「ふあぁ〜…、ちょっち早ぇけど寝る」
 「ちょっとじゃなくて、いつもよりかなり早いけど?」
 「早くてもなんでも、眠いから寝んだよっ」
 「あっそう」
 「そんじゃ、おやすみっ」

 「おやすみ」

 久保ちゃんにオヤスミ言ってリビングを出て、ベッドのある部屋に行く。
 けど、実は眠くなるどころか逆に頭も身体も完全に起きまくってた。
 今から寝るって言ったのに、俺は部屋に入ってドアをしめると軽く柔軟運動をする。そして気合いを入れるために、と左の手のひらを右手の拳で打った。
 すると、バシッという音が気持ち良く部屋に響き渡る。
 でも、せっかく気合いを入れたのに俺はぐぐっと伸びをすると、まだ眠くもないのにベッドの毛布の中にもぐり込んだ。

 「今日はぜってぇ、勝ってやる…」

 毛布の中でそう誓うと、俺はキッチンから持ってきた小さなビニール袋を隠し持って決戦の時を待ちながらぎゅっと目を閉じる。
 そうして寝たフリをしながら、毛布の隙間から時計の針をじっと眺めた。
 時計の針ってのは気にしてない時はあっという間に回ってるけど、なにかを待ってる時はなかなか回らない。じーっと月に一回の戦いの時を待ちながら、コチコチ言ってる時計ばっか見てると、眠くなかったのにマジで目が開かなくなってきた。
 ・・・・でも、今までの戦績は見事に全敗だったけど、今日は負ける気がしない。
 だから、ぶるぶると激しく頭を振って眠気を追い払おうとした。

 「くっそぉっ、マジでもたないかも…」

 すっげぇ眠くて目が開かなくて、ちょっとだけ弱音吐いてると…、
 廊下の方からこっちに向かって歩いてくる音がして…、その音はピタリと俺のいる部屋の前で止まった。その音にゴクリと息を飲んで身構えると、キィッと軽い音を立ててドアが開く。
 もしもドアにカギがあったら開かないようにかけるトコだけど、401号室の中でカギがついてるのはトイレだけだった。
 さすがにトイレで眠る気にはなれなくて、俺はベッドの中で近寄ってくる足音に耳をすませる。聞こえてくるのは聞きなれた足音だったけど、今はその足音が戦闘開始の合図だった。
 近づいてきた足音は俺のそばで止まって、ギシッと音を立ててベッドに二人分の体重がかかると、寝てる俺の毛布がその重さにちょっとだけひっぱられる。でも、気づかないフリして寝てたら、少しゴツゴツした手がゆっくりと髪を撫でてきた。

 「時任…、ホントに寝ちゃった?」

 ・・・・・・って、そんなのは見りゃあわかるだろっ!!!

 なんてココロの中でツッコミを入れながら、俺は寝息まで立てて寝たフリを続行する。そしたら、額とまぶたに暖かい濡れた感触が降ってきて…、それから少しくすぐったくて涼しいカンジが胸の辺りでした。
 なんか身に覚えのあるイヤーなカンジだったから、閉じてた目を薄く開けて見ると…、
 すでに着てたTシャツは半分くらいめくられてて、久保ちゃんの唇が胸の辺りに落ちてくところだったっ!

 「うわぁぁっっ! ちょっと待てぇぇっ!!!」
 「この状況で待てって言われても、ねぇ?」
 「なにがねぇ?…っだよっ!!」
 「そんじゃ、本格的に起きた所で眠る前の準備体操しない?」
 「…って、寝る前に準備体操なんかいるワケねぇだろっ!!」
 「運動すると良く眠れるんだけどなぁ」
 「俺様は運動しなくても、良く眠れるんだっつーのっ!」
 「けど、ここらヘンとか眠らずに起きちゃってるし?」

 「ぎゃーっ!!! 妙なトコさわんなっ!!ヘンタイっ!!」

 近づいてくる久保ちゃんの顔を手で押し戻して、のしかかってくる身体を足でガードしてっ、得意のケリをわき腹に向かって繰り出す。けど、そのケリは寝たままだったせいで、軽くかすっただけで当たらなかった。
 ケリをかわした久保ちゃんは、不気味な笑みを浮かべてこりずにTシャツを脱がそうとしてる。いつもならココまで来るとかなり流されたりすんだけど、今日はいつもと違うってトコを久保ちゃんに見せるために俺様は必殺技を繰りだした。

 「必殺っ!!! エロオヤジ封じっ!!!」
 「…っ!!」
 
 リビングから持ってきた小さなビニール袋の中には一口サイズのニンニクが入っていて、俺はそれを口の中にいっぱい放り込む。すると、辺りにニンニクの強烈な匂いがぷーんと匂い始めて、その匂いを嗅いだ久保ちゃんの動きがピタリと止まった。
 
 「さすがにこの匂いを嗅ぎながら、ヤル気にはなんねぇだろっ。おやすみ〜、久保ちゃん」

 固まった久保ちゃんに笑顔でバイバイと手を振ると、脱がされかけてちょっと伸びたTシャツを元通りに着て、毛布をかぶって眠る体勢に入る。
 けど、この強烈な匂いは自分でもかなりマジできつい…。

 くそぉっ!!自分がクサくて眠れねぇじゃねぇかっ!!!

 ニンニクの匂いにまみれながら、大声でそう叫びたいのをガマンする。
 でも、食っちまったモノはしょうがねぇから、なんとか眠ろうとしてぎゅっと目を閉じたけど、しばらくするとぐぐっと強い力で毛布を引かれた。

 「ねぇ…、時任」
 「な、なんだよ?」
 「ニンニクで退治できるのは、吸血鬼じゃなかったっけ?」
 「エロ親父も吸血鬼も似たようなモンだろ?」
 「そうかなぁ?」
 「…っていうか、手ぇ放せよっ!」
 「イヤ」

 久保ちゃんはニンニクの匂いにやられてるはずなのに、俺から毛布をはぎ取ろうとしてた。だから、俺はそれを防ぐために毛布を自分の方に引き寄せようとしたけど、なんかニンニクの匂いに鼻が曲がっちまいそうで手に力が入らない。
 さっき着合いを入れたはずなのに、どんどん毛布は久保ちゃんの方に引き寄せられて…、やがて俺の手からするっと毛布が離れた。
 けど、いくら毛布を取っても強烈なニンニクの匂いを嗅ぎながら、そういうことをする気になるとは思えない…っていうか、俺だったらマジでなにもしたくねぇ…。
 だから俺はあきらめさせるために、久保ちゃんに向かってある賭けを持ち出した。

 「だったらさ…」
 「ん?」
 「もし、今の俺にキスできたら続きもしてもいいってのは?」
 「キス?」
 「やっぱできねぇだろ? だったら、おとなしく寝ろよっ」
 「うーん…、せっかく必殺技してくれたトコ悪いけど、匂いって鼻で息しなかったら結構、大丈夫なんだよねぇ?」
 「えっ?」

 「息できないから、キスは短めになっちゃうけど」

 久保ちゃんはそう言うと、マジで顔を近づけてきて俺にキスしてくる。
 短いけどゆっくりと…、何回も何回も…。
 たくさんキスされて予想外の展開に俺が止まってると、久保ちゃんはコツンと俺の胸に額を乗せて静かに俺の上にのしかかってきた。
 けど…、重さと一緒にあたたかさが伝わってきたのに、それ以上は動こうとしない。だからそれを不思議に思ってると、久保ちゃんははがした毛布を自分と俺の上にかけ直した。

 「いつもよりがんばって抵抗してるなぁって思ってたけど…、そういえば明日は月に一回の鵠さんの定期検診の日だったっけ?」
 「あ…、うん」
 「確か前回は、身体中にキスマークがいっぱいだったよねぇ」
 「前ん時もその前も、わかっててわざとやっただろっ!」
 「さぁ?」
 「とぼけんなっ!」
 「けど、今回はその必要なさそうだし…、もう寝よっか?」
 「えっ?」

 「おやすみ、時任…」

 久保ちゃんはおやすみを言うと、そのままの姿勢で寝息を立て始める。
 なんか拍子抜けした俺は…、しばらくボーっと胸の上に久保ちゃんの頭を乗せたまま天井を眺めてた…。
 これで無事に定期検診に行けそうだけど、検診なんてしてもただの気休めでイミなんかない。それがわかってても行くのはたぶんきっと…、こんな風に触れてくる久保ちゃんの身体が重くてあったかいからかもしれなかった。
 ゆっくりと手を伸ばして…、久保ちゃんの頭を抱きしめて…、
 自分から匂ってくるニンニクの匂いにちょっと笑ったりしながら、俺は眠ってるはずの久保ちゃんに向かって話しかけた。

 「久保ちゃん」
 「・・・なに?」
 「ホントはさ…、ニンニクがダメでしたくねぇんだろ?マジですげぇニオイだし…」
 「まぁ、ニオイは確かにそうだけど。ニオイがしてるからって、時任に近づきたくないとは思わないしねぇ?」
 「なんでだよ?」
 「なんでなのかは、タバコのニオイが苦手で苦いのが嫌いでも…、それでもキスしてくれる誰かさんと同じ理由」
 「た、タバコとニンニクじゃニオイとか比べモノになんねぇじゃんっ」
 「そうかもだけど、どっちもたぶん愛の力ってヤツでしょ?」
 「そ、そんなハズいセリフをマジ顔で言うんじゃねぇっつーのっ!」
 「・・・・・好きだよ」

 「バーカっ」

 久保ちゃんが好きだって言ったのに、俺はバカって言いながら頭をバシッと叩いた。
 けど、久保ちゃんは小さく笑いながらニンニクくさい俺にもっかいキスしてくる。
 そのキスが愛の力かどうなのかはわかんねぇけど…、なんとなくキスしながらうれしいかもって想った…。
 毛布もベットも一つしかなくて、せまいし落ちそうだし暑苦しいし…、
 シングルのパイプベッドで一緒に眠ってて、考えて見たらイイコトなんて一つもない。でも、それでも一緒に眠るのは…、夢の中でも会える気がするからかもしれなかった。
 手をつないで抱きしめ合って一緒に眠って、また朝が来て…、おやすみって言った時みたいにおはようって言う。

 そういうのはたぶん…、きっと一番好きなヒトとしたいことなのかもしれない。

 特別なコトじゃなくても、それだけで胸の中が好きなキモチでいっぱいになってくから…、
 だから…、俺は久保ちゃんと毛布を抱きしめたままオヤスミって言って目を閉じた。
 そしたら、久保ちゃんも俺を抱きしめてくれてて…、
 眠りに落ちる前に好きだって言ったか言わなかったかは…、

 次の日に目がさめた時…、ぬくもりだけが胸の中に残っていて覚えていなかった。


『愛の力』 2003.9.19更新


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