執行部員は学校にいる限り、腕に腕章があろうとなかろうと執行部だということがついて回る。それは部員であれば誰でも例外はないが、いつも目立っている久保田と時任の場合は特に放課後以外も出動する割合も頻度も高かった。 二人はコンビということで一緒に出動することになっているが、ごくたまに別々の場所にいるために一人で出動ということもある。今日もちょうどそんな時で、セッタをふかしながら廊下を歩いていた久保田は偶然中庭で公務をしている時任を見つけた。 校則違反を犯したらしい不良は四人いたが、たいした相手じゃなかったので時任は絶好調な感じで蹴りや拳を繰り出している。 久保田は廊下の窓を開けると、ふーっと煙を吐き出しながら窓枠に肩肘をついた。 「クソッ、この野郎っ!!」 「いつも執行部ってだけで、いばりくさりやがってぇっ!!」 「俺様の相手をするなんざぁ十億年早ぇんだよっ!」 「おいっ、お前はそっちに回れっ!」 「てめぇらの攻撃はワンパすぎて、見え見えなんだっつーのっ!!」 「ぐおぁっ!!」 不良達は同時に攻撃して挟み撃ちにしようとしていたらしいが、時任がその動きを完璧に読まれてしまっているので、あっと言う間に全員が地面に倒れる。 その蹴りは久保田のいる窓から見ていても、鮮やかで見惚れるほど綺麗な曲線を描いていた。時任は動きか派手なのでかなり目立つのだが、それよりも人の目をひきつけているのは、蹴りよりも鮮やかな表情で…。 不良四人を前にしても、とても楽しそうに生き生きとした顔をしている時任の姿は、思わずそれに見惚れて立ち止まる生徒が出るほど印象的だった。 久保田は時任を見ながら口元に苦笑とも取れる笑みを浮かべていたが、ふいにその横から聞き覚えのある声がかかる。 しかしその声を聞いても、久保田は窓の外の時任から視線をはずさなかった。 「ここから見てるだけで、加勢には行ってあげないんですか?」 「必要ないっしょ」 「本当に相方である時任君のことを、信頼してらっしゃるんですね」 廊下を通りかかった生徒会副会長の橘は、じっと窓から時任を眺めている久保田を見てそう言った。しかし久保田は最後の問いには答えずに、少し目を細めると吸っていたセッタの灰をポンッと携帯用灰皿の中に落としてからまた窓枠に膝をつく。 その様子を見ていた橘は、久保田に妙なことを言った。 「今の貴方は、まるで時任君が戦っている相手に嫉妬しているように見えます」 橘の言葉を聞いた久保田は、口の端をつりあげて表情の読めない笑みを作ると時任から視線をそらして横を向く。 そうしている間も、相方である久保田抜きの時任の戦闘は続いていた。 弱い相手ながらも四人いるとさすがに、なかなか全員を倒すのは難しい。 久保田は時任の元気な声に耳をすませながら、橘の前で自嘲するように小さく笑った。 「戦ってる相手に嫉妬…、ねぇ?」 「僕の言うことは間違ってますか?」 「…いんや」 久保田があっさりと嫉妬してるのを認めたことに、驚いて橘がわずかに目を見開く。 しかし、すでに久保田の視線は橘から離れていた。 まるで時任にしか興味がないというように…。 自分が相手にされていないことを知った橘はらしくなく少し口元を歪めたが、久保田の視線と同じ方向を見つめ始める。だがやはり久保田の視線の先にいる時任は、窓から見ている久保田にも橘にも気づいてはいなかった。 戦いは終盤に差しかかり、四人の中のリーダー格の不良だけが時任の前に残る。 すると、時任はなぜか誰もいないはずの隣にチラッと見る。 その様子を見た橘は、何かあるのかと時任の隣を見たがやはりそこには何もなかった。 「どうかしたんでしょうか?」 橘は久保田に向かってそう問いかけたが、その時、すでに久保田は吸っていたセッタを揉み消して廊下を歩き始めている。 そして、やはり向かった先は戦っている時任の所だった。 時任は殴りかかってくる不良に一発蹴りを入れると、体制を整えて再び蹴りを繰り出そうとする。しかし相手の攻撃の方が早かったので、時任の頬を鋭い拳がかすめた。 「動きが鈍くなってるぜっ、時任!!」 「うっせぇっ! わざとに決まってるだろっ! てめぇにハンデやってるだけだっ!」 「強がってんのが見え見えなんだよっ!」 「なんだとぉっっ!!」 不良の言っているように、時任の動きはさっきよりも少し悪くなっていた。 四人と戦って疲れたのかもしれないが、それにしては少し妙である。 時任は軽く舌打ちすると不良に向かって拳を打ち込もうとしたが、それより先に不良の顔面に何者かの拳が突き刺さった。 「ぐごぁぁっ!!」 「一人相手に四人ってのは許せないよねぇ?」 「・・・・・く、久保田」 「腐った根性は治らないだろうから、いっそのこと死んじゃいなよ」 時任の蹴りと違って、久保田の蹴りは最小限の力で相手を倒すために繰り出されるため動きはだが、確実に急所をついているため威力は通常よりもかなり強い。 容赦ない久保田の蹴りを食らった不良は、声を上げる暇もなく後方に吹っ飛んだ。 それを見ていた周囲の女子生徒達の間から悲鳴が聞こえてきたが、久保田は倒れた不良の背を向けると時任に向かって腕を伸ばす。 そして嫌がっている時任を、無理やり自分の腕の中に抱き上げた。 「わっ、な、なにすんだよっ、久保ちゃんっ!」 「なにって、保健室に連れてこうと思って」 「なんでケガしてねぇのに、あのクソババァのトコに行かなきゃなんねぇんだっ!」 「ケガはしてるでしょ?」 「無敵で最強の俺様が、あんなヤツラ相手にケガするわけねぇだろっ!」 強引に運んで行こうとする久保田の背中を、バシバシ叩きながら時任が暴れている。 しかし、久保田は平然とした様子で時任を両手で抱き上げたまま保健室に向かって歩き出した。 すると別な意味での悲鳴があちこちからあがったので、その声に時任の顔が真っ赤になる。 そんな時任を見た久保田は、軽く時任の髪にキスを落とした。 「ケガさせられたんじゃなくて、最初から足くじいてたんでしょ?」 「・・・・・・・うっ、なんで知ってんだよっ」 「俺はね…、お前のコトなら何でも知ってんの」 「ウソばっかっ、どうせ見てたんだろっ」 「さぁねぇ?」 疑っている時任にそう答えながら、久保田は校舎の中に入る。 廊下を歩いて保健室に向かう途中でまだ窓の場所にいた橘とすれ違ったが、じっと見つめてくる橘に久保田は何も言わなかった。 橘はそんな久保田の背中を見送りながら、軽く息を吐くと開いていた窓を閉める。 廊下は外の冷気が入って来て、かなり寒くなってしまっていた。 「なるほど…、あの視線はそういう意味だったんですね…」 誰もいなくなった廊下で橘はそう呟くと、冷たい空気の中に白い息を吐く。 おそらく、実際にあの時には隣にいなかったが、時任の視線は久保田を見ていたのだということに橘は気づいたのだった。 久保田は嫉妬していることを認めたが、実は足をくじいていていながらそれを押し隠して戦っている時任をじっと見守っていたのである。時任が救援信号を出すまで…。 そんな久保田が時任を見つめながら何を思っていたか、それは橘にはわからなかったが…。 この二人のコンビが最強であることだけは、実感として感じていた。 「まったく…、貴方にはかないませんよ」 そう言った橘の言葉が久保田に向けられたものなのか、それとも時任に向けられた言葉なのかは本人にしかわからない。 橘は騒がしい保健室の前を通り過ぎると、生徒会本部に向かって歩き出した。 「い、いてぇつってっだろっ、このオカマっ!」 「久保田君に頼まれてなきゃ、あんたみたいなクソガキの手当てなんかしてないわよっ!」 「なにぃっ!!」 「おとなしく手当てしないと、ウチまで抱っこして運ぶよ?」 「そ、それだけはイヤだっ!ぜってぇっ、イヤだっ!」 「そう?」 「あんな単細胞なんかほっといて、アタシのことウチまで運んでくれないかしらぁ〜。運んでくれたら特別サービスしちゃうわよぉっ」 「遠慮しときまーす」 「あらぁ、残念っ」 「当たり前だっつーのっ!」 結局、抱っこはまぬがれたものの、時任は久保田の背中に背負われて帰ることになった。 病院に行くほどではなかったか、やはり時任の足はかなり腫れていたのである。 背負われたままの時任は下校途中の生徒達の視線を浴びて自分で歩くとかなり嫌がっていたが、マンションの近くになると、久保田の肩に額をくっつけて目を閉じていた。 「久保ちゃん…」 「ん?」 「公務してる時、ずっと見ててくれてサンキューな」 「知ってたんだ?」 「久保ちゃんのことなら、なんでも知ってっから…」 「…うん」 マンションの鍵を開ける頃には、暴れ疲れたのか時任は眠ってしまっていた。 そんな時任を背負った久保田は眠ると重くなるんだけどなぁと言いながらも、その重さを愛しむように柔らかく微笑む。そしてポケットから鍵を取り出してドアを開けて中に入ると、久保田は小さく誰もいない部屋に向かってタダイマを言った。 すると眠っていたはずの時任が、むにゃむにゃと寝ぼけながら久保田の背中からオカエリを言う。 それを聞いた久保田は、小さく笑いながら片手で時任の頭を撫でた。 「隣にいる俺を呼んでくれてアリガトね…」 時任は久保田に頭を撫でられて、気持ち良さそうに寝息を立てている。 その寝息を聞いていると足に巻かれた白い包帯は痛々しかったが、それでも部屋の中に何か暖かいモノが満ちていくような気がした。 それはたぶん時任から伝わってくる、体温にも似た温かい存在とその気配で…。 久保田はそれを感じながら、二人きりの部屋に明かりをともした。 |
2003.1.23 「君の隣に」 *荒磯部屋へ* |