楽しいコトとかつらいコトとか…、うれしいコトや悲しいコトも…、
 もしかしたら、突然に起こるからそうカンジるんじゃないかって、そう想うことが時々だけどある。ある日、唐突に突然に…、それが起こるからじゃないかって…。
 けどそんな風に想うのは、いつも耳元をかすめて飛ぶ銃声を聞いた後だった。
 現実のようで…、現実じゃなくて…。
 そんな銃声を聞いた後で、こんな風にコンビニのお菓子売り場の棚を眺めてると、どちらがホントなんだろうって気がした。

 銃声の鳴り響く世界と…、何事もなくてフツーに過ぎてく日々と…。

 どちらか片方だったら、たぶんそんな風に想わなかったのかもしれない。
 たとえ…、ズキズキと右手が痛んで…、
 その手がふるえて…、何個も何個もマグカップを壊したとしても…。
 何もかもが当たり前になってしまえば…、なんでもなくなるに違いなかった。

 「ありがとうございましたー」

 買いモノをしてコンビニを出ると、いつもみたいに後ろから店員の声がする。
 今日は天気がすっげぇ悪くて風も吹いてて、外に出たらコンビニ袋がガサガサ鳴って…、髪がぐちゃぐちゃになった。
 けど、吹いてくる風が気持ちよくて、ずっとずっとその風に吹かれてたい気分になる。
 目の前にはマンションがあって…、そこで久保ちゃんが待ってたけど…、
 ちょっとだけマンションの前で立ち止まって、部屋のある四階を眺めた。
 
 「・・・・あ、セッタ買うの忘れた」

 四階のベランダを見た瞬間に、久保ちゃんに頼まれてたセッタを買うの忘れたのを思い出したのは…、
 なんとなくベランダを見ながら…、このまま帰らなかったらどうなるだろうって…、
 ほんの少しだけ…、ほんのちょっとだけ想ったせいだった…。
 けど、セッタのことを想い出したから、そんなちょっとの想いは消えてなくなる。
 久保ちゃんはヘピースモーカーでセッタがないと困るからって…、そんなつまらない言いワケみたいなコトだけど、

 それだけで…、帰るには十分だった。

 コンビニでセッタを買ってビニール袋の中に突っ込んで…、また風に吹かれながらマンションに帰る。
 久保田って書かれた表札のかかってる、401号室のドアを開けて…。
 すると、久保ちゃんはリビングでイスに座ってセッタふかしながら…、テーブルの上に並べられてるなにかを磨いてた。
 始めはなにかわからなかったけど、それには引き金とかついてて…、
 じーっと眺めてると…、頭の中で一つの知ってるカタチになる。
 バラバラになったら、ただの鉄クズみたいで…、
 けど、これを組み立てたら拳銃になるんだって…、それを磨いてる久保ちゃんの手を見てたらわかった。
 
 「・・・コレって拳銃だろ?」
 「うん」
 「バラバラにしちまったら、使えなくなんじゃねぇの?」
 「確かにこのままじゃ使えないけど、組み立てたら元通りになるよ?」
 「ふーん…」
 「バラしたトコ見たの初めてだっけ?」

 「・・・・撃ってるトコは見てっけどな」
 
 俺がそう言ってイスにすわると、久保ちゃんは磨き終わった部品を組み立て始める。
 器用な手つきではめ込んで…、またコレで弾を撃てるように…。
 なんとなくバラバラのままでいいんじゃないかって…、そう言いたくなったけど、やっぱ言えなかった。

 俺らが生きてくには、コレが必要だってちゃんと知ってるから…。

 けどたぶん…、こんなのが必要なくっても生きてけたらいいのかもしれない。
 それは銃刀法違反になるからじゃなくて…、そんなのじゃなくて…、
 ただ久保ちゃんに…、拳銃を握らせたくなかったからだった。
 前に拳銃を持ってみたことがあったけど…、それは思ってたよりずっと重くて…、
 そんな重くて冷たい拳銃を、軽そうに持ってる久保ちゃんの手を見てたら…、引き金を引く指を見てたら…、
 もういいからって…、そう言いたくなった。
 生きるコトをあきらめたりなんかしないけど…、銃声が響くたびになにかが冷たく冷たくなっていく気がするから…、

 久保ちゃんの手から、拳銃を奪い去りたかった。

 久保ちゃんは拳銃を組み立て終わると、確認するように銃口を窓の方に向ける。だから俺はイスから立ち上がって、その前に立った。
 まるで窓から見える灰色の空と、久保ちゃんとの間に立ちはだかるように…。
 すると久保ちゃんは、引きかけてた引き金から指を離した。

 「弾は入ってないけど…、撃てないからよけてくれる?」
 「弾が入ってないなら、よけなくてもヘーキだろ?」
 「確かに弾は飛ばないしキケンはないけど、やっぱ撃てないから…」
 「なんで?」

 「守りたいヒトに向って引き金引いたら…、拳銃持ってるイミないっしょ?」

 銃口の前に立ったのは…、拳銃の冷たさがその指に伝わって…、
 久保ちゃんの指先が手が…、冷たくなっていくのを止めたかったのかもしれない。
 けど…、でも…、
 久保ちゃんが拳銃を持ってるイミを…、その引き金の重さを…、
 それをカンジなくちゃいけないのは、ホントは久保ちゃんじゃなくて…、

 冷たくなっていく指で、引き金を引かせてる俺だった。
 
 けれどだからこそ…、もういいからなんて絶対に言えない。
 一緒に生きてたいって…、ずっとずっと一緒にいたいってそう願ってるなら…、
 明日に向って引き金を引く指を…、拳銃を握る手を腕をその身体を…、
 流れ落ちていく血にまみれながら、生きてる今と一緒に抱きしめたかった。
 
 「なぁ…、久保ちゃん」
 「ん?」
 「一回だけ、ソレ撃ってみたい」
 「・・・・・・・」
 「今は、弾入ってねぇしさ」
 「撃ってみたいなら、撃ってみてもいいけど…、引く時は俺に向って引いてくれる?」
 「バーカっ、そんなの引けるワケねぇだろっ」
 「なんで?」
 「引き金は大切なヤツを守るために引くんだって…、自分で言ったばっかじゃん…」
 「…そうだったっけ?」
 「だからさ、他の誰が許さなくても俺が許してやるよ…。久保ちゃんの手があったかいって、ちゃんと知ってっから…」
 「…時任」

 「いつだって…、俺も久保ちゃんと一緒に引き金を引いてんだ…」

 そう言いながら拳銃を受け取ると、久保ちゃんがそうしてたように灰色の空に向って銃口を向ける。すると久保ちゃんが後ろから腕を伸ばしてきて…、両手で俺の視界をふさぐ。
 そしたら、灰色の空もなにもかもが暗闇に消えて見えなくなった。
 明日に向って引こうとしたのに、目の前にはなにも見えなくて…。
 どこに向って引き金を引いたらいいのかわからない。

 けど俺は…、その暗闇に向って引き金を引いた…。

 カチリという軽い音と…、外を吹く強い風の音が聞こえて…。
 それから、耳元で久保ちゃんの静かな息づかいが聞こえてくる。
 その音を聞いてると…、ホントにこの世界に二人きりしかいないんじゃないかって…、そんな気がした。
 
 「時任…」
 「なに?」
 「キスしていい?」
 「・・・・・そんなコト聞くなっつーのっ」
 「じゃ、聞かなくてもしてもいいってコト?」
 「・・・・・・」
 「ねぇ?」

 「…って、だから聞くなっつってんだろっ!!」

 目隠しされたまま噛みつくようにキスされて…、指の隙間から久保ちゃんの方を見ると…、見慣れた黒い髪と灰色の空が見えた。
 手に握ったままになってる拳銃が重くて…、どうしようかって思ってると…、
 目隠してしてた手が下に下りてきて、俺の手からそれを奪い去った。

 まるで拳銃から伝わってくる冷たさが、伝染するのを防ごうとするかのように…。

 そんな久保ちゃんの手を握りしめながら…、背中を抱きしめながら…、
 俺はじっと灰色の空と、見えない明日を見つめていた…。
 きっとこれからも、なにもない日が続いて…、そして銃声の響く日もあるんだろうなって想って…。
 けれど、どんな明日が来たとしても、それはそれでいいのかもしれない…。

 ただ、久保ちゃんがそばにいて…、そんな明日が来るなら…。

 テーブルに置かれた拳銃は、手入れが終わって撃てるようになったけど…、
 久保ちゃんの手は拳銃じゃなくて、俺の手を握りしめてる。
 だから、その手を離さないように強く握り返しながら…、俺はココロの中で…
 見えない明日に向って引き金を引いた。

 「久保ちゃん…」
 「ん?」
 「明日は晴れるといいな…」
 「・・・・そうだね」

 見えない明日に引き金引いて…、生きてる今を走って走って走り続けて…、
 なにもない日々も…、そして銃声の響く日も立ち止まらずに行こう。
 走り続けた先になにもなくっても…、暗闇しか続いてしなくても…、
 繋いでる手のあたたかさを知ってるなら、それが大切だってカンジてるなら…、
 どんな明日でも…、いらない明日なんかない。
 だから走って走って…、走り抜いて逝こう…。
 
 大好きな君と一緒に…。

『明日』 2003.5.31更新


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