俺たちの置かれている状況ってのが、フツーじゃないって言えばそうなのかもしれないけど。実際は、そんなに毎日、神経張り詰めてなきゃならないってワケじゃない。
 だから、外に一人で出かける時任を止める権利ないんだよね。
 
 「買いたいもんあるから、ちょっと出てくる」
 「一緒に行く?」
 「ガキじゃねぇんだから、買い物くらい一人で行けるってのっ」
 「暗くなるまでにもどっておいでね?」
 「わぁってるって」

 夜、一人で外に出すような真似は絶対にしないんだけど、さすがに真っ昼間に出かけるのを止めたら、時任は怒ってココを出てくかもしれない。

 「行ってくるぜ」
 「行ってらっしゃい」
 
 俺は仕方なく、時任が帰ってくるのを家で待つハメになる。
 気になんなら、後でもつければいいかのかもしれないんだけど、やっぱりできないんだよね。
 時任の自由を奪う権利ないとか、そんな殊勝なことは考えてないんだケドさ。
 なぜか俺はじっとこうして時任のコト待ってる。
 
 ・・・・・そういえば、読みかけの本があったっけ。

 時任がいる時は、本を読んでても中断させられるコトが多い。
 せっかくだから本を読み終えようと思って、俺はソファーに座って本のページをめくり始めた。
 コチコチコチコチ・・・・・。
 静かな室内に時計の音だけが響いている。
 それからどれくらい時間がたっただろうか、ふと顔を上げると部屋の中はいつの間にか薄暗くなってた。
 「夕焼け、か…」
 日の沈む方向が赤く染まっている。
 夕焼けっていうのは、けっこう消えるのが早い。
 コレが消えると本格的に夜になる。
 俺は時計に目を走らせた。
 もうじき六時。
 放任されちゃってない小学生なら、おウチに帰る時間だよね。
 時任は小学生じゃないけど、俺は放任してないからさ。
 日が沈む頃が門限って決めてある。
 「門限やぶったら、夕食抜きなんだけどなぁ」
 やぶった時のペナルティは夕食。
 だからかどうかは知らないけど、時任が門限を破ることはめったになかった。
 一度目、門限破った時は、迷子になったから。
 二度目は、…あやしい奴らに追いかけられたから。
 もしかしたら、今日で三度目になるかもなぁ。
 
 ・・・・・・・・・。

 俺はクローゼットから上着を出すと、それを着て部屋を出た。
 目的は時任を捜すコト。
 もちろん、行き先なんか知らないし、アテなんてどこにもない。
 ケド、部屋にいると息がつまりそうな気がした。
 窒息するくらいなら、アテなんかなくても部屋を出た方がいいに決まってる。
 自分の部屋で窒息するなんてマヌケだけど、ホントでマジな話。
 一人で部屋にいることが俺にとって苦痛になってきていた。
 いないとわかってるのに、俺は無意識に時任の姿をさがしてる。
 『時任』
 名前を呼んでも返事なんか返って来ないのに、名前を呼ぶ。
 本人はいないのに、いつの間にか部屋には時任の匂いが染み付いてた。
 部屋中に時任の痕跡がある。
 いない時にしか見えない痕跡を見つけては、俺は苦笑しなくちゃならない。
 
 こういうのを言葉ではなんて言うんだろう?

 俺が時任の行きそうな場所を闊歩していると、前方から騒がしい二人組みがやってきた。
 
 「あんまり近寄んなっ!」
 「悲しいこといいますね。せっかくですから、一緒に歩きませんか?」
 「イヤだっつってんだろっ」
 「まあ、そう言わないで」
 「その怪しげな中国服着替えたら考えてやるよっ」
 
 時任と鵠さん。
 珍しい組み合わせだなぁ。
 普段、時任は診察の時以外は鵠さんに近寄ろうともしないのに、今は楽しそうに二人で話とかしちゃってる。
 そう、時任はたぶん元々は人懐っこい性格なんじゃないかと思う。
 こーいう状況でなければ、おトモダチとかたくさんいたかもしれない。
 だから、鵠さんと歩いてたって、嫌ってるワケじゃないからなんの不思議もないし。

 けど、なぜか時任と鵠さんが一緒にいるのを見た瞬間。
 鼓動が一つ大きく跳ねる。
 俺が思わず立ち止まると、時任が俺に気づいて走って来た。

 「あれっ、久保ちゃんも買い物?」
 「まあね」
 「これから?」
 「いんや、もう帰るトコ」
 「んじゃあ、一緒に帰ろうぜっ」
 時任が笑ってる。
 俺はそれに微笑み返してから、鵠さんの方を見た。
 「こんにちわ、鵠さん」
 「こんにちわ。珍しいですね、店でなくこんな町中で出会うのは」
 「そーいえばそうですね」
 「すいませんね、時任君をお借りしてしまって」
 「いえいえ、ウチの子が世話になったみたいで、こちらこそスイマセン」
 鵠さんは俺が買い物なんかしてないってコトはわかってるだろうなぁ。
 まぁ、わかったからってどうということもないけど…。
 俺と鵠さんが話してると、俺の発言にムッとした時任が会話に割り込んできた。
 「・・・・二人で俺のこと、ガキ扱いにしてんだろっ!?」
 「そんなコトないよ?」
 「してんじゃんっ、思いっきり!」
 「自分のこと自分でガキだって思ってるからでしょ?」
 「お、思ってねぇよっ!」
 ムキになってるなぁ。
 そんなこと思ってると、優しい目で時任を見てる鵠さんに気づいた。
 患者を見る医者の目がどんなモノなのか知らないけど、その視線には明らかになんらかの感情が込められてる。
 俺は肩に手を伸ばして軽く時任を自分の方へ引き寄せた。
 「すいませんけど、もうじき夕飯なんで俺らはこれで帰ります」
 「そうですか。それではまたお会いしましょう」
 「なにかご用のある時はごひいきに」
 「ええ、それはもちろんですよ」
 いつものように微笑している鵠さんに背を向け、俺達は歩き出した。
 俺は振り返らなかったけど、時任は一度だけ振り向いて、
 「今日はサンキューなっ」
と、照れたように鵠さんに言った。
 俺の知らないトコで何かあったらしい。

 なぜかわからないけど、少し頭痛がした。

 

 「久保ちゃん?」
 部屋に戻ってからも、頭痛は続いていた。
 気づかれないようにしてたけど、時任がソファーでテレビ見てる俺のそばまで這い寄ってきた。心配そうな顔をしてるから、やっぱ気づかれたらしい。
 「具合悪いのか?」
 「ん〜、ちょっとね」
 「クスリとか飲んだほうがいいんじゃねぇ?」
 「平気だから。それにたぶん、クスリじゃなおんないし」
 クスリじゃ治らないという俺の言葉に時任が首をかしげている。
 たぶん、鵠さんに見てもらおうとかそんなことを思ってるんだろうなぁ。
 心配してくれるのはうれしいけど、たぶん医者でも治せない。
 「熱…はないみてぇだな」
 時任が俺の額に手を当てる。
 ちょっとひんやりして気持ちいい。
 俺は額に当ててる時任の手をつかんで、自分の頬に当てた。
 「時任がなおしてくれる?」
 「えっ?」
 「俺の病気なおして、時任が」
 「何言ってんだよ。俺がなおせるワケねぇじゃん。医者じゃねぇんだからさ」
 「なおせるよ、時任なら」
 「久保ちゃん?」
 俺はきょとんとしてる時任の顔に自分の顔を近づけた。
 「キスして、時任」
 「き、きす?」
 「うん。キスして」
 時任の視線と俺の視線が間近で絡み合う。
 ちょっと顔を赤くした時任がかわいくて微笑むと、時任は更に顔を赤くした。
 「してほしいなら、目ぇ閉じろ」
 「はいはい」
 俺が目を閉じると、暖かくて濡れた感触が唇に振ってきた。
 小さくてかわいいキス。
 離れていく唇の感触をもっと感じていたくて、俺は時任の身体を引き寄せて深く口付けた。
 「…はぁ」
 時任の吐息が聞こえる。
 俺は鈍く痛む頭のことを忘れようとするかのように、何度も何度も時任とキスをした。
 なんだろう、この感じ。
 よくわからないけど、痛い気がする。
 頭も痛かったけど、痛むのはソコだけじゃない。
 「う、ん…」
 「抱いていい?」
 「あっ…、く、くぼちゃん」
 「この痛みを止める方法、これしか思いつかないから」
 「痛みって?」
 「この痛みのワケ教えてよ、時任」
 俺はキスしながら服を脱がせると、時任をソファーに横たえた。
 ぺッドへ行ってる余裕なんかなかったから。
 時任はそんな俺の顔を少し眺めたあと、腕を伸ばして俺の身体を抱きしめた。
 「俺が止めてやるよ、その痛み」
 首筋に時任の唇がすべる。
 俺は時任の頭を撫でてから、自分の行為に没頭していった。
 この目眩に似た痛みを止めるために。
 「んっ、あ…」
 「時任」
 「い、いいからやめんなっ」
 「うん」
 

 きっとこの痛みは治らない。
 そう、俺が君のコトを身体とココロで記憶している限り。


                                             2002.3.12
 「痛み」


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