犯人が未だ確定しないまま、パーティ会場の現場検証は警察によって順調に行われていた。
 いくら検証が順調に行われても、証拠と犯人が上がらなければどうにもならない。
 久保田は相変わらず一人で舞台の上や放送室などを一人で調べているようだが、桂木は立ち入り禁止だと注意されてしまっていた。
 それはやはり他の部員達も同じで、じっと検証の様子を見守っているしかない。
 一応、森刑事達と現場には入れたものの、自由に動き回るというわけにはいかなかった。
 桂木はじっと舞台を見つめながら何かを考えるようだったが、相浦や室田はいつもと変わらない様子で雑談をしている。
 その話の内容はやはり、女の子に腕を引っ張られてここから出て行った時任のことだった。

 「なぁ、室田。あの小城の蘭っていう子、時任に何の話だったんだろうなぁ?」
 「さぁなぁ…、俺にはわからんが…」
 「もしかして告白とか?」
 「こ、告白って、今日会ったばかりだろう?」
 「いやいや、恋に時間は関係ないって言うしさ」
 「それでも、告白には早すぎると思うがな」
 「あー、室田は奥手だからなぁ」
 「お、奥手…」
 「まだ松原にちゃんと告白してないんだろ?」
 「う…、あ…、いや、意思表示はしたつもりだが…」
 「好きですっ、付き合ってくださいっ!…って言ったのか?」
 「そ、そ、そんなの言えるはずないだろうっ」
 「・・・・・だろうと思ったぜ」

 そんな風に相浦と室田がボソボソと話をしていると、少し離れた場所から現場を眺めていた松原が、自分の名前が呼ばれているのを聞きつけたのかそばに寄ってくる。
 しかし、二人は話に夢中になっていて、松原が接近してきているのに気づいていなかった。
 
 「僕のこと呼びましたか?」
 「うわぁぁっ!!」
 「ま、ま、松原っ!!!」

 突然、聞こえてきた松原の声を聞いて、驚いた相浦と室田がギャッと叫んで三歩後ずさる。
 その驚き方は、パーティの時のあの爆発の時よりも凄かった。
 話の内容を聞いていたかどうかは不明だが、なんとなく松原の視線が鋭くなっているような気がする。松原は室田のことを認めているとは言え、相変わらず男同士の恋愛を嫌悪していることには変わりなかった。
 なので、さっきのような話を聞かれるのはかなりマズイ。
 それで室田のことを嫌いになることはないかもしれないが、おそらく根性を鍛え直すとかどうとか言って来るに違いなかった。
 「あははは…、元気か松原っ」
 相浦は誤魔化すようにそう笑いながら言うと、松原の肩をポンポンと叩く。
 すると松原は、運良く話の内容までは聞いていなかったらしく、きょとんとした顔をして相浦の方を見た。
 「僕はいつも元気ですよ?」
 「そ、それは良かったぜっ」
 「そういう相浦の方が、顔色が悪いんじゃないですか?」
 「えっ、そうかな?」
 「ちょっと待ってください」
 顔色が悪いと言われて冷汗を浮かべている相浦に、松原はそう言うとゆっくりと手を伸ばした。
 そして手をピタツと相浦の額に当てると、熱がある時にするように松原が体温を見ている。
 するとさっきまではそんなことはなかったのに、背中にゾクゾクっと悪寒が走った。
 「熱はないようですよ?」
 「あ、ありがとな、松原…」
 相浦は松原に礼を言うと、悪寒を感じながらぎこちなく笑みを浮かべる。
 その悪寒は松原のせいかと思っていたが、どうやら手が離れても治らないとなると原因はもっと別にあるらしかった。
 さっきからゾクゾクしているのは背中だけ。
 何かを悟った相浦は、恐る恐る悪寒の原因を探るために後ろを振り返ってみる。
 するとそこには、室田が壁のように暗い影を落として立っていた。
 「ひっ!む、室田…」
 「どうしたんだ、そんな驚いた顔をして」
 「さ、さっき…、殺気みたいなの感じたんだけどさ…」
 「そうか? べつに何も感じないが?」
 「あははは…、気のせいだったみたいだなっ」
 どうやら室田は、相浦に向かって無意識に殺気を放っていたらしい。
 今の室田は何も気づいていない松原と同じように、きょとんとした感じだった。
 きょとんとした二人を前に、相浦は一人で引きつった笑みを浮かべている。
 この時、相浦の脳裏に浮かんでいた言葉は『似たもの夫婦』だったが、その二人に挟まれているといずれ命が危なくなる気がしてならなかった。
 そんな感じで相浦が身の危険を感じていると、聞き覚えのある声が叫んでいるのが聞こえてくる。
 その声は存在感が薄いので今まで誰も気づいていなかったが、実は現場検証が始まってすぐにトイレに行ってしまっていた藤原だった。

 「た、た、大変ですっ!! 小城高校の楢崎がっ!!」

 藤原の叫び声が会場内に響くと、そこにいるほぼ全員が入り口の方に何事かと注目する。
 すると藤原は全速力で走ってきて息切れしたらしく、その場でぜぇぜぇ言いながら俯いて何も言わなかった。そのため、会場内の視線が藤原の頭のつむじ辺りに集中している。
 しばらくその状態が続いたが、しびれを切らせた一人が藤原に向かって突進した。

 「いつまでぜぇぜぇやってんのよっ!! 年寄りくさいわねぇっ!!!」
 「ぎゃあぁぁっ!!」

 いつまでも何も言わない藤原の頭に、桂木のハリセンが炸裂する。
 その威力で藤原は勢い良く床に崩れ落ちたが、今日は本当に慌てていたらしくすぐに復活した。
 息を深くすうっと吸い込んで呼吸を整えると、藤原はまだハリセンを構えている桂木と会場内の人々が見守る中、叫んでいた訳を話す。
 その内容を聞いた桂木は驚いた顔をした後、すぐに会場から出て走り出した。

 「こんなことが二度も起こるなんてっ、冗談じゃないわよっ!」

 そう唇を噛みしめた叫んだ桂木に続いて、相浦と室田、そして松原も走り出す。
 会場内にいた杜刑事や高本刑事も、顔を見合わせてからその後に続いた。
 まさかという思いが誰の胸にもあったに違いないが、いくら藤原でもこんな悪質な嘘をつくとは思えない。それに会場に飛び込んできた藤原の表情は、嘘をついているようには見えなかった。

 「死者が死者を呼ぶ…って、聞いたことはあるけどね」

 そんな会場内の様子を一人舞台の上から見ていた久保田は、そう呟くと慌てずに歩いてゆっくりと舞台から降りる。
 その足取りは重くも軽くもなく…、ただ静かに出口に向かっていた。
 大島社長の事件はまだ解決していないが、楢崎のことが何か事件に関連がないとは言い切れない。
 しかし今までに調べたそのバラバラに見える点すら、まだ一つも線で結べていなかった。
 事前に届いていた脅迫状と、舞台の上で矢に打たれて死んだ大島社長。
 そしてテーブルの下に置かれたボーガンと爆破の音声テープ、爆発による停電。
 舞台の上にある傷、ゴミ箱に捨てられていた何かのコードと備えつけられていた撮影用のカメラ。
 不自然なことの多すぎるこの事件をある程度、頭の中で整理はしていたが、やはり一番気になっているのは社長の死んでいた位置と床の傷だった。
 
 「わざわざパーティー会場で殺したワケってのも、気になるんだけど…」

 そんな風に呟きながら、久保田が呆然としている藤原の横を通りすぎようとする。
 するとハッと我に帰った藤原が、立ち上がって久保田の腕に自分の腕を絡ませてきた。
 振り払うのも面倒なので放っておくと、藤原は何かを思い出したように小さく笑う。
 けれどその理由は、さっきまで叫んでいた楢崎のことではなかった。
 「僕がトイレから戻らなかったのにはワケがあるんですよ、先輩」
 「ふぅん、そう」
 「トイレから出た時、小城の蘭っていう子と二人で会場を出て行く時任先輩を見たんです。それで二人の後をつけてたんですよ」
 「・・・・・・・・」
 「そしたら二人はどこに行ったと思います?」
 「さぁ?」
 「二人で時任先輩の部屋に入っちゃったんですよねぇ。なにするつもりか知りませんけどっ」
 「へぇ…」

 「並んでるとお似合いですよね、あの二人。僕と久保田先輩みたいに」

 藤原の話にいい加減な返事をして受け答えをしながら、久保田は楢崎がいる社長室に向かって歩いている。しかし時任の話だけはちゃんと耳に入っていて、自分でも気づかない内に瞳が少しだけ沸き起こってくる不快さを写してしまっていた。
 この話が本当なのかどうなのか、まだ判断はつかないし、一緒に時任の部屋に入ったからといって何かあったと考えるのは短絡過ぎる。けれど時任に対する独占欲から滲み出してくる、この不快さだけはどうしようもなかった。

 信じられないのかとか…、余裕がなさすぎると言われてたとしても…。

 久保田はふーっと軽く息を吐くと、人の声が響いてくる社長室の前に藤原に腕を取られたままで立つ。しかしこの社長室はミステリーツアーに使われていた方ではなく、本当に使われている社長室の方だった。
 壁を挟んで同じ造りになっている部屋だが、今は前に見た時と違って両方が殺人現場になってしまっている。

 ついさっきまで元気に歩きまわっていた楢崎は、まるでミステリーツアーに出てくる社長のように机の上で息絶えていた。

 しかし死因は頭から血を流しているので、おそらく頭部を強打されたことによるものに違いない。
 カッと見開かれた楢崎の瞳が最後に何を見たのかはわからないが、苦しんで死んだのかその形相は凄まじかった。
 凶器はおそらく高本が持っているブロンズで作られた飾りのついた重そうな時計。
 その時計の一部には楢崎のものと思われる血痕が付着していた。
 
 「一日に二つも殺人事件なんて、冗談じゃありませんよっ」
 「くそぉっ、今度はツアー客か…」
 「関連性はないように見えますけどね」
 「だったら、なんでこんな所で死んでるんだっ、コイツはっ」
 「さぁ…、そればっかりは僕にも…」
 
 杜刑事と高本刑事は、そんな風に話しながら二つ目の殺人の現場検証をしている。
 そこに足を踏み入れた久保田は自分が腕に藤原をくっつけているように、蘭に腕を取られて立っている時任を見つけた。
 時任はまだ久保田が来たことに気づいていないらしく、ショックを受けている蘭を優しく言葉をかけながら慰めている。その様子は藤原が言っていたように、とても似合っていて恋人のように見えた。
 たぶん何も知らない人が見れば、時任と蘭、そして久保田と藤原が付き合っていると思うに違いない。しかし久保田は自分のことは頭になく、時任の方ばかりをじっと見つめていた。
 蘭と恋人みたいにしている時任の方を…。
 するとそれに気づいた藤原が意地悪そうな笑みを浮かべて、さらにぎゅっと久保田にしがみ付く。そして時任に聞こえる大きな声で、挑発するようなことを言った。

 「時任先輩って、案外手が早いんですねぇ。ツアーはまだ途中だったのに、もう彼女つくっちゃってますよ?」

 その声を聞いた時任は、慰めていた蘭から藤原の方に視線を移す。
 そうしてから次に、藤原に腕を取られている久保田の方を見た。
 時任は一瞬、いつものように藤原を追い払いに行こうとしたが、ハッとしたように再び蘭の方を見る。今の腕を取られている状況では、藤原を追い払うには蘭を腕から離れさせなくてはならなかった。
 時任は何かを迷っているようだったが、やはり蘭を振りほどかない。
 そんな時任を久保田がじっと見つめていると、時任はらしくなくその視線に気づいていながらも、視線を合わせようとはしなかった。

 「ほんっとに仲良さそうですよねぇ、あの二人」

 久保田はまだ時任に向かって言い続けている藤原から、珍しくするっと自分から腕を抜き取ると、刑事たちのいる場所まで歩み寄る。
 現場には時任達の他に、小城の残りの4人も誰かが連絡したのか来ていた。
 五月は床にうずくまって泣いているようだったが、楓は血を流して死んでいる楢崎を見ながら平然としている。残りの梶浦と野瀬は何も言わずに、部屋の隅から刑事のすることを眺めていた。
 高本刑事は久保田が現場を眺めながら歩いて行くと、手帳に色々書き込みながら話し始める。
 それは久保田に向かって言っているのか、誰に向かって言っているのかは不明な感じだった。

 「被害者の名前は楢崎一馬、17歳。小城高校の三年生で、今回のミステリーツアーに参加していた一人です。そして発見当時、現場はドアにも窓にもカギがかかっていて完全な密室になってました。ここを開けたのはフロントにいる従業員の長谷部さんで、第一発見もこの人ですね。けど、ここの様子がおかしいから開けて確認するように頼んだ人がいるという話です。まだ確認は取ってませんが、ツアー参加者の女の子だったらしいですね…。楢崎の死因は頭部の強打されたことによる脳挫傷。凶器は被害者の足元に落ちていたこのブロンズの置時計です…」

 そこまで一度に言い終えると高本刑事は、そこでいったん言葉を切って呼吸する。
 そして続きを言おうとしたらしいが、その瞬間、今まで黙って聞いていた楓が軽く手をすっと前に一歩だけ出た。
 楓は泣き崩れている五月を冷たい瞳で見下すように見ると、次に時任と一緒にいる蘭の方に視線を向ける。その視線は五月を見る以上に、なぜかとても冷たかった。

 「フロントに、この部屋の様子を見るように言ったのは私よ」
 「えっ、君が?」
 「そうよ」
 「じゃあ、詳しい事情を聞かせてくれないか?」

 警察手帳を片手に立っている高木刑事が楓に向かってそう言うと、楓は蘭と時任に向かってニッと笑いかけると自分がフロントにカギを開けるように言ったかを話し始める。
 その内容は、冷たく見つめている瞳が物語っているようにやはり良くない話だった。

 「私は事情徴収が終って部屋に戻ろうとしたんだけど、なんとなく海がみたくなって隣りの部屋にあるミステリーツアーの現場に行くことにしたのよ。そして隣りの部屋で海を眺めていたら、隣りの部屋から何かが壊れるような物音がしたわ。誰かが言い争うような声も…」

 楓の話では隣りの部屋で海を見ていたら、隣りの部屋から何者かが言い争っているかのような声や物音が聞こえたとのことだった。
 始めは自分はただのツアー客なので放っておこうと思ったらしいが、どうも尋常な様子ではないので隣が気になり始めたらしい。
 それでドアを開けて廊下に出て、隣りの様子を伺おうとしたと楓は話した。

 「ドアを開けた瞬間、いきなり隣りが静かになったから…、不思議に思ってドアを少しだけ開けて廊下の様子を見ていたのよ。そしたら隣りの部屋から、人が逃げるように飛び出してくるのが見えたわ」
 「そ、それでっ、その人の特徴はっ!」
 
 犯人らしき人物の目撃証言が取れそうなので、杜刑事がそう言って楓に迫る。
 すると楓は杜刑事を軽く睨んでから、ゆっくりと腕を上へと持ち上げると人差し指でまるで罪を弾劾するかのようにある人物を指差した。

 「隣りから出てきたのは貴方よ、蘭っ!」

 楓に指差された蘭を時任が見ると、蘭は絶句したようすで少し震えながら腕を掴む手に少し力を込めてくる。けれどその表情は複雑で、何を思って感じているのかはわからなかった。
 

                    
『降り積もる雪のように.10』  2002.12.18 キリリク7777

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