「まぁ…、さりげなくっていうか、事故っぽくしちゃったのは事実だけどネ。なんとなく流れでスルーされちゃって…、うん…」
 「・・・・・」
 「プレゼントはもらったけど、ちょっち複雑だなぁ…なんて?」
 「・・・・・・」
 「たぶん、犬に噛まれた系でカウントされてないだろうし…」

 そう言いながら、机の上に立ててたジッポの角を人差し指で抑えて、そこを軸に中指でクルクルまわしたりなんかして…、
 まだ、夏休み中だった8月24日のコトを思い出す。
 見回りでジッポ、ケーキで階段バク宙…で、出来心で貰うっていうより、奪ったプレゼントは犬に噛まれた系だった。

 俺にとっては・・・、じゃないけどね。

 うん、ホント、すこーしくらい落ち込んだって良いよネ。
 っていうか、フツー落ち込んじゃうよネ、そうだよネ、そう思わない?…と、窓から見える夏らしい白い雲を空を眺めつつ、長い息を吐き出そうとしたら、なぜか横からツッコミが入った。
 
 「お前が時任にとって相方だろうと犬だろうと何だろうとかまわんが、なぜ隣のクラスで、しかもわざわざ後ろ向きになった上に、俺の机に頬杖をついて独り言を言うっっ」

 そこまでを詰まらず流れるように、なおかつ小声で言い終えたのは松本。中坊の頃、執行部でコンビ組んでた、現生徒会副会長サマ。
 来年度は会長サマになるらしいけど、フツーは三年のトコロを二年の松本が副会長になるまでには、いろいろあったらしい。
 そう、いろいろとイロイロとね。
 松本には借りがあって、たまーにちょっち手伝ったりもするけど、その件に関しては俺には無関係。そんでもって、犬に噛まれた系に松本は無関係だけど…と、視線をドアの方にやるとサッと隠れる影一つ。
 ホント、猫みたいだよねぇと口元に浮かんだ笑みは、隠すつもりもないけど、目の前の松本にはバッチリ見られてた。
 だから、少し間を置いた後で首をかしげつつ、「うーん、なんとなく?」と答えると、「ウソつけ」と速攻で言われる。でも、その瞬間に俺がカンジてた視線は、実は一つじゃなくて二つだった。

 「遊んでないで、さっさと自分のクラスに戻れ。読書の邪魔だ」
 「元相方に、ソレはないんでない?」
 「それを言うなら、現相方がドアの隙間から睨んでるぞ」
 「なーんて言いつつ、気になってるのはソレじゃなくて、アレだったりして?」
 「あれ…?」
 「そう、アレ」
 「あれ、は、・・・・っ!!」

 二つの視線の内、一つはウチの猫。
 もう一つは元男子校ならではってカンジで、毎年ランキングされてる抱きたい男のナンバーワンらしいけど?
 なんとなーく、松本を見てるとその間違いに気づいたりして?
 派手に肩を揺らして固まった松本の耳に、猫の視線を意識しつつ、気づいた事実をそっとナイショ話でもするように囁いた。

 「ねぇ、ハジメテの時って、やっぱ痛かった?」
 「な、なっ、なんの話だ…っ」
 「俺にはわからないし、参考までに聞きたいなぁって」
 「なんの参考だ、なにをする気だ、お前っ」
 「さぁ、なにかなぁ…、ナニしちゃおうかなぁ」
 「と、とにかく犯罪だけは犯すなよ」
 「イヤだなぁ、コレでも執行部員なんだけど?」

 そんなコトをひそひそ話してる間も、ビシバシと俺の背中と横顔に視線が突き刺さる。でも、俺がカンジてたい視線はこの世でたった一つだけ…、なーんてね。
 結局、入刀できなかったウェディング風バースディケーキの上の二匹を回すように、手の中のジッポをクルクル回した。

 「いつも百円ライターなお前が珍しいな。犬に噛まれた系以外の時任からのプレゼントか?」

 俺の手の中でクルクル回るジッポを見た松本が、突き刺さる視線に冷や汗をかきつつ、そう話題をそらそうとして聞いてくる。
 だけど、聞くというより確認といった調子で聞かれたジッポは、時任からのプレゼントじゃない…っていうか、なんでもらっちゃったかなぁ。いつもなら、ああいうのは後々面倒なコトになりそーだし、キモチだけって受け取らないんだけど、時任のもらってやればな視線に背中押されちゃって…、
 うーん、我ながら救いようがないっていうかなんていうか…とか思いつつ、そーいえばって思い出したのが晩メシ当番って辺りも救えない。
 
 「ハズレ。コレくれたのは、一年女子。名前は…、忘れたけど」
 「何があったかは知らんが、・・・らしくないな」
 「だぁね」
 「自覚はあるのか」
 「一応はね」

 今日カレーにしたら、さすがに怒るかなぁ。そんな風に考えながら、これ見よがしに無意味に手の中で回す黒猫ジッポ。
 コツコツと音を立てて近づいてくるのは、実は受けじゃなくて攻めな松本のハジメテをもらっちゃったらしい同じクラスの橘クン。お飾り会長を操ったりなタヌキさんな松本のカレシらしく、浮かべた麗しい微笑みはキツネさん。
 さて、そろそろと立ち上がったら、浮かべた微笑みとは裏腹に殺気のこもった目と目がかち合った。

 「・・・早く戻らないと授業が始まりますよ、久保田君」
 「アレ、自己紹介した覚えないけど、俺の名前知ってるんだ?」
 「えぇ、貴方のコトは、この人から良く聞いていますから…」
 「このヒト、ね」
 「急がないと、戸口の彼も遅刻しますよ。彼は貴方の相方…、なんでしょう?」

 相方、アイカタ…、あいかた…。
 時任とは確認するように、繰り返し繰り返し言ってるコトバだけど、ベツの人間から聞くとうなづく気分になれないのは、本格的に救えない証拠なのかも? 
 そんじゃ…って橘の横を通り過ぎ、バタバタと慌てて自分の教室に戻ってく猫を追うように隣の教室を出る。すると、何かもう一つ…、さっきまでカンジてたのとは違う視線をカンジた。
 その視線は、実は夏休みが終わった辺りからカンジてる。
 けど、その視線が誰なのか確認はしない。
 特にキョウミもなかったし、その内、飽きるだろうと思ってたし。
 だから、それがあんな事態を引き起こすなんて、猫の後ろ姿ばかり見つめてた俺は思いもしなかった。
 

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