学校に行くことをムダだとか、そんな風に思ったことないけど…。
 なんとなく行きたくなくなるっていうか、そーいう時っていうのはあるよね。
 けど、それは授業受けんのが面倒くさいとかじゃなくて、理由はもっと別だったりとかするんだけど…。

 「おはよ〜、時任」
 「はよっ」
 「三時間目、英語の抜き打ちテストだってさ」
 「げ〜っ、マジ!?」
 「マジマジ」
 
 ただアイサツするだけで全開の笑顔。
 時任は、普段俺様してるくせに、実はかなり愛想が良かったりする。
 ワガママ言ってても、あの笑顔みちゃうとなんとなく許せちゃうとかそういうトコあるんだよね、時任は…。
 機嫌のいい時は、ほんっと笑顔の大サービスだし。
 困ってる子とかいたら助けちゃうし。
 不本意だろうけど、正義の味方を地でやってるかもよ?
 いつも一生懸命だから、ケンカだってなんだって一生懸命。
 そーいう一生懸命なときの時任って、スゴク生き生きしてて、キレイでカワイイ。
 だけど、そのキラキラしちゃってる瞳が俺以外に向けられてんのは、なんか嫌だなぁって思ったりとかするんだよね。
 やっぱ、コレって嫉妬ってヤツ?
 …なんか笑っちゃうよね。
 時任はああやって他のヤツにも懐いちゃってるのに、俺は時任だけに執着してる。
 うっとおしいなぁって自分で自分のコト思ったりするケド・・・。
 どしてもダメだなぁ。
 
 俺以外のヤツにそんないい笑顔向けないでよ、時任。



 
 げ〜、ほんっとにマジかよ?
 抜き打ちテストなんて、朝から憂鬱になっちまうじゃねぇかっ!
 あ〜あ、ついてねぇの。
 久保ちゃんに教えてもらうっつっても、ドコ出るかわかんねぇし…。
 サイアクーっ!!

 「なぁ、久保ちゃん」
 「ん〜?」
 「英語、抜き打ちだってさ」
 「そう」
 「…そんだけ?」
 「うん」
 
 クラスのヤツのトコから久保ちゃんのトコ移動してテストのこと教えてやったけど、ぜんっぜん反応なし。
 まぁ、抜き打ちだろうとなんだろうと、久保ちゃんなら心配いらねぇだろうけどさ。
 なぁんか、ひっかかんだよな。
 ああいう反応って。
 まるでなんにも興味ありませんって、そんなカンジするじゃん?
 久保ちゃんはいっつも冷静だし、何があっても取り乱したりしない。
 そーいうとこ、カッコいいなんて思ったりもするけど、もしかして俺のことでもそうだったりすんのかなぁなんて気がしたりする。
 俺は久保ちゃんが藤原とか五十嵐とかと話してるだけでも嫌だけど、久保ちゃんは俺が誰と話してもゼンゼン気にしてないし、平気な顔してる。
 もしかしたら、俺が別のヤツとキスとかそういうのしちゃっても、平気だったりとか…。
 もしそうだったらすっごく嫌だって思うけど、…怖くて聞けない。

 ちょっとは俺のコト気にしてるって顔してよ、久保ちゃん。




 放課後の生徒会室。
 いつものように集合していた執行部員達は、公務というよりも放課後の時間をそれぞれ楽しんでるような感じだった。
 仕事をしてるのは、桂木と松原、そして藤原の三人だけである。
 ようするに、事務処理班と公務執行班の違いというやつなのかもしれないが、テレビゲームまで持ち込んで遊ぶとなると結構問題ではないだろうかと思ったりもする。
 だが、ここにはそれを注意する人間などいない。
 そういことに厳しそうに見える紅一点の桂木だったが、実は結構アバウトなのだった。
 まあ、それくらいでなければ執行部員は勤まらないのだろうが…。
 「ちっとも減らないわね、始末書」
 「毎日、何かありますから無理もありませんね」
 ゲームをしてる時任と松原、筋トレ中の室田。そして、新聞を読んでいる久保田。
 そんな四人を横目に、桂木と松原は事務処理に精を出していた。
 松原は黙々とパソコンに向かっていたが、桂木は眉間に皺を寄せながら始末書を書いている。もちろん、始末書を書かなくてはならなくなったのは、桂木のせいではない。
 「はぁ〜、憂鬱」
 「先月の収支データ完了しましたよ」
 「あとでコピー出しとしてね、松原」
 「了解です」
 校内の取り締まりは時任、久保田コンビに頼るところが大きいが、執行部全体を仕切っているのは桂木である。
 今や桂木なしでは、執行部はうまく機能しないに違いなかった。
 だが、桂木とて苦労なく自分のポジションをこなしているのではない。
 このバラバラな連中をまとめるのには、かなりの苦労がいるのだった。
 そんな桂木の一番の悩みの種は、さっきからゲームに夢中になっている。
 時任はコントローラーをカチャカチャ言わせながら、必死で相浦の攻撃をガードしていた。
 「げっ、なんか今、一気にゲージ減らなかったか?」
 「だって裏キャラだからさ」
 「なにげに色違うじゃんっ!」
 「気づくの遅いっ! もう手遅れだぜっ!」
 「だぁぁぁっ、やり直しだっつーのっ!!」
 「勝ちは勝ち。約束通りおごれよ〜」
 「ズルじゃんっ!」
 「時任も使えは良かったじゃんか」
 「くっそーっ、このっ!!」
 「うわっ!」
 平和にゲームをしていた二人だったが、やっている内に言い合いになって、最後には取っ組み合いになっていた。
 だが、ケンカをしてるのではないことは、二人の楽しそうな表情からすぐにわかる。
 時任も相浦もケンカ馴れしているので、手加減の仕方というものを知っているのだった。
 二人ともどちらかと言えば小柄な方なので、なんとなく二匹のネコかイヌがじゃれあっているように見えないでもない。
 そんな感じなので怪我の心配はなさそうだったが、やはり騒がしかった。
 部屋に埃もたっている。
 「おいっ、ちょっとやめろって…!!」
 「問答無用っ!」
 「うっぎゃぁぁ…!!!」
 相浦は腕では敵わないと思ったのか、時任のわき腹をくすぐり始めた。
 すると床に倒れている時任は、涙目になって身体をよじっている。
 そんな時任に相浦は馬乗りになった姿勢で、逃げようとするのを防いでいた。
 「ふふんっ、ちゃんとおごるならやめてやるよ」
 「あっ、ぐっ…、や、やだってっ!!」
 ドタバタしている二人を見て、桂木が眉間に皺をよせる。
 その右手にはしっかりとハリセンが握られていた。
 もちろん狙いは暴れている二人である。
 だが、桂木が自分の席から立った瞬間、
 「もうじきおさまると思うから、ほっときなよ桂木ちゃん」
と、久保田が桂木に言った。
 止められた桂木は、ハリセンを右手に持ったまま肩をすくめる。
 すると久保田はそれ以上何も言わず、再び新聞に目を落とした。
 確かに久保田の言うとおり、二人の動きが段々鈍くなってきている。
 たぶん疲れてきたのだろう。
 桂木は再び始末書の整理をし始めながら、チラリと久保田の方を見た。
 「ねぇ、久保田君」
 「なに? 桂木ちゃん」
 「あれっていいわけ?」
 「なにが?」
 「時任と相浦がじゃれてんの」
 「いいんじゃない? べつに」
 「…そう思ってんならいいけど」
 いつも平然としているように見える久保田だったが、目だけはそれを裏切っているかのようにその視線が時任を追う。
 見てないようで見てる。
 知らないようで知ってる。
 それを桂木はなんとなくわかっていた。
 一見、時任の方が久保田にまとわりついているように見えるが、実は久保田も同じように時任を追っている。
 つまり二人は追いかけっこをし合っているのだった。
 少しも意識などせずに…。
 「あっ、いてっ!」
 「いたっ!」
 じゃれ合いもそろそろ終わりかと思われた頃、時任と相浦がそう言った。
 どうやら、起き上がろうとして机の角で頭をぶつけたらしい。
 相浦と時任は頭が痛くてしゃがみ込んだが、
 「どこらヘンぶつけた?」
 という声がしたので声がした方向を見る。
 するとそこには久保田が立っていた。
 さっきまで新聞を読んでいたし、時任の方など見ていないように見えたが、一番そばにいた相浦よりも早く時任のところまで来ている。
 桂木はそんな久保田を見て小さく唸った。
 「ここらヘンっ、なんか痛い」
 「あ〜、ちょっとコブになってるね」
 「う〜、いてぇ」
 久保田は痛いと言って目に涙を溜めてる時任の頭を優しく撫でると、腕をつかんで立ち上がらせる。時任を保健室に連れて行くつもりなのだった。
 「ちょっち行ってくるわ、桂木ちゃん」
 「はいはい、行ってらっしゃい」
 時任の肩を抱くようにして、久保田は時任と共に生徒会室を出て行く。
 それまでの間、久保田は同じようにしゃがんでいる相浦を見もしなかった。
 完全無視なのか、それとも存在自体意識にないのかは不明である。
 後に残された面々は、なぜかいっせいに小さく息を吐いた。
 「藤原を職員室に行かせといて良かったわ。うるさくなくて」
 「そうですよね。これ以上うるさくなったら大変ですから」
 「なんかすごく埃っぽくないか?」
 桂木、松原、室田がそんな話をしていると、時任と同じように頭をぶつけた相浦がしゃがみ込んだまま、涙目で桂木を見上げた。
 「俺もコブできてんだけど…」
 「コブくらいですんで良かったって思いなさいよ」
 「不公平な気がするんだけど、気のせい?」
 「不公平で当然よ。アンタは愛されてないんだから」
 「誰に?」
 「久保田君によ」
 「…うっ」
 相浦は久保田に愛される自分を想像しかけたが、とてつもなく恐かったのですぐにやめた。
 そんなことはありえないので、想像しても無意味というものである。





 「ほんっとに、あんまり来てくれないから、先生さみしくて…」
 「久保ちゃんから離れろっ!!」
 「あんたは邪魔よっ!」
 「てめぇが邪魔なんだっつーのっ!!」
 保健室では、アイスノンを頭に当ててコブを冷やしている時任と、久保田に抱きついている五十嵐が怒鳴り合いをしていた。
 いつもと同じように、抱きついてくる五十嵐を久保田は避けようとしない。
 そんな久保田を見た時任は、五十嵐にムカついていたが、久保田にもムカついていた。
 こうしてると、なんだか自分が久保田と五十嵐を邪魔してるような気分になってくる。
 ムカつくと、さらにコブが痛くなったような気がした。
 
 ピンポーン。
 『五十嵐先生、至急、職員室までおいでください』

 「あら、呼び出しがかかっちゃったわ。せっかく久保田君が来てくれたのに、先生残念だわぁ〜」
 しなだれかかってくる五十嵐を久保田は避けない。
 しかし、いくら五十嵐が抱きついたりしてきても、久保田はそれを絶対に抱き返したりはしなかった。それが藤原だったとしても同じことである。
 五十嵐が出て行くと、ムカムカしたような顔をした時任と相変わらず飄々とした表情の久保田が残った。
 時任は頭を冷やしながら、怒ったようにプイッとそっぽを向く。
 すると久保田は時任の傍まで歩み寄ると、その顔をじっと覗き込んだ。
 「なに怒ってんの?」
 「怒ってねぇよ」
 「眉間に皺よってる」
 「・・・・・・久保ちゃんて、ホントは誰でもいいんじゃねぇ? 誰に抱きつかれても平気な顔してんじゃん」
 「別に避けるの面倒なだけだけど?」
 「じゃあさ。俺が誰かに抱きつかれてても久保ちゃんは平気? 平気なんだったら、俺はもう何も言わない。邪魔なんかしねぇから」
 時任の潤んだ瞳が真っ直ぐ久保田を見る。
 照れもなく真剣に向けられた視線に、久保田はゆっくりと微笑み返した。
 「平気なワケないでしょ。ホントは誰にもさわらせたくないし、誰にも見せたくないんだから、時任のコト」
 「ウソ」
 「ウソじゃないよ? それにいつも嫉妬されられてんのは、時任じゃなくて俺の方だし?」
 「俺はなんにもしてねぇじゃんっ」
 「してるよ。俺以外のヤツと嬉しそうに話してるし、笑いかけてるし。さっきなんか身体触らせたりもしてる」
 「あ、相浦のはケンカじゃんっ」
 「あんまり楽しそうだったから、止めに入れなかったんだけど?」
 「そ、そんなこと言ったら、誰とも話できないし、学校にも来れないじゃんかっ」
 「うん、だからガマンしてる。…けど、さっきのはちょっと許せないかなぁ? 相浦がさわったのってどこらヘン?」
 久保田そう言うと、時任のわき腹の辺りに手を伸ばす。
 シャツの下にその手が滑り込むと、時任は小さく声を上げた。
 「く、久保ちゃんっ」
 「ちゃんと教えてよ」
 「…あっ」
 「時任」
 「って、そんなトコ触られてねぇって 」
 「ホントに?」 
 「・・・・・・あっ、やめっ」
 久保田の手は時任の身体をそっとじらすように撫でていく。
 時任は顔を真っ赤にして、その手を避けようとしたが、久保田はそれを許さずに強引に時任のシャツをめくり上げた。
 「いやっ」
 「他のヤツがさわれないようにしてあげるよ、時任」
 久保田はそう言うと、時任の胸やわき腹の辺りにまで唇を這わせていく。
 そうすると、赤い斑点が時任の肌に点々と出来ていった。
 「見えるトコとか、つけんなよ…」
 「どうしよっか?」
 「…んっ…あぁっ、そこはダメだって…」
 「ダメだって言われたら、したくなるなぁ」
 「ば、ばか…」
 時任の甘い声が保健室に響いている。
 だがその時、その声をじっと保健室のドアの前で聞いている人物がいた。

 「入らない方がいいよな、やっぱり…」

 やはり頭が痛かったので、相浦は手当てをするために保健室まで来ていた。
 だが、どう考えても今入るのはマズイ。
 もし入ったら、今度こそ久保田に殺されるかもしれなかった。
 相浦はガックリと首を落とすと、とぼとぼと生徒会室に戻ったのだった。

                          『僕らのワガママ』 2002.5.3 キリリク8877


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