名前を呼べば声が聞えて、話をすれば返事が返ってくる。
 笑かければ無邪気な笑顔が目の前にあって、手を伸ばせば触れられる。
 細い身体に腕を伸ばせば…、ちゃんと抱きしめることもできる。
 そんな風に触れることのできる距離は、当たり前に近い…。
 そして、そうすることのできるココロの距離も…、たぶん近い。
 けど、その距離はそうしようとして、意識して縮めたワケじゃなかった。
 だから…、縮まった距離が遠くなってしまっても…、

 それをもう一度、縮める方法は知らない。

 こんな風に近くなった距離は、どちらが多く歩いたからとか…、同じくらい歩いたから近くなったのかもわからなくて…、
 時々だけど…、隣りに並ばずに一歩だけ下がって歩いてみたりする。
 そしたら、時任は立ち止まったり後戻りしたりした。
 まるで俺らの間に糸があって、それ以上は離れられなくなってるみたいに…。でも、その糸の長さを決めるのは俺じゃなくて…、

 ・・・・・・・・時任なんだろうって気がした。

 キッチンの冷蔵庫を開けるとそこにはケーキの箱が入ってて…、それを初めから知ってた俺は食べるために箱を出す。そしたら、冷蔵庫の近くの棚の中に、一週間前くらいにコンビニに行った時に多量に買い込んだお菓子があるのが見えた。
 それは新発売とかじゃなくて、最近、時任が凝ってて多量に買い込んだヤツ。けど、それは一週間たってもあまり減ってないカンジだった。
 減らないのはまた飽きたからだってコトは、いつものことだから聞かなくてもわかってる。なのに、いつもわかってて聞くのにワケもイミもないけど、なぜかいつの間にか聞くことが習慣になってた。
 
 「ねぇ、時任」
 「ん?」
 「こないだ買ったヤツ、棚にまだ残ってるけど?」
 「そうだっけ?」
 「もしかして、また飽きた?」
 「うっ…、飽きたのはホントだけど、またとか言うなってのっ」
 「はいはい」

 時任が何かに凝ると、やたらとソレを多量に買い込んだり、ゲームだったら眠るのも忘れて明け方までやってたりする。
 けど、その分だけ飽きるのも早かった。
 やりすぎて食べすぎて…、すぐに飽和して飽きる。そういうコトを繰り返してるのを見てると、繋いでる糸の長さをもう少し長くしてみたくなった。
 
 一緒にいることが…、時任の中で飽和しないように…。

 でも、糸を長くしたとしても、その糸の縮め方を知らないから…、
 不用意に長くしたりすると、糸はたぶんプツリと切れて二度とつながらない。だから、糸を長くするよりも逆に糸が切れないように手を繋いで…、できるだけ近くに、できるだけそばにいるコトしかできなかった。

 『お前ぇは、時坊に甘すぎる』

 俺と時任の名目上の保護者してる葛西さんは、いつもそんな風に言うけど…、たぶん甘いのは時任の方で俺じゃない。抱きしめてる俺の腕が苦しくても、時任はそう言うだけで強引に腕をはずそうとはしなかった。
 苦しいとか痛いとか言いながらも、いつも抱きしめられてくれてる。その甘さは俺にとっては、珍しく尋ねてきた葛西さんが持ってきたケーキよりも甘く感じた。けど、その甘さを食べ続けたとしても、中毒になることはあっても飽和はしない。
 足りないとは想っても…、いっぱいになりすぎることはない…。
 そんなコトをなんとなく想いながら、葛西さんの持ってきた甘そうなケーキを皿に分けると…、
 その気配に気づいた時任が、ソファーの向こうからこっちへ振り返った。
 
 「なぁ、そのケーキどうしたんだよ?」
 「葛西さんからの差し入れ」
 「…って、いつ来たんだよ?」
 「お前が寝てる時」
 「ふーん」
 「食べる?」
 「うん」

 ウチに赤いリボンのかかったケーキの箱を持ってきた葛西さんは、まるで飲み屋帰りのオヤジのようにそれを俺に押し付けた。
 たまたま近くに来たからだって言ってだけど、ケーキの箱の中に入ってた店の住所を見るとそうじゃないってことがわかる。ただの名目上でも、ホゴシャとして気にしてくれてるらしかった。
 けど、時任が葛西さんに馴れてなついてくのを見ると、二人の間にできた繋がりの糸を二度と繋がらないように切りたくなる。
 たとえ、一本しかない糸が二人分の重さを支えて、じりじりと細くなっていくかもしれなくても…、

 時任へと繋がる糸が…、一本しかなくなるように…。

 俺は皿に乗せたケーキをテーブルに置くと、箱についてたリボンをフォークを持とうとしていた時任の手首に巻きつけた。
 そしたら、リボンの生地がこすれて少しだけ音を立てる。
 その音を聞いてると、さっきから吸ってた肺を汚し続けてるセッタのケムリがやけに苦かった。

 「な、なにやってんだよっ、久保ちゃんっ」
 「なにって、リボン結んでるだけだけど?」
 「俺はケーキじゃねぇっつーのっ!」
 「食べたら甘いってトコはおんなじだけどね」
 「久保ちゃんのヘンタイっ!!」
 「あ、もしかしてエッチなことでも想像した?」
 「し、してねぇよっ!」
 「時任君のエッチ」
 「それは、俺じゃなくて久保ちゃんだろっ!」
 「じゃ、お互いにエッチってことで…」
 「そこでさりげなくまとめんなっ!!」
 「うーん…、うまく結べないなぁ」
 「…って、マジで結んでねぇで早くほどけよっ、ケーキ食えねぇだろっ」
 「なら、髪にしてみる?」

 「・・・・・・・・・自分の髪に結びやがれっっ!!!」

 時任はそう怒鳴ると、目の前のケーキの上にザクッとフォークを突き刺す。すると、上に乗ってたイチゴがその勢いで皿の上に落ちた。
 だから、落ちたイチゴを軽く指でつまんで時任の口元に持っていくと、時任はちょっと迷ったカンジだったけど俺の指からイチゴを食べる。イチゴを食べる瞬間に時任の唇と下が指に触れて、少しくすぐったかった。
 
 「この生クリーム…、ちょっち甘すぎ」
 「そう?」
 「ま、うまいからいいけどな」
 「うん…」

 時任はちょっと赤い顔でそう言うと、フォークでケーキを食べ始める。
 けど、食べてる途中で手を止めて、自分の分のケーキを食べないでセッタ吸ってる俺の方を何かを探ろうとしてるみたいにじっと見つめてきた。

 「・・・・・・あのさ」
 「なに?」
 「そのリボン、なんで結ぼうとしてたんだよ?」
 「さぁねぇ…、結びたかったからじゃないの?」
 「なんだそりゃっ」
 「けど、ちょっとだけ知りたかったからかも…」
 「知りたかったって、何をだよ?」

 「・・・・・・俺と時任の間にある赤い糸の長さ」

 糸の色が何色してるかなんて、見えないからわからない。リボンと同じ赤だって言ったけど、赤い糸は切れないって言われてた気がするから…、
 もしかしたら何色にも染まらない無色の糸のなのかもしれなかった。
 時任が俺の方に手のひらを差し出したから、その上にさっき結ぼうとしてた赤いリボンを乗せてやる。すると、時任は赤いリボンを俺がしたように、俺の手首にゆっくりと結び始めた。

 「いくら測ろうとしたって、俺と久保ちゃんの間に糸なんかあるワケねぇじゃんか…。糸を持ってたって、ゼロの距離に糸なんて近すぎて繋げねぇよ」
 
 時任はそう言ってニッと笑うと、俺の手首を片方だけじゃなくて両方縛る。そして縛り終えると満足したように、またケーキを食べ始めた。
 手首に結ばれた赤いリボンは、どこへも繋がってなくて…、
 でも、距離がゼロならつなぐ必要なんてないのかもしれない。
 けれど…、両手首を赤いリボンで縛られてる俺は…、
 目の前の無邪気な笑顔に深く…、どこまでも深く囚われてしまっていた。

 「うーん…、両腕しばられてるとケーキ食えないんですけど?」
 「心配すんなって、俺様がちゃんと久保ちゃんの分までぜーんぶ食ってやっからっ」
 「あのねぇ…」

 赤いイチゴは、まだ俺の分のケーキの上に乗ってる。時任は口元に生クリームをつけたままでそれを軽く指でつまむと、もう片方の手で吸ってたセッタを取り上げて…、両手が使えなくなってる俺の口元まで持ってきた。
 俺が迷うことなく口元のイチゴを歯を立てて齧ると、苦いタバコを吸ってたせいなのか、時任が言ってたみたいに…、

 ・・・・・やたらと甘かった。


『糸』 2003.10.27更新


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