手に残る拳銃の冷たい感触…、血の匂い…。
 そういうのって一度覚えたら、なかなか消えたりしないモノらしいけど…、晩飯の後で手入れするために拳銃を持ったら、なぜか覚えてた重さよりも重かった。
 だから、ちょっとだけ首をかしげてると、それを見てた時任が俺が拳銃の手入れしてるのがめずらしいって言う。なぜ拳銃を重くカンジてるのか、時任に言われるまで気づかなかったけど、そう言われれば手入れをする回数が少しずつ減ってる気がした。
 前はいつでも使えるようにってこまめに手入れしてたのに…、今すぐにでも必要になるかもしれない今になって、拳銃の手入れをサボってる。
 なんでかなぁって想いながら拳銃をバラしてると、時任が近づいてきて俺の手元をのぞき込んだ。
 
 「なぁ、コレってどこで買ったんだ?」
 「クスリから中華鍋まで、なんでも売ってる鵠さんトコ」
 「ふーん…」
 「興味ある?」
 「ぜんっぜんっ」
 「ま、興味あっても撃たせてあげないけどね」
 「…とか言って、自分は持ってるクセにっ」
 「俺は持ってていーの」
 「なんで俺はダメで、久保ちゃんはいんだよっ」
 「だって、お前が撃っても当たらないデショ?」
 「そんなの、撃ったことねぇんだから撃ってみなきゃわかんねぇだろっ」
 「だったら、何を撃ちたい?」
 「何をって…、当たり前に何も撃ちたくねぇに決まってんじゃんっ」

 「・・・・だぁね」

 当たり前に何も撃ちたくなくても…、撃たなきゃダメな時もある。それを時任もわかってるから、たぶん拳銃のことを気していても捨てろと言わないのかもしれなかった。
 けど、二人きりでこの部屋にいると、今が壊されるのを防ぐために拳銃の冷たさを握りしめてるよりも…、時任の手を握りしめていたくなる。注意して警戒して二人きりでいる今を守りたいのに…、拳銃の手入れも忘れて、いつ壊されるかわからない陽だまりを抱きしめてばかりいた。
 近づいてくる影をカンジながらも…、二人きりの日々が続いて行く…。
 拳銃の手入れをサボり続けてたら錆び付いて使えなくなるのに…、時任がそばにいるだけで何もかもがあまりにも暖かく満ちていくから…、
 この夢が覚めるまで、拳銃の冷たさを思い出さないでいられたらって…、

 いつの間にか…、そんな風に願ってしまってるのかもしれなかった…。

 同じベッドから二人で起きてメシ食って、それからバイトしたりファミレス行ったり…、
 コンビニで一つのカゴに、二人で必要なモノとかいっぱい詰め込んでみたり…、
 ホントはこんなコトしてる場合じゃないのになぁって、そんな風に思ったりしながら俺らは逃げも隠れもせずにフツーに暮らしてる。時任の右手にはめられてる手袋の感触が、握りしめるたびに現実を教えてくれるけど…、
 まだ…、このまま目を覚ましたくなかった…。

 「…時任」
 「なに?」
 「ちょっち右手の手袋取ってくんない?」
 「…って、なんで?」
 「うーん、ワケ言わなきゃダメ?」
 「べつに部屋ん中だしダメじゃねぇけど…、なんかヘンなの」
 「そう?」

 手袋を取った時任の右手は、やっぱりいつもと同じで獣の手だった。
 人間にしては大きな手の感触を確かめながら、ゆっくりとその手を握りしめて…、
 それから握りしめた手を少し上へと持ち上げると…、薬指の付け根の辺りに唇を寄せてキスする。今、握りしめてる手は人間の手ではあり得なくて、けれどそれは時任の手だから人間でも獣でもキスしたくなる手だった。
 時任はいきなり手にキスした俺の頭を、なにすんだって怒鳴って赤い顔をしてバシッと叩く。けど、俺は右手を握りしめたまま…、今度は反対側の手で時任の腰を抱き寄せて唇にキスした…。
 軽く音を立ててキスして…、それからもっと深く口付けて…、
 もっと真っ赤になりながら、背中をバシバシ叩いてくる時任を強く抱きしめた…。
 暖かさも冷たさも自然に身体が記憶してくけど…、覚えてたい温度は拳銃の冷たさでも午後の柔らかい日差しで出来た陽だまりの暖かさでもなくて…、
 抱きしめるたびに鼓動が暖かく…、熱くなっていく…、
 
 時任の体温だけだった…。

 「さ、さっさと離せっつってんだろっ」
 「イヤ」
 「ぎゃあぁぁっ!!! ドコ触ってんだよっ!」
 「うーん、もっとカワイク反応してくれるとうれしいんだけどねぇ?」
 「なにがねぇ…っだっ!!このヘンタイ親父っ!!」
 「そんなに暴れると、ますます手がすべっちゃうかも?」
 「・・・・・っ!!」
 「あっ…、もしかして結構ソノ気?」
 「んなワケねぇだろっ!!! とっとと離せっ!!」
 「たまには正直になりなよ」

 「だからっ、さっきから思いっっっきり正直に言ってんだっつーのっ!!」

 赤いカオして瞳をうるませながら抗議しても逆効果なんだけどなぁとか思いながら、時任をソファーに押し付けると…、欲望を満たすための行動を本格的に開始する。手のひらを時任のカラダに這わせて…、首筋に鎖骨に痕を残しながらキスを繰り返して…、普段から高い時任の体温をもっともっと上げていった。

 強く強く…、獣の手を握りしめたままで…。

 現実と夢の中にいるような…、そんな感覚の中で時任を抱いていると…、
 手入れ仕掛けたままで放り出してしまった拳銃は…、ますます錆び付いてしまうのかもしれない。けれど一度抱きしめたら、このまま離すことなんてできなかった。
 時任の体温だけをカンジながら、まるで溺れるようにカラダをつなげて…、カンジてる時任の欲望を含んだ声を聞きながらソファーを揺らす。すると…、時任は苦しそうに浅く息を吐きながら俺の腕に軽く爪を立てた…。
 まるでゆりかごのように繰り返し揺れながら…、今、部屋に踏み込まれたりしたら終わりかもねって時任に向かって言う。そしたら、時任は俺にカラダを激しく揺らされながら、両手を伸ばして俺の背中を抱きしめた。
 
 「もし…、もしそうなったら…、二人一緒ですむから二発じゃなくて一発で…、終わりかもな…」
 「バラしてる拳銃、組立てとけば助かるかも?」
 「・・・い、今から?」
 「そう」
 「今やめたら…、二度とヤらせねぇ、かんな…」
 「うーん、それは困るなぁ」
 「・・・・・・か、勝手に一人で困ってろっ」
 「なら…、このまま二人で天国まで行こっか?」

 「う…、あぁっ…」

 目の前で赤信号が点滅してても、そこではたぶん止まれない…。
 たとえ…、ポケットに錆び付いた拳銃しか入ってなかったとしても…。
 だから、抱きしめた暖かさとその重さをカンジながら、二人でいる今だけを見つめ続けていた。ベッドの上でゆりかごのように…、二人で揺られながら…。
 バラらしたままで引き出しの中に収めた拳銃は、ただの鉄クズで…、

 それを使えるように組み立てたのは…、それから三日も過ぎてからだった。


『拳銃』 2004.3.2更新


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