窓から入るわずかな明かりが、室内をわずかに照らしてた。
 暗いけど、もうずいぶん長いことここにいるから目が慣れてしまってる。
 だから、俺のすぐ横のベットで眠ってる久保ちゃんの顔も良く見えた。
 「ホント、全然起きねぇよな」
 そう俺がぼやいたくらい、久保ちゃんは良く眠っている。
 ホントなら今は晩飯の時間で、二人して定番メニューを食ってる頃だけど、久保ちゃんは起きないし、俺も起こさない。
 起きてほしいケド、俺は起こすことができなかった。

 『く、久保ちゃんが倒れたっ、とにかく早く来いっ!!』

 普段は死んでもかけない、あのモグリ野郎に電話して、玄関口で意識なくしちゃってる久保ちゃんをなんとかベッドに運んで・・・・、実はそれくらいしか何も覚えてない。
 ただいまぁって、いつもみたく久保ちゃんが帰ってきて、俺は面倒だけど仕方ないから、玄関開けに行って。そしたら、ドア開けた途端、久保ちゃんが俺に向かって倒れてきた。
 
 『久保ちゃん!! 久保ちゃんっ!!』

 俺は名前を呼ぶことしかできなくて、モグリに電話ってソレに気づいたのも、結構、時間がたってたかもしんない。
 とにかく、何がなんだかわかんなくなって、身体がガタガタふるえてきて・・・。
 そういうのも、今、思い返してわかったってダケ。
 そんときは、心臓を何かに鷲掴みにされた感じで、苦しくて息するのもやっとだった。
 「けっこう怠け者っぽく見えんのに、なんで過労なんだよ」
 俺は布団に手を入れて、寝返りも打たずに眠ってる久保ちゃんの手を握りしめる。
 モグリ野郎は、久保ちゃんのコト過労だって言った。
 『栄養のあるものを食べて、しばらく寝てればすぐに直りますよ。安心してください』
 命に別状ないってわかってホッとしたけど、俺は過労になっちまうくらい久保ちゃんが疲れてたことに、全然気づいてなかった自分にショック受けてた。
 一緒に飯食って、眠って。
 俺達はココで二人きりで暮らしてる。
 久保ちゃんが俺のコト拾ったのはなんでかわかんないケド、久保ちゃんはいっつもココに俺がいるのが当たり前みたいにしてた。だから、俺も当たり前だって顔してココにいる。
 でも、そおいうのが当たり前じゃないって、最近、ちょっとだけわかってきた。
 他人と暮らすには、なんか理由がいるらしいってコト。
 「久保ちゃんは、なんで俺といんのかなぁ?」
 小さくそう呟いてから、俺は起こさないように気をつけながら久保ちゃんの手をちょっとだけ引っ張って、自分の頬に置いて見た。
 手があったかいってことは、久保ちゃんが生きてるってこと。
 久保ちゃんの体温感じてると、なんかすっごく気が抜けてきて、俺は不覚にも視界がぼやけてくるのを感じた。
 「そばにいてぇけど、怖い」
 もし、久保ちゃんに何かあったりとかしたら、多分、俺は壊れるんだと思う。
 何もかもわかんなくなって、真っ白になって、そうしてめちゃくちゃになるんだ。
 けど、それは多分自業自得。
 今、久保ちゃんが寝てんのも、多分俺のせい。
 生活費二人分かせいでんのも、危ない目にあっちゃってるのも確実に俺が原因だってちゃんとわかってる。久保ちゃんは何も言わないけど・・・・。
 
 俺は久保ちゃんを壊して、その連鎖反応で自分を壊すんだろう。

 「・・・・ごめんな、久保ちゃん」

 俺はぎゅっと手を握った後、その手を布団に戻して、まだ眠り続けてる久保ちゃんの顔を覗き込んだ。
 「バイバイ」
 そう言って、そっと久保ちゃんの額にキスすると、俺は音を立てないようにドアまで歩いて行こうとした。

 「どこ行くの? 時任」

 戻したはずの手が布団から出てる。
 久保ちゃんの手が俺の腕、掴んでた。
 「ちょっとコンビニまで行ってくる」
 俺がそう言うと、久保ちゃんはゆっくりと身体を起こした。
 「どこのコンビニ?」
 「・・・・すぐ近くのヤツ」
 「だったら一緒に行くよ」
 「ば、ばか言ってんじゃねぇよ。病人のくせにっ」
 「もう直った。時任が看病してくれたから」
 「ウソばっかつくな!」
 手を振り払おうかと思ったけど、久保ちゃんが痛いくらいの力で腕つかんでるから、どうしてもそうすることができなかった。
 「一人で行く!」
 
言うことを聞かずに一人で行くと言い張る俺の顔を、久保ちゃんはしばらくじっと眺めてたけど、しばらくしてあきらめたかのように、俺の腕から手を放した。
 「・・・じゃあ、行ってくるからな」
 本当は行きたくなんかなかったけど、俺は自分の気持ちにウソをついて、そう久保ちゃんに言った。
 すると久保ちゃんは、穏やかな優しい顔をして、
 「待ってるから、ちゃんと帰っておいでね」
と、微笑む。
 俺が何も言わずにうなづいただけで部屋を出ようとすると、背後から久保ちゃんの静かな、でもなんか哀しい声がした。

 「迷子になってもちゃんと捜しに行くから、ドコにいてもどんなコトになっても、俺のコト待ってなさいね」
 
 久保ちゃんはちゃんと知ってた。
 俺が出てこうとしてたこと。
 「捜してくんなくていい」
 俺が振り返ってそう言うと、久保ちゃんはベッドから出てその端に腰かけた。
 「こればっかりは、時任の言うこと聞いてあげない。俺は俺のために時任捜すんだから」
 「久保ちゃんのため?」
 俺が首を傾げると、久保ちゃんも同じように首をかしげて見せた。
 「当たり前でしょ?」
 「・・・・?」
 「好きな子捜しに行くのに、理由なんかいらないんじゃない? 自分でも意外だけど、時任がいないとさ、ダメみたいだしね、俺」
 「好き?」
 「そう、好き」
 好きだとかそんなこと一回も久保ちゃんの口から聞いたコトなかった。
 俺もそんなこと言ったことなかった、一回も。
 だってそれは・・・・。

 「時任がいなくて長生きしても、俺には何の意味もない。死んでると同じコトだからさ。生きてくために、時任のことココに閉じ込めてたいの。俺のエコ゛なんだけどね」

 俺は哀しいのと辛いのと、愛しいのと切ないのと、何もかもがごちゃまぜになって、そんなぐちゃぐちゃな気持ちを抱えたまま、久保ちゃんが伸ばしてくれた腕の中に飛び込んだ。
 
 「久保ちゃん・・・」
 「うん」
 「俺、久保ちゃんのコト壊しちゃうかもしんない」
 「いいよ、壊して」
 「後悔しても、絶対、離れてやんないからなっ」
 「心配しなくても、後悔しても絶対放さないから」

 好き、大好き、愛してる。
 そんな言葉なんかじゃたりない、全然。
 
 けど、それは当たり前。

 過去にも未来にも見向きしないほど、俺達は今を抱きしめて生きてるんだから。

                                             2002.2.10
 「今だけを抱きしめて」


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