自分の部屋の前に立つと、俺は自分ではドアを開けずにチャイムを鳴らす。 　ホントはポケットの中に鍵が入ってるケド、それで開けることはあまりない。 　ソレは、最近出来た習慣。 　このドアを開けてくれる誰かがいるコトを確認するみたいに、俺はここに立つたびにチャイムを鳴らす。 　「もうっ、いいかげん自分で開けろってのっ」 　そんな風にぶつぶつ言ってても、時任はちゃんと開けに来てくれる。 　 　「ただいま、時任」 　「おかえり、久保ちゃん」 　 　ただいま、おかえり。行ってきます、行ってらっしゃい。 　おやすみ、おやすみなさい。おはよ、おはよう。 　いつもする何気ない挨拶だけど、実はコレって全部対になってるんだよねぇ。 　まるで木霊みたく、返ってくること前提で言うコトバ。アイサツ。 　それは相手がいなくちゃできないコトだから、この部屋で俺が一人きりだったら、絶対にできないコト。 　日常に溶け込んだ当たり前のトクベツ。 　そんな風にアイサツ繰り返して、俺は時任がいる日常を当たり前のトクベツにしようとしてるのかもしれない。 　 　「何、いきなり抱きついてんだよっ！」 　「ん〜、外寒かったからさ」 　「人をカイロがわりにするなっつーのっ！」 　「キモチいいのに」 　「よっ、よせって。久保ちゃんってばっ」 　玄関でいきなり抱きしめたら、時任は真っ赤になって怒鳴ってた。 　でもさ。本当にキモチいいんだよね、時任の体温。 　抱きしめて眠ったらもっと気持ちよさそうだけど、これはちゃんと実験済みだったりする。だから、キモチ良さそうじゃなくて、キモチいいに訂正。 　「寒いからあっためてよ」 　「久保ちゃんのスケベ」 　「男はみんなそうなの」 　「ウソばっかっ。俺も男だけど違うし」 　「コトバと身体が食い違っちゃってるよ？」 　「久保ちゃんがヘンなことするからだっ！」 　 　ちょっと痩せ気味の身体も、長い手足も、細い首筋も、甘い唇も、すべてが今は手の届く場所にある。 　だから俺は、その存在を確かめるように毎日、毎日触れる。 　まるでアイサツでもするかのように。 　 　「キモチいい？」 　「聞くなっ、バカ・・・」 　時任が俺のそばにいるのは、当たり前でトクベツ。 　けど、当たり前が当たり前じゃなくなったら？ 　なんて、そんなことが頭をよぎらないワケじゃない。 　だって、人間生きてると、何が起こるかわかんないっしょ？ 　　 　「んっ、どしたの？　久保ちゃん」 　「・・・なんでもないよ」 　「なんでもなくない目してた」 　「時任が言うならそうだろうね」 　「そお、俺様が言うならそうなの」 　愛しい君を俺の全細胞が記憶するくらい抱き合って、君に俺を刻んで。 　唐突に終わるかもしれない明日よりも、今日を生きよう。 　 　「明日になるまで愛しあってようよ」 　「いっ、今からどんくらい時間あると思ってんだよっ。むちゃくちゃいうなっての！」 　「大丈夫。ゆっくりするから」 　「ゆっ、ゆっくりって・・・それに、なんで明日なんだ！？」 　「明日を今日にしたいから」 　「そんなんほっといてもなるじゃんか〜」 　明日になったら、またアイサツしよう。 　君がそばにいることが当たり前だって、それが証拠だから。

2002.2.14 　「君のいる部屋」 　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　*ＷＡ部屋へ*