「僕が好きなのは久保田先輩だけなんですぅっ。ねぇっ、久保田先輩〜っ」

 放送で呼ばれて職員室に行った帰りに、なんとなくぶらぶら一人で廊下歩いてたら聞き覚えのある声が窓の外から聞こえてくる。でも、それが誰かってのは見るまでもなく藤原で、そんで好きだとかなんとか言いながらしつこくまとわりついてる相手は久保ちゃん…。
 外からは藤原の声だけで、久保ちゃんの声は聞こえて来ないけど…、
 たぶんいつもみたいに腕に藤原をくっつけたまま、平然としたカオして歩いてんだろうなぁって思って窓の外を見たら…、
 やっぱ少しも思ってたのと少しも違わなくて、なぜかちょっとだけ複雑な気分になった。

 「なーに、一人で窓の外なんかじっと見てんのよっ。それに、あの状況でアンタが黙って見てるなんてめずらしいじゃない?」
 
 ちょっとだけ複雑な気分のままで窓の外を見てるトコを運悪く通りかかった桂木に見られてそう言われたけど…、
 めずらしいってのは言われなくても自分でわかってる。
 でも、藤原が久保ちゃんにまとわりついてんのがいつもと違ってイヤじゃないとかじゃなくて、ただココから走ってく気分にならなかっただけだった。
 それは藤原が何回好きだって言っても、久保ちゃんは適当に相槌だけ打ってるだけで…、それがわかってるからってのもあったけど…、
 あんだけ言っても伝わらないコトもあるんだって…、必死に久保ちゃんにしがみついてる藤原を見ながらカンジたせいかもしれなかった。
 
 「・・・・・・・・・めずらしいだけ余計だっつーのっ」

 俺が少ししてそう返事すると、桂木は笑って軽く肩をすくめてから窓の外を見てる俺の隣に並ぶ。そして、俺と同じように窓の外を見ると小さく息を吐いた。
 目の前にあんのは、俺にとっても桂木にとっても見慣れた光景ってヤツだったけど…、なんとなく見慣れすぎてて感覚がおかしくなってる気がする。
 藤原がホンキで言ってんだってのはわかってるし、マジで久保ちゃんが好きなんだってのも知ってんのに…、
 何度も何度も好きだって言ってんのを聞いてたら、なぜかはわかんねぇけど、いつの間にか何回好きって言っててもジョウダンにしか聞こえなくなってた…。

 「なぁ…」
 「なに?」
 「いくら好きって思ってても…、やっぱ好きだってあんま言わねぇほうがいいのかもな…」
 「まぁ、確かに藤原は言いすぎだとは思うけど…、どうしてそう思うの?」
 「だってさ…、あんま何回も言ってっとマジじゃなくてジョウダンっぽく聞こえるし、だったら言ってるイミとかなくなってくるし…」
 「それって、伝わらないからってコト?」
 「べつに…、そうじゃねぇけど…」

 ・・・・・言った数だけ、胸ん中がスゴク痛くなる気がする。

 途中で途切れた言葉をココロだけでつぶやいて、それから久保ちゃんも藤原もいなくなった外を眺める。そしたら、開けられてる窓から吹いてくる風は少し生暖かくて雨が降る気配がした。
 こういう時の風はなんか…、じめじめと身体にまとわりついてくるカンジがして気持ち悪い…。だから、ちょっとだけカオをしかめたら、桂木がいつものハリセンじゃなくて素手で俺の背中を軽く叩いた…。

 「…ったくっ、らしくないカオしてんじゃないわよっ」
 「うっせぇっ、たまには俺だってこーいうカオしたくなる時もあんだってのっ」
 「ふぅん、そうなの。だったら、そーいうカオしたくなる原因は藤原に同情してるからとか?」
 「・・・・違ぇよっ」
 「ホントに?」
 「ホントに決まってんだろっ。なーんで俺様が藤原なんかに同情しなきゃなんねぇんだっ!」
 「でも少なくともさっきは、久保田君じゃなくて藤原を見てたでしょう? だから、いつもみたいに止められなかったんじゃないの?」
 「・・・・・・・・・」
 「時任?」
 「アイツは伝わっても伝わんなくても…、たぶん言ったコトを後悔なんかしねぇよ。だから、同情なんかする必要ねぇだろ…」
 「・・・・・・そうね」

 「ジョウダンに見えてもなんでも、アイツはホンキなんだからさ…」

 自分でそう言ってみて…、それから気持ち悪い風を振り払うみたいに白い雲が浮かんでる空を見たら…、
 ちょっとだけ、今まで見えなかった何かが見えた気がした…。
 きっとホントにジョウダンに見えてたら、久保ちゃんの腕にすがりついてんのを見ても引きはがしたくなんないし…、走り出したくもならない…。
 ホンキだからホンキなる…。
 伝わるとか伝わらないとかそんなのじゃなくて…、ホンキだから好きだってコトも言いたくなるのかもしれなかった…。
 どんなに痛くても…、何度でも何度でも…。

 「やっぱ…、ちょっち行ってくるっ」
 「もしかして、いつもみたいに藤原のジャマをしに?」
 「ジャマなのは超絶美少年の俺じゃなくて、当たり前にブサイクな藤原だっつーのっ!」
 「はいはいはい…」
 「くっそぉーっ、なんかムカついてきたっ!!」
 「あっ…、そーいえば放送で呼ばれたのってなんだったの?」
 「久保ちゃんが授業中に寝ねぇように、なんとかしろって担任に言われたっ。…ったく、アイツは夜更かしじゃなくて不眠症だっつーのっ」
 「ふーん、今更なのにねぇ?」
 「だろ?」
 「試しに子守り歌でも歌ってあげたら? 案外、治るかもしれないわよ?」
 「そんなんで治るかっ!!」
 「・・・・もしかして音痴?」

 「…って、アイドルな俺様がオンチなわけねぇだろっ!!!」

 なんとなく屋上にいそうな気がしたから、そう叫んでから屋上に向かって走り出した。でも、桂木に言ったみたいにそれで不眠症が治るワケねぇとかは思ってねぇけど、少しだけ子守り歌とか歌ってみるのもいいかもしれない…。
 それはたぶんムカムカして嫉妬して…、いつもそんなのばっかで想ってるコトもカンジてるコトも言葉になんねぇから…、
 好きだって…、それだけを何回も何回も言うみたいに…、

 不眠症の久保ちゃんに…、おやすみを言いたいからかもって気がした…。


                                             2004.6.7
 「言いたいコト」


                     *荒磯部屋へ*