ほんのちょっとした好奇心ってヤツだった。
 「あれ…、ここってさっき通ったっけ?」 
 珍しく一人で出かけたんだけど、なんかちょっといつもより遠くに行ってみよっかなぁ、なんて余計な気を起こしちまったせいで、気づくといつの間にか帰り道がわからなくなってた。
 そんなに遠くに来てないつもりだったけど、もしかして、自分で思ってるより遠くに来ちまってるのかな? 
 さっきから、たくさんたくさん歩いてるのに、ゼンゼン知らない景色ばっかり。
 始めは明るかったから、なんとなく帰り道捜しながら歩いてたけど…。
 段々暗くなってきて…。

 ・・・・・・どうしよう…。

 歩きすぎて足痛いし、疲れた…。
 もう、歩きたくない。
 けど、歩かなきゃ帰れない。
 
 ・・・・・・心配してっかな、久保ちゃん。
 
 俺がそう思った時、ちょうど目の前に電話ボックスが見えた。
 ポケットに小銭は…ある。
 俺はボックスに入って受話器を上げた。
 えっと…、携帯の番号は確か…。

 プルルル…、プルルル…。

 「はい?」

 …久保ちゃんだ。
 なんでだろ、ずっごく久しぶりに久保ちゃんの声聞くみたいなカンジする。
 俺は受話器をぎゅっと握りしめて、目を閉じた。

 「どしたの? 時任」

 まだ一言も、なんにも言ってないのになんでわかんだろ?
 俺じゃなかったら、どーすんだよ。
 けど、けどさ…。
 なんかいいよな、こーいうの。

 「迷子にでもなった?」
 「…うん」
 「なんか目印になるものとかある?」
 「よくわかんねぇ…」
 
 目を開けてみたけど、人が一杯歩いてる上に暗いから良く見えない。
 それ見てると、こんなにいっぱい人がいんのに一人みたいなカンジしてきて、なんかスゴク恐くなった。

 「時任…、時任…」

 久保ちゃんが俺のこと呼んでる。
 もっと俺のこと呼んで、久保ちゃん。
 そうでないと俺・・・・・・。

 「大丈夫だから、そこでじっとしてなさいね」
 「…うん」
 「ちゃんと迎えに行くから」
 「…久保ちゃん、早く来いよ」
 「すぐ行くよ」
 「約束」
 「うん、約束」

 俺は久保ちゃんと約束して電話を切った。
 けど、なんにも言ってない。
 すぐ行くってぜってぇムリじゃん…。
 久保ちゃんのウソつき。
 …もしかしてさ、ホントにこのまま帰れなかったりとかすんのかな?
 そしたらさ、そしたら。
 久保ちゃんは俺のコト忘れちゃうかもしんない。
 俺を拾ったのもきまぐれってヤツで、ホントは仕方ないから置いてるだけでさ。
 だったら、今っていい機会だよな。
 俺は自力で帰れねぇんだし…。

 ・・・・・・・・久保ちゃん。

 膝抱えて丸くなって、俺はボックスの中に座り込んだ。
 寂しくて哀しくて、なんか一歩も歩けそうにない。
 もし、自力で帰っても、久保ちゃんがもういないような気までしてきて…。
 スゴク怖くてたまんない。
 
 コツコツ…、コツコツ…。
 
 ・・・・あれ? なんか音する。
 誰か外でガラス叩いてんの?
 そう思ってガラスの外を見ると、久保ちゃんが立ってた。
 ・・・・・なんで?
 
 「電話の向こうから電気屋の呼び込みの声聞こえたんだよね。そしたら、同じような声が俺が歩いてる先から聞こえてきたから」
 「…久保ちゃん」
 「実は時任捜しにここらヘンまで偶然来てた。コレって愛の力ってヤツ?」
 
 電話ボックスの扉開けて、久保ちゃんが座ってる俺の顔を覗き込んでくる。
 俺は優しく微笑んでる久保ちゃんの顔をまじまじと見つめてた。
 だって、なんか信じられなかったから…。
 ここに久保ちゃんがいることが。
 
 「泣いてたの? すぐ行くって言ったっしょ?」
 「…な、泣いてないっ」
 「泣いてるよ。ほら、今だって涙出てる」

 久保ちゃんが手ぇ伸ばして、俺の顔に触れた。
 そしたらその手が暖かかったから、これがちゃんと現実なんだってわかった。
 それがわかったのに、涙がとまんない。
 哀しくなんかないのになんでだろ?

 「時任がどこで迷子になっても、ちゃんと俺が探すから心配しなくていいよ。ちゃんとどこにいたって、探し出してみせるから…。だから泣かないで、時任」
 
 あんまり優しく久保ちゃんがそう言うから、俺の視界がかすんで歪んで見えなくなる。
 そしたら暖かい久保ちゃんの腕が、ゆっくりと俺のコト抱きしめた。
 気持ちいい久保ちゃんの体温が伝わってくると、すごく安心する。
 そしたら、俺は一人なんかじゃないんだってそう信じられる気した。

 「帰るよ、時任」
 「うん」
 
 久保ちゃんに腕引っ張られて立ち上がると、ちょっと足元がグラッとした。
 …やっぱ足痛い。
 痛みに顔しかめてたら、久保ちゃんが俺に背中向けてしゃがみ込んだ。
 
 「なに?」
 「おんぶしてあげる」
 「ば、ばかっ、そんなコトできるかっ」
 「誰も見てないよ。こんだけ人いるし、暗いから」
 「でもさ」
 「平気だって」

 いつもなら絶対そんなことしねぇけど、今日は子供みたく久保ちゃんにくっついてたかった。
 だから、俺はおとなしく久保ちゃんの背中におぶさる。
 そしたら久保ちゃんは、俺を背負って立ち上がった。
 やっぱ広いよな、久保ちゃんの背中って…。
 
 「眠くなったら、ねていいから」
 「うん…」
 
 俺は久保ちゃんの背中で揺られながら、その肩に頬を押し付けて目を閉じた。
 久保ちゃんがココにいんなら、もう帰ったのと同じコト。
 久保ちゃんのいるトコが俺のいるトコだから…。

 ・・・・ただいま、久保ちゃん。

 ココロの中でそう言うと、俺は眠気に負けて意識を手放した。


                                             2002.5.2
 「帰る場所」


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