の睦言を見ているような気がして、直視できないような恥ずかしい気分になるのである。
 だが、そんな執行部員達に構うことなく、時任に服を着せ終えた久保田は、おもむろに時任を抱き上げてドアへと向かった。
 「俺らはもう寝るから、後はヨロシクね」
 「おやすみ〜」
 時任は状況がよくわかっていないらしく、久保田に抱っこされたままバイバイと手を振る。
 そんな時任に向かって、全員がおそるおそる手を振ったのだった。
 「く、久保田せんぱーい…」
 「…お、俺らも寝る?」
 「いや、当分行かない方がいいんじゃないか…、たぶん」
 「そ、それはいつまでの話ですか?」
 男子は宿直室で寝ることになっていたが、当分行けそうになかった。





 すでに時間は深夜0時を過ぎしてるので、辺りは完全な闇に包まれている。
 校舎内を歩くと、足音だけがカツカツと響いていた。
 夜の校舎を歩くのはめったにない機会かもしれないが、暗いことをのぞけば当たり前だが普段と何もかわらない。だが、こうやって時任を抱いて歩くのはやはり少しだけ妙な感じがする。
 久保田は時任の顔を覗き込むと、その額に軽くキスを落した。
 「くぼちゃん…」
 「ん〜、なに?」
 「くぼちゃんって、もしかして大学行きたくない?」
 久保田に運ばれながら、ボウッとしたような顔をして久保田の顔を見つめていた時任が、唐突にさっき桂木が言ったのと同じ質問を久保田にした。
 すると久保田は真っ直ぐ見つめてくる時任の瞳を見つめて、
 「そんなコトないよ?」
と、言う。
 けれど時任はそれでは納得できなかったらしく、もう一度久保田に同じことを聞いた。
 「久保ちゃんて、進路調査書白紙だったじゃんか…」
 「うん、だから言ったでしょ?俺は時任の行く所に行くって」
 「…それはそうなんだけどさ。もし久保ちゃんが行きたくないのに、俺が行くって決めたから行くことしたんなら、なんか嫌」
 「時任」
 「行きたいトコあるなら行けよ」
 「行きたいトコなんかないよ?」
 「ウソ」
 「ウソじゃないんだけど、信じられない?」
 「・・・・・・」
 「俺は時任のそばにいたいって、それだけ…。それさえ叶えられるなら後はどうでもいいから」
 「久保ちゃん…、俺さ」
 「うん?」
 「俺も久保ちゃんと同じコト考えてた。久保ちゃんのそばにいられればそれでいいって。だから最初白紙で出した。けど久保ちゃんも白紙だってわかった時、このままじゃダメだって…そう思った」
 「どして?」
 「二人であの部屋に閉じこもってさ。それはそれでいいのかもしんないけど。それだけじゃ、きっといつか息苦しくなるような気ぃした。だから、何かを探しておかなきゃなんないって…」
 「大学に行って、何探すの?」
 「そんなのわかんねぇケド、久保ちゃんと一緒なら何か見つかるかもしれねぇじゃんっ」
 時任はいつも前を見つめていたが、その視線は久保田よりも少し先を見つめていた。
 二人であの部屋に閉じこもっていると、いつか心をお互いを想う気持ちだけが占領していって身動きが取れなくなる。そうなる前に、二人でできる何かを時任は探したいと思っていたのだった。
 「一緒に行こうぜ、久保ちゃん。どこまでも、ずっとずっと逝けるトコまで」
 「一緒に行こうよ、時任。ずっとずっと手を離さないで、逝けるトコまで」
 時任が手を伸ばして久保田の頭を抱きこむと、自然に二人の唇が重なった。
 激しくはないが、柔らかな、何かを確かめ合うようなキスを吐息とともに紡いでいると、雲に隠れていた月がぼんやりと顔を出す。
 冷たく輝く月光に包まれた学校の廊下で、久保田と時任は長く長くキスをして、決して離れないように強く抱きしめ合った。






 時任と久保田がいなくなってからしばらくして相浦たちが宿直室に行くと、同じ布団でぎゅっと抱きしめあったまま眠っている二人を発見した。
 藤原はそれを見て悔しさのあまり涙を流し、松原と室田、そして相浦はため息をついてガックリとうなだれていたらしい。やはりそんな二人を見て安眠できるはずもなく、次の日はこの部屋に泊ったほぼ全員が完全な寝不足になったのだった。


                          『いつまでも どこまでも』 2002.7.6 キリリク23014


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