「はーい、こっち向いてー。時任クン、もうちょっと顔上げて久保田クンの方見てくれる?」 ここは校内にある写真部の部室。 もうじき衣替えになるため、衣替え呼びかけポスターの撮影会が行われていた。 もちろんモデルは執行部の名物コンビ、時任と久保田である。 この二人をモデルにすれば、ポスターを見る人間の数は確実に上がるのだが、それが衣替えの呼びかけになっているかどうかはかなり疑問だった。 「あっ、もうヘンなトコに手ぇ入れんなっ」 「雰囲気出ていいっしょ?」 「どーいう雰囲気だっ、ソレは」 「う〜ん、こういう雰囲気かなぁ」 「あんまやると貼れねぇだろ、ポスター」 「ウチにだけ貼っとく?」 「超絶美形である俺様のポスターがウチだけっつーのは、かなりもったいねぇじゃんっ」 「そおねぇ」 今回のポスターの構図は、時任と久保田が向かい合ってお互いの制服を脱がせあってるというモノだった。 校内に貼り出されるということもあって、それほど過激なものにはなっていないが、二人でじーっと見詰め合っているため、見ているだけでなぜか恥ずかしい。 思いっきり愛しそうに時任を見つめる久保田と、少し頬を赤くして潤んだ瞳でそれを見つめ返す時任。 雰囲気だけで十分貼り出し禁止な感じだった。 「…ポスターの撮影なんだってコト、わかってんのかしら?」 「わかってるんじゃないですか?」 「むしろ、喜んでやってると思うが…」 「恒例ってヤツだからなぁ」 撮影を見学に来ていた執行部の面々は、カメラの前でいちゃついている二人を少々ため息をつきつつ眺めていた。二人のせいで、写真部の部室が甘ったるい空気に満ちている。 「く、久保田せんぱぁ〜い」 そんな二人を見ながら泣いている人物が約一名。 それは、久保田に報われない恋をしている藤原だった。 「うるさいわよ、藤原っ!」 あまりにうるさいので、桂木がハリセンで藤原の頭を叩いたがまるで効果がなく、藤原は限りなく優しい眼差しで時任を見つめる久保田を見て叫んでいた。 「だって、だって、僕の久保田せんぱいがぁぁ〜!!」 「アンタのじゃないでしょ」 「うっ!」 見たくなければ見なければいいと思うのだが、やはり恋する男心というヤツは複雑らしく、一向にこの場から立ち去る様子はなかった。 「久保ちゃん…」 「ちょっとこっちきて、時任」 「なに?」 さっきより更に接近した二人は、至近距離で見詰め合う。 時任は久保田の顔に手を伸ばすと、その顔からかけている眼鏡を外した。 「…いいの?」 「うん」 二人の行動に、思わずカメラマンもぼーっとその様子を見守る。 相浦、松原、室田の三人はピタッ動きを止め、藤原はぎゃーっと叫んでいた。 桂木が校内の風紀を守るためにハリセンを構える。 そんな状況に見向きもせず、時任と久保田の視線が絡み合った。 「時任」 「久保ちゃん」 「うあぁぁぁ、久保田せんぱいっっ!!」 「…こ、このっ!」 「ほんっと汚れてんな、この眼鏡」 「だっしょ?」 ガタタタッ!! 時任、久保田以外の全員がいっせいに床に倒れた。 そんな中で、時任は服の端で久保田の眼鏡をキュッキュッと拭いている。 眼鏡くらい自分で拭けと怒鳴りたいところだが、ダメージが大きかったらしく誰もそんなことを言ったりはしなかった。 「あいつら、何こけてんだ?」 「さぁ? なんでかなぁ?」 今始めて周囲に気づいたみたいに二人がそう言うと、復活した桂木が、 「あんた達のせいでしょうがっ!!」 と、怒鳴った。 けれど二人はきょとんとした顔で、 「俺らのせいなワケ?」 「どうでしょ?」 などと言っている。 そんな二人を見た桂木は、盛大にため息をついた。 …この二人に付き合っていたら、胃がいくつあっても足りない。 桂木は腹いせに、まだうめいている藤原の頭をバシッと叩いた。 「いつまでやってんのよっ、うっとーしいわねっ!」 「いたっ、何すんですかぁ〜」 犠牲者一名を出した所で、撮影は無事終了。 こうして、今年もやけにあやしいポスターが校内に貼り出されることが決定したのである。 暑くなり始めると、気温の上昇というのは案外早いものである。 ついこの間まで上着を着ていて丁度良かったような気がしていたが、今は昼くらいになると上着が邪魔になるくらいの陽気だった。 「くそぉっ、マジであちぃ〜」 「暑い、暑いって言わないでよ。ますます暑くなるでしょうがっ!」 「暑いもんは暑いんだからしょーがねぇだろっ!」 ここは放課後の生徒会室。 夕方近くになったとはいえ、まだ暑い室内で桂木と時任が怒鳴り合いをしていた。 それを聞いているとなんとなく更に暑さが増す気がする。 特に今日の気温は真夏並で、最近言われている異常気象という言葉が頭をよぎってしまうくらい暑かった。 けれどそれは突発的なもので、明日もこれくらい暑いと言うわけではない。 なんとなく、体調を壊しそうな感じだった。 「誰かアイス買いに行けよっ、アイスっ!」 自分の着ているシャツをめくりあげて、そこをうちわでパタパタとあおぎながら時任がそう言うと、 「もう戻って来なくていいですから、さっさと一人でアイスでもなんでも買いに行ったらいいじゃありませんか」 と、挑戦的な目で藤原が時任を見る。 すると時任はうちわでバシッと藤原を叩いた。 「うっとーしいんだよっ! てめぇの顔見てっとますます暑いじゃねぇか!」 「暑っ苦しいのは時任先輩ですっ!!」 「なんだとぉぉっ!!」 「うるっさいわね!!」 バシッ!バシッ!! 「いてぇっ!」 「なにすんですかぁぁ!」 桂木のハリセンの洗礼を受けた、時任と藤原が悲鳴を上げる。 文句を言おうとした二人だったが、ふと興奮したためさっきより暑くなったのを感じて黙った。 やはり暑い時にはじっとしているのが一番である。 「あ〜、早く涼しいトコに行きてぇよ」 時任は相変わらずシャツの下からうちわで風を送っていた。 ヒラヒラするシャツから、腹とか背中が見えている。 あらかさまに見えていないだけに、逆になんとなく気になって見てしまうような光景だった。 さっきからちよっと気になるらしく、相浦、室田の視線がチラチラと時任を見ている。松原はパソコン画面を見ていたが、実は藤原も時任の方を見ていた。 (腰が細っせぇなぁ…) とか、そんな感じで三人は時任を見ていたのだか、その時任へと向けられた視線を何者かによってさえぎられてしまった。 「一緒にアイス買いに行こっか?」 そう言いながら、時任からうちわを取り上げたのは久保田だった。 久保田は三人の視界から時任を隠すように立っている。 「え〜、暑いからヤダ」 「一緒に来たら、好きなアイス買ったげるよ?」 「マジ? ちよっち高いのでもいい?」 「いいよ」 「やったっ」 暑いことより、食い気の方が勝ったらしい。 アイスを買ってくれるという久保田に、時任は無邪気に笑いかけた。 「ぼ、僕も一緒に…」 「てめぇはくんなっ!!」 時任は寄ってきた藤原を蹴飛ばすと、嬉しそうに椅子から立ち上がって久保田と一緒にドアへと向かう。 そんな二人を見やりながら、室田と相浦はひそひそ話をしていた。 「わざとかな?」 「わざと…だろうな」 「やっぱり…」 さり気なく時任を連れ出す辺りが久保田らしい。 あらかさまなことはしないが、しっかり時任をガードしているのだった。 「じゃあ行ってくるぜ」 「そーいうことなんで、ヨロシク」 一応、みんなの注文を聞いた二人がアイスを買いに出かけようとする。 だが、バタバタと何者かが廊下を走る音がしたため、二人の足が止まってしまった。 「なんだぁ?」 「さあ?」 全員がいっせいにそちらの方に注目すると、一人の男子生徒が執行部に飛び込んでくる。 その男子生徒は写真部の人間だった。 「た、大変だっ。久保田、時任来てくれっ!!」 かなり慌てている様子で、ゼェゼェ息を切らせている。 時任と久保田は腕に腕章をつけた。 「行きますか?」 「行くに決まってんだろっ」 何よりも公務は優先される。 二人は写真部員の後について、写真部の部室に向かったのだった。 写真部員の神崎が二人を呼びに来たのは、あるモノが突然なくなってしまったからである。 なくなったのは昨日出来上がって、今日貼り出し予定になっていた衣替えポスター。 つまり、衣替えポスター紛失事件なのだった。 犯行時間は、昨日の放課後から今日の放課後までの間。 部室には今日の放課後まで鍵がかかっていたが、この鍵は職員室の誰でも取れる場所にかかっているので誰でも持ち出し可能だった。 けれど、ポスターが出来上がったことを知っている人間は限られている。 「内部犯行なんじゃねぇの?」 「ん〜、その可能性大ね」 時任と久保田の意見は一致していた。 けれど、二人のやりとりを聞いた神崎は慌てて、 「部員ってことはないと思うよ。だって、部員は盗んだりしなくても後で一人一枚ずつもらえることになってるんだからさ」 と、内部犯行を否定した。 確かに手に入るモノを盗む必要はないだろう。 だが、やはりだからと言って、簡単に内部犯行説を除外するわけにはいかない。 久保田は吸っていたセッタの煙をふーっと吐き出すと、神崎に向かって、 「ポスター売りさばいちゃうとか、そーいう可能性がないとは言えないやね。 まぁ、そんなことしたらすぐに足がついちゃうから意味ないと思うケド。それに、ちょっち気になるコトあるし」 と、言った。 すると、なんだろうという感じで、時任と神崎は久保田の方を見る。 久保田はその視線を受けて、少し目を細めた。 「ポスターは全部盗まれたんだよね? 全部で何枚あった?」 「えっ、ああ、20枚だ」 「ただ欲しいだけなら、一枚、二枚で十分っしょ? その方がバレないしね。営利目的以外でその枚数取ったんなら、なんか意味ありそーな気しない?」 「…そう言われればそんな気も」 確かに久保田の言う通り、全部ということがなんとなく気ならなくもない。 写真部に恨みを持つ者か、それとも・・・。 「だぁぁっ!もう面倒くせぇっ! とにかく、部員全員集めろ!!」 「し、しかし…」 「とっとと行きやがれっ!!」 「うわっ!」 部員がいなくては話にならない。 時任に怒鳴られて、神崎は部員を集めに向かった。 「俺様のポスター盗むたぁ、ふてぇ野郎だっ!」 「費用もかかってるしね」 「ぜってぇ、取り返してやる」 「う〜ん、無事だといいけどね」 「えっ?」 そんな感じで二人が話している内に、部員が部室に集合した。 人数は全部で八人。 全員男子生徒である。 女子生徒が取るならわかるが…、などという一般的な意見は当たり前に除外された。 可能性はどこにでも潜んでいる。 あるゆる可能性を考慮しなくては、犯人は捕まえられない。 久保田と時任は全員を整列させると、とりあえず全員にアリバイを尋ねた。 だが、昨日の放課後カギをかけたのは神崎で、それを全員が確認している。 つまり部室を出たのが全員同時だった。 「ふーん、じゃあさ。今日の朝、部室に行ったヤツとかいねぇの?」 そう時任が言うと、全員が首を横に振り、 「きょう部活に来た時に見たら、暗室を使った形跡はなかったよ。昨日片付けた状態のままだった」 と、神崎が証言した。 警察などいないのだから指紋を取れるはずもなく、部員一人一人の家を家捜しすることも、当たり前だができない。目撃者がいないのでは、埒があかなかった。 校内の生徒に聞き込みする手もあるが、目撃者がいる可能性は低そうである。 写真部の部室付近は、普段からあまり人通りがないのだった。 「なるほど。全員にアリバイがあるなら、お手上げだぁね」 久保田はそう言うと、隣にいた時任の肩に手を置く。 けれど、その手はそこだけには留まらず、時任の肩から背中、そして腰へとすべった。 「く、くぼちゃん!?」 冗談っぽくない手の動きに、時任が驚いて逃げようとする。 だが久保田はそれを許さず、強引に時任を後ろから自分の腕の中に抱き込んだ。 「せっかくいい感じで撮れてたのに、残念だなぁ。せっかくだからもっかい撮ってもおうか? ねぇ、時任」 「ば、ばかっ、はなせって!」 「今度はもうちょっと過激に行こうよ?」 「あっ、久保ちゃんっ!」 「キスしていい?」 耳元で久保田が囁くと、時任の顔が真っ赤になる。 その顔は決して嫌がっているふうではなく、ただ照れているように見えた。 「時任」 「…あっ」 久保田が時任の首筋に唇を落そうとする。だがその瞬間、部室に叫び声が響いた。 「もうやめろー!!!!」 その声は絶叫に近い。 そう叫んだのはやはり写真部員の中の一人だった。 「麻生?」 神崎がその部員の名前を不思議そうに呼ぶ。 すると呼ばれた麻生はハッとした感じで、自分の口元を押さえた。 「お、おれは…」 「どーも始めまして、犯人の麻生クン」 うろたえている麻生に向かって久保田はそう言いながら、麻生をじっと見据えている。 久保田の視線を受けた麻生の額には汗が浮かんでいた。 麻生は怯えるように久保田から視線をそらせる。 だが、久保田の方は視線をそらそうとはせず、少し口の端を少し上げて見せた。 「ポスター、燃やしちゃった? 燃やしてないならおとなしく戻してほしいんだけどさ」 「お、俺じゃないっ!」 「ふーんそう。ならさ、ここで時任にキスするよ? アンタの目の前で」 「…うっ」 「見たくないなら、とっとと白状しちゃいなよ」 時任は久保田の腕の中で、きょとんとして二人の会話を聞いていた。 正直言って意味がわからない。 「なぁ、どーいうことなワケ?」 首を捻りながらそう時任が尋ねる。 その問いにはてっきり久保田が答えると思っていたが、答えたのは久保田ではなく麻生だった。 「…俺は、あのポスターが貼られるのが耐えられなかったんだ。毎日、あのポスターを眺めることになるかと思うと、気が狂いそうになる。自分の好きなヤツが、他の男となんて…」 麻生はそう言うと、くやしそうに唇をかんで俯く。その目にはわずかに涙が滲んでいた。 つまり麻生は、時任と久保田が恋人よろしくいちゃついてるのを見たくなかったのである。 だから、貼られる前に盗んだのだった。 「なっ、てめぇっ! く、久保ちゃんに惚れてやがんのかっ!?」 ポスターを盗んだ理由を知った時任がギッと麻生を睨みつける。その目は、絶対に久保田は渡さないと言っていた。目は口ほどにモノを言う。 独占欲丸出しで睨みつけてくる時任を見た麻生は、深く頭を垂れて息を長く吐いた。 「…ポスターは返すよ。迷惑かけてすまなかった」 悲しそうに呟いた言葉を聞いた写真部員達は、なぜか気の毒そうに麻生を見ている。 そして相変わらず時任は麻生を睨み続けていた。 かくしてポスターは無事に貼られ、荒磯は春から夏への衣替えを迎えた。 今年のポスターは、見詰め合う時任と久保田。 やはり今年も、二人のらぶらぶポスターは女子生徒たちに人気らしく、ポスターの周りでキャーキャー言ってる者を見かけることが多い。 ポスター紛失事件の犯人である麻生は、ポスターが無事だったことと、理由が営利目的ではなかったため、反省するということで無罪放免となっている。 まあ、失恋に追い討ちをかけるようなことはすまいということになったのだろう。 気の毒といえば、気の毒だ。 「ねぇ、久保田君?」 「なに? 桂木ちゃん」 事件が無事に解決した翌日、うまそうにアイスを食べている時任を眺めながら、桂木は雑誌を読んでいる久保田に話しかけた。すると久保田は顔をあげずに返事をする。 けれどこれはいつものことだったので、桂木は気にしなかった。 「時任は、麻生が誰に惚れてるかって知ってるの?」 そう桂木が言ったのにはワケがある。 それは、結局麻生自分の口から時任と久保田のどちら惚れているか言わなかったため、正確な情報が伝わって来なかったからだった。 「さぁ?」 事実を知っていそうな久保田がとぼけた口調でそう言うと、桂木は深々とため息をついた。 「…時任に惚れてたのね」 「知らないなぁ。まあ、とりあえず解決したんだからいいんじゃないの?」 「知っててワザと時任に言わなかったんでしょ?」 「あきらめが肝心ってね」 「…麻生がかわいそうになってきたわ」 「そう?」 桂木が厭きれた感じで久保田を見ると、久保田は雑誌を読みながら微笑していた。 そんな二人のやり取りを聞いていない時任は、相変わらずうまそうにアイスを頬ばっている。 それはもちろん、久保田が時任のために買ってきた約束のアイスだった。 |
2002.4.29 「執行部事件簿」 *荒磯部屋へ* |