朝、ばっと起き上がって時計見たらまだ六時だった。
 けど、昨日カレンダーを見た時に久保ちゃんよか早く起きるって決めてたから、第一目標達成なカンジで眠いっていうよりワクワクする。
 ホントは早起きっていうより、あまり眠れなかったってのが正しかったりするけど、それくらい早く今日になればいいなぁって思ってた。
 一年たったらどうとかそんなんじゃねぇけど…、俺と久保ちゃんが始めて会った日は今日だって久保ちゃんが教えてくれたから…。
 なんとなく、その日をちょっと意識するようになった。
 
 「去年の今日かぁ…」

 ボソッとそう言いながら、まだ横で眠ってる久保ちゃんの方を見る。
 俺の方が早起きなんてことはめったにねぇから、寝顔を見るのはかなり珍しかった。久保ちゃんはメガネかけてる時とかけてない時とすっげぇ雰囲気変わるけど、眠ってる時も少し雰囲気が違う。
 まつ毛も結構長いし、妙に色っぽいっつーか…、なんつーか…。
 …って、なに考えてんだっ、俺っ!
 く、久保ちゃんの妙な色気に惑わされてる場合じゃねぇんだっつーのっ。
 今からすることあるし…、でもやっぱちょっとだけ・・・・。

 ・・・・・・ちゅっ。

 「これでよしっと…」


 うーん何がよしっ…、なんだろうねぇ?
 どうせキスしてくれるなら唇の方が良かったんだけど、時任は頬に一つキスしただけで満足した様子でベッドから抜け出した。
 時計を見たらまだ六時だし、こんな時間に時任が起きてるなんて、明日は雪じゃなくて隕石が降りそうだなぁ…。
 それにじーっとヒトの顔見てたから寝たフリしてたけど、頬にキス一個ならそんなフリしてないで起きればよかったかも…。
 なーんてちょっと後悔しながら、枕元のセッタに手を伸ばしてくわえて火をつける。
 ベッドが煙臭くなるって見られたら怒られそうだけど、最初に比べたらタバコのことを言う回数が減った。
 それはたぶん時任自身もタバコ臭くなってるから、匂ってても気づかなくなって来てるからかもしれない。一年ずっと一緒にいれば、たぶんタバコの匂いが染み付くには十分なのかもしれなかった。

 「そーいや、今日で一年だっけ?」

 自分で言っといて自分で気づくのもなんだけど、そう言えばそうだったなぁって突然思い出した。だからなんとなく目の前に立ち登っていく煙を見ながら、このベッドに時任を運んで寝かしつけた時のことを思い浮かべる。
 それがたった一年前のことでしかなくても、あの日がすべての出発点だった。
 いつからが始まりで終わりなのか、それは人間にとっては生まれてから死ぬまでって決まってるけど…。たぶん時任と出会った瞬間に、俺にとって生きることも死ぬことも少しだけイミの違ったものになってしまったのかもしれない。

 時任を始めて見た瞬間から…。

 いつもより早起きした時任はなんだか楽しそうにベッドを離れたけど、いつまでたっても戻ってくる気配がない。
 何か企んでるんだろうなぁって思って、ベッドから起きてリビングに行ってみると、テーブルの上に完全にぐちゃぐちゃにつぶれた目玉焼きとサラダとパンが置いてあった。それは考えるまでもなく時任が作ってくれた朝メシに間違いない。
 それをじっと眺めてると、キッチンにいた時任がこっちに来た。

 「朝メシ作るなんて、どういう風の吹き回し?」
 「べっつにいいだろっ、たまには作りたくなる時だってあんのっ」
 「ま、いいけどね」
 「俺様が作ってやったんだから、ありがたく食えよっ」
 「ありがたくて涙出そう…」
 「ウソ泣きすんなっ」
 「あれ、バレてた?」
 「…あのなぁ」

 時任のキラキラとした瞳に見つめられながら、とりあえず朝メシを食うためにイスに座る。そして箸を手に取ってぐちゃぐちゃになってる目玉焼きを食べてみたら、ガリッという音がした。
 その歯に当たったその感触に思わず箸を止めたけど、時任が俺が食べるのをうれしそうに見てるから…。いくらカルシュウム不足でもタマゴの殻は遠慮したいと思いながらも、殻ごとソレを飲み込んだ
 「見た目は悪りぃけど、結構うまく出来てるだろっ」
 「・・・・・・そうねぇ」
 「うまい?」
 「うん」
 「ホントに?」
 「ホント…、カルシュウムがたくさん取れそうだしね…」
 「タマゴって、カルシウムがたくさん入ってんのか?」
 「時任のは特別製だから」
 「特別って?」
 「おいしいってイミだから、気にしなくていいよ」
 「ふーん…」
 目玉焼きは誰が作っても一緒かって思ってたけど、どうやらソレは間違いだったらしい。目玉焼きの奥深さをカンジながら、俺は次にそばに置かれていたサラダに箸を伸ばした。
 ・・・・すると箸でつまんだ一枚のキュウリが、見事に繋がってる。
 ここまで見事に繋がったのは始めてみたなぁと思ってると、時任がトースターにパンをセットしていた。トースターにパンをセットするのはいつもしてることだし、よほどのことがない限りは失敗することないだろうって思って見てると、キッチンから妙な匂いが漂ってくる。
 なんだろうと思って見に行くと、奇妙な物体が鍋の中で焦げてた。
 完全に炭になってるから、元はなんだったかはわからない。
 鍋のフタをあけた途端に、部屋中が煙だらけになった。
 「うわぁぁっ、俺様のカレーがっ!!」
 「これってカレー?」
 「みりゃあわかるだろっ!」
 「・・・・・・・匂いはなんとなくカレーっぽいかもね」
 「せっかくちゃんと作ってたのにっ!!」
 時任の叫び声を聞きながら鍋の中に水を入れて消火すると、シンクの中に野菜をむいた皮がある。どの皮もすばらしく分厚かったけど、その中にたまねぎの皮がないのがかなり気になった。
 少しこげたことにカンシャしながら俺が冷蔵庫からタマゴを取り出すと、時任は不思議そうな顔をして俺の方を見る。
 けど、俺はそのままフライパンを火にかけるとその上にタマゴを割った。
 「もしかして、もう一個食うのか?」
 「違うよ。これはお前の分」
 「えっ?」
 「自分の分を作るの忘れてるでしょ」
 「そーいや俺の分もいるんだったっ」
 「俺の分は時任が作ってくれたから、時任の分は俺が作るからさ。イスに座って待ってなよ。カレー作ってくれてアリガトね」
 「・・・・うん」
 時任は作ってたカレーがこげたことにガッカリしながら、いつも座ってるイスにすとんと腰を降ろす。目玉焼きを作りながらその様子を見てると、時任は焼けたパンにバターを塗り始めた。
 朝メシとカレーを作ってくれたワケはなんとなくわかってるけど、少しだけ何かがうわすべりしているような気がする。
 だから、俺は時任に向かって一言だけ言った。


 「大丈夫…、何も心配いらないから…」


 朝早く起きて目玉焼き作って、カレー作って…。
 べつに一年だから特別ってワケじゃねぇけど、なくとなくそういうことをしたくなった。
 何かちょっと違うことがしたくなったカンジで…。
 俺の作った目玉焼き食べてる久保ちゃん見てんのも楽しかったし、カレーも失敗したけど作ってる時は楽しかった。
 だからこれでいいはずなのに、ちょっとだけ心の中がザワザワする。
 そのザワザワをカンジながらなんでだろうって思ってると、久保ちゃんが大丈夫だって言った…、心配いらないからって…。
 何が大丈夫で何か心配いらないのか、ぜんぜんわかんなかったのに、なぜかそれを聞いたらザワザワしてたのがなくなって急に楽になった。
 
 「メシ食ったら、どっか買いモノ行かねぇ?」
 「ならさ、カレーがこげちゃったしどこかで何か食べる?」
 「俺様、ギョウザが食いたいっ!」
 「じゃ、中華街まで行こっか?」
 「賛成っ!」

 始めに立てた目標は中途半端で終わったけど、やっぱ決めたことだし、最終目標だけはなんとか果たすことにする。
 だから、俺は焼けた目玉焼きを持ってきた久保ちゃんに背伸びしたキスをした。

 「あっ…」
 「め、目玉焼きがっ!!」

 目玉焼きが見事に床に落ちて、俺と久保ちゃんは顔を見合わせて笑う。
 そうやって笑い合ってると、先のことは何もわからないし…、わかりたいとも思わないけど…。
 ちょっとだけ来年もその次も…、こうして二人で笑い合ってるような気がした。


『一年』 2003.1.29更新


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