時間も日々も、いつもとうとうと流れ続け…、
ヒトもモノも何一つ留まるコトを知らず…、許さず流れ流れて…、
出会ったはずの僕と君は、やがてサヨナラと手を振り…、
だけど、それでも僕はサヨナラと振る手の小指の糸を握りしめる。
どんなに流れ流れても、この糸だけは切れないと切らせないと…、
それだけを祈り願って…、ただ切なく愛しく糸と想いを胸に抱き…、
閉じた瞼の裏に、君の姿を想い描く…。
大好きだよ…、愛してるんだ…。
そんな言葉じゃ足りないのに、そんな言葉しか知らなくて…、
まるで、君を呼ぶように何度も…、何度も呟いた…。
何度も何度も手を握りしめるように、抱きしめるように…、
キスするように何度も…、愛してるよと…、
流れ続ける時の中で・・・・。
ふと、気づけば…、俺は歩いていた。
何も無い、ただ白いだけの風景の中を…、
そんな世界を、ただひたすら一人で歩いていた。
けれど、それまでの記憶はなく、風景と一緒で真っ白の状態。
ココはどこなのか、自分は誰なのか…、
なぜココにいるのか、どうして歩いているのか…、
いくら考えても思い出そうとしても、何一つわからなかった。
けれど、何も知らずわからないクセに、早く…、早く行かなくてはと気ばかりが急いて立ち止まれない。白いばかりで変わらない景色は、歩く気力を奪っていくけど、それでも俺はまだ一度も立ち止まってはいなかった。
歩いても歩いても、疲れも空腹も眠気もやっては来ないから、歩こうと思えばどこまででも歩くコトができる。それはたぶん…、普通ではないのだろう。
何もわからなくても、それくらいは何となく感じられた。
「ココは天国なのか、それとも地獄なのか…」
いや、そのどちらでも無いかもしれないな…という呟きが届くのは、自分自身の耳だけ。そうなると声を出すコトに、意味は無い。
どこにも届かないのなら、声に出さずココロだけで思ってればいい…。
けど、そんな風に思うコトすら、この世界では無意味なのかもしれない。
どこまでも白いだけの世界では、考えるコトも無駄に思えてくる。
いくら考えても、出来るコトといえば歩くか走るか…だけだ。
意味があると思える行為は、それくらいしかない。
そのせいかどうかはわからないけど、早く、早く…と立ち止まりかけるたびに思う。
なぜ?…という疑問すら打ち消し、何もわからない俺を歩かせる。
何度も何度もそれを繰り返しては歩き、ただひたすら歩き続けて…、
だけど、ココロが急くだけで、何も変わらない。
どこまでも…、どこまでもただ白いだけ。
ただ白いだけなのに、それを知っていても視線は世界を彷徨い…、
前に踏み出しているつもりの足も、同じように彷徨っているだけなのかもしれない。
「これなら…、地獄の方がマシだったかも」
地獄なんて知らないクセに、そんなセリフが口から漏れ出した頃…、
果てしなく、ただひたすら歩き続けている内に俺は見つけた。
でも、それは良く目を凝らして見なければわからないくらいの…、小さな点。
そう…、見つけたのは、ただの黒い小さな点だった。
小さな小さな…、一つの点…。
気のせいかもしれないと目を閉じれば、消えてしまいそうな点だった。
だけど、ソレを見つけた瞬間、なぜか目の奥が熱くなって…、
何かに耐えるように歯を食いしばり、拳を固く握りしめる。
でも、それでも目をそらさなかった…、そらせなかった。
俺はソレを目指して歩き出した。
ずっと…、ずっと歩き続けた足を徐々に加速して…、
まるで、飛ぶための助走をつけるように走り、たった一つの点を目指した。
だけど、夢中で点に向かって走り続けた末に、俺が見つけたモノは…、
ヒトでもモノでもなくて…、染みだった。
白い世界に出来た…、たった一つの黒い染み…。
その前に来て、この世界で初めて立ち止まった俺は、肺の中の空気をすべて吐き出すように…、長く長い息を吐いた。
「この可能性はあったはずなのに…、ね…。なぜかな…、ココにお前がいるような気がして…」
お前…と染みに向かって囁きながらも、お前が誰なのかわからない。
いくら考えても、やはり何も思い出せない。けれど、それでも早くと気が急いていた時と同じように、自分のココロに呼びかけてくる何かが…、この染みにはあった。
だから、俺は手を伸ばして、その染みに触れる。
そっと触れて…、優しく撫でた。
「・・・泣かないで」
ココには誰もいない、何もない…。
視界を埋めるのは、見渡す限りの白。
けれど…、誰かが泣いている気がして、泣いていた気がして…、
頭を髪を撫でるように染みを撫でて…、泣かないでと何度も囁いた。
すると、何かがポトリとその染みに重なるように落ちて…、
俺は・・・、わずかに大きくなった染みに目を見開く。
泣かないでと言いながら、泣いていたのは自分。
いつの間に…、一体、いつから…?
そんなコトはわからないし、知らない。
だったら記憶も無いし、この染みも…。
そう思い濡れた頬に手を当て…、小指の先で涙の跡をたどり…、
笑おうとして笑いそこねて、唇に歪みを作り…、
ただ白いだけの世界で一人…、俺は頬から下へと滑らせた手で自分の喉に爪を立てようとする。けれど、その瞬間にゆっくりと背中を、温かなぬくもりが包み込み…、立てようとしていた爪は、自分のモノではない柔らかな皮膚に傷をつけた。
「こんなトコで、一人で何やってんだよ…。こんなトコでそんなコトして消えちまったら、始まるモンも始まらねぇだろ」
・・・・・・温かい。
今まで寒さも温かさも、何も感じたコトがなかったのに…、
背中から強く抱きしめられながら、白い世界を見つめると寒さを感じた。
ココは白いから暗くはないけれど…、とても寒い…。
そう感じると寒くて寒くてたまらなくて、少しでも多く温かさを感じたくて、傷つけてしまった場所に当たらないように気を付けながら、自分を抱きしめている腕に手を置いた。
すると、手の小指に今まで気づかなかった…、糸を見つけて…、
その糸が背中を抱きしめているヒトの小指に繋がっているのを見て…、俺はただ白いだけの天を仰ぐ。絶対に忘れないと誓うのに、なぜか今回も忘れてしまっていた。
そういう決まりだと言ったのはカミサマだったのか、それとも地獄のオニだったのか…、それすらも忘れてしまったけれど…、
背中にぬくもりを感じて…、ようやく俺は早く、早くと気が急いていた理由を知る。
ココに来る前にすべてはこの世界のように、白く…、白く染められて白紙に…。
でも、それでもあんな想いを、あんな切なさを愛しさを完全に忘れるコトなんて出来るはずがない。この糸も想いも切らないし、切らせない…。
そう想いながら、俺を抱きしめる腕を優しく撫でて…、ゴメンねと言うと…、
背中から、君が首を横に振る気配が伝わってきた。
「・・・こんなの何でもねぇよ。それよか…さ、ありがとな」
「って、何が?」
「すごい急いで、ココまで来てくれたんだろ? 今回は俺が待つ方だったし…」
「例のごとく、ココに来た時は何にも覚えてなかったけどね」
「それでも、急いで来てくれたって、俺にはわかる。だって…、お前のコトは俺が一番わかってっから…」
「うん・・・、お前のコトも俺が一番わかってるしね」
俺がそう言うと君は背中を抱きしめていた腕を離し、右手の小指を俺に見せる。
そこには一本の糸が付いていて、その糸は俺の糸と繋がっていた。
切ろうとしても切れないと言われる糸は、人によって運命の糸とか赤い糸とか呼ばれてるけど、そのどちらでも俺には関係ない。どんな糸でも白い世界に染みを作った君と繋がってるコトに意味がある…。
糸が繋がっているのを確認するように見た君は、少し赤い目をして、とてもうれしそうに笑った。
「大好きだよ…、愛してるよ」
俺がそう言うと君は、瞳にいっぱいの涙をためながら…、
それでも眩しい明るい笑顔で、俺もだって…、好きだって言ってくれる。
腕を伸ばして抱きしめたら、腕を伸ばして抱きしめ返してくれた…。
でも・・・・・、俺らは知ってる。
このただ白いだけの世界で、ようやく出会えたけれど…、
瞬く間に別れはやって来て、今度はいつ出会えるのかわからない。
出会った今のこの記憶すらも、また消えて無くなる。
君と出会ってしまったから、俺はこの世界から産まれ落ちる。
モノやヒトや色々なものに満ち溢れた世界に…、まるで恋に落ちるように…。
ココが天国なのか、地獄なのかは知らない。けれど、ココでは糸が繋がっていなければ、どんなに歩いても走っても誰にも会えないという…。
そうして、出会うとどちらかが先に落ちて、その糸の引かれるように…、やがてもう一人も落ちて…。ただ白い世界を彷徨ったように、さまざまな色に満ち溢れた世界で…、また君を探す…。
それを何度も何度も繰り返し、俺らは永遠に恋し続けていく…。
まるで罪のように罰のように…。
俺は自分のカラダが沈み始めるのを感じながら、君の頬を両手で包み込んで…、まるでリンゴを齧るように赤い唇にキスをする。それから、言葉にならない想いを刻み付けるように深く、長く…、指先も絡ませ握りしめ合って…、
完全に沈み落ちるまでの間…、ずっと君を感じていた。
その存在をぬくもりを…、君のいる世界を…、
君を求めて伸ばした指先が…、恋に沈む瞬間まで…。
そうして、意識は遠く遠くなって…、君も遠く遠くなって…。
どこからか、泣き声が聞こえてくる…。
それが自分の声だと気づくのは、すべてが消えてしまってから…。
何で泣いてるのかも知らずに泣き続け、この世界に染みを作る。
恋に落ちて産まれた…、そんな日に・・・・、
君への愛の証に・・・・・。
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