二学期も終わりが近づいて、期末テストが終わるともう後は冬休みが来るだけになる。 テスト最終日の最終科目の試験の終了を知らせるチャイムが教室内に鳴り響くと、時任はテスト用紙を提出しながらスッキリした顔をして大きく伸びをした。 必死で覚えた単語も公式も、テストが終れば時任の頭を悩ませたりはしない。 終ってしまったことを後悔しても遅いので、テストが終ったらテストのことは忘れてしまうのが一番だった。 それは点数を気にして今から落ち込んでも、何も始まらないからである。 「やっと終ったぜっ」 時任がそう言ってニッと笑うと、その視線の先には同じようにテストを終えた久保田がいる。 久保田は用紙を提出し終えると、特にいつもと変わりない顔で時任の方を見た。 テスト前にはそれなりに時任は勉強していたが、久保田が勉強するところを時任は見たことがない。だが、やはり今回も学年上位は間違いなさそうだった。 「テストどうだった?」 「まあまあだと思うケド?」 「…って、いっつもそればっかじゃんっ」 「変わりなくっていいっしょ?」 「たまには悪い点数取りやがれっ」 「お前が一緒に補習受けてくれるならね?」 「げっ、休みに補習なんかイヤに決まってるだろっ」 自分で悪い点数を取れと言っておきながら、時任は本気で嫌そうな顔をしてそう言った。 久保田はテストの度に時任のノートを借りているのだが、時任も勉強のわからないところを久保田に教えてもらっている。 お互いに協力しているからこそ、久保田は学年上位で時任は赤点を取らずに済んでいた。 執行部だけではなく、そういう面でもコンビネーションがいい。 テストを終えた二人が鞄を持って教室を出ると、廊下は同じようにテストを終えた生徒達でごった返していた。 「もうじき冬休みだっけ…」 「そうだねぇ」 「なんか早ぇよな…」 「うん」 廊下でざわざわとテストの話や休みの話をしている生徒達を見ながら、時任はそんな風に久保田と話しながら小さく欠伸をして目をこする。 昨日は遅くまで勉強していたので、眠くなってしまったらしかった。 そんな時任の様子を見た久保田は少し微笑んで時任の頭を軽く撫でると、ポケットからセッタを取り出して火をつけようとする。 すると、時任がそのセッタを久保田の手からパッと奪い取った。 「冬休みの目標は禁煙に決定っ!」 「…その目標、補習以上にイヤなんですけど?」 「決定っつったら、決定だっつーのっ!」 「だったら、時任の目標は無駄遣いしないに決定」 「お、俺はべつに無駄遣いなんかしてねぇじゃんかっ」 「いつもカゴに買う予定のないモノを入れるのは、ドコの誰だったっけ?」 「知らねぇよ、そんなのっ!」 時任は強引に久保田のポケットの中から、セッタとライターを奪うとそのまま走って逃走しようとする。まるでゲームでもしているかのように、楽しそうに笑いながら…。 久保田が時任の身体を捕まえようと腕を伸ばすと、時任はその腕をすり抜けて走り出した。 その後ろ姿を久保田がじっと見ていると、時任は逃げる途中で振り返る。 そして久保田の方に向かって、大きな声で叫んだ。 「下校時間までに俺のこと捕まえられたら、禁煙はナシにしてやっからっ!」 そう叫んでから再び走り出した時任は、すぐに久保田の視界から見えなくなった。 どうやら本気で、下校時間まで久保田から逃げ切って禁煙させる気らしい。 久保田は時任が走っていった廊下を見ながら、小さくため息をついた。 たぶんこんなことをしたのは単なる思いつきに違いないが、逃げる時任を探し回るのはやはり大変である。行く場所は限られている気がするが、身軽な上に逃げ足が早いのでやっかいだった。 しかし、捜さなかったら本気で禁煙をさせられることは間違いない。 久保田はセッタの入っていないポケットに手を伸ばしかけてやめると、時任を捜すために廊下を歩き始めた。 久保田からセッタとライターを奪い取って逃走した時任はどこに行こうかと考えていたが、結局、灯台下暗しということで生徒会室に隠れることにした。 すでに執行部員が集まっている生徒会室のドアを勢いよく開けると、時任は急いで掃除用具入れまで行く。隠れられそうな場所は用具入れくらいしかないが、ここには一番最後に来るような予感がしていた。 しかし別にそういう根拠があるわけではないので、ただ単に時任が隠れやすかっただけに違いない。 時任は用具入れの中に入れるスペースを開けると、そんな時任の様子を不思議そうな顔をして見ている桂木達に向かって怒鳴った。 「ココに久保ちゃんが来ても、俺がいる場所を絶対ッ言うなよっ!!」 「もしかして、ケンカでもしてるの?」 「し、してねぇよっ!」 「ケンカしてるんだったら、早く仲直りしなさいよ」 「だからっ、違うっつーのっ!」 いくら時任がケンカをしていないといっても、桂木も他の部員もそれを信じなかった。 実際、いつも一緒にいるのだから、居場所を言うなと言われたらそう考えてしまうのかもしれない。室田は黙ってトレーニングをしてして、相浦も精神統一の最中で無言だったが、相浦はパソコンの前で冷汗をかいていた。 このまま時任を隠し通してしまったら、あらぬ疑いをかけられるかもしれないし、逆に時任のことを喋ってしまったらボコボコにされる。 どちらに付くにしても、やはり無事ではすまないに違いなかった。 「お、俺は何も聞いてないことにしといてくれ…」 そう呟いた相浦だったが、やはり何かあった時は連帯責任になりそうだった。 これから起こることを考えてどんより暗くなってしまった相浦の横で、桂木に命じられて生徒会室の掃除をしていた藤原がホウキを持って構えている。 それに気づいた時任は、藤原に向かって雑巾を投げた。 「てめぇっ、そのホウキでなにしやがるつもりか言ってみやがれっ!」 「それはもちろん掃除に決まってるじゃないですかっ!」 「へぇっ、ホウキを逆さまに持って掃除できるのかよっ!」 「そんなのアンタには関係ないでしょうがっ!」 「やることが単純なんだよっ!」 「野蛮で単細胞な人に言われたくありませんっ!」 「な、なにぃっっ!!」 藤原は用具入れをホウキでガンガン叩くつもりだったらしいが、その前に時任に気づかれてケンカになってしまっている。 そしてそんな二人を見ていた桂木が、こめかみをピクピクさせながらハリセンを構えた。 桂木は藤原に掃除を命じたはずだったが、二人が暴れ回るので掃除する前よりも生徒会室が汚くなってしまっている。 ただでさえ換気が悪い冬に、室内でドタバタ暴れると埃がたって仕方がなかった。 「空気が汚れるからやめなさいっ!!」 そう言って桂木がハリセンを振りかぶると、偶然、その瞬間に背後のドアが開く。 そのドアから入ってきたのは、時任が絶対に居場所を知らせるなと言っていた久保田だった。 藤原はパアァァッと顔を輝かせたが、その顔面をハリセンが直撃する。 顔面にハリセンが当たった藤原は、不気味な笑みを浮かべたまま涙を流しつつ床へと倒れた。 「ああっ、久保田せんぱ〜いっ」 どうやら遠い世界に行ってしまった藤原を退治した後、桂木はその前にいる時任に向かって再びハリセンを構えた。 しかし、その桂木の背後から薄く口元に笑みを浮かべている久保田がやってくる。 その恐ろしい笑みを見た時任は、背中にぞくぞくっと冷たいモノが走った。 いつもならここで桂木のハリセンの餌食になるはずだか、時任は素早い動作で走り出すと生徒会室の窓から外へと飛び降りる。 実はこうして逃げている理由は健康のためということもあったが、寒さが嫌いな時任は寒い冬にセッタのせいで煙だらけの部屋の換気をするために窓を開けたくなかったからだった。 「誰が捕まってたまるかっ!!」 そう言って時任はあっという間に生徒会室からいなくなったが、久保田はそれほど慌ててはいない。逃げられてしまったと言うのに、窓から飛び出して後を追おうとはしなかった。 そんな久保田を見た桂木は、振り損ねたハリセンを手に持って肩をすくめてため息をつく。 桂木は久保田の様子を見て、ケンカしているわけではないことに気づいたのだった。 「…で、一体何やってんのよ、あんたたちっ」 「うーん、鬼ごっこ?」 「校内でやらないで、外でやりなさいよねっ」 「時任に言ってやってくれる?」 「・・・・とにかくっ、学校の備品を壊したりはしないでよっ」 「ほーい」 久保田は軽く返事をすると、そのまま普通にドアから廊下へと出て行った。 どうやらまだ時任の行く場所に、心当たりがあるようである。 ちょっと猫背気味に歩きながら時任をのんびりと捜しに向かった久保田を見て再びため息をつくと、桂木は床でまだ伸びている藤原の頭を再びハリセンで叩いた。 「いつまで寝てんのよっ!!」 「うがっっ!!」 セッタとライターを持って逃げている時任は、一見、行き当たりバッタリで行動しているように見えるが、実はいつも久保田と良く行く場所や通る場所を中心に移動している。自分で気づいていないようだが、どうしても行動に普段の習慣やクセが出てしまうようだった。 色々と行く先々で時任と遭遇しながらも、久保田は時任を追い込むように隠れ場所を潰して行く。 そうしている内に隠れ場所がなくなってきた時任は、舌打ちをしながらある部屋のドアを開けて中へと入った。 「あーらっ、いらっしゃいっ」 そう言って時任を出迎えたのは、保健のお姉さんこと五十嵐だった。 実はここは時任のあまり来たくない場所ベスト5に入る保健室だったのである。 笑顔で振り返った五十嵐は、入ってきたのが時任だと知ると途端に笑顔を崩した。 どうやら入ってきたのが、誘惑しがいのある可愛い男子高生だと思っていたらしい。 五十嵐にとって時任は、好きな久保田にくっついている可愛くない恋敵だった。 「誰かと思ったら、単細胞のクソカギじゃない」 「ふんっ、いつ見ても厚化粧オカマだよなっ」 「ぬぁんですってぇっ!」 「なんだとぉっ!」 お互いを見た瞬間の感想が感想なだけに、すぐにいつものように言い争いが始まる。 だが、今日はそんなことをしている場合ではなかった。 こうしている間にも、久保田はすぐ近くまで迫っているかもしれない。 時任は五十嵐との言い合いを中断すると、置かれているベッドの下にもぐり込もうとした。 しかし完全にもぐり込んでしまう前に五十嵐に足をつかまれて、ベッドに隠れるのを邪魔されていまう。時任は五十嵐を蹴り飛ばそうとしてもがきながら、かなりあせっていた。 「足放せよっ、足っ!!」 「そんなとこに入られたら、かわいい男子校生を介抱してあげるのにジャマなのよっ!」 「どうせいかがわしいことでもしてんだろっ!」 「失礼しちゃうわねぇ、心のケアしてあげてるだけでしょっ」 「なにがケアだっっ」 「とにかく出なさいよっ」 「ちょっとぐらい隠れさせてくれたっていいじゃねぇかっ!」 「隠れるって誰からよ?」 「・・・・・・・久保ちゃん。来ても俺のこと教えるなよっ、絶対だかんなっ!」 「もしかして、ケンカ?」 「してねぇっつーのっ! 何度も同じこと言わせんじゃねぇっ!」 「一回しか言ってないわよっ」 五十嵐の力が緩んだ隙にベッドの下に隠れると、時任はじっと息をひそめる。 久保田に言うなと言った時任の言葉を了解したのかどうかはわからなかったが、五十嵐はとりあえずいつも自分が座っている椅子に座った。 放課後が終って下校時間が来るまで、う少し時間があるが、それまでなんとかして、久保田につかまらずに逃げとおさなくてはならない。 しかし薄暗いベッドの下にいるとしばらくして、誰かが保健室のドアを開けて入ってきた。 ベッドの下にいるので顔は見えなかったが、靴だけですぐにそれが誰なのか時任にはわかる。 時任は息を殺しながら、久保田がここからあきらめて出て行くのを待っていた。 「あらぁ、いらっしゃ〜いっ、久保田くんっ。来てくれて先生うれしいわぁ」 「どーも」 「今日は何の用事?」 「うーん、ちょっち探しモノ」 「探しものって何かしらぁ? 久保田君のためなら先生何でもしちゃうっ」 「ウチの猫見なかった?」 「猫って、小憎らしい単細胞のバカ猫のことかしら?」 「俺が捜してるのはキレイな黒い瞳のカワイイ猫なんだけど?」 「じゃあ、アタシが見たのは猫違いだわねぇ」 そんな会話を聞きながら、時任はベッドの下でぐっと拳を握りしめていた。 二人とも時任を猫呼ばわりしているが、意見は完全に食い違っている。 そのため、どうやら猫違いにされてしまったらしかった。 五十嵐にバカ猫呼ばわりされた時任は、飛び出していって殴りかかりたい気持ちをライターを握りしめてどうにか押さえている。だがそんな時任の目の前で、五十嵐の足がゆっくりと久保田の足のある位置まで近づいたのが見えた。 しかし足しか見えないので、二人が何をしているのかがわからない。 しかもさっきから二人とも無言なので、かなり気になっていた。 時任がじりじり身体をずらして見ようとしたが、どうしても見えない。 イライラしながらベッドの下で、そんな二人の足を見つめていると五十嵐が色っぽい声で久保田に迫った。 「たまにはちょっとぐらいいいじゃないの。バカ猫もいないことだし?」 「ちょっと…、ねぇ?」 「うふふっ、久保田くんなら特別にサービスしちゃうからぁ…」 「サービスされても困るんだけどなぁ」 「気持ちよぉくしてあげる…」 かなりあやしい言葉とともに五十嵐が更に久保田に近づいたことがわかると、時任は隠れていることも忘れてベッドの下からもの凄い勢いで這い出す。 そして二人の前に飛び出すと、いつものように久保田の腕に自分の腕をからませている五十嵐をバリッと引き剥がした。 五十嵐のウソ胸が久保田の腕にあたっているのを見ると、やはりそのまま見逃すことはできない。 だが引き剥がしてみてから、時任はやっと自分が危険な状況にあることに気づいた。 「あ、ウチの猫発見…」 「野良猫じゃないの?」 「だ、誰が猫だぁぁぁっ!!!」 時任はそう叫ぶと二人の前から走り出して、保健室の窓から再び逃走をはかる。 しかし、またしても久保田はすぐに後を追ったりはしなかった。 五十嵐は二人が鬼ごっこをしている理由を知らないのだが、捜していると言ったわりには久保田が余裕の表情で時任を見送ったことに不審そうな顔をしている。 だが久保田はそれを気にすることなく、ゆっくりと窓ではなくドアに向かって歩き出した。 「バカ猫の後を追わなくていいの?」 「追ってもいいけど足速いんだよねぇ、時任」 「でも、このままだと逃げられちゃうんじゃない?」 五十嵐がそう言うと、久保田はゆっくりと目を細めて微笑む。 その表情にうっとりと五十嵐が見惚れていると、久保田の手がゆっくりとドアを開いた。 そしてのんびりと歩き出したが、ドアを出た辺りでいったん立ち止まる。 五十嵐がどうしたのかと見ていると、久保田は自嘲するようにわずかに口元を歪めた。 「いくら逃げてもムダなんだけどなぁ」 「えっ?」 「逃がすくらいなら、始めから拾わないから…」 「…久保田君に追いかけてもらえるなんて贅沢すぎるわよ、あのバカっ」 「追いかけるんじゃなくて、捕まえてたいんだけど?」 「首に鈴つけて?」 「・・・首に鎖つけて、ね」 久保田が保健室を出て行った後、五十嵐はコーヒーを飲むと深く息を吐き出す。 ずっと久保田に片想いを続けてはいるが、やはりいつでも真っ直ぐな視線を向けてくる綺麗な黒い瞳の猫にはかなわないようだった。 今の状況を楽しんではいるが、やはりああやって簡単に認められると少しため息をつきたくなる。 おそらく、もうじき飼い主が飼い猫を捕まえることは間違いなさそうだった。 「…ったくっ、なんで行く先々に久保ちゃんが来るんだよっ!」 始めは偶然だろうと思っていたが、広い校内でこうも簡単に見つけられるとどうしてだろうと考えるようになる。時任は廊下の影で息を切らせながら、次に行く場所を考えていた。 今まで行った場所のどこかに戻るという手もあるが、なんとなく戻った所をつかまるような気がしてならない。 その中でも特に生徒会室と保健室には戻れないような気がした。 このまま校内をウロウロしているのもいいかもしれないが、バッタリ偶然出会ってしまったら、今度は走って逃げられないかもしれない。 時任はじっと何かを考えながら、階段を上がり始めた。 「しょうがねぇから、寒いけどあそこに行くか…」 そんな風に呟きながら、時任が早足で階段を次々と上がって行く。 途中で時任が一人でいることが珍しいのか、数人の生徒が何か話しているのが聞こえた。 いつも一緒にいるので、誰もが時任と久保田をワンセットで考えているのである。 けれどそれを否定する気もなかったし、そう思われることも嫌じゃなかった。 時任は生徒達を無視すると、あまり人が来ることのない一番上の階まで到達する。 そして目の前にあるドアを開けると、視界に冬の寒そうな空が広がった。 「うわっ、やっぱ寒いっ!」 時任がそう言うと、なぜか背後から暖かいモノがのしかかって来る。 行きなり背中が温かくなったので、時任は驚いて身をよじってそれから逃れようとした。 だが、がっちりと捕まえられてしまって逃げることが出来ない。 嫌な予感を感じながら時任が顔だけで後ろを振り返ると、そこには時任を背後から抱きしめながら微笑んでいる久保田がいた。 「ぎゃあぁぁっ!! でたぁあっ!!」 「ヒトをお化けみたいに言わないでほしいんだけど? もう夏じゃないから時期ハズレだし…」 「そう言う問題かっ!!」 「そういう問題っしょ?」 久保田は後ろから手を伸ばすと、時任が話に気を取られている隙にポケットからセッタとライターを奪い返す。そして片腕で時任を捕まえたまま、セッタをくわえてライターで火をつけた。 時任に握りしめられていたため、少し曲がってしまっているが十分まだ吸える。 うまそうに久保田がセッタの煙をくゆらせると、時任はムッとした顔で空を見上げた。 「怒ってる?」 「…怒ってねぇよっ」 「俺から逃げ切るつもりだった?」 「当ったり前だろっ」 「残念だったね」 「残念とか思ってねぇくせにっ」 「あれっ、わかっちゃった?」 そんな会話を交わしながら、久保田がゆっくりと両腕を回して時任を抱きしめる。 寒いせいか時任は暴れたりしないで、そのまま久保田に抱きしめられていた。 見上げた空には雲がかかっていて、日の光が届かないので屋上のコンクリートも冷え切っている。そんな冬の寒い風景と空気の中で、時任は抱きしめている久保田の腕に右手を伸ばして触れた。 体重を少しだけ後ろに預けて冬の空を眺めていると、二人に向かって冷たい風が吹く。 時任はふーっと暖かい息を吐くと、そのまま目を閉じた。 「クリスマスにさ…」 「うん」 「ちょっとだけでいいから、雪降るといいな」 「…そうだね」 自分の口元に伸ばされた久保田の手が、まだ長いセッタを取って携帯灰皿の中に静かに投げ入れる。そうしてからセッタのなくなった久保田の唇が、冷たい空を見上げたまま目を閉じている時任の唇へと落ちた。 冷たい空気とお互いの暖かい体温と息を感じながら深く浅くキスをしていると、吹き抜けていく風の音だけが耳を打つ。 時任が冷たくなった手をピタッと久保田の首につけると、その冷たさが伝わってわずかに体重を預けた身体が揺れた。 そうしていると、下校時間を知らせるチャイムと放送が屋上まで響いてくる。 その音は冬の風に乗って、いつもよりも大きく近く聞こえてきた。 「帰ろっか?」 「なんか暖かいモノ買って帰ろうぜっ」 「了解」 「なくなりそうだったから、ついでにセッタも1カートンっ」 「もう一回、キスしていい?」 「嫌だっ」 雪が降り出しそうな空だったが、それでも今はまだ降りだす気配はなく。 どこまでも寒そうに、二人の頭上に広がっていた。 |
2002.12.9 「冬日」 *荒磯部屋へ* |