授業終了のチャイムが鳴ると同時に窓側の方を向いたら、のほほんとした様子で久保ちゃんが伸びしてた。授業中はほとんど寝てるけど、チャイムが鳴ると久保ちゃんは自然に起きる。 だから、寝ててもやっぱ熟睡してるワケじゃなかった。 たまには自分でノート取りやがれっとか思いつつ、俺はカバンにノートとか教科書とかをしまってから、久保田ちゃんの机のトコまで行く。 今はもう放課後だから、これから公務に行かなきゃならなかった。 「久保ちゃん、行くぞっ」 「ん〜、今日は先に行っててくんない?」 「なんでだよ?」 「ちょっと用事あるから」 「また、松本にでも呼ばれてんのか?」 「ま、そんなトコ」 久保田ちゃんは寝起きのちょっとボケた顔でそう言うと、荷物を持ってイスから立ち上がる。 そして軽く俺の肩をポンッと叩いてから、そのまま教室を出て行った。 少しだけ妙な感じがしたけど、後から来ると言ったからそのまま見送る。 そうしてから、俺は一人で生徒会室に向かった。 「…マジで寒っ」 カバンを持って廊下に出ると、教室と違って暖房が効いてねぇからからかなり寒い。 実は今日の朝、起きてからベッドでもぞもぞしてて遅刻しかけた。 今日はマジでギリギリでヤバかったよなぁ…とか思いながら一人で廊下を歩いてっと、ちょうど階段からあがってきた藤原が見える。 さっさと行きやがれと手を軽くシッシッと振ったら、藤原が急に立ち止まってこっちを向いた。 「あれっ、今日は一人なんですか?」 「久保ちゃんは後からくんだよっ」 藤原は一人ってトコをイヤミなカンジに強調して、同じくイヤミなカオしてそう言う。 なんかムカツいたけど、久保ちゃんがいないのはホントだった。 だから言い返さずにドアを開けると、先に来てた桂木が俺の顔を見て横を見る。 なにが言いたいのかすぐにわかったから、言われる前に言ってやった。 「久保ちゃんは用事」 「もしかして本部?」 「…たぶんなっ」 「機嫌悪そうじゃない?」 「…んなことたぁねぇよっ」 「ならいいけど、また備品とか壊さないでよねっ」 「うっせぇっ」 べっつに久保ちゃんは後で来るんだし、問題なんかなんもないのに…。 久保ちゃんのコトばっか気かれっと、なんかイライラしてくる。 なかなか来ないなぁとか…、なにやってんだとか…。 さっきまでなんとも思ってなかったのに、そう思ったらムカムカしてきた。 「なにイライラしてんのよ?」 「してねぇっつーのっ!」 「思いっきりカオに出てんじゃないっ」 「そんなの知るかっ!」 原因はハッキリしてるようで、ハッキリしてない。 だからなのかもしんないけど、イライラとムカムカが止まらなかった。 いくら時計を見てても…、見回りに行かなきゃならない時間になっても…、後で来るって言ったクセに来なかったから…。 なんとなく机の一個ぐらい壊してやろうかって気になった。 けど、さすがにそれはマズイからしないでいると、桂木がため息をついて相浦に声をかける。 やっぱ久保ちゃんがいなくっても、見回りを休むワケにはいかなかった。 「相浦っ、時任と見回りに行ってくれる?」 「あー、悪いっ。今日は月末の帳簿締めしなきゃならないからパス」 「なら、室田。あんたが行ってくれない?」 「ゴホッ、ゴホッ…」 「・・・・・そう言えば、激しく風邪ひいてたわよね」 「…ず、ずまないっ」 「それじゃあ、松原って…、いないじゃないっ。一体、どこに行ったのよっ」 「あいつは剣道部に行くって行ってたぜ。 なんか鍛え直すとかどうとかって…」 「だったら、今日の見回りは・・・・・・」 そう言った桂木が藤原の方を見たから、なんかかなりイヤな予感がした。 いい予感ってのはあまり当たらねぇけど、イヤな予感ほど良く当たるってヤツで…。 桂木は今日の見回りを藤原に向かって命令する。 けど、見回りなんか俺一人で十分だしっ、久保ちゃんが後からくるかもしんねぇから、藤原なんかと行くつもりなんかなかった。 「見回りは、俺一人で十分に決まってるだろっ!」 「十分なワケないでしょ、見回りは二人一組って気まってんのよっ」 「そんなん知るかっ!」 「ちょっと待ちなさいっ!」 「そんじゃ、見回りに行ってくっからっ!」 「藤原っ、アンタも行くのよっ!!」 「えぇぇっ、時任先輩となんてイヤですよっ!」 「つべこべ言わずに、さっとと行くっ!!」 「いてっ!!」 俺は一人で行くつもりだったのに、藤原が桂木にどやされて後ろから走ってくる。 走って振り切ってやろうかって思ったけど、そこまでするのもメンドいから、そのままほっとくことにした。 けど廊下を藤原と並んで歩くと、やっぱなんかヘンなカンジがする。 それは藤原も同じみたいで、俺の方を見てなんかヘンなカオしてた。 …って言っても、藤原の顔がヘンなのはいつものことだったけど…。 「なんでアンタなんかと、見回りに行かなきゃなんないんですかっ」 「それはこっちのセリフだっつーのっ」 「あーあっ、どうせなら久保田先輩と行きたかったっ」 「誰がてめぇとなんか見回りに行くかよっ」 「アンタには言ってませんっ」 「殴るぞっ、てめぇっ」 「野蛮人っ!」 「ブサイクっ!」 久保ちゃんがいなくても、藤原はいつも通りクソ生意気だった。 だから蹴りでも入れて黙らせてやろうかって思ってたら、俺を呼ぶ声がする。 けどその声は久保ちゃんじゃなくて、背のちっこい一年の男子生徒のだった。 そいつとは面識はなかったけどあっちは俺のこと知ってるみたいで、ちゃんと藤原じゃなくて俺の前に立つ。 すっげぇ真剣なカオしてたから、ケンカかなんかでも知らせにきたのかと初めは思った。 でもそうじゃなくて…、そいつはホントに俺に用があって呼び止めて…。 かなり恨みのこもった目で、前に立ってる俺のことを睨みつけた。 「僕は一年の琢磨といいます。 貴方が時任先輩ですよねっ?」 「そうだけど、俺になんか用?」 「時任先輩に一言いいたいことがあって、呼びとめました」 「あっそう」 「今日、僕は久保田先輩にフラレたんですっ」 「・・・・・・・ふーん」 「少しはうれしそうな顔したらどうです?」 「なんで俺がうれしそうなカオしなきゃなんねぇんだよっ」 「久保田先輩は何もいいませんでしたけど、先輩が好きなのは時任先輩なんですよね? そうなんでしょっ!?」 「そ、そんなの俺に聞いても、わかるワケねぇだろっ」 「・・・・・・・なんで、なんで俺じゃなくて、アンタなんかがっ!」 あんま強そうなカンジとかしなかったから、なんとなくつい油断してた気がする。 だから琢磨って名乗ったそいつの平手が、自分の頬をバシッて音を立てて当たってから何をされたのかがわかった。 琢磨は俺の頬を平手で叩いて、痛いのは叩かれた俺の方なのに…。 叩いた手をぎゅっと握りしめて、ボロボロ涙をこぼして泣いてた。 殴られたら殴り返すのが当たり前ってカンジだけど、歯を食いしばって泣いてるそいつのカオをみたら殴り返せない。 悪いのは俺じゃないのに、俺が泣かせてるわけでもないのに…。 まるで全部、俺が悪いみたいな錯覚を起こしそうなカンジで…、それを見てると、スゴクもやもやした嫌な気分になった。 「時任先輩…」 「・・・・・なんだよ」 「久保田先輩に大事にされてて…、一緒にいてもらってて…、僕は時任先輩のことがとてもうらやましいです…。すごくすごく妬ましいですっ」 「・・・・ふーん」 「だから感謝してくださいっ。久保田先輩にっ!」 「はぁ? なにをカンシャしろってんだよ?」 「久保田先輩の特別にしてもらってることをですっ」 「なんで見ず知らずのてめぇに、そんなコト言われなきゃなんねぇんだよっ」 「・・・・・・時任先輩なんか、アンタなんかいなけりゃいいのにっ!!」 そう怒鳴って走り出した琢磨の背中を見て、すっげぇ理不尽なコト言われたって思った。 アイツに言われて、なんで久保ちゃんにカンシャしなきゃなんねぇのかって…。 だから叩かれた頬はジンジンするし…、ムカツクからバッカじゃねぇのって怒鳴り返してやりたかった。 けど、殴り返せなかった時みたいに、なにもしないで廊下に突っ立ってると…。 横で全部を見てた藤原が、小さく息を吐いた後で走ってった琢磨ってヤツと似た感じの目で俺の方を見た。 「さっきの琢磨って一年がなんでアンタ叩いたのか、俺にはわかりますよ」 「・・・・・わかるって何がだよ?」 「いつも当然な顔して、アンタが久保田先輩の隣に立ってるからムカツクんです。だから叩いたに決まってますっ」 「なに言ってんだっ、俺と久保ちゃんは相方なんだから当たり前だろっ」 「当たり前って言ってるアンタの顔を、俺もさっきのヤツみたいに殴りたいですよ」 「百倍返しにしやる」 「だったら、さっきの子にも百倍返ししてくればいいじゃないですか?」 「・・・・・・・」 そんな風に藤原に言われても、何も言い返せなくなってる自分がイヤだった。 俺と久保ちゃんのことをてめぇらなんかに、何も言われる筋合いなんかないって怒鳴りたいって思ってても…。 ただ後ろ姿を見送っちまってる自分が…、ホントにすごくイヤだった。 だかららしくなく…、俺はまだ何か言おうとしてる藤原を無視して歩き出す。 見回りはまだ終わってなかったけど、胸の中がぐちゃぐちゃしてて…、そういう気分にはなれなかった。 「見回り終わってないのにどこ行く気ですかっ! 時任先輩っ!」 「あとはてめぇがやっとけっ!」 「そ、そんなぁぁっ!!」 追いかけて来ようとする藤原を振り切るように、一人で寒い廊下を早足で歩いて…。 階段を上へ上へと登って…、屋上のドアを開けるとそこには寒い冬の空があった。 まだ少し痛い頬を撫でながら、屋上を囲んでるフェンスに寄りかかってそんな空を見上げると…、冷たい風を感じながら深く息を吐く。 そしたら、さっきの琢磨と藤原の言葉を少しだけ思い出した。 俺が久保ちゃんの特別だとかそうじゃないとか…、そんなの知るワケねぇし…。 カンシャしろって言われても…、久保ちゃんに特別にしてくれてアリガトウなんて言う気にはなれない。 でも…、それでも言い返せなかったのは、久保ちゃんに特別にしてくれなんて…、好きになってくれなんて頼んだおぼえはないって言いかけて言えなかったからだった。 確かに頼んだ覚えはないけど…、ぜんぜんカンシャしてないってワケじゃない。 隣にいてくれることが、好きだって言ってくれることがうれしかったから…。 ホントはアリガトウって、そんな風に言いたくなる時だってあった。 けど、それを当たり前にしちゃいけないって言われたら、いつも特別だってカンジてなきゃいけなかったら、たぶん俺は久保ちゃんの隣には立てない。 久保ちゃんと一緒にいられることも、隣に並んでることも…、当たり前だからトクベツで…。 だから当たり前じゃなくなったら…、トクベツなんかじゃなくなる。 当然な顔して久保ちゃんの隣に立てなくなった時は、それは俺らが一緒にいられなくなる時なのかもしなかった。 「・・・・・なにしてんの?」 「日なたぼっこ」 「今日の天気はくもりだけと゜?」 「じゃあ風に当たってるだけっ」 「北風に?」 「・・・・・・・うん」 藤原に聞いたのか、誰に聞いたのかはわからないけど…。 一人でぼーっと空眺めてたら、いつの間にか久保ちゃんが隣でセッタふかしてた。 けど俺が横を向かずに上ばかりを見てると、久保ちゃんは俺の頭を軽く撫でてから肩に腕をまわしてくる。 そしたら風にふかれて寒かったのが、少し温かくなった。 「なぁ、久保ちゃん」 「ん?」 「俺ってやっぱカンシャが足りねぇって思う?」 「カンシャって何が?」 「うっ、まあ…、いろいろ…」 「色々、ねぇ?」 「ただ、当たり前に思ってるコトがトクベツだったら…、やっぱトクベツってことにしなきゃダメなのかって…、思ってさ」 「トクベツだから、それをカンシャしましょうって?」 「・・・・・・たぶん」 久保ちゃんは俺がそう答えるとカオを覗きこんできて、少しだけ目を細めてから琢磨に叩かれた俺の頬をゆっくりと撫でる。 その撫でかたがなんとなくくすぐったかったら、少し首を縮めると…。 頬を撫でてた指先が少し移動して、唇を輪郭をたどるように撫でた。 「俺はお前にカンシャされるようなコトした覚えないから…、ぜんぜん…」 「ぜんぜんってことはねぇだろ?」 「ホントにぜんぜんないよ?」 「けど…、いつも…」 「うん…、だからいつも好きになってくれたらって、したことなら山のようにあるけどね?」 「な、なに言って・・・・」 「だからさ…、カンシャするより、アリガトウって言われるより、好きって言われたいかも?」 「バカッ、そんなの誰が言うかってのっ!」 「俺って報われてないなぁ…」 「・・・・・・・やるだけムダっ。いつもだから、当たり前にいっぱいに決まってるだろっ」 「なにが?」 「好きが…、好きってキモチが…」 いつも一緒にいられるってことは…、こうやって隣にいてキスしたり出来るのは…、たぶんすごくトクベツなことなんだって思う。 好きって言って…、好きって言われることもなにもかもが…。 でもそれをトクベツだからって、カンシャしてカンシャして…、アリガトウを繰り返しても何かが足りなくなることだってある。 足りなくなるのはアリガトウは受け取る言葉で…、受け取ってばかりじゃダメだから…。 だからアリガトウの数だけ…、君に大好きのキスをしよう。 好きだってキスしてくれて…、当たり前に一緒にいてくれてる愛しい君に…。 |
2003.1.10 「カンシャの言葉」 *荒磯部屋へ* |