3月13日。

 生徒会室の窓からぼ〜っと外を眺めながら、久保田誠人は珍しいことに、ほんのちょっと悩んでいた。それというのも、ついさっき明日がなんの日だか知ってしまったからである。

 「もらうのはうれしいんだけど、お返ししなきゃならないってのがなぁ」
 「お前、それはぜーたくな悩みってもんだぜ」
 久保田には負けるが、同じ執行部の松原もそれなりにバレンタインにチョコをもらっていた。
 どれくらいの数かは知らないが、松原は律儀にお返しをするらしい。
 ホワイトデーのプレゼントを何にするか話している、松原と相浦の会話をなんとなく聞いた久保田は、相方である時任のことを思い出した。
 (そーいえば、今年のバレンタインはもらったんだよなぁ)
 一月前のバレンタイン。
 時任は久保田のために一生懸命チョコを作ってプレゼントしてくれた。
 こういう行事にとことん無頓着な久保田だったが、真っ赤になってるかわいい時任を見て、たまにはこういうのも悪くないなぁと思ったのだった。
 今までバレンタインチョコはたくさんもらったが、お返ししようとかそんなことは思ったことも考えたこともない。けれど、相手が時任となると話はべつである。
 しかし、今まで誰かに何かプレゼントしようと思ったことなどないので、何をどうしたらよいのか見当もつかなかった。
 松原と相浦の話を聞いていると、特に何をプレゼントしなくてはならないと決まっていないみたいだから、何をプレゼントするか自分で考えなくてはならない。
 (プレゼント、ねぇ…) 
 時任がもらって喜ぶもの。
 (やっぱなんか食いモノ系とか?)
 あまりにも安直すぎる。
 毎日ゴハンは食べさせてるから、あまりプレゼントって感じはしない。
 よくよく考えてみれば、久保田の知ってる時任の好きなモノっていうのは、そのほとんどが食べ物だった。
 (あとはゲームとか?)
 ゲームなら毎日やってる。
 新作が出たら、久保田からお小遣いをもらって時任が自分で買いに行くから、たぶん好きなゲームは家にそろってる。
 久保田は小さくため息をついた。
 (…なんだかねぇ)
 プレゼント何にしようなんて悩んでる自分に苦笑すると、久保田はゆっくり椅子から立ち上がってドアに向かった。
 「どこ行くんだよ?」
 一人でゲームに没頭していた時任がそれに気づいて声をかけてくる。
 久保田は画面を見つめたままの時任の方を見ると、ドアをガラッと開けた。
 「ん〜、ちょっとね」
 「ふーん」
 なんとなく、ちょっと拗ねてるような言い方。
 こういう時は、なんでもないフリしててもかなり気にしてる。
 久保田はそれをわかっていながら、時任を連れずに生徒会室を出た。




 「どーも、先生」
 「あらぁ、いらっしゃいっ。来てくれてうれしいわぁ」
 久保田の向かった先は保健室。
 つまり、五十嵐のところだったのである。
 こういう行事になれてそうというか、ただ単にバレンタインの時の仕掛け人が五十嵐だったので来てみただけなのだった。
 「ちょっと先生に聞いてほしいコトあるんだけど?」
 そう言うと、久保田は相談に訪れる生徒用の椅子に腰かける。
 すると五十嵐は、楽しそうな顔でウィンクしたみせた。
 「もしかして、ホワイトデーのプレゼントでしょ?」
 「さすがは保健室の先生。するどいなぁ」
 「君がココに来るときって、いつも時任君がらみなのよね。気づいてた?」
 「初耳ですよ」
 最強コンビといえど、毎日公務をしていれば多少の怪我はする。
 自分がケガした時はなんの手当てもしないくせに、時任がケガをした時だけは強引に保健室に連れて来ていた。
 傍目から見れば、かなりの過保護である。
 久保田はいつでも時任のことしか見ていなかった。
 「でもさぁ。君がこういうコトで悩むようになるとはねぇ」
 「そんなに以外っすか?」
 「まぁね。けど、いいんじゃない、それで」
 五十嵐の言葉に、久保田は無言で微笑んでいる。
 時任が自分の隣に並ぶようになってから、自分のコトにしてもなんにしても、わからないことだらけだった。
 時任に何かあるたびに感情の波が久保田のココロを襲う。
 そうしている内に、いつの間にか時任を抱きしめて放したがらない自分に気づいた。
 「時任君にも言ったんだけど、プレゼントなんてなんでもいいんじゃない? 何あげても時任君はよろこぶわよ。それに、時任がどんなヤツかって考えたら、プレゼントなんてすぐに決まると思んだけどな」
 「…時任はああ見えて、物欲ってのがあんまりないから」
 時任はどんなヤツ?
 そう聞かれたらたぶん答えられない。
 けど、プレゼントもらったら、何をくれたかよりもくれたヒトの気持ちを大事に想うようなヤツだってことはわかる。
 どんなに高価なモノを贈ってもきっとよろこばない。
 もしかしたら、そんなモノを贈ったら逆に怒られるかもしれない。
 実際、時任は久保田にあまりモノをねだったりはしなかった。
 ねだってもせいぜい新発売のお菓子とか、ホントにやりたいって思ってるゲームくらい。
 服だって、首のトコ伸びちゃっても気にしないでそのまま着てるし、ジーパンだってずっと同じの履いてる。カレーだって、文句言いつつちゃんと食べてくれた。
 ワガママなようで、ワガママじゃない。
 けど、ガマンしてる感じでもない。
 そんなことを考えていると、自分の部屋に強引に時任を連れてきた時のコトを思い出した。
 「サンキュー、先生。プレゼント決まったから」
 「あらそう?」
 久保田は五十嵐に礼を言うと、保健室を後にした。




 次の日。
 公務が終わってから、久保田は帰る方向とは逆の方向へと歩いていた。
 しかもけっこう歩調が早い。
 「久保ちゃんっ、久保ちゃんってばっ!」
 「なに?」
 「ドコ行くんだって、さっきから聞いてんだろっ」
 「さあねぇ」
 スタスタ歩いて行く久保田に遅れないように文句言いながらも時任は着いて来てる。
 帰りに寄りたいトコあるからと言ったっきり、久保田は時任にドコに行くともなにをしに行くとも言っていない。時任は文句言いつつも、帰ったりせずに久保田の横に並んで歩いていた。
 「ったくっ、しょうがねぇなぁ」
 頭をガシガシ掻きながら時任がそう言うのを、久保田は微笑しながら聞いた。
 そう、時任はちゃんと久保田の横に並んでいてくれていた。
 自分のペースじゃなくても、ちゃんと歩調を合わせてくれてる。
 一緒に歩くには、お互いのペースに合わせなきゃならない。どちらか一方だけでは、疲れて歩みがそろわなくなってしまうから。
 「こっちに曲がるよ」
 久保田が路地裏へと曲がると、時任も曲がる。
 二人はあちこちにゴミが散らばってる汚い道を歩いた。
 「久保ちゃん、ココって…」
 「うん」
 「なんで?」
 「なんとなくね」

 ここは久保田と時任が始めて出会った場所。
 ここからすべてが始まった。
 運命なんてコトバは似合わない。
 これはたぶん、ココロの引力。
 欠けたココロが求めるカタチ。
 それは時任っていうカタチをしてたってそれだけのコト。

 久保田は立ち止まると、時任に向き直った。
 「今日は世間様ではホワイトデーっていう日だけど知ってる? 時任」
 「…知ってる」
 何かを思い出したかのように、時任が目を伏せる。
 久保田は時任の頬を両手で包んで、顔を自分の方に向けさせた。
 「俺は、時任にあげられるモノ何も持ってない」
 「・・・・・」
 「時任が何もらったら一番うれしいかもわかんないし、わかっても何もしてやれないかもしれない。今も、これからも」
 綺麗に澄んだ瞳が、真っ直ぐ久保田を捕らえている。
 久保田は自分の額を時任の額にくっつけた。
 「ケド、俺にあげられるモノがあるなら、それを全部時任にあげる」
 「久保ちゃん…」
 「もらってくれる?」
 時任はゆっくりと目を閉じて、久保田の頭を抱え込むように手を伸ばす。
 そしてその手は、優しく久保田の頭を撫でた。
 「俺はさ。久保ちゃんからいっつもいっぱい色んなモノもらってんの。だからさ、あんまりもらうと入りきらなくなるじゃん」
 頭を撫でる感触と聞こえてくる声が気持ち良くて、久保田も時任と同じように目を閉じる。
 時任は幸せそうな微笑みを浮かべていた。
 「久保ちゃんは俺の隣にいんのが当たり前。だから、久保ちゃんが持ってても、俺が持ってても同じコトだろ?だから、久保ちゃんが持ってればいいんだから、もらう必要ねぇよ」
 「…そーかもね」
 もどかしい気持ちを伝え合うかのように、どちらからともなく口付けた。
 抱きしめ合って、たくさんたくさんキスをして、あふれそうな気持ちを唇に乗せる。
 キスの温度が想いを告げてた。

 「帰ってから続きしようね」
 「うん…」

 帰る場所は同じ場所。
 一緒に寝て起きて、食べて、テレビ見て、時間と空間を共有する。
 その時間と空間はとても愛しくて、失えないものだ。
 
 「手ぇつなごうか?」
 「イヤだっ」
 「そんなコト言わずにさ」
 「制服着て、んな目立つコトできるわけねぇだろっ、バカっ!」
 
 久保田と時任は笑い合って、じゃれ合いながら我が家へと帰っていった。


 
 このままホワイトデーは終わるかと思われたが、部屋に戻って夕飯食べて、時任がお風呂に入った後、事件が起こった。
 
 「なっ、なっ、なんだよコレー!!」
 部屋に絶叫が木霊する。かなり近所迷惑な声だった。
 トランクス一枚でリビングに飛び込んできた時任を前に、久保田は平然とした顔で、
 「ああ、それは通販で買ったの」
 と、言った。
 口をぱくぱくさせながら、時任が持っているモノは、ピンクのびらびら〜っとフリルの着いたワンピース。しかも、スカートはミニだった。
 久保田は時任がフロに入っている間に、着替えとソレをすり替えたのである。
 「ホワイトデー用に買ったんじゃないケド、一応プレゼントってコトで」
 「…まさか、コレを俺に着ろってのか?」
 「うん」
 即答した久保田に、時任はわなわなと身体を震わせる。
 だが、当たり前だが、うれしくて感動しているわけではなかった。

 「てめぇが着ろっての〜!!!!」

 一階まで聞こえそうな絶叫が響く。
 久保田は方耳を押さえながら、
 「かわいいと思うんだけどなぁ」
と、呟いていた。
 

 ほしいモノとか、買いたいモノとか、そういうのはたくさんあるかもしんないけど、やっぱり一番ほしいものはお金じゃ買えない。
 だって、君に値段なんてつけられないから。


                                             2002.3.14
 「君のためにできること」


                     *荒磯部屋へ*