この間まで冷たくて凍りつく感じだったが、今は頬を撫でていく風が少し柔らかくて暖かい。けれど、その風は街中にいるせいで排気ガスの匂いしかしなかった。
　吹いてくる風は、冬でも春でも変わらずに汚れている。
　だが、それでも頬に柔らかい暖かさを覚えると、そこから春を感じられた…。一人で街中を歩いていた時任は春風に吹かれながら、なんとなく路に沿って続いてる街路樹を眺めて黒い皮手袋に包まれている右手を握りしめる。右手の事も自分の事も何もわからないままに…、ふと気づけば、また次の春が来ていた。

　「だから、なんだってんだよ」

　ぎゅっと拳を握りしめながら、外では決してはずす事のない手袋の感触を確かめる。そうして、そんな風に呟いて眠気を覚ますように軽く伸びをした。
　けれど、風が暖かいせいか少し眠い。久保田がバイトに出ていて暇だったからブラブラと街を歩いていたが、どうやらマンションに帰った方がよさそうだった。
　すぐ近くに行こうとしていたゲーセンがあったが、時任は歩いていた足を止めると踵を返して逆の方に歩き始める。そうしたのは眠かったからというのもあったが、もしかしたら、まだ暖かい春風に吹かれて歩いていたいという気分もあったのかもしれない…。
　時任の足はマンションの方に向かってはいたが、さっきと同じようにブラブラと歩いている感じのままだった。
　今日は天気が良くて…、事件もなくて何事もない。
　それは良い事に違いないはずなのに、右手を握りしめるとわからなくなる。何事もない日々が続けば続くほど、自分が探そうとしている真実から遠ざかっていく気がして胸の奥が少しだけチリチリした。
　けれど、そんな風に感じながらも何事もないことに、久保田と二人で暮らすいつもと同じ日々が続いていく事にホッとしてる自分がいる。真実を知るために今の状況が変化する事を望みながらも…、久保田と二人でいる時間が長くなればなるほど…、
　このままで…、このままで何も変わらなければと望んでしまっている自分がいた。

　「もう…、春だよな」

　そう呟いてゆっくりと穏やかに髪を…、頬を撫でていく風を感じながら少し目を細める。すると、近くから聞こえてきていた辺りに満ちている人々のざわめきや車道を走る車のエンジン音が一瞬だけ遠くなった…。
　何をしても、どんな事が起こっても流れていく時は決して止まらない…。
　だが時任の中でだけ、わずかに時が止まったような感覚があった。
　けれど、そんな感覚を感じるのは今が始めてではない。久保田と二人でマンションの部屋にいる時も、時々同じ感覚を感じていた。
　でも、それは感覚だけで…、ただそんな気がするだけで…、
　だから、止まらない時は唐突に耳に入ってきた声に引き戻されるように、すぐに時任の中でも流れ出した。

　「あれ、トッキーじゃん」

　そう呼びかけられて振り返ると、そこには見知った顔がある。それが滝沢だと時任が認識すると同時に、遠くなっていた周囲を包んでいる音がまた近くなった。
　いきなり流れていく時の中に引き戻されて、時任がわずかに首をかしげてじっと滝沢を見つめる。すると、そんな時任を見た滝沢は苦笑しながら、吸っていたタバコを右手で取って口からふーっと煙を吐き出した。
　「ま、昼間は安全だろうけどさ。あまりぼーっと歩いてると、知らないオジサンに連れてかれたりするかもよ？」
　「それって、今みたいにってコトか？」
　「どーいう意味よ、それ・・・っていうか、俺ってまだオニイサンっ」
　「一歩手前だろ」
　「ありゃりゃ、手厳しいねぇ」
　滝はそう言って笑いながら再びタバコを口にくわえると、何かを探すように辺りを見回す。けれど、探していたものが見つからなかったのか、軽く頭を掻いてうーんとわずかに唸ってから時任の方を見た。
　「それはそーと、くぼっちは？」
　「…って、久保ちゃんになんか用なのかよ？」
　「そうじゃないけどさ、なんとなく…」
　「久保ちゃんなら、今バイトだぞ」
　「ふーん、意外に放任主義なのかねぇ」
　「ホウニンって…、なにが？」
　「いやいや、単なる一人言だから気にしない、気にしない」
　「気にすんなって言われたら余計に気になんだろっ、フツーっ」

　「じゃ、一人でヒマしてるみたいだし教えるから、今から俺とデートってのはどう？」

　滝にデートしようと言われて、時任は少しムッとした顔になる。すると、そんな時任の顔を見てる滝は、やっぱりヘラヘラと笑っていて楽しそうだった。
　何か情報でも掴んだのかと思ったけれど、なんとなく今日は時任をからかっているだけでそんな感じじゃない。そう感じた時任は、再びマンションに帰るために前に向いて歩き出した。
　「・・・・・・だったら、教えなくていい」
　「あ…っ、おいっ」
　「バイバイ、滝さん」
　「…って、そりゃないでしょ？」
　「男とデートするシュミなんかねぇっつーのっ！」
　時任がちょっとだけ振り返ってそう言うと、滝はわざとらしくガックリと肩を落とす。すると、滝を置いて歩き出していた時任が立ち止まったが、それは滝が肩を落としたからではなく妙なセリフが後ろから聞こえたからだった。
　「男とするシュミないなら、俺とデートって事で問題ないじゃない」
　「はぁ？」
　言っている意味がわからずに時任が眉間に皺を寄せながら間の抜けた声を出したが、滝はそれを気にした様子もなく、立ち止まった時任に近づく。そして、口元にいつもと違う笑みを浮かべながら、目の前にある時任の瞳をじっと覗き込んできた。
　「なぁ、トッキー…」
　「な、なんだよ…っ」
　「俺のヒミツ…、特別に教えてやろうか？」
　「滝さんのヒミツ？」

　「そう、俺のヒ・ミ・ツV」

　薬の情報や獣化した死体の情報なら知りたいけれど、別に滝の秘密は知りたくない。そう思ってはいたが、なんとなく滝の雰囲気がいつもと違うせいか時任の足は止まったままだった。
　近くで見つめ合っていると、二人の間に妙な緊張感が走る。だが、滝はその緊張感を崩さないように隠していた秘密をそっと口にした…。

　「実は俺ってこう見えても…、オンナなんだぜ？」

　ヒゲ面で胡散臭い滝さんの口から、信じられない言葉が時任の耳に聞こえてくる。その瞬間にあり得ねぇっとか、ぜってぇウソだろっとか思ってはいたが、滝の表情が真剣なのでそう叫びたいのをガマンしてゴクリと息を飲み込んだ。
　滝が女なんて事は絶対にあり得ないしウソだと思っているはずなのに、なぜか真面目な顔をして言われるとなぜかそんな気がしてくる。時任は難しい顔をして低く唸りながら、滝の顎ヒゲを見て今度は膨らみのまったくない平たい胸をじーっと見た。
　すると、そんな時任の様子を見ていた滝は、思わずといった感じでブッと噴出す。それから、肩を震わせながら腹を抱えて笑い出した。
　「くくくく…っ、ほ、ホントにトッキーってさっ。面白くて見てて飽きないなァ」
　「なっ、なにが面白いんだよっ！　当ったり前にっ、最初っからぜんっぜんっ信じてなかったに決まってんだろっ！！」
　「それにしては、真剣に見てたよーな気がするんだけど」
　「見てたって何をだよ？」
　「俺の胸って何カップくらいに見える？」

　「だーっっ、そんなん俺が知るかっっ！！」
　
　完全にかわかわれている事がわかっているのに、ついムキになって言い返して、また滝にからかわれる。少し頬を赤くして膨れっ面をした時任はムッとしながら上目遣いに滝を睨んだが、それを見た滝はますます楽しそうに時任をからかっていた。
　しかし、そんな二人の間に聞きなれたぼんやりとした感じの声が割って入る。すると、聞こえてきた声はのほほんとしていたのに、滝の背中に何か冷たいものがゾクゾクっと走った。

　「・・・・・・・随分と楽しそうだねぇ？」

　この声を聞いた時任はムッとした顔のまま楽しそうじゃねぇっといつもの調子で言ったが、滝の表情はわずかにひきつって固まっている。けれど、すぐに表情を元に戻すと、いつの間にかすぐ近くに立っていた久保田に向かって笑いかけた。
　「放任主義かと思ったけど…、うーん、やっぱ気のせいか」
　「どういうイミなのか、さっぱりわかりませんけど？」
　「そー言ってるワリに冷気漂ってない？　くぼっち」
　「そういう滝さんこそ、笑ってるワリに機嫌良くなさそうかも？」
　「・・・・・・・」
　「図星？」
　時任に出会った瞬間からやけにテンションの高かった滝は、久保田にそう言われると右手を後ろに伸ばして少し上を向いてカリカリと頭を掻く。そして何か心当たりがあったのか、否定せずにタバコをくわえた口元に少し寂しさの滲んだ笑みを浮かべた。

　「うーん…、まネ、微妙なトコ」

　滝はそう答えたが、久保田はそれ以上は何も聞かない。それは聞きたくないからとかそんな理由ではなく、滝が話したければ話せばいいし、話したくないなら話さなければいいと思っていたからだった。
　けれど、きょとんとした顔で会話を聞いていた時任の方は、滝の言葉に首をかしげる。そして、自分が疑問に思った事をそのまま口にした。

　「微妙ってナニがだよっ？」

　時任がハッキリとした口調で遠回しではなく直接的にそう聞くと、滝の口元に寂しさではなく…、何か暖かいものが笑みと一緒に滲む。確かに聞かれたくない事や、言いたくない事は山ほどある気はするが、淀みなくハッキリと真っ直ぐに響いてくる時任の声にはなぜか答えたくなるから不思議だった。
　けれど、それは久保田の方も同じで…、時任のように聞いたりはしていないのになぜか何を言っても聞いていてくれる気がして、何かに引かれるように閉じた唇を開きたくなるような不思議な感じがした。
　久保田と時任はまったくタイプが違うし、似た所なんて少しもないように見えるけれど、会う回数が増えれば増えるほど…、なぜか二人が似てる気がする…。どこが似てるのかはわからないが、なぜか似通った雰囲気を持つ二人を眺めた滝沢は口元に笑みを浮かべたまま目を閉じた。

　「今日は天気もいいし、桜も満開…。どうせなら風流に桜の花でも眺めながら話しましょうや、お二人さん」

　滝がそう言うと二人は滝の方を見るのではなく、お互いの顔を見合わせる。閉じていた目を開けてそれを見ていた滝は、今度は口元に笑みを浮かべるだけではなく軽く声を立てて笑った。
　すると、そんな滝を二人が不思議そうな顔をして見る。
　けれど、滝は何も言わずに桜の咲いている場所に向かって歩き出した。










　目の前には、来る途中で買ってきた缶ビールとおつまみ。
　そして、頭上には満開の桜の花と青い空…。
　辺りは人が多くて騒がしかったが、淡いピンク色に染まった景色を眺めているとそれも遠くなる。風が吹くたびに舞い落ちる花びらは、ひらひらと踊るように舞っていた。
　灰色のビルの谷間から同じ色の空を見上げた時とは違う…、綺麗すぎる風景。
　穢れなく美しい世界…。
　けれど、灰色のビルも目の前の風景も夢でも幻でもなく、確かに現実に存在していた。　
　それを確かめるように舞い落ちてくる花びらを一枚掴むと、滝はその手をゆっくりと開いてみる。すると思い出の中にあるいつかの日と同じように、ちゃんと桜の花びらが滝の手のひらの上にあった…。

　「結局、俺の手のひらに残ったのは思い出だけだったな…」

　滝がそう小さく呟くとと手のひらの花びらが、吹いてきた風にさらわれて舞い落ちる。すると、その風の音に混じって…、なつかしい声が聞こえた気がして苦笑した。
　けれど、その声は白い病室の部屋にいた頃の声じゃない。
　同じなつかしい声だけれど、もっと小さくて元気な声だった…。
　その声を聞いて思い出すのは桜の花の下で元気にはしゃぐ妹と…、そんな妹を見て笑う父親と母親…。そして、黙って静かに薄紅色の花を見上げていた姉の横顔…。
　滝は手に持っていた缶ビールを一口飲むと、桜を見上げて眩しそうに目を細めた。
　「お袋が死んで妹も死んで…。けど、その前もその後もいつも思い出すのはお袋の疲れ切った顔とか、病院のベッドで弱っていく妹の儚い笑顔だった…。なのに、今はもっと昔の…、壊れる前の事ばかりを思い出すんだよなぁ、不思議なもんでさ」
　「ふーん…、そっか…。けど、自分の中にある思い出の中から思い出すなら、つらいとか哀しいとかさ。そーいうのよりも、楽しいコトとかうれしいコトの方がいいじゃん」
　「ははは、まァね…」
　「それとも、つらいコトとかそーいうのしか思い出したくないワケでもあんのか？」
　時任がそう聞いた横で、缶ビールを飲んでいた久保田がチーかまの袋に手を伸ばす。けれど、チーかまの袋が久保田によって音を立てて開かれても滝は何も答えなかった。
　開けられた袋の中から出して久保田がチーかまを取り出すと、時任がパクっと食いついて久保田のチーかまを横取りする。その様子はまるで親鳥と雛のようで、二人を見ているとなんとなく腹の奥から笑いが込み上げてきた。
　滝は時任のムッとした視線を受けながら押さえ切れなくてひとしきり笑うと、チーかまの近くにあったいかくんに手を伸ばす。そして、近くをヨロヨロと歩いていた野良猫にほらっと差し出した。

　「確かにトッキーの言う通りだけど思うけどさ…。俺の場合はどういう訳か、楽しい事やそういう日の事を思い出す時の方が…、空と桜の花の色がやけ目に染みるんだよな…」

　ヨロヨロと寄ってきた野良猫にいかくんをやると、滝はそう言ってまた口元に寂しさの滲んだ笑みを浮かべる。こんな感傷も笑みも自分らしくないと感じてはいたが、桜の花が儚く散っていくのを見ているといなくなった神様の…、いつも優しく微笑んでいた妹の事が重なって見えた。
　妹は六歳の頃から病院のベッドに寝ていて、つらい事も哀しい事もたくさんあったはずなのにいつも微笑んでばかりいて…、
　けれど、それはそうあって欲しいと滝が望んでしまっていたせいかもしれない。身体を蝕む病気が妹をベッドに縛り付けているように、滝が苦しんで哀しんでいる妹の顔に微笑みを貼り付けてしまっていた…。
　もしも、妹を痛い苦しいと泣き叫ばせてやることができていたら…、思い出の中にある日のように笑ってくれた日もあっただろうか…。
　そうしたら…、もっと何かが変わっていただろうか…。
　今さら考えても想ってもどうにもならない事ばかりが頭の中に浮かんできて、でもそれでもひらひらと散っていく花びらを眺めているとそれを止める事ができない。けれど、そんな滝の止まらない思考を止めようとするかのように、飛んできた小さな虫を久保田がパンッと両手で叩いて落とした。
　
　「寂しそうでも楽しそうでも、微笑んでる顔に感情が滲んでたなら…。それを伝えるために…、微笑んでいたかったのかもね」

　久保田の言葉を聞いた滝は、白いベッドの上で微笑んでいた妹の顔を思い浮かべてみる。すると、記憶の中の妹はただ微笑むのではなく、優しくて儚い微笑みを一生懸命に自分に向けてくれていた気がした…。
　だから、きっと儚くてもそうじゃなくても、滝の記憶の中にいる妹はいつも笑顔でいる。それに気づくと一言でいい…、妹に何か伝えたくてたまらなくなった。
　けれど、この世をどこを探しても妹は…、美沙はどこにもいない…。
　美沙は滝の記憶の中だけにいて、今も微笑んでいた。

　「美沙・・・・・・」

　久しぶりに声に出して呼んだ名前はその先に続けようとした言葉と一緒に、突然、吹いてきた突風にさらわれる。そして美しく儚く…、けれど見事に咲き誇る桜の花びらが一瞬だけ滝の視界を塞いだ。
　けれど、その見えなくなった視界の隙間に美沙ではない別の誰かの微笑みが見える。それは何もかもをさらうように吹く突風から守るように、時任の肩を抱きしめている久保田だった…。
　その微笑みはいつもとは違って、穏やかで優しくて見ているとなぜか胸が痛くなる。そんな胸の痛みを感じながら、次第に収まっていく風の中で滝はさっきの久保田の言葉を想い出していた。

　・・・・・・・・伝えるために微笑んで。

　すると微笑んだ久保田の腕の中で、同じように微笑んでいる時任が見えて…、滝は口元に笑みを浮かべながら視線を空へと向ける。それから、持っていた缶ビールを一口飲んで二人に向かって軽く…、乾杯をするように缶を少し上げた。
　「ちゃんと離さずに離れずに…、そのままでいろよ」
　滝はそう言って立ち上がると二人に背を向けて、満開の桜並木の下を一人で歩き出す。その背中に時任が声をかけたが、滝はいつもの調子で笑いながら手を振ったが立ち止まらなかった。
　「自分で花見に誘っといて、一人で帰んなっ！」
　「ま、元気になったみたいだし、別にいんでない？」
　「けど、この缶ビールの山はどうすんだよ？」
　「二人で山分け？」
　「よっし！　そんじゃ全部なくなるまで飲んで飲んで飲みまくってやるっ！！」
　滝がいなくなって久保田と二人になった時任は、そう叫んで沢山の缶ビールの前で拳を握りしめる。けれど、さっきから久保田はビールを飲んでいたが、時任はまだ飲んでいなかった。
　時任は飲む気満々で目の前の一つ目の缶ビールを手に取って、プルトップを開けようとする。しかし、それを見ていた久保田は何かを思い出したように時任の肩を叩いた。
　「うーん、そう言えば思い出した事があるんだけど？」
　「…って何だよ？」
　「俺たちって、一応未成年なんですケド？」
　「はぁ？」
　「この缶ビールの横に、二十歳未満は飲んじゃいけませんって書いてあるって話」
　「そんなの読んだコトねぇけど、いつも飲んでるじゃんかっ」
　「そうねぇ」

　「それに…、今日はなんとなく…」

　時任は満開の桜の花を眺めながら、そう言いかける。けれど、さっきの突風よりも柔らかな風と暖かな空気を感じて、言いかけた言葉をそれ以上は続けなかった。
　また春が来て夏が来て…、季節は過ぎていくけれど…、
　生きている今があって、久保田と一緒にいる今がある…。
　だから、いくつ季節が過ぎても焦らずに戸惑わずに…、ただ前に歩き出せばいい。突風の中で感じたぬくもりを思い出しながら、時任は目の前で美しく咲き誇る桜とその景色の中にいる久保田に向かって…、青く青く澄んだ空のように晴れやかに笑いかけた。

　「俺らは…、まだまだこれからだよなっ」
　「うん、そうね…」
　
　もしかしたら、明日には何もかもが消えて思い出しか残らなかったしても、今感じてる想いを伝えるように…、そして抱きしめながら…、
　二人で缶ビールで乾杯して、薄紅色の春の中で笑い合う…。
　そんな二人を遠くから振り返って見た滝は、タバコを口にくわえると軽い足取りで桜並木を抜けて街の雑踏に紛れた。

　春の日差しの中で…、明日に向かって歩くように…。
『春風』　2005.4.10更新


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