時間も日々も過ぎてしまえば、あっという間で…、
ずっと、このままで…、ずっとずっと、このままでいられたらって…、
そう思えば思うほど、君といられる時間は短くなっていく。
だけど、それがわかってても、心のどこかで祈って願ってしまってるのは、君といる時間が日々があまりにも楽しすぎて…、眩しすぎて…、
すべてに始まりと終わりが、誰にも出会いと別れがあるんだってコトを忘れてしまいそうになるからかもしれない。
僕は…、君に出会った…。
だから、僕は君と別れなくてはならない。
どんなに手を握りしめてても、どんなに君を抱きしめてても…、
君が好きで、大好きでたまらなくて胸が張り裂けそうになっても…、
愛しさと切なさと哀しみの中で…、僕は君に手を振るんだ…。
サヨナラ…と…。
だけど、それでも僕はこの想いを抱きしめる。
君への想いを抱きしめ紡ぎ続ける限り、その想いがきっと糸のように君と僕の小指を繋いでくれると信じて…、僕は抱きしめて離さない…。
絶対に離したりしない…。
この愛しさを切なさを…、君を…。
・・・・・・・・・・空が高い。
重い目蓋を開けると遠く高い場所に小さな空があって、その空を灰色のビルが取り囲んでいた。でも、それは青いから空、その周りの灰色はビルだろうって予想してるだけ。
実際、俺の目に見えてるのは、ぼんやりとした青と灰色…。
前まではもう少し見えてたのに、今はカタチも良くわからない。けど、そのおかげなのかどうなのか、自分の姿も…、自分がどうなっているのかも見ないでいられた。
目をそらすつもりはないけど、見えないなら仕方ないし…って…、
そう思うのは免罪符みたいで、ちょっち抵抗あるけど、それも事実だから悩んだり考えたりすんのは、最初の5分であっさりやめた。
だけど、見るコトも、見ようとするコトもやめたりはしない。
手や足が動かなくなった時も、悩むより考えるより動かそうとした。
いつだって、どんな時だって…、そうやって前へ前へと進み続けた。
立ち止まるなんて、もったいなくて出来なかった。
だって、そうだろ?
・・・・・・俺は一人じゃない。
いつだって、今だって…、隣に居てくれるヤツがいる。
それだけで、俺はどこまででも行けるんだ。
どこまでだって…、どこへだって・・・・。
だけど…、もう少しで立ち止まらなきゃならない。
まだまだ走れるけど、まだまだどこへだって行けるけど…、
ちょっとだけ、休けい。
ほんのちょっと…、休けいするだけ…。
そう伝えようして、何か喋ろうとして口を開く。でも、俺の口から出たのは言葉じゃなくて、本物のケモノみたいな呻き声だけだった。
だけど、それでも、うん…て返事してくれる声が聞こえた。
うん…、わかってるよって答えてくれる…、優しい声がした…。
「お前のコトなら何でも知ってるし、わかってるから…」
・・・・・・・時任。
そう呼ばれて、久保ちゃんって呼びたくなった。だから、こっそり心の中で呼んでみると、何?って、また返事が返ってきて笑いたくなった。
笑いながら…、ぎゅっと抱きつきたくなった。
でも、右手だけだった痛みも獣化も進行して、全身に転移してヒトのカタチじゃなくなって、もう…、動けない。
どんなに動かそうとしても、一本の指すら動かない。
感覚も無いから暑くも寒くもなくて、どこに転がっててもへーキだけど…、
それを残念に思うのは久保ちゃんって呼べないから、抱きしめられないから…。
そして、髪を肩をカラダを撫でてくれる手があるから…、残念に思う。
だって、感覚がなくっても、ちゃんとわかる。
俺だって久保ちゃんのコトなら、なんでもわかる。
こういうのはイヤだって…、ゴメンだって言ってたのに…、
こんな時に限っていつもよりも近くにいて…、ずっと傍にいて…、
俺の頭を撫でて、頬を撫でて抱きしめてくれてる。
俺が見えなくて喋れないのを良いコトに、時々、キスなんかしたりして…。
ホント…、バカだなぁ…。
バカだよなぁ…、久保ちゃん…。
乗りかかった船なんて言ってないで、逃げちまえば良かったのに…。
俺の手なんか取らないで捨てちまえば…、良かったのに…。
こんなトコまで一緒に来ちまってさ…。
ホント・・・、バカだ・・・。
バカだ…、バカだ…、大バカ野郎だ…。
心の中で、何度も何度もバカだって言った。
だけど、バカだって言うたびに…、違う声が重なって…。
喉が震えて、歯を食いしばった。
そしたら、ごめんね…って声が上から降ってきて…、俺は首を振る代わりに目蓋を閉じる。何かあるたびに、久保ちゃんは俺にゴメンって言った。
ごめんねって何度も何度も…、あやまってた…。
その理由は今は何となくわかってるけど…、それでも…、
あやまらなきゃなんないのは、ホントは俺の方だった。
久保ちゃんはあやまるコトなんか…、一つもなかった…。
だってさ…、いっぱいなんだ…。
結局、記憶は戻らなくて、路地裏で拾われる前のコトを聞いても、少しも自分のコトだって実感湧かなかったけど…、
タバコの匂いのするベッドから始まった記憶は…、思い出は違う。
そして、そのどこを取っても、思い出してみても久保ちゃんがいた。
俺の記憶の中も胸の中も、久保ちゃんだけでいっぱいだった。
記憶をなくしちまって…、なんにもなかったはずが…、
ホントに信じらんないくらい…、いっぱいだったんだ…。
こんな風になって動けなくなって目蓋を閉じた時、ようやく、そのコトに気づいたら…、胸の奥があたたかく…、熱くなった…。
記憶は戻らなかった。
右手も獣のままで、WAの正体もはっきりとしなかった。
だけど、それでも後悔はなかった。
後悔なんて…、するはずなかった…。
いつだったか、通りすがりのヤツに俺の幸せのために祈らせてくれって言われたコトあったけど…、あの頃も今も祈る必要なんかなかった。
右手がこんなで、今はカラダ全部がこんな風になってて…、
言葉も喋れなくて、一本の指も動かなくて…、
でも、それでも・・・、俺に祈りの言葉は必要ない…。
誰の目にどう見えても、どう思われても…、俺は・・・・、
「・・・・・・・・ときとう」
俺を呼ぶ…、久保ちゃんの声がする。
俺の好きな声がする…。
俺の大好きな…、久保ちゃんの声がする…。
だから、俺も何度も何度も心の中で久保ちゃんを呼んだ。
重い目蓋を開き続けて、久保ちゃんの姿を見ようとした。
だけど、目蓋が重く重くなって…、さっきまではわかってた空とビルの境界もわからなくなって、色がたくさん混じり合ってわからなくなる。何もかもが混じり混ざり合って…、白く白く染まっていく…。
でも、それでも久保ちゃんを見ていたくて、目蓋を開き続けてると…、
白く白くなっていく世界の中で、赤が見えた。
その赤は細くて長くて…、それを視線たけで追ってくと…、
誰よりも俺に近い場所に、久保ちゃんがいる場所に繋がってて…、
白く染まりかけた意識を集中して目を凝らすと、そこには自分の右手と…、その手を握りしめた久保ちゃんの手があった…。
赤い糸が繋ぐ…、二人の手があった…。
幻なんかじゃない…、確かに見える糸…。
それは滲んでいく視界の中であたたかく…、目蓋の裏に焼き付いていく…。
このまま手を離してしまったら、俺らを繋ぐモノはなくなるはずだったのに、糸は俺らを繋いで離さない。二人の想いに揺れる糸は、どこかで見たコトがあるような気がして…、だけど、何も思い出せなくて…、
けれど、それは俺にとって、何よりも確かなものだった。
伸ばした指先が届かなくても、どんなに遠く…、遠く離れてても…、
この糸が繋いでてくれるなら、俺らは一人じゃない。
一人じゃないんだ…、久保ちゃん…。
だって…、俺はずっと久保ちゃんのコトが…、
・・・・・・・・・久保ちゃんのコトだけを。
やがて、すべてが白く白く染まって…、その中にすべてが混じり…、
俺は微笑みながら、赤い糸と二人で歩んだ日々が思い出が焼き付いた目蓋を閉じる。頬をすべり流れ落ちた涙で、白く染まった世界に染みを作りながら…、
おやすみと目を閉じて…、やがて来る朝を待つ…。
なぜ、この世界に染みを作っているのかもわからず…、忘れて…、
だけど、それでも君を待ち続けて…、
君だけを想い続けて…、世界に染みを作り続ける…。
やがて、そこから恋が生まれるように…、君への想いが花咲くように…、
恋に落ちて産まれる…、その日のために・・・・。
|
|