恋愛的な告白・・・、には時期があるらしい。


 時期というよりも、それはキッカケというものなのかもしれないが…。
 あくまで自称美少年だが、客観的に見ても容姿は整っているし、文武両道が入部条件である執行部員らしく、勉強もスポーツも並み以上に出来る。そんな時任稔が初めてのラブレターなるものをもらったのも、そんな時期の一つだった。
 しかも、それは修学旅行、文化祭という類ではなく、これで会えなくなるかもしれないという卒業を間近に控えたシーズン。それは、まだ三年がすべてではないが、比較的多く登校して来ている時期、今年は日曜であるバレンタインの一歩手前だ。
 下駄箱に入っていたラブレターを発見した時任が、やったーっと喜び勇んで書かれた場所に赴いたのは、同じ執行部員なら誰でも知っている。そして、それから以後も校内に限らず、他校の女子生徒からも告白された事も誰もが知っている事実だ。
 言っても言わなくても、何しろ時任は何事も顔に出やすい。
 しかも、少しではなく、思いっきり。
 本人は隠しているつもりでも、顔にも態度にも滲み出まくっている。それは学校の屋上で、また、もらってしまったラブレターを睨んでいる今も変わりなかった。

 「さっきから、ナニ睨んでんの? ソレって親のカタキ?」

 青空にプッカリと浮かぶ雲を眺めながら、時任にそう尋ねたのは久保田誠人。
 時任の執行部での相方にして、同じマンションの同じ部屋に住む同居人。
 そして、この学校で知らぬ者などいないほど、有名なバカップルの片割れ。
 しかし、久保田が時任の肩や腰を抱いていたり、いつも話す時に異常に顔が近かったり、紛らわしい会話が連発していたりしても、二人の間には何もなかった。
 四六時中、二人でいる上にベタベタとくっついているのだから、何もない…というのは、多少語弊があるかもしれないが、それもあくまでちょっと行きすぎた友情程度。
 だからこそ、時任はラブレターに浮かれて呼び出し場所に向かうし、そんな時任に対して久保田は軽く肩をすくめながら、ご苦労サマなどという言葉を送る。けれど、告白が2回を越えた辺りから、時任は今のような状態になっていった。
 そんな時任を見ていた執行部の紅一点である桂木は、あんなに喜んでたのに、どうしたのかしらと首をかしげ。その横で同じく執行部の相浦は、誰と付き合うか迷ってるだけだろと、少しうらやましそうに言う。
 だが、時任の視線は、日増しに鋭くなり続け…、
 今や親のカタキ。
 実は時任以上に告白を受けている久保田はいつもと変わらないが、同じ状況下にいる時任の眉間には皺が刻まれていた。
 「親のカタキって…、んなワケねぇだろ」
 「だよねぇ、ソレって下駄箱入ってたラブレターだし。…で、今回の呼び出し場所は?」
 「ココに放課後」
 「体育館裏、中庭に続いて定番だぁね。ちなみに封筒の中身が脅迫や果たし状だった場合も、呼び出しの定番は変わらずだけど」
 「・・・・・・・いっそ、果たし状ならいいのに」
 「教室でそのラブレター片手に、同じセリフ吐いたら死ぬよ、お前」
 「はぁ? なんで??」
 「うん、まぁ、手に持ってんのが果たし状でもラブレターでも、お前が天然だってのは分かってるけどね」
 「だーれーが、天然だっ。俺サマは天然じゃなくて、天才だっつーの!」
 そんな時任の言葉に、久保田がハイハイと気の無い返事を送る。
 すると、時任はムッとした表情で唇を尖らせた。
 卒業間近になってから、当たって砕けろ精神を女の子達が発揮してくれたおかげで、一気にモテ期に突入してしまった時任には、自分の発言が死を招く意味が本気でわからないらしい。そして、更に今手に持っているラブレターの送り主が校内でも一、二を争う美人からだという事も知らないようだった。
 久保田もそういう意味では知らなかったが、名前を聞けば顔は浮かぶ。
 それはなぜかと言うと、実はその美人…、数日前に時任ではなく久保田の前に立ち、本当に時任と付き合っているのかと尋ねたからだ。
 聞かれた久保田は、いつものように迷いなく、いんやと簡潔に否定。
 すると、美人はやっぱりそうよねと微笑みながら、ほっと胸を撫で下ろした。
 …で、そのやりとりが時任へのラブレターへと繋がり、現在に至る。
 公認バカップルと呼ばれるだけあって、時任に告白した女子の内、3人告白前に久保田の前に立っていた。そして、同じように久保田に告白した女子の何人かは、時任の前に立っている。
 だが、時任の答えも迷いなく、久保田とまったく同じだった。

 「なんつーか、全然わかってなかったんだ。告白されたら、返事しなきゃなんないって…、そんなの当り前なんだけどさ、わかってなかった。好きだって言われて、うれしってソレだけじゃダメなんだよな…。真剣に言ってくれてんだから、真剣に考えなきゃ…さ…」
 
 久保田と同じように青空にプッカリと浮かんだ雲を見上げた時任は、ラブレターをポケットに押し込みながら、そう呟く。だが、久保田はその言葉の続きを待つように、何も言わずポケットからタバコを…、いつものセブンスターを出してくわえた。
 その仕草はどこか対照的で、けれど、二人の間の空気に乱れはない。
 二人の距離も、いつもと同じで不自然ではない。
 肩を組んだりはしていないが、簡単に手が届く近い距離だ。
 けれど、今までになかった時任の悩みと、その悩みに対する時任の発言が、わずかに久保田の周囲の空気だけを乱した。

 「けど、自分が誰が好きかって考えた時…、久保ちゃんしか浮かばなかった。俺は久保ちゃんが一番好きなんだと思う」

 ・・・・・・・一番好き。
 そんな言葉が、わずかに久保田の周囲の空気を乱し…、
 けれど、すぐに唇に浮かんだわずかな笑みが、乱れた空気を元に戻す。
 時任が次の言葉を紡ぐ前に、久保田は次に紡がれる言葉を一言一句間違えずに予測していた。

 「けど、久保ちゃんは男だし相方だし、そういうのじゃねぇし。だからって、好きでもないヤツと付き合うって、なんかヘンな気ぃするし…、なんだかなぁってさ」

 そんな自分の予測通りの言葉を聞きながら、久保田はくわえたタバコに火をつける。すると、ジジジと火がセッタに移る小さな音がして、空に向かって灰色の煙が立ちのぼり始めた。
 そして、ゆっくりとゆっくりと、けれど確実にタバコを燃やして行く。
 しかし、時任はラブレターの事で頭がいっぱいで、眉間に皺を寄せながら空ばかりを見ていた。
 「ま、モテる男の贅沢な悩みってヤツだし、悩める内にせいぜい悩んどきなよ。もしかしたら、そんな悩みはすぐになくなっちゃうかもしれないし?」
 「・・・・って、今、なんかさり気に聞き捨てならねぇセリフ、言われた気ぃすんだけど?」
 「気のせいっしょ」
 「そ、そうか?…って、誰が誤魔化されるかっっ!」
 「きゃー、時任クンってばコワーイ」
 「セッタくわえて棒読みで、何がコワーイだっ!!待ちやがれ、このヤロウっ!!」
 追いかけられて逃げて、伸ばされた腕をすり抜けて…、また逃げて。
 襲いかかってくる時任から、微笑みながら久保田は逃げる。
 けれど、そんな二人はあくまでいつもと同じ、いつもと何も変わりない。もしも、この場に二人の所属する執行部員が居れば、やれやれと見慣れた光景に肩をすくめるだけだ。
 二人が何を考え何を想っているかは別としても、追いかけ逃げる二人の様子は一言でいえば…、楽しそう。そう、いつも二人は楽しそうだった。
 しかし、時任が形ばかりのむくれた顔で、いーっと白い歯を見せて子供じみた仕草をしてから、一人で屋上を出て行くと空気は一変し…。残された久保田の周囲の空気が、一瞬にして自分を包むものではなく、自分とそれ以外を隔てる壁になった。
 冷たくはないが温かくもない、楽しくはないが哀しくもない。
 空に向かってゆるゆると立ち上り、すぐに消えてしまうタバコの煙のようにぼんやりとした…、けれど、確実に存在する壁。そんな壁を無意識に作り出しながら、軽く伸びをしながらフェンスに寄りかかったのは、そう…、実はおよそ3時間前のこと。
 そうして、今はまだ夕暮れには早い…、しかし、すでに放課後の時間帯となり、
 久保田は屋上ではなく、自分の教室に居る。
 その視線の先には、6時限目の半ば辺りから珍しく寝入ってしまった相方がいて、未だ目覚める気配はなかった。

 「放課後に屋上・・・、だったっけ」

 久保田がそんな呟きをもらす間にも、一人、また一人と教室から人が減りいなくなる。部活だったり、友達との約束だったり、教室から出た人間が向かう先はそれぞれだが、本当は机に突っ伏して眠っている時任も、その中の一人になるはずだった。
 けれど、今日の事を考えていて、昨日は眠れなかったのだろう。ラブレターに書かれた約束の放課後が来ても、未だ時任が目覚める気配はなかった。
 人が少なくなるにつれて、徐々に静かになっていく教室で時任は眠り続ける。そして、そんな時任を眺め見つめ続けている久保田は、らしくなく深く長い溜息をついた。

 「何も今日に限って、居眠りなんてしなくてもいいのに…ね」

 同じクラスには、桂木がいる。だから、桂木が起こすだろうと思っていたが、良く眠っている時任を見て、ハリセンを出さずに肩を軽くすくめただけだった。
 いつも居眠りばかりしている久保田と違って、時任の居眠りはとても珍しい。
 意外な事に、いつも時任のノートは読みやすく綺麗だ。
 そのせいか、授業をしていた教師も、一度だけ声をかけただけだった。
 誰かが起こしてくれたら…と、眠ってしまった時任と入れ違いで起きてしまってから、久保田は思っている。教室に誰もいなくなりかけた今も、そう思っている。
 しかし、時任が早く起きなくてはならない理由を知ってるのは、久保田だけだった。
 一番近くに居るからこそ、それを知っている。けれど、久保田は時折、教室の黒板の上にある時計に意識を向けながらも、自分の手で時任を起こそうとはしなかった。
 正確には…、起こそうとしたが起こせなかった。
 放課後になってから、一度、起こす目的で時任に近づいたけれど…、
 そのために伸ばした指先は、なぜか肩を叩かずに見た目よりも柔らかな髪に向かって伸ばされ、触れる直前で止まった。それは起こす目的で伸ばしたはずの自分の手が、違う目的で時任に触れようとしているのに気づいてしまったせいだった。
 
 ・・・・・・・一番好き。

 止めた指先を見つめながら、そんな言葉が脳裏をよぎる。
 けれど、その言葉で勘違いしてしまうほど、時任との関係は浅くない。
 それどころか…、きっと他の誰よりも深い…。
 だからこそ、できない勘違いに伸ばせない手に、タバコの量は増える一方だった。
 
 「屋上で未来の彼女が待ってる。だから、早く起きなよ…、色男」

 そう口に出して言いながら、心にもない事を・・・と心の中で呟いて、笑みを浮かべた唇にタバコをくわえる。でも、さすがに教室で火をつける訳にはいかなくて、くわえたフィルターに軽く歯を立てた。
 きっと、あの美人はもう屋上に来ているだろう。
 屋上に居て、時任が来るのを待っている。
 そして、その美人に時任がどんな返事をするのか、そこまでは久保田にもわからない。一番近い位置に居ても、そこまで干渉する権利はない。
 たとえ一番好きだと言われても、馬に蹴られて死ぬだけだ。
 窓からの光を受けて伸びる影は、偶然にも想いのある場所に向かって伸びている。けれど、ようやく起こすために伸ばした二度目の手は、今度は髪ではなく肩に向かい。
 触れようとした手から伝わるのは恋情ではなく、信頼。
 友情を行きすぎていても、そこに愛に似た何かがあったとしても…、

 その愛から・・・、恋は生まれない。

 それなら、いっそ愛を憎しみに変えてしまえば、永遠にならないかと…、
 閉じられた瞳が開く瞬間を思い描いた瞬間に、信頼を得るために伸ばした手は血迷い…、肩でも髪でもなく頬に触れて撫でで…、顎を掴み…、
 噛みしめたタバコを落下させて唇を呼吸を奪って、その手のひらを裏返した。

 「今から、一番から最下位に転落してあげるよ。そしたら、きっと俺以外の誰かが一番になって、めでたしめでたし…デショ?」
 
 突然に返された手に、奪われた唇に閉じられていた時任の目が見開かれ…、
 その瞳に映る自分を見つめながら、久保田は冷たく微笑む。
 けれど・・・・・、そんな憎しみでさえも、時任の言葉に瞳に打ち砕かれ…、
 結局、屋上へと向かう背中を、いつもと同じ顔でひらひらと手を振り見送った。

 「・・・・・ジョウダンだろ?」

 久保田を見つめる瞳は、一瞬だけ揺れ…、
 でも、次の瞬間には強い光が宿り、何があっても信じてると伝えてくる。
 真っ直ぐで決して揺るがない、綺麗な瞳と感情…。
 どんな事があっても、一番好きだから信じてると残酷に告げる唇。
 一番好き…、誰よりも好き…、
 決して落下しない…、その甘くて苦い地位に眩暈がする。
 落としたタバコを踏み、見上げた空はいつの間にか薄曇り…、
 晴れやかに笑う事も、雨を落として泣く事もできず…、愚図ついて…、
 ようやく開いた唇で綴った言葉は愛なのか、憎しみなのかさえもわからなかった。



 「好きだよ、時任…。誰よりも一番…、ね」


                                             2010.3.7
 「一番好きなヒト」


                     *荒磯部屋へ*